第142話 固有魔法<商人の意地>
やばい、と思ったときには遅かった。
足が、固定されていた。急に粘度が増したかのように靴が貼りついて動かない。それだったら靴を捨てて逃げようか、そう思った矢先、這い上がってきた泥が足首まで完全に覆い尽くし、逃亡を阻害する。
泥の道。
泥にまみれて、泥に埋もれた道。
それも、さっきまでクレイマンだったもので埋まっている道だ。ユミズの攻撃で砕いただけだったので、自由に動かすことぐらい簡単だったのだろう。壁についた泥から腕を生やすことができたのだ。靴をとるくらい、いつでもできたに違いない。
それでも、さっきまでそれをしなかったのは。
「――視えてなかったからかよッ!」
墓蒔が力任せに殴打王で足元を殴る。
これで足の拘束が取れるかと思いきや、足は固定化されたまま動くことはできなかった。
殴打王で殴ったため泥から魔力は抜けたものの、その先から魔力が補充され泥に戻る時間がないのである。
幸いにも足首あたりでとまっているためこのまま泥で固められて殺されることはなさそうだが、それも『今のところ』である。
いつそうなってもおかしくはない。
そしてもっとマズいのは。
「――試神! ユミズ! 無事か!?」
三人とも、足が固定されてしまっていることである。
「ええ、なんとか」
「足は動かないけど、俺もなんとか」
さっきまで、攻撃対象は墓蒔だけだった。
けれど、今は違う。
三人とも、標的にされてしまっている。
「やはり、立ち止まったのが間違いでしたか――ねッ!!」
ユミズが一発、射幸を放つ。
まっすぐ泥の塊に飛んでいった球形を貫こうとして――できなかった。
球形は、弾丸が当たる直前にその形を変えたのだ。
ドーナツのように、その場所だけ穴ができる。そして弾丸が通りすぎたあと、また何事もなかったかのように球の形に戻った。
「神羅さんの言う通り、相手は視覚を獲得しましたか」
攻撃を避けるということは、こちらが見えているからに他ならない。
そして先ほど、ユミズが道を開けるために撃ち放った弾丸も――見えないほどの弾速であることはもちろんとして――見えていなかったから避けなったということでもある。
思えば、友情崩壊ダンジョンに光源などない。外から持ち込まなければ、ここは真っ暗なのだ。
視覚など、最初から不要のものだろう。
そして、三人いたのに最初から墓蒔しか狙っていなかったのは。
何人いるかなんて、クレイマンからしてみればわからなかっただけなのだ。
墓蒔だけはなぜか目印となるものを持っていたため狙うことはできたが、あとの二人は先ほど初めて『視認』し、確認した。
だから場所を特定し、拘束した。
そしてそのあとは。
「ユミズ! 金なら払うから最大限の力でぶっ放せ!」
「言われなくても!」
ユミズが射幸を構える。
だが、その引き金を引くよりも早く、天井から伸びてきた針が射幸を叩き落とした。
とっさに拾おうとするがもう遅い。
泥に浸かった射幸はもう固定化されてしまって動かない。それどころか、うっかり膝を突き、銃を拾おうと泥を触ってしまった膝と手も固定されてしまった。
「おいおいおいおい! マジでピンチだぞ!」
友情崩壊ダンジョンの壁が震える。
かと思えば、壁から無数の棘が生えてきた。
材質は泥だが、さきほどユミズの武器を落としたように、柔らかいものではないのだろう。
当然、人体を貫くくらいはしてくるはずだ。
「ユミズ!」
「――ッ、はい!」
「おめえらさっさとダンジョンから出ろ! 移動魔法くらい使えんだろ!」
移動魔法。
使える。
確かに使えるが、体が固定化されたままでそんなもの使えば、体が引き千切られる。
それくらい――腕や足が無くなるくらい、死ぬよりは全然マシなのだが、それでも一瞬、躊躇してしまった。
その一瞬で、間に合わなくなってしまった。
泥の棘が、三人に襲い掛かる――というところで。
「ああもう! 仕方ないですね!」
ユミズが叫んだ。
「その攻撃、買い取ります!」
泥の動きが止まった。
天井から、壁から伸ばした針はそのまま、三人を中心にして一定の距離を保ったまま停止している。
まるで、球状のなにかに守られているようでもあった。
「動けますか? 二人とも」
ユミズが射幸を拾い上げ、一振るいして泥水を落とす。手も、そして足も自由になっているのを見て、ようやく足の拘束が解かれていることに気が付いた。
ばしゃりと水しぶきを上げながら足を動かす二人を見て、ユミズは一回頷く。
「怪我はなさそうですね」
「……ユミズさん、今のは」
「説明はあとです。とりあえず今は、距離を置くことに専念しましょう」
『ラストワン』、と名前を呼ばれ、墓蒔が顔を上げる。
「逃げるための異物を用意できますか?」
にやりと笑うと「こんなもんでいいかい」と一言、ポケットからなにかを取り出した。平べったい、板状のものが二枚。試神にはわからなかったが、ユミズはそれを知っているようで「それで十分です」
「いつ投げんだ?」
「この攻撃が――当たったあとですッ!」
ユミズが引き金を引く。
しかし、カチンと空撃ちの音がしただけで弾は飛んでいかなかった。
いや、射幸からは、なにも飛んでいかなった。
その代わり、周りで止まっていた泥が、一斉にクレイマン――クレイアイに向かって飛んでいったのだ。
べたべたと水を含んだ粘土質の泥が、球体にまとわりつく。
瞳らしきものが完全に見えなくなった時点で、墓蒔が手に持っていた板を下に叩きつけた。
異物『火のないところに立つ煙』
燃やすのではなく、水につけると煙を発生させることができる異物だ。泥水に沈んだ板は、途端に視界を埋め尽くすほどの煙を吐き出した。
それを避けるように、三人が奥に向かう。
このまま逃げる――のかと思ったら。
またもや足を止めたのは、ユミズだった。
煙を吸い込まない場所まで移動したかと思うと、また銃を構る。
「固有魔法<商人の意地>」
「……え?」
横目で試神を見る。「さきほどの質問の答えです」
「固有魔法……」
「神羅さんの世界……地球の方でもわかりやすく言うなら、鑑定スキルのようなものでしょうか?」
鑑定スキル。
地球にそんなものないが、しかしわかりやすいと言われればこれ以上わかりやすい例えはない。
知らないものに対し、名前を与える魔法だ。
知らないことに対し、無理やり知識を植え付ける魔法だ。
「もっとも、漫画やアニメで出てくるように、使えば敵さんの名前やステータスがわかるものではありませんし、アイテムの効能が知れるようなものでもないんですけどね。そのような魔法にしてはいませんし、そもそもそんな魔法は僕には要りませんし」
「じゃあ、お前の魔法はなにを鑑定すんだ?」
墓蒔の問いに、「鑑定はあくまで例え。正確にいうならば、僕が行うのは鑑定ではなく査定です」
鑑定ではなく、査定。
似たような言葉ではあるが、確かに<商人の意地>という名前からすればそのほうがしっくりくる。
鑑定が名前を付けるのであるならば。
査定は――。
「先ほどの攻撃、それに値段をつけました」
「……へー、にゃるほど」
墓蒔がにやりと笑う。
「それで査定か。モノに値段をつけて買い取る魔法……うはは、金は全てを解決するってか」
「素晴らしいでしょう?」




