第143話 馬鹿しかいねえ
自慢するように笑いながらも、ユミズは煙から目を外さない。ずっと銃を構え、前を向いているだけだ。
「先ほどの攻撃を買い取り、一時的に所有権を僕のものにしましたが……それだけですからね。一応投げつけはしましたが、向こうにダメージが入ったわけではないでしょう。泥の扱いは向こうのほうが上ですし、今は視覚を奪うだけで精一杯です。倒したわけでも、行動不能にしたわけでもない」
今はまだなにもしてこないが、それは見えなくなったら攻撃してこないだけで、煙がなくなれば同じことが起こるだろう。
頭を投げつけたときもそうだったが、一回大きな攻撃をしたあとは準備期間なのか少し動きが止まるのがありがたい。先ほど、ユミズが攻撃を止めたときも、追撃をしていればなにか変わったかもしれないのに、クレイアイは静止……静視していた。
だが、なにもしてこないから安心できるかと言われるとそうではない。ちょっと見ない間にクレイマンを量産していたように、向こうは今、なにか準備をしている可能性だってあるのだ。
それに、床は相変わらず泥まみれである。見えないとはいえ、足の自由を奪おうとすればできるのかもしれない。
そう思うとあまり長い時間泥水に足を入れたくはないが、しかし泥がない場所なんて、すでにこの辺りにはない。
もしかしたら、浮遊魔法でもあれば変わったのだろうか。
試神がそう思っていると。
「そろそろ、煙が晴れます」
ユミズの声がした。
「さあ、仕切り直しの、三回戦目ですよ」
「んー、いや、ユミズ」しかし、それに水をさしたのは墓蒔だった。「ここは俺様に任せて、お前ら二人はこのまま逃げるってのはどうだ?」
「……どういうことです?」
銃口を向けたまま、目線が墓蒔に向く。
「だってそうだろ。状況が変わった」
墓蒔が試神を見て、それでなにかに気が付いたようだ。
思案顔になり、それから「そうですね」と頷く。
「逃げましょう。ユミズさん。墓蒔を置いて」
「…………」
どういうことだと怪訝な顔になる。
「攻撃対象が、墓蒔だけじゃなくなったようです」
だから? ユミズの考えが伝わったように、試神が言った。
「俺が怪我をするのなら、ここにいる理由がありません」
試神がここにいるのは、墓蒔を監視するためだ。
だがそれは、安全性を確保した上でのことである。
墓蒔しか攻撃されない、怪我をしないから残ったのだが。
状況が変わった。
先ほどの攻撃は、試神も対象に含まれていた。墓蒔を狙った上で、近くにいるから巻き込まれたなんて解釈も怪しい。
あれは、明らかに三人を狙った攻撃であった。
しかも、かすり傷で済みそうなものではない。当たれば大怪我は確実である。
そんな攻撃に自分が含まれてしまうのなら――。
墓蒔がここに残る以上、誰かと出会い、そして殺すかもしれないという可能性は残ってしまうが、自分が怪我をするよりずっといい。
自分を納得させるには、十分すぎる理由だ。
「だとよ、ユミズ。よかったじゃねえか」
ポンと一回、ユミズの肩を叩く。
「さっさと逃げて地上に上がって、そんでダンジョンから離れてくれ。そんで、全部終わる」
墓蒔含めた三人のパーティー。
もしここで二人抜けて一人になれば。
そのときは<ラストワン>が発動できるはずだ。
前回、『アイアンメイド』と対峙したときのように完全発動は難しいかもしれないが、同じくらい中途半端に発動できたとしても、クレイアイくらい圧倒できる。
ほんの一捻り、まさに一瞬で終わるだろう。
クレイアイは厄介な相手でこそあるが、強敵ではないのだ。そもそも最強を付与する<ラストワン>に苦戦もなにもないが、この程度の相手、本来なら遊び相手にすらならない。
もし最初から試神が「逃げる」とさえ言っていれば、それにユミズが同意して連れ去ってくれれば、ここまで引っ張ることではなかったのである。
長かった、とこっそり息を吐くくらい、墓蒔も内心疲れていた。
しかし、それももう終わる。あとは二人が逃げれば、<ラストワン>を発動してさっと気持ちよく瞬殺して、それから――
「……もう少し」
「ん?」
「もう少し、早く言って欲しかったですね、それ」
「……というと?」
戻りません。
硬い表情で、ユミズが言った。
「どういうことですか? ユミズさん」
「なにお前、意地はってんの? やられたらやりかえさないと気がすまないとか」
「違いますよ」と、首を振る。
「<商人の意地>。僕はそれで、クレイアイの攻撃を買い取りました。買い取ったんです。お金で、現金で、実際に、僕が」
そして。
「そのお金は今、やつが持っているはずです」
射幸もかけた金額によって威力が変わる攻撃だが、そのお金の行先はメーカーだ。銃課金の購入時、契約した口座にお金が支払われるようになっている。
課金→攻撃は契約の一種なので、あとから取り返すことはできないが、『お客様を守るため』という名目で会社に実費を請求することはできる。
だが。
固有魔法。
これは少し厄介なのだ。
射幸で使った金額が請求できるのは業務上仕方なく使ったという正当性に加え、いくら使ったかが目に見えてわかるためだ。クレジットカードの利用明細をみれば、 請求金額で嘘をつくことができない。
多く請求することも、少なくすることもできない。
そして固有魔法<商人の意地>。
これは、いくら使ったのか、非常にわかりにくい。
だから、請求ができないのである。
「僕の固有魔法で払うのは現金のみで、クレジットカードは対象にしていません。財布に入りきらない金額の場合、家の金庫からお金が送金……まさに勝手に送られるようになっています」
「…………」
「…………」
「書面に残らない契約なので使った金額がわからず、補填もされない。このまま逃げたら、僕はまるまる損をすることになります。
「…………」
「…………」
「腹いせに一発殴らないと収まらない、というわけではありませんよ。先ほどもいいましたが、僕はクレイアイから攻撃を買い取りました。先ほど払った金額まるまる、あいつが持っていて――そしてその支払ったお金は、倒せば回収できます」
「…………」
「…………」
今はまだ煙で隠れているクレイアイ。
そのどこかに、おそらく泥の球体の中に。
先ほど払ったお金が埋まっているはずなのだ。
「『ラストワン』に任せたら、それを盗られてしまうでしょう。だから僕は逃げるわけにはいかない」
「…………」
「…………」
「さっき助けてあげたんです。付き合ってもらいますよ、二人とも」
にこやかに笑うユミズの隣で。
あーもう、と墓蒔が言った。
「俺様のパーティー、馬鹿しかいねえぞ!!」




