第126話 なぜ異球に?
「けれど、いくら試神さんが理想とする『魔法』があろうと、所詮は空想です。魔法は魔法ができることしかできませんし、魔法は魔法にしかなれません。地球の人は魔法を使えない。だからこそ魔法にキラキラしたものを感じてしまうのでしょうが、実際はただの道具でしかありません。本にしても、実際に手にして使ってみたとき、イメージとかけ離れて幻滅することもあるかもしれません。杖に戻ってくる可能性はまだあると思いますよ」
次に心殺がメッセージを送るまで、少し間が開いた。
「神羅さんは、地球の方なのにそこまで魔法に興味がないと人だと思いますが、最初からそうだったのでしょうか?」
「はい」
出会ったときから。
魔法を見せたときから、変わらずそうだった。
魔法というものを、あまり特別視していなかった。
杖を持ったときもそれは顕著だった気がする。
あまり魔法を使いたがらなかったり、普通なら大事にしそうな杖を簡単に忘れてしまったり。
……こんな地球人は初めてだと、タタンは思う。
「こんなことを訊いてよいのかわかりませんが、そんな方が、なぜ異球に?」
タタンの手が止まる。
なぜ―――。
なぜ試神は、異球にきたのか。
(……連れて来られたというのが正しいのでしょうが)
試神は召喚されてきた。
これは間違いなく異球の魔法使いによるものだ。
試神と出会った日に、高級高度行動隊から送られてきた人によってきいたので間違いない。
しかし。
(試神さんは、地球から離れたいと思っていたことは事実なはず)
転生や召喚の候補は、そういう思考を持つ人じゃないと選ばれない。
無意識に拒否をするからだ。
だから試神も、そういう願望があったのだろう。
それも軽くではない。本気で、そう思わないといけない。
本気で、逃げたいと―――思わなくてはいけない。
そして。
魔法が使えない地球から魔法が使える異球にきたということは、試神も『魔法が使いたい』という願いが少なからずあったはずなのだ。
逃げたいという想いより少ないにしても。
それだって、異球に召喚された理由になりえるはず。
「所長は、なにかきいていないのですか?」
聞いていません。
そう書いてから。
「…………」
一回、全部の文字を消し、新たに打ち直す。
「さあ、私には、わかりかねます」
「そうですか」
「なぜ試神さんが異球に来たのか、それも召喚を選んだのかはわかりませんが、せっかく来たのですから楽しんでいただければいいと思っていますよ」
未だに試神は、帰りたいと言っていないのだ。おそらく地球に戻りたいという思いはないのだろう。
それがなぜなのかは、わからない。
「気になりませんか?」
心殺が打った。
少し鼓動が早くなる。試神の顔が浮かぶ。
気になりませんか?
もちろん、気になる。
気になるが―――。
「いずれ話してくれるんじゃないかな、と、私は思っています」
だから。
「その時が来るまで、待つつもりです」
「そうですか」
心殺のそのメッセージが来るまで、かなりの間が開いた。
Φ
にぎやかなダンジョンというものを試神は経験したことがない。人生においてこれが二回目のダンジョンであるというのもその理由の一つだが、もう一つの理由として『ラストワン』と一緒だから、というのが大きいだろう。
『ラストワン』がいるとわかった時点で。
ほとんど全員がダンジョンから退避、もしくは出てきてしまった。
友情崩壊ダンジョンに到着してまもなくだったらまだ中に入った人もいたのだろうが、入る前に試神に連れていかれ、ユミズと長々話してしまったあとである。
中に何人いるか、知れたものじゃない。
これまでも、『ラストワン』の名前を聞いてダンジョンから出てくる人は多かったが、ここまでではなかった気がする。
もちろん墓蒔の噂を聞いて、触らぬ神に祟りなしと言った具合に避けていく人は多かったが、その中でも一定数はダンジョンに残っていたものである。それは墓蒔のことを知らない本当の初心者であったり、逆に『ラストワン』を殺してやろうと意気込む人たちだった。
『仲間殺し』を逆に殺して、名を広めてやろう。
どこの世界にも、そんな輩はいるものである。
墓蒔はそんな奴らを相手にしながら、時には勝手に、強引に、無理やり仲間にして『ラストワン』を発動していたわけだが。
おそらく、それはもう叶わないだろう。
高難易度のダンジョンではまだわからないが、中途半端なレベルのダンジョンでは墓蒔が近づいただけで蜘蛛を散らすように人が逃げていくに違いない。
一昨日、創造根底館の『アイアンメイド』とやりあったことが、予想以上にきいている。
今まで不確かで不明瞭だった―――名前だけしか伝わっていなかった『ラストワン』という力に、創造根底館同等というわかりやすい指標がついてしまった。
一昨日。
まだ二日前のことなのに。
それをもうほとんどの人が知っている。
異様な広がり具合だが、それも創造根底館のお膝元であるが故の反応なのかもしれない。そしてそんな状態で、ダンジョン探索を楽しめるわけもない。
試神の前で何度も「帰る」と言っていた墓蒔だったが、半分以上ほんとだったのだ。
おそらく、友情崩壊ダンジョンに入ることはないだろう。
そんな気持ちさえしてきたのだが。
―――まさか、二人も連れて入るとは思わなんだ。
嘆息する墓蒔の前で、ユミズと試神が本魔究竟等―――今は名前を『ハクアイ』に変えたそれを広げて、会話をしている。
カラカラカラカラとバットを引きずる音にもまったく気を引くことなく。
会話の内容は、主に使い方の説明だ。
破ることでページに蓄えられた魔力がにじみ出て魔法が使える。
誰でも使えるよう簡単な造りにしているが、注意事項がないわけではない。
正しく使われず怪我でもされたら、困るのはユミズのほうなのだ。




