第141話 運が悪いだけじゃねえか
泥だけになった道を、ユミズを先頭にして三人が駆けていく。
トリガーハッピーの名に恥じない数の弾丸を撃ち放っただけあり、視界を埋め尽くすほどいたクレイマンは跡形もなくなっていた。
今はその残骸が道に残っているだけだ。
「うはは! すげえな、それ!」
途中にあった泥の塊を踏み潰して、墓蒔が興奮気味にしゃべりかける。
「出し惜しみしやがって、最初からお前ひとりでどうとでもなったじゃねえか」
「お金がかかるんで、あんまやりたくないんですよ」
後ろを振り向きすらせず、ユミズが言った。体を隠すほどのリュックを背負っているため、振りむいて墓蒔の姿を見ようとしたら体を反転させる必要がある。
まだクレイマンの追撃がくるかもしれない状況で、そんなことはできなかった。
「それよりちゃんと周囲を見てくださいよ、いつまた復活するかわかりません」
クレイマンはどれも飛び散っただけであり消滅はしていない。
むしろ弾丸で泥を広げてしまった分、体を構成するための泥を増やしてしまった可能性もある。
「そしたらまた一掃してくれや」
「次回からは有料です。もし必要なら見積もりを取るんでいってください」
「いいじゃねえか、そんくらい。一回も二回も大して変わらんだろ」
「今は節約期間に移りました」
最初は跡形もなくなっていたクレイマンだが、進んでいくと次第に泥の塊が目立つようになってきた。しかし、どれも部位を判別できるようなものはなく、単に打ち漏らしただけなのか、それとも今まさに体が出来上がろうとしているところなのか判断がつかない。
「相手は流体。弾丸で打ちぬいたくらいじゃ、時間稼ぎはできたとしても、倒すことはできないんでしょうね」
そうなるとやはりカギになるのは墓蒔が持っているバットだけだ。
さすがに試神も、これまでのやりとりからあのバットが異物ではなくユミズの商品であることは察しがついている。
どういう経緯で渡ったのかまでは当然わからないが、売買契約が成立したわけではないことは予想がついていた。なんというか、金を払ってユミズから買うシーンが想像つかなかったのだ。
無理やり略奪するシーンのほうが、逆にサマになっている。
「ユミズ、殴打王はこれ一本しかねえのか? もう一本ありゃ、ちっとは戦力に幅が出る」
「無茶言わないでください、あるわけないでしょう。というか、僕の持ち物の中で戦力になりそうなものはそれしかないですよ」
「……つーことはなに? これ、盗られたら積むまである?」
そういった途端、壁の泥から生えてきた腕が墓蒔に掴みかかろうとする。
「だから、なんで俺様だけなんだよ!」
殴打王を振り回しそれらを薙ぎ払う。触れた場所から泥に戻っていくようで追撃はなかったが、これでクレイマンがまだこちらを――墓蒔を狙っていることがはっきりした。
「墓蒔、やっぱなんかしたんじゃねえの?」
「なにかってなんだよ!」
「さあ……ここはダンジョンってことを考えると、拾っちゃいけない異物を拾ったとか? あいつの宝物で、それを取り返そうとしてるとか」
「心当たりがまるでねえなあ。俺様、このダンジョンに来てからなにも拾えちゃいねえし」
「……そうかわかったかも」
「あ!? なんかわかったのか!?」
「さっきの腕は攻撃じゃなくて、逆に和解をしようと握手だったんだよ。だから腕だけだったんだ」
「胸倉掴まれる勢いだったけど!?」
「向こうは和解しようとしてたのに、それをいきなりバットで殴られたら、そりゃ怒るよな……」
「なに俺様が悪い空気になってんの!? 最初に攻撃……泥の弾で狙ってきたのは向こうだろうが! それはどう説明つけんだよ!」
「それはたまたまだよ、弾だけに」
「なんだそりゃ、ただ運が悪いだけじゃねえか!」
二人ともコントしてる場合じゃないですよ、ユミズがそう言おうと振り返って。
背後からの攻撃を完全に遮断できそうなほど大きいリュックを避けるように二人を見ようと、半身以上になりながら振り返って。
「……あれは?」
立ち止まった。
本当は立ち止まってはいけないと、とにかく足を動かし続けなければならないとわかっていたのに、その光景に動きを止めてしまったのだ。
「――っと、どうした、ユミズ」
急には止まれなかった試神と墓蒔も、ユミズを追い越したところで止まる。
振り返り、そしてユミズ越しにみたのは、ひとつの球体だった。
水を真空に落としたような、完全な球形をしている。色も質感も泥そのものなのに、表面はなめらかで凹凸は一切ない。
「泥……だんご?」
走っていたため乱れた呼吸。その隙間で試神が言う。
「かもしれませんね」とユミズが射幸を構える横で、墓蒔も殴打王を構えていた。
「……墓蒔?」
「んー、なんとなくだけど、第二形態って感じ?」
「は?」
人型から球形に変わっただけじゃないのか?
そう思う試神だが、よくよく観察して、ようやく気が付いた。
「……浮いてる?」
さっきまで、クレイマンは人の形をしていた。
そしてその足は常に地面についていた。移動するときも、足を上げるのではなく滑らすようにして、常にどこかがダンジョンに触れている状態だった。
それが今は。
……だが。
「……浮いてるから、なんだっていうんだよ」
「それがわかったら苦労しねえよ」
そう、墓蒔が言ったときだった。
泥の球の中央が、少しだけ盛り上がった。
泥の塊のため表面の高さの違いが判別し難いが、完全な球形をしていたため余計に目立ったのだろう。それに、ユミズと墓蒔、二人が光源をもっているため、影ができやすかったというのもあるかもしれない。
盛り上がった箇所は、卵の黄身のよう、平べったい円形をしていた。
それが左右に動く。滑るように、円形をしているものだけが、すいーっと移動し。
動き。
動き。
動いて。
止まった。
「……ユミズ、あれ、なんだかわかるか?」
「知りませんねえ。あの円盤状のものが、今度は飛んでくるんじゃないですか?」
「うはは。だったらお前の銃の出番じゃねえか。フリスビーを銃で撃ちぬく競技があっただろう?」
「クレー射撃ですね。……なるほど、たしかに、『クレイ』マンにはぴったりじゃないですか」
「違う」
言ったのは、試神だった。
「あれ、目だ」
「は?」
「眼球だよ、あれ」
――視られてる。
その瞬間、友情崩壊ダンジョンの壁が波打ちだした。
最初、地震が起きたのかと思った。
自分が揺れている感覚はなかったが、足元の泥水が波紋を作り出している。
壁の泥が震えている。
天井の泥が揺れている。
自分の周りにある泥が、全てざわつき始めている。




