第139話 銃課金 ―射幸―
「…………」
「…………」
「……………………」
「……………………」
「…………………………………………」
「…………………………………………」
「……そういやあ、俺様が黙ってろって言ってたんだっけ。別に呪いじゃねえんだから、無理して守らずしゃべってもいいんだぞ」
その言葉に、試神が嘆息する。
「なんだ、せっかく人がお前の言う通りにしてたっていうのに」
「神羅さん」
低い声。ユミズを見ると、その顔は少し呆れが混じっていた。
「逃げないとはどういうことですか? ……まさかとは思いますが、魔法で戦おうとか思ってませんよね」
「まさか」
大きく首を横にふる。そんな気はさらさらないとばかりに腕も使って否定した。
「俺だって逃げたいですよ」
「じゃあ」
「だって、逃げたら墓蒔を一人にしちゃうじゃないですか」
うはは。
声に出さずに、墓蒔が笑った。
噴出したというより。
予想していた、という意味での笑いだった。
「……神羅さん、それは」
「ああ、違いますよ」
諭すような声色になったユミズを見て、試神はまた首を振った。
「俺は別に、仲間を見捨てるのが嫌だとか、助け合うのが人として当たり前だとか、敵前逃亡が嫌だとか、そういう感情は全くありません」
「…………は?」
ユミズの目が点になる。
だが、試神の顔は真面目そのものだった。
冗談を言っているようでも、嘘をついているようにも見えない。
「俺だって自分のことが大事ですし、この体だって傷つけたくないんです。ヘルメットもそのためですしね。ですが、墓蒔を一人にしたら、こいつは人を殺すかもしれないじゃないですか」
今回、試神がダンジョンのお供に墓蒔を選んだ理由は『監視』である。
一緒に行動することで墓蒔の殺人を抑制する。
それなのになぜ、監視対象をおいて逃げれるというのだろう。
「極端な話、俺たちが逃げた後、墓蒔がここに残って殺されるのでしたら、それは別に仕方ないと思うんですよ」
「…………」
「墓蒔がなにをしたのかわかりませんが、恨みを買うとは本来そういうものです。そして」
試神が頬を指す。そこには一本、泥の線がついていた。
たまたま斜線上にいたためについた、かすり傷。
「墓蒔と一緒にいることで俺も怪我をする恐れがあるんだったら、俺は本来逃げるべきなんです」
「…………」
「その結果、ここに残った墓蒔が死んだのなら、俺は俺を納得させることができます。自分が怪我をするか墓蒔が死ぬかだったら、さんざん悩んだ末、俺は後者を選ぶでしょう」
墓蒔だけが狙われて試神がそれを助ける。
それは少し前、『アイアンメイド』と墓蒔が相対したときと同じであるが、そのときとは少し違う。
あのとき、試神は墓蒔の素性を知らなかった。
善人であると思っていた。
落とし穴に落とされた前科はあったが、確証がなかった。
そして、携行灯という助けられるかもしれない道具があった。
だから助けるための行動を取って――結果的に助かっただけなのである。
だが今回。
墓蒔が善人ではないということを試神は知っている。
どう擁護しても庇いきれそうにないほどの悪意があることを知っている。
そして、自分の二種類の魔法だけでは存分に戦う、逃げることはできないということも知っている。
満足に助けるための行動を取ることができず、結果、自分だけが逃げて墓蒔が死んでしまったのなら。
惜しい人を亡くしたな。
と、涙のひとつでも流して。
でもまあ、当然の報いか。
そう気持ちを切り替えて、それでお終いである。
やれることはやったのだから悔いがあるはずもない。
それよりも自分に怪我がなくて本当に良かった。
そう安堵して、本来は自分を納得させることができていたはずである。
「俺たちが逃げた後、墓蒔も逃げないという保証はありません。あんなバットを持っていることですし、そもそも異物っていうものもありますから、ひょっとしたら善戦するんじゃないでしょうか。……それだけならいいんです。俺だって、墓蒔を知っている以上死んでほしくはない――助けられるんでしたら助けたいんですから」
ちらっと、試神が墓蒔を見て。
「しらじらしいねえ」
と、墓蒔が目線を外した。
「そして」
試神の目が、またユミズを向いた。
「入ってからこれまで、ダンジョン内に誰とも会いませんでしたが、この先も人がいないという保証はありません。もし俺が逃げた後、墓蒔が誰かと出会い、殺したとわかれば――俺は、俺を許せません」
怪我をしない範囲で、手の届く範囲で、脳と身体を汚さないよう出来る限りのことはする。
それが試神なのだ。
しかも、今回、一番重要である『怪我をしない範囲』というのはほぼほぼ満たされていると言ってもいい。
射線上にいればその限りではなかったが、クレイマンは墓蒔しか攻撃をしてこないのだ。
試神に敵意がない。
見ているだけで怪我をしないのなら、余計に逃げる理由がない。
もちろん、試神も生涯にわたって墓蒔を監視するつもりはない。
その場にいてしまったのなら間違いなく止めるだろうが、自分のあずかり知らぬところで起きる殺人までいちいち気を払っていられない。
あくまで手の届く範囲だけだ。
「ですので、すいません、ユミズさん。逃げるなら、俺を置いてってください」
笑いながら。
さも当然に。
その考えが、全員が当たり前に理解できるだろうと思いながら説明する試神を見て。
「……あなた」と、ユミズが吐き捨てる。「頭、おかしいんじゃないですか?」
客に向かって吐く言葉ではないが、試神は特に気分を害した様子もなく。
「ああ……なんか懐かしいですね。地球にいたときから、よく普通じゃないとは言われてましたよ。俺は至極当然のことを言っているだけなんですが、どうにも理解されなくて……そんなおかしいことを言ってますかね?」
「で? どうすんだ、ユミズ」
試神の発言を遮り、いたずらっぽい目がユミズに向いた。
「こいつは、こう言ってるが」
どうする。
その言葉の意味は簡単だ。
一人だけ逃げるか。
それとも、残るか。
「…………はあ」
ユミズが悩んだのは、一瞬だった。
「そんなの、決まってます」
背負っていたリュックを下ろし、中を開ける。
人ひとり、簡単に入ってしまいそうな巨大なリュックの中から。
愛用の武器をひとつ、取り出した。
リュックと同等、またはそれ以上の大きさ――長さを持つそれは、長銃だった。
「商品名、銃課金 ―射幸 ―」
リュックを背負いなおすと、今度はポケットから財布を取り出す。そして中からカードを――真っ黒なクレジットカードを一枚取り出すと、銃床のあたりの溝にそれを差しこんだ。
射幸の脇についていたランプが赤く灯り、パネルになにやら文字が浮かび上がる。
「僕だけ逃げるなんて、できるわけもありません」




