第111話 ユミズ
お前は勘違いをしている、と試神は言った。
それか、思い違いをしている、と言って。
「俺は別に、お前が『仲間殺し』だろうがなんだろうが全く気にしない。過去に何十人殺していようが、これから何百人殺そうが一向にかまわん。好きにしてくれ」
「…………」
「俺がお前をここに連れてきた理由は、さっき言っただろ? お前を見つけたからだよ。『味方殺し』」
「…………」
「俺は自分を汚したくない。だから、これから殺しをするだろうなと思うお前を放っておくことはできなかった。それがお前をこの場に留める理由だよ」
死ぬなら、俺の見えないところで、知らないところで勝手に死んでくれ。
死にそうになっている墓蒔を助けたときに言ったセリフだ。
今回も、それと同じことなのだ。
―――殺すなら、俺の知らないところで勝手に殺してくれ。
自分の手の届かないところの生き死にまで、試神は気を配ろうとは思わない。そんなこと、到底無理な話しだ。
でも。
見えるところは。
手を伸ばして、なんとかできる範囲であるならば。
それは、無視できない。
無視してはいけない。
これが、自分にかしたルールなのだから。
「今回、お前を見つけて、かつ触れる範囲にいたからな」
極端な話し、墓蒔が先に試神を見つけ、魔法かなんかで逃げてくれればそれまでだった。
試神の目の届かない範囲での行動は管轄外だ。今回はそれができなかった―――見つけてしまったから、全力でそれを阻止する。
それだけだった。
「……お前、めんどくせえなあ」
「そういうな。俺も、この体を汚さないようにするのでいっぱいいっぱいなんだ。だから大人しく付き合えよ」
「やだよ」
「これが終わったらあとでいくらでもダンジョン探索につきやってやるから、そこに座ってろって」
「はあ!? なんでそうなんだよ!」
「お前みたいなやつを一人放っておけるわけないだろうが」
「……チッ。いいよ、わかったよ。じゃあ今日は帰って大人しくしてるわ。だからこれでバイバイな」
「おいおい、そんなバレバレの嘘、信じるわけないだろう」
「なんでだよ! お前の目の前から消えてやるって言ってんだからいいだろうが!」
「もし帰るんなら俺が家まで送ってやるから、それまで待ってろ」
「なんで家を特定しようとしてんだよ! ストーカーかお前は!」
そんなやかましく騒ぎ立てる二人の前に、近づく影があった。
試神と墓蒔の前。
ベンチの前までゆっくり歩み寄ってくるその影に、二人は同時に気が付いた。
性別のわからない人だった。
癖のない金髪のポニーテール。枯草色の麻のシャツに黒のパンツ。もっとも特徴的なのは、背中にある大きなリュックだった。試神がダンジョン探索に持って行ったものよりも倍近く大きい。オフィスチェアーすらまるまる入ってしまいそうなほど膨らんだリュックを背負う姿は、カタツムリのようでもあった。
しかし、そんな巨大なものを軽そうに担ぎながら、その人はにこやかに二人の前に立った。
「すいません、あなたが神羅さんで、間違いないですかね」
声をきいてもやっぱり性別が判断できない。
試神は慌てて立つと。
「あ、そうです。……えっと、あなたが……」
メールに書いてあった名前を思い出し、口にだそうとすると。
その人は、片手を胸に当てながら言った。
「はい、ガブリンさんに紹介いただきました、ユミズです。どうぞ、ごひいきに」
想像よりずっと若い人だった。
ずっとメールでのやりとりで、電話もしなかったものだから声もきいていない。けれど、しっかりとした文面からもっと歳を重ねた人だと思っていたが、目の前に座っている人は白髪どころか皴一つない顔をしている。
試神より年上であることは確かだが、それでも30は超えていないだろう。
大学生くらい、だろうか。
心殺と同じか、創造根底館の営業である千差 苦同と同じくらいかもしれない。
「ちょうど時間にもなりましたね」
共有スペースにある屋外時計を見ながら、ユミズが言った。
長針が動き、12の文字に重なる。
待ち合わせ時間ジャストになった。
「お待たせしてしまったようで申し訳ありません。出かけ際に電話が来てしまい、少し早めに来るはずがギリギリになってしまいました」
流れるような動作で名刺を一枚、取り出すと、試神に向かって差し出してくる。
えっと、と慌てる試神に「とりあえず、もらっとけばいいんじゃね」と墓蒔が声をかけた。
「い……いただきます」
両手で受け取り、まじまじと見る。名刺なんてもらったのは初めてだった。
硬い紙に「ユミズ」の文字、ほかには小さな文字が書いているのが見えるが、目が滑ってなんて書いているのかわからない。
(うわー、俺、テンパってる)
「……………………」
「いつまで見てんだよ、早く座れ」
受け取ったはいいがどうすればわからなくなっている試神を、墓蒔が手を引いて無理やり座らせる。
名刺はテーブルの上に置くようにいった。本来なら名刺入れの上に置いて……のようなマナーやら小難しいものがいろいろあるのだが、試神がその手に不慣れなことはみてわかったはずだ。多少のことは目を瞑ってくれるだろうとの判断だった。
すぐしまってもよかったのだが、今日は風もない。置いたところで邪魔になったりはしないだろう。
ユミズも、試神が名刺を持っているとは思っていないらしく、試神のあとに席に座る。
ベンチの隣に巨大なリュックを置き、ユミズが微笑みかけた。
「では早速、はじめたいんですが」
と、いったん区切り、目線を横にスライドさせる。
その先にいるのは、墓蒔だ。
「……ラストワンもご一緒で?」
疑問というよりは嫌悪感を込めての問い。
それには墓蒔が答えた。
「俺様だっていますぐ立ち去りたいけどさ、こいつが追いかけてくるのが目に見えてるし、諦めてくれや。全く、今日来るんじゃなかった。運が悪い」
ユミズも先ほどのやりとりを見ていたのだろう。それに疑問をいだく様子はない。
「……まあ、神羅さんが同席を希望されるのでしたら、それでも構いませんが」
そのまま目線を試神に戻すと、試神は一回、首肯する。
そうなってしまえば、もうユミズに言えることはなにもなかった。
溜息ひとつついて、納得したという意味を込めて首を振る。
「でしたら、ラストワンも一緒ということではじめましょうか」
ユミズの顔が真面目なものになり。
そして、巨大なリュックから本を一冊、取り出した。




