第136話 ……あれ、クレイマンか?
最初に見えたのは影だった。
ぼんやりとした灯りの中で、一つの影が……人間の形をした影が一つ、浮かんでいた。
友情崩壊ダンジョンの、道の真ん中。
行く手を阻むかのように、足を開いて立ちふさがっている。
灯りのないダンジョンの中で、光源を持っていないのか顔も服装も真っ黒でわからない。逆光のせいでそう見えているのかと思ったが、どうやらそれだけのせいではないらしい。
誰なのか判別できない中、ユミズが辺りを照らす魔法を――さっきまで使っていた魔法を強めるように、辺りを照らす光を強めていく。
徐々に見通しがよくなっていく洞窟内。しかし、いくら光が強くなっても人影はいつまでも人影のままだった。
――あれはいったい誰だ?
三人がそれぞれ思ったが、よく見るとそれは人ではなかった。
人型ではあったが。
人の形をしていたが――。
人の姿を模しているようだが。
ただ、人の形をしているだけだった。
人の形をしているだけの、なにかだった。
「……あれ、クレイマンか?」
墓蒔が呟くと、それが合図だったかのようにその人型をしたものは顔をあげた。
……いや、泥の球体が乗っているだけなので、そこが顔なのかどうかすらわからないが、確かにそれは、三人を見たような気がした。
クレイマン。
泥で出来た人形。
一言で表すなら、それしかないだろう。
大人一人が、全身を泥で覆われたような見た目。十分に水を含んだ泥は少し動いただけでべしゃべしゃと流れていきそうなのだが、どういうわけか人の形をしたまま崩れないでいる。
ひょっとしたら中に核――つまり本当に人がいて、泥に埋もれてしまったのではないかと思うほどだ。
だが、もしそうだとしたら、直立不動のままなのは少しおかしい。
暴れてもおかしくなさそうなものだ。
泥の中で、呼吸などできるはずがないのだから。
助けを求めて、もがき苦しんでもおかしくない。
それすらできないということは、その人はもう死んでいるはずだ。
「えっと……」と試神が言葉を探そうと目線を泳がす。
次の行動を決めかねているようだが、なんとなく危ない雰囲気を察しているのかクレイマンのほうに歩み寄ろうとはしなかった。
と。
先に動いたのはクレイマンだった。
ズズズッと滑るように、こちらに近づいてくる。
人型をしているためちゃんと足があるのだが、それは地面から離れられないのか、離すつもりがないのか下にくっついたままである。
ズルズルとクレイマンが動くと、床が土から泥に変わっていく。体が崩れていっている様子はないので、こちらに近寄るころには体が溶けて消えている、ということはなさそうだった。
友情崩壊ダンジョンの奥――クレイマンの後ろには、泥の道はない。
つまり、入ってきた試神たちをいつからか追ってきたのではなく、ここで生まれたということになる。
そして。
理由はわからないが。
「……――なあ、とりあえずさ」
なんとなく、友好的な気がしない。
「俺様たち、逃げたほうがいいんじゃね?」
墓蒔がそう言うか早いか、三人は駆けだしていた。
友情崩壊ダンジョンは初心者用として親しまれているダンジョンだ。
その理由のひとつとして、敵となる存在がほかのダンジョンと比べ生まれにくく、探索することだけに集中できるという他に、行きも帰りも道が単純でわかりやすいというものがある。
前回、試神が入ったときは分かれ道や落とし穴こそあったものの、迷路のように入り組んでいるわけではなかった。
そして今回。
アタリを引いたのか、今回の友情崩壊ダンジョンは特に簡単なつくりになっていた。入ったときからそうだったのだが、とにかく一本道が続いていたのだ。
延々と、どこまでもまっすぐ続く道。
分かれ道がなく、道幅も変わらない。
ともすればどこかでループしているのかと思うほど、景色が変わらない。
これが普通の探索であれば道を覚える必要がないのでありがたいが、今回ばかりは運が悪い。
分かれ道がないということはすなわち――
「ちくしょう! どこまで行ってもアイツを振りきれねえぞ!」
墓蒔が叫びながら後ろを振り向く。走っても走っても、クレイマンとの距離は変わらなかった。ひょっとして一定の距離を保っているのかと思ったが、こちらが速度を緩めればしっかり距離を縮めてくるのだから安心できない。
走っている道は湿ってこそいるものの泥にまみれてはいないため、道はループしているいないとわかるが、状況はなにも変わらない。むしろ奥へ奥へと進んでいるため、良くなっているとは言い難かった。この先が行き止まりになっている可能性もあるため、悪化の一途をたどっている可能性のほうが高い。
「ユミズ、あいつなんとかできねえのか!?」
「なんとかってなんですか?」
「なんかこう……魔法を使ってさ、すごい力でバーンってやるようなやつだよ!」
「指示はもっと具体的にわかりやすくお願いします!」
やいやい言い合う二人の真ん中で、試神がふと後ろを振り向き。
「あれ?」
と、足を止めた。
「どうしました、神羅さん」
「……止まってる」
試神に連れられてユミズも足を止め、振り返る。試神の言う通り、さっきまで滑るように追いかけてきたクレイマンが止まっていた。
「お? とうとう諦めたのか? よっしゃ、じゃあ今のうちにさっさと逃げるぞ」
「いや、ちょっと待て墓蒔」
距離が開いたせいで、クレイマンのいる位置が暗く見えにくい。ユミズが辺りを照らす魔法を弱めたせいだ。そのため、ただでさえ土と同化しているクレイマンの輪郭が、さらに周りに溶け込んでしまっている。
目を細めてなんとかその姿を捉えようとする。動きを止めた奴だが、直立のままではなく、両腕を前に突き出しているように見えた。
待って。
そう見えなくもないが。
多分違うのだろう。
なにをしようとしているのか。
試神が首を傾げたとき、その頬をなにかがかすめ。
「イッテェ!!」
墓蒔の腰に当たった。




