第137話 どこまでも一緒だぜ
クレイマンが飛ばしたもの。
それは泥の塊だった。
頬に冷たいものを感じ、試神が触れると指が茶色に汚れている。
弾丸のようにして、クレイマンが腕から飛ばしたのだろう。
ただし、本体は泥であるため殺傷能力は皆無のようだった。直撃を受けた墓蒔も、腰の辺りが泥で汚れているものの実際のダメージはそこまでないようだ。
「なんで俺様なんだよ!? 近いのは試神だろうが!」
と腰についた泥を払っている。
「墓蒔、お前なんかしたんじゃねえの?」
「ずっと一緒にいたのを知ってんだろうが!? どこにそんな余裕があったんだよ!」
「じゃあ……ダンジョンが怒ったとかか?」
「なぜに!? むしろこちとら餌を与えてやってんだから、感謝される覚えはあっても恨まれる覚えはねえぞ!」
ダンジョンは生き物であり、リセットは捕食活動の一つである。
墓蒔が試神に言ったことだ。
その真偽はわからないが、それなりに有力な説だと墓蒔は思っている。
そして餌とはもちろん人間の死体であり、<ラストワン>発動のため犠牲となったものはそのままダンジョンに放置している。
死体を処理するのがめんどくさいという気ももちろんあったが。
いっぱい食べていい異物をたくさん出せよな、と。
餌付けのつもりすらしていたのに。
残念ながら、クレイマンの狙いは墓蒔のようだった。
クレイマン二発、三発と続けて泥を飛ばすが、そのどれもが墓蒔に向かって飛んでいく。
「おいおいおいおい! だから俺様がなにしたっていうんだよ!」
幸いも距離があり、弾速も速くない。ただ泥を固めているだけのため飛んでくる途中で崩れてしまっているものもある。
最初は見てからでも避けれるほどだった弾丸も、次第にその数が多くなっていく。固定砲台と化しているため近寄ってくることはなさそうだが、地面に接している足から弾――泥をを補充しているのだろうか。体が小さくなっている様子も、弾がつきる気配もない。
よけきれず、墓蒔の体に泥の弾が当たっていく。当たるたびに重い音がするが、水を含んでいるから音がするだけで、服が汚れる以外ダメージが少ないのがまだマシなのだろう。顔に被弾することを避けるため腕で守っているが、そのせいでクレイマンの姿が見えず、ますます被弾が多くなっていく。
「……なるほど、神羅さん」
「はい?」
「こちらへ」
ユミズが試神の手を引き、自分の体で隠すように寄せる。そして魔法を使った。
二人の目の前に、土の壁ができた。
辺りの土を盛り上げてできたそれは塹壕のよう、二人の姿を隠すほどの高さにまで成長する。
のぞき穴を作る余裕がなかったので前は見れないが問題ない。飛んでくる弾を見れば、ひとまずクレイマンがどこにいるかはわかる。
「これでひとまずは安心です」
「あ、ありがとうございます」
「ずるいぞ、ユミズ! こっちにもそれ寄こせ!」
顔についた泥をぬぐいながら、墓蒔が叫ぶ。
「申し訳ありません、維持で精一杯です」
「嘘つけ! それくらい俺様でもわかるわ!」
「異物を使ってください」
「服が汚れる程度で、んなもったいねえことできるか!」
墓蒔が持っていたバットを振るう。左から右に、一回。明確になにかを殴るという意図があったわけではなく、ただ飛んでくる泥を払う目的で振るったのだろう。顔の前は腕があるので、なにも見えてなかったに違いない。向かってくる泥の弾のどれにも当たらなかったのだが、結果的にそれが功を奏することになった。
クレイマンが、一瞬ひるんで砲撃を止めたのだ。
「お、ラッキー!」
その瞬間、墓蒔は駆けだした。向かう先は――すぐ隣。
ユミズの作った塹壕の中だ。
滑りこむように身を隠すと。
「一蓮托生。どこまでも一緒だぜ、二人とも」
語尾にハートマークがついてもおかしくない口調で二人の手を掴んだ。
「いやですよ、出て行ってください!」
「あいつの狙いは墓蒔じゃんか! 当たっても痛くないんだし、出てけよな!」
「嫌だね嫌だねいーやーだーね! おめえら二人ともぜってー巻き込んでやるからな!」
――と、三人の緊張感のない怒声に紛れて。
ずずずず、と、音がした。
なにかを吸っているような、不気味な音に会話が止まる。
それぞれが顔を見合わせるも、音は止まない。ということは、この中の誰かが発しているわけではなさそうだ。
――だとしたら、これは。
示すわけでもなく、三人がそっと塹壕の影から前を見ると。
そこには、頭を――頭のみを巨大化させたクレイマンの姿があった。
「なんだあれ」
試神が言うが、誰も答えられない。
あんなもの、見たことないからだ。
ずずずずという音は止まないが、少しずつ頭が大きくなっていっているので、足から吸った泥を頭に集めているのだろう。だが、大きくし過ぎたせいか自重を支えきれずふらふらしている。
どんどん大きくなる頭は、友情崩壊ダンジョンの天井につこうとしたところで止まった。同時に吸引音も止み、ダンジョンが静まり返る。
なにをする気だ、そう思ったのも束の間。
クレイマンは両腕で自分の頭、ちょうど頬のあたりを持つと、そのまま上に持ち上げ胴体と頭を切り離した。
「おい、まさかまさかッ!」
墓蒔の予想は的中し、クレイマンは自らの頭を投げつけてきたのだ。
「おい、ふざけんじゃねえぞ!」
泥の弾程度だったらまだなんとかなったが、さすがにあの頭がぶつかれば塹壕ごと泥に埋もれてしまう。そう思った墓蒔がひとり飛び出すと、半身になってバットを構えた。
「ユミズ! これ、本当に魔法を打ち返せるんだろうなあ!」
「え? ええ、ですが!」
「ちょっとくらいバットが汚れるかもしんねえが、黙ってろ!」
墓蒔の体を軽く超す大きさの泥の球。中身までしっかり詰まった泥だとすれば、重量もなかなかのものに違いない。
「バッター、大きく振りかぶって――打ちました!」
殴打王をフルスイング。
球は大きいので空振りはありえない。
真芯……とはいかないが、クレイマンの頭の真ん中あたりに当たったそれは。
「――は?」
そのまま割れて砕けて、墓蒔の体は泥に埋もれた。




