第110話 バーカ
「―――というわけなので、ひょっとしたら試神さんから杖が入るようパンツの手直し依頼がいくかもしれません。そのときはよろしくお願いします」
そこまでチャットを打ってから、少し甘やかし過ぎでしょうか、とタタンが思う。
昨日、チャットが苦手と言っていた彼のため、とりあえず事前連絡くらいはしておいてあげようと思っていたのだが。
(苦手というわりには、文章を作ったり文字を打つのはそこまで苦労している様子じゃなかったんですよね)
試神が望む道具があっという間―――というより僅かその数時間後に見つかり、詳細決定のため商社の担当者とメールのやりとりをすることになったのだが、まさか自分がやるとは思ってなかったらしく、大きく驚いていたのを覚えている。
―――こちらもフォローはしますし、まずはやってみてください。今後、試神さんにも他社さんとのメールのやりとりはお願いするつもりなので、今のうちに慣れておいたほうがいいですよ
そう宥めつつ試神をパソコンに向かわせメールを打たせてみたのだが……書き出しこそ苦労していたものの、初めてしまえばなんてことない。
途中、言葉使いが間違ってないか確認するようお願いはあったものの、メールの文章はしっかりしており問題はなかった。一部わかりにくい箇所は修正をかけたが、文面を変えてしまうものではない。文字を打つスピードも平均くらいだ。
逆に教えることがなくてつまらないと思うほどである。
「ビジネス用のメールと同僚に打つチャットは、気持ちの面からもまったく違いますし、そのせいなんですかね」
苦手なら苦手でもいいが、まったく触ってくれないのは逆に問題だ。
今後、試神に連絡を取りたいとき、電話しか手段がないのは辛い。それに、あとで見ておいて欲しい、特に緊急性の高くないメッセージを伝えたいときなどは、チャットのほうが便利なのだ。
慣れてもらう意味でも、試神のほうから心殺に連絡を取って欲しいところではあるが。
「…………」
しかし、もうここまで打ってしまったのだ。
仕方ないとばかりに送信ボタンを押し、心殺にメッセージを送る。
次回からもう少し厳しくしよう。
そう思い、コーヒーでも淹れてこようかと席を立ったら。
メッセージが既読になっていた。
……珍しい。
いつもは数時間後に既読になることもざらなのに。
今日はパソコンで調べものでもしていたのだろうか。
タタンは席に戻ると、さらに心殺にメッセージを送る。
「昨日お休みされてましたが、もう体調は大丈夫なんでしょうか? もしなんなら、今日も早退してもかまいませんよ」
返信はすぐにきた。
「問題ありません。昨日は疲れていただけなので。どこも怪我もしていないので、労災の必要もありません」
「さすがですね」
「いえ」
一言だけ打って、少し間が開いた。
「ラストワンは、最初から最後まで遊んでましたから。怪我をせず、ただこちらが疲れるのは当たり前です」
Φ
固まったのは一瞬だった。試神にも気付かれないほどのわずかな時間息をのんで。
「そうだけど、それがなに?」
墓蒔は威嚇するように、大きく笑ってみせた。
「味方殺しの『ラストワン』。俺様がそう呼ばれてるから、どうだっていうんだ?」
「だから、それが理由だよ。それが理由で、俺はお前を引っ張ってきたんだ」
「意味わかんねえなあ」
ベンチの上で足を組む。
顎を上げ、少し背をそらす。相手を挑発するときにするポーズだったが、試神はとくに感情を揺らしたりはしなかった。
正直、知っているとは思わなかった。
―――いや、一昨日、ダンジョンから出てきたときに試神の携帯に大量のメッセージが送られていたり、何度も電話がかかってきたところを見ると、創造根底館の職員の中にも『ラストワン』のことを知っている人物がいたのだろう。
そしてその人は、『ラストワン』がどんな人物なのか知っていたのだろう。
知っていたからこそ、『アイアンメイド』を送りこんだのだろう。
なら当然、試神もあとから教えられていて当然なのだが、さっきまでのやりとりの中で、そんな様子は一切感じられなかった。
味方殺し。
味方、殺し。
知っていたら、知らず知らずのうちに態度が変わるはずなのに。
「そういやあお前、地球からの召喚者だったな。確か向こうじゃ、意味のない殺しはご法度なんだっけ。なるほど。なるほどなるほどなーるほど。わかったぜ。お前は俺様が殺しを行うことが許せないんだ」
「…………」
「無暗に命を奪うことが信じられないんだ。無用に誰かを殺めることが気にくわないんだ。身勝手に未来を踏みにじる行為を見過ごせないんだ」
「…………」
「命は大事です、ただひとつしかないんです。誰にも奪われる権利なんかないんです。だから『仲間殺し』なんか止めましょうって、お前はそう言いたいんだな? お前は俺様に殺しを止めてほしいって言葉を並べて懇願でもするんだろう?」
「…………」
「なあ、そうだろう?」
墓蒔のニヤニヤとした顔をしばらく見ていた試神だったが。
その目に、特に感情が籠ってないことに、墓蒔は気が付いた。
侮蔑も、恐怖も全くない。
『味方殺し』と聞いているのに―――いや、一昨日、身をもって『味方殺し』を経験しているというのに、その言葉にまったくなんの感情も抱いていない。
ダンジョンに突き落とされたあと、また合流したときのように、《《受け入れている》》。
―――味方殺しの『ラストワン』って呼ばれてるんだって?
今思えばその言葉も、脅しや揶揄ではなく。
単に、確認するような口調だったような気も―――
「墓蒔」
やがて、試神が言った。
「バーカ」
心底あきれたように頬杖をつく試神を見て。
「…………」
今度は、墓蒔が黙る番だった。




