第112話 ブックエンドユーザー
A4サイズの、深い赤色をした革張りの本。文字も傷も、まったくない。
見た目は、ハードカバーというのだろうか。表紙も背表紙も厚く、そう簡単に折れることはなさそうだ。下手なナイフなら貫通できないのではないだろうか。
……いや、もしかしたら、その程度のことは―――攻撃を守ることくらいはデフォルトで搭載されているのかもしれない。
これは、ただの本ではないのだ。
メールで添付してあった写真で見たことがある。
本魔究竟等。
魔法を使うことができる、本だ。
「どうぞ、手に取って確かめてみてください」
見てるだけの試神にやきもきしたのか、ユミズが促す。
言われるがままに手に取ってみると、意外と軽い。
けれど、見た目に反してちゃっちい作りになっているわけではなさそうだった。魔法か、それともなにかほかの技術が入っているのか軽量化が入っている。
……中を見てもいいのだろうか。
試神が目でユミズに確認を取ると「中を見ても構いませんよ」ときた。「というより、これはすでに貴方のものです。好きにしていただいてかまいません。落として傷をつけても大丈夫です」
そう言われても『じゃあ雑に扱いますね』となれるわけもない。
ゆっくりと表紙を開く。
が。
中は、白紙だった。
そのページだけではない。
次のページも、その次のページも。
最後のページまで、真っ白だった。
「とりあえずの試供品ということで、今はなにもない白紙のページですが、本来はそこにご要望であったパッケージ化、アプリ化された魔法のページが入ります。そこに色をつけるか文字を入れるか写真をいれるかは神羅さんが決めてください」
「じゃ、このページはいったいなんなんだ?」横から墓蒔が口を挟む。「試供品ってことでただの紙を挟んでんのか?」
「まさか、違いますよ。というより、本来はこっちの白紙のページのほうを売りにしている商品なんです」
ユミズがリュックから、メモ帳を一冊、取り出す。
表紙を捲ると半分くらい使いかけてあることがわかった。普段の業務でも使えそうな、上の部分が糊とじされているタイプのメモ帳だ。
「これも、大きさは違いますが同じ紙を使って作られてまして」
言いながら、メモ帳一枚、天糊部分から剥がす。
と、いきなりその紙から炎があがった。
ライターで火をつけたような感じだが、紙は燃えていない。ユミズは振って火を消すと、紙をくしゃくしゃに丸めてポケットにしまった。
「こうやって破くことによって、魔法を使うことができます。この紙一枚一枚が魔力を蓄えてまして、破くことで魔力が外に漏れ出すようになっているんです」
「ほー、なるほどな」
墓蒔が驚く反応を見せるが、試神はあらかじめ使い方を教えられていたので特に驚かない。
「もちろん素材は紙ですので、普通にノートとして使うこともできますよ。ただ……たとえば万年筆のような、先の鋭いもので紙面をひっかくくらいはまだ大丈夫ですが、ハサミで切りこみを入れられると中の魔力が漏れてしまいますが」
ページを一枚、触ってみるが。
普段さわるような紙と、なんら変わりないものだった。
「ふーん、破かなきゃ魔法が使えないってぐらいだからやっぱり、外から魔力はほとんど感じねえな」
「そこはウチの技術力ですよ」
「ページ一枚一枚が袋とじ……のようにはなってねえよな、やっぱ。となると、繊維自体に魔力を練りこんでるのか?」
「詳しくは企業秘密ですが、まあ、おおむねそんな感じです」
二人の話しを聞きながらページを一枚、引っ張ってみる。
くん、と紙が伸びたような気がしたが、ページが取れたりはしなかった。
ユミズが見せたのはメモ帳だったのですぐに切れたようだが、こちらは本の形をしているためひっぱるだけではだめらしい。
ちゃんと、破かないと―――。
「どうぞ、もっと力一杯やっちゃってください」
「え?」
ユミズが破る動作を見せる
「遠慮はいりません、それはお試し用の無料サンプルです。ちゃんとしたものはパッケージ化する魔法が決まったあとになります」
「無料サンプル……」
「実際に使ってもらって、使用感に問題ないか確認いただくことが目的のものです。ページを破くとき、もっと簡単に破けたほうがいいのか。それとも逆に破れにくいほうがいいのか。紙の質感はツルツルのほうがいいのか、ザラザラがいいのかなど、神羅さんの要望に聞いてから変更を加えます」
無料、そして本番はまた仕様が変わるときいて、少し心が軽くなる。
……が、まだ少し抵抗があった。
「……なんだよ、うじうじして。一気にやっちまえよ」
「そんなこと言われてもさ……本のページを破るのってなんか抵抗あるんだよな」
ノートやメモ帳の形をしているものならこれまで何度もページを破ってきたことがあったが、さすがにここまでがっしりとした造りのもの破ったことはない。本は大切に扱えということが身についているからか、なんとなくいけないことをしている気分になってくる。
「それに、これページも本も使い捨てだろ? そう簡単にできないって」
「確かにページは使い捨てですが、本は違いますよ」
答えたのはユミズだった。
「もし中のページを使い切った場合、もしくは中身が少なくなった場合、こちらに送ってくだされば中身を補充してお返しします。新しいものを再度購入されてもいいですが、本自体その人に合うようカスタマイズされているので、側は使い続けるかたが多いですね。もちろんメンテナンスも承っていますよ。……まあ、メンテナンスも紙の補充も、別途お金がかかりますが」
「なるへそ、そうやって稼ぐのか」
ルーズリーフのように外を固定して、中身を売ることで儲けを得る商品のようだ。本やノートなら規格も統一されているので、多少使いまわしがきくということなのだろう。
「紙の方は、使ったら本に挟んでも魔力が戻ったりはしないのでそのまま捨てても構いませんが、ページ補充の際に一緒に送付いただければいくらか値引きいたしますよ。リサイクルですね」
「……それなら、納得もできるか」
破いたとしても再利用できるのならば、罪悪感もないだろう。




