第117話 宣伝効果
「―――『ハクアイ』で名前の登録を完了しました。ほかに同じ名前はありませんので、これは紛れもなく、神羅さんただ一人のものです」
ユミズがそういってノートパソコンをリュックにしまう。
『ハクアイ』の名前を言ったときに取り出したものだ。向かいなので画面は見えなかったが、本の名前が羅列してあるリストみたいなものがあり、そこに記載したのだろう。
てっきり本のどこかに名前を彫るのかと思っていたのだが、こちらにはなにもしないらしい。
と思いきや。
「希望であれば完成品には『ハクアイ』の名前を入れることはできますので、言ってください。装飾も多数用意してありますのでご自由に。もちろん、オリジナルデザインも受け付けてますよ」
とのことだ。
そういえば、名前をつけたとはいえ、今の本は試供品―――いわば借り物なのである。
本当の『ハクアイ』を手にできるのはもっとあとだ。
「では、今日のところはひとまずこのくらいにしましょうか。急いで決めるものでもありませんし、パッケージ化する魔法については口頭ではなくきちんと文章に残しておきたいですしね。詳細が決まれば、また後日改めて連絡をください」
ユミズが頭を下げ、慌てて試神も同じく真似をする。
「何回か使用いただいて、使用感を教えてください。重さの件も、おおよその検討が付いた段階で連絡いただければ製作可能か工場に問い合わせを行います」
「えっと、このお金は」
「こちらはあくまで無料サンプルなので、必要ないですよ。お譲りします。中のページも、もし少なくなったら連絡ください。数十枚程度でしたらサンプルとしてお渡しします。……まあ、それが何回も続いたり、100枚単位で要求されるといつまでも無償でお渡しするのはこちらとしても厳しいので、見積もりを送付することになると思いますが……。できるかぎり、お安くはするつもりですよ」
もう一度、『ハクアイ』に目を落とす。
譲る。ユミズが言ったことばをもう一回反芻し、意味を再確認する。
これをもらっていいとは、気前がいいというか……なんとなく悪い気がしてくる。
それとも、ビジネスの世界では当たり前なのだろうか。
なんか、裏がある気がしてたまらない。
「その便宜は、こいつが創造根底館の職員だからか?」
墓蒔が欠伸をしながら聞いた。
「それとも、ガブリンからの紹介っていう友達割引みたいなもん?」
「まあ……半分辺りです」
ユミズが目線を試神に移しながら、冷静に返す。
「本音を言ってしまうと、こちらの商品をぜひ使っていただきたいんですよ。この本を創造根底館の職員が使われるとなると、それなりの宣伝効果になりますからね。そりゃあ売り込みもします」
「……宣伝なんて言われても……俺は魔法がうまくないですし、効果があるかなんてわかりませんよ」
「採用された実績があればいいんです」
そんなものでいいのだろうか。「商品の採用に関しても、実際は神羅さんの上長とのお話になると思いますが、使用者の意見は重要視されますからね。仮に同じような―――本の形をした魔道具があったとしても、重さや感触などいい方を選ぶのが当然でしょう」
カブリンの紹介に加え試神の好感触となれば、もう採用は決まったも当然。
だが、もし万が一のことがないように最善を尽くす。
ユミズのこれまでの行為はそういうことらしい。
……まあ、当たり前だよな。
試神がそう思うと同時、少し安心した。
これで裏も思惑もなく完全なる善意でやっていたとしたら、逆に怖くなっていただろう。
むしろ明け透けに言ってくれて、気持ちよかったくらいだ。
「あと、もう一つ。これは神羅さんではなく、あくまでこちらの話になるんですが」ユミズが試神に断りを入れてから『ハクアイ』を開き、白紙のページを指さす。
「こちらのページ、さっき説明したように中に魔力を貯めます。ですが、その量が結構かさむんです。魔力はこの本だけではなくほかの製品でも使うので、こればかりに割り当てるわけにはいかないんですが、予想以上に魔力を消費されて少し困っているんです。今はまだなんとかなっていますが、この先どんどん生産が増えると魔力が足りなくなる可能性があります。これでもし神羅さんが―――創造根底館でも使われているとなれば、さらに発注が増えるでしょう」
「……それで?」
「そうなったときに備えて、魔王室にこのページを置かせていただけないか、ご相談させていただきたいんです」
ページを置く。
それは保管、という意味ではないのだろう。
魔力を貯めるのだから、当然魔力に満ちた空間であったほうがいい。
魔王室なら、魔力の量も十分というわけだ。
それにあの部屋は、無駄にスペースがあまっている。多少物をおいたくらいで困ることはない。
だが。
「……それは、さすがに俺の判断じゃ」
「わかってます。だからこれは神羅さんの採用不採用に関わらず、改めて創造根底館に伺ってお話するつもりでした」
ビジネスのお話ですね、そういわれてしまうと試神はなにも言えない。
「もし置かせていただけないとなると……そうですねえ、少しでもいいので魔石の欠片をいただけないか相談させていただかないと、だめですかねえ」
「魔石があればいいんですか?」
「魔石なんてものを使うのかよ」
その言葉に、二人が反応する。
「ええ。小指の爪ほどの大きさで十分なんですが……多分だめでしょうねえ」
だめなのか?
試神の目が墓蒔に向く。
魔石なんか。
そんな気持ちだったのだが、どうやら反応を見る限り自分の感覚が少しずれているらしい。
墓蒔も顔をしかめている。
「小指の爪なんて大きすぎだろ。どんだけ巨大な工場なんだよ。まつ毛くらいでいいんじゃねえのか」
「大きいのは承知してますよ。ある程度の余裕を見て、その大きさですね。あとは管理上のことを考えてです。あまり小さすぎると経年劣化で簡単に崩れてしまいますし、動かすこともままならないため保管方法も考えなくてはいけない。そうなると、ある程度の大きさがあることが望ましいんですよ」
……まつ毛ほどの大きさの魔石なんて、あっただろうか。
もしあったとしても、ユミズの言う通り、もってくる途中で砕けてしまう気がする。




