第132話 ゆーやや
墓蒔が人形を確認する横で、試神は隠していた『ハクアイ』を胸の前に持ってくる。
「今はいいけど、そのうちこれもホルダーが欲しいな。それみたいに、腰にぶら下げればいいのかな」
「んあ? なんだよ、お前それ持ち歩くつもりだったのか?」
「当たり前だろ」
『ハクアイ』を閉じたまま上部から覗くと、破ったページが歯抜けのようにわずかに隙間になっているのがわかった。まだ目立たないくらいだが、このままいけばさらに大きくなっていくことだろう。
試神は目を閉じて、片手で『ハクアイ』を開く。
開いたところは、さっきからページを破っているところだった。いつの間にか、そこを開く癖がついてしまったのだろう。
……特定の箇所だけページが欠けていくのは、ちょっとみっともないよな。
破ったとこのないところを開き、のどの部分を指でなぞる。
と、また墓蒔が『ハクアイ』を凝視しているのに気が付いた。
「なんだ、お前。やっぱりこれが欲しいんじゃないのか?」
「違うっつーの、お前が本を開いたりする動作がいやに手慣れてるなって思っただけ」
「なんだ、また俺のものを欲しがってるのかと思った」
「別に人のものをなんでも欲しがるわけじゃねえから。気に入ったものだけだ」
「じゃあ、この本は気に入らないのか?」
「気に入る気に入らないの前に、興味がないね」
どっちかっつーと、こっちのほうが面白みがある。墓蒔がそういって殴打王を握り、一回振った。
「そういえばよ、お前のさっきの魔法……『かんく』だっけ? その呪文、メモッとかなくていいのか?」
「メモる? なんで」
「適当に考えたんだろ? 忘れたらその魔法、使えねえじゃん……って思ったけど、別に呪文がなくても魔法は使えるんだよな。ということは、メモもいらないのか」
地球人だから呪文があったほうがいい、と言ったのは試神だが、魔法を使う上で言葉は必須ではない。
「お前の火をつけた魔法も、特になにも言ってなかったしな」
「そうだなあ。だとしたら、こっちもなにかあったほうがいいよな」
「いいよなあって、現状使えているもんにわざわざ呪文を付け足すっての? 無駄じゃね? する意味がわからん」
「意味じゃなくて、意識の問題だよ」
「ますますわからん」
「たとえば……『ゆーやや』とかどうだ?」
「どうだって言われても、知らんし」
試神が一回本を閉じ、そしてまた開く。
「ゆーやや」
言いながらページを破ると、さっき見せたような火がページに灯った。
「うん。しっくりくる」
「……ああ、さよけ。わざわざ一工程増やした意味がわからんけど、お前が納得してんならそれでいいんじゃね? なんか適当にもほどがある呪文だけど、そんな調子で覚えてられんのか? それとも毎回適当に言うつもりなのか?」
「大丈夫、覚えられるよ。忘れたら、そのとき考えるさ」
別に光りを生む魔法=かんく、ではないのだ。使うためのトリガーのような役割を試神が勝手に決めているだけで、そんなものがなくても魔法が使える。
自転車に乗るようなもの、と表現している通り、本当なら体が覚えているはずなので、ページを破るだけで光を生む魔法は使えるはずなのである。
「かんく、ゆーやや……。俺様、五分後には忘れてそう」
「逆に覚えられにくい呪文のほうがなかなかいいんじゃないか?」
「そういうのはゲームや漫画の中だけの話しだ」
魔法を使う際、その言葉をパスワードのようして発動することができないようにするなら話しは別だが、そうでなければわざわざ覚えにくい呪文にする必要がない。
特に試神は『開いたら魔法が発動するようにしたい』と要望を出しているのだ。まだパッケージ化されていない魔法だからそうしているのであって、覚えにくい名前の魔法は邪魔にしかならないはずである。
「ゲームの呪文どころか、出てくる登場人物の名前すら満足に覚えられない俺様だから、魔法と呪文が結びつかないのは苦手だな」
「そのぐらい覚えろよ。……そういえば、ユミズさんの本名ってなんていうのかな」
「……お前は会話初心者か? なんだそのあまりに脈絡のない話題の変え方」
「お前が登場人物の名前とかいうから、そこまで脈絡のない話題とは思わんけどなあ」
言いながら、試神が財布を取り出し、ユミズの名刺を墓蒔に渡す。
「ほら、見てみろよ、この名刺。名前のところに『ユミズ』としか書いてなくてさ、気になってたんだ。これって苗字なのか名前なのかわからないなって」
ユミズ。
名刺に一番大きく書かれているそれは、カタカナ三文字だけだ。
もちろん名刺なので隅に会社名や電話番号はしっかり書かれているが、ほかに人名らしきものは見当たらない。
「メールでもずっと『ユミズ』としか書いてなかったしさ、訊くにきけなくて。名前……なのかな。苗字がなんなのかって思って」
「ふーん」
「ひょっとして、あぶり出しとかなのかなあ」
「……なんでそんな発想が出てくるのか不思議でならんが。地球ではあぶり出しで名刺を作るのが一般的なのか?」
「俺は地球じゃ社会人じゃなかったから、わからん。俺のお父さんもお母さんも名刺は持ってたんだろうけど、見たことはなかったし」
「名刺交換したあとにライターで炙ってるサラリーマンを見たら、嫌いな奴の名刺を焼こうとしてるとしか思わんけどな、俺様」
墓蒔が弾くようにして名刺を返す。
「別に訊いたらいいんじゃね? 『あなたのお名前なんですか?』って。まあ、訊いても多分『ユミズ』って返ってくるだけだと思うけど」
「それじゃあ意味ないんだけどなあ」
「というか、名刺にもかかないっていうことは、そういうことだろ」
「……どういうことだよ」
試神が言うと、墓蒔は一回眉根を寄せ、それから納得したように大きく頷いた。
「にゃるほどね、お前は知らないんだな」
「だから、なにがだよ」
「ユミズってのは、多分偽名だよ」
「……偽名?」
いきなりなにを言いだすのか。
鼻から息を吐きながら墓蒔の顔を見ると。
うはは、と笑いながら。
墓蒔の目は笑っていなかった。
冗談を言っているのではない。




