第107話 趣味のひとつ
高校に通っていたときも電話ではなくチャットで話すほうが楽という友人が多く、驚いた印象がある。
逆に「顔を見ながら会話したい」はおじさん臭いと言われ、ショックを受けた。
「チャットとかが便利ってのはわかるんだけど……なんていうか、相手のテンションがわからないんだよな」
「テンション?」
「感情がわからないっていう感じ? 良くも悪くも文面以上の情報がないから、裏の意味とか読み取れないしな。その人の感情を読み取りながら会話ができないのは、なかなか辛い。感情の乗ってない無機質な言葉って、実際受け取るとかなり怖いし」
話すとき、想像以上に声のトーンや仕草、表情を見ているものだ。
それを完全に遮断して、感情を文字だけで判断するのになかなか慣れない。
絵文字も顔文字も、感情を判断するには少し頼りない。
「だから必要以上に丁寧に文を打っちゃって、普通に話すより何倍も疲れる。それに、話し言葉だったら多少詰まろうがどもろうが、話しの組み立てが少し変になっていたとしても誤魔化せるけど、文章だと読み直せるから、ちゃんと書かないといけないしな」
「ビジネスだと、言った言わないの話になるので、文章が残るメールやチャットのほうがいいんですがね。納期とか金額とか発注とか、お互いの認識があわなかったら大変なことになるので」
「それもそうなんだけどな」
試神も実際、約束の時間なんかは何回も助けられたことがあるので、役立つことはわかっている。
わかっているのだが……。
「……ひょっとして、文字を打つって動作が苦手なのかな?」
「地球の人ってそういうのが得意なイメージでしたが、違うんですか?」
「俺が慣れないだけかもしれんけど」
パソコンも持ってたみたいだけど、ほとんど使わなかったしな。
試神が机上のノートパソコンをぺしぺしと叩く。
「でも、そっか。ビジネスだとメール必須か。そろそろ慣れとかないといけんよなあ」
「携帯は十分使えてるので、案外すぐだと思いますけどね。メールもビジネスだからといってあまり堅くし過ぎる必要もないと思います。言葉使いにしても、私みたいに『ですます』口調でいけば不愉快になることはないと思いますよ」
「キチンと敬語使わんと怒られるということはないか?」
「逆に完璧な敬語でくるメールの方が怖いですよ。いったいどこから来たのか、かなり焦ります」
ぺら一枚のお知らせよりしっかりと封所された通知書のほうが大事のような気がするというものなのだろうか。
「創造根底館の人はそんな言葉使いを気にする方もいませんし、まずはチャットなんかで慣れていけばいいんじゃないでしょうか?」
「んー……」
実際、タタンを前にしても敬語を話す人はいないし、心殺にしてもそこまで言葉使いを気にすることはないのだろうけど。
「まあ、ゆっくり慣れてください。……ああ、ちなみに、もし責慈さんに連絡するなら明日以降でお願いします。今日はお休みなので」
「休み?」
事務所を見渡す……といっても今日は来ていないことは朝のうちにタタンに確認していたのだが、休みを取っているとは知らなかった。
「昨日は来てた……よな。今日はどうしたんだ? 病気か?」
「いえ、そういうわけではなく、疲れたので休みますとのことでした」
「……疲れたので休みます?」
昨日は、試神は半休のため午前で創造根底館を出てしまったが、その時は特に疲れるようなものはなかった。
疲れたので休む。
それだけ聞くと体だけではなく、精神的なものも少し心配になってしまうがタタンはそんな心配はしていないようだった
「昨日……俺がダンジョン探索に行ってる間、なにかあったのかな?」
「さあ?」と、タタンが首を傾げる。「私も明日詳細をきくところですね」
あまり会話がかみ合っていないようにも思うが、タタンもよくわからないということなのだろう。
長期的な休みではないところをみると、本当に体を休める目的で休みをとったということか。
だが、だとしたら。
「ますます、ポケットの修正の件は言い出し難いな」
必要かどうかはまだ不明だが、もしそうなれな自分でやったほうがいいかもしれない。
怪我は怖いが、裁縫の技術はあって困るものでもない。
鍛錬を兼ねてチャレンジしてみるものいいかもしれない。
そうなると糸と針を買わんといけないな、と考え出す試神を見て。
「と、いうか」
タタンが溜息を吐いた。
「杖の収納云々を考えているということは、まだ試神さんはダンジョン探索に行かれるつもりなんですね。ラストワンなんてものに会ったっていうのに」
昨日、ダンジョンからの帰り道でタタンから連絡があった際、ラストワンに会ってダンジョンを探索したことはすでに報告していた。
怪我はなかったのかと心配されたが、『杖が折れた』とだけ報告し、あとはなにも言っていない。
穴に落ちた―――落とされたことも、言っていない。
隠そうとしたつもりはない。
試神も直前まで話そうとも思っていたのだが、逆にこちらが心配になるほどのチャットや電話の数を思い出し、止めたのだ。
―――言ったら余計に心配させる気がする。
試神からしてみれば落ちたことも話しのネタにするつもりだったのだが、とてもそういう空気ではなかった。
「積極的に行くつもりはないけどな。……まあ、趣味のひとつになればいいかとは思ってるよ」
「なかなか危険な趣味ですね」
「そうかあ……っていいたいとこだけど、確かにそうかもな。なんか昨日、得体の知れない化け物にも会ったし」
「化け物?」
そういえばこれは言ってなかったか。
試神が咳ばらいをする。
「昨日、墓蒔―――ラストワンとダンジョンにいったとき、中でラスボスみたいな奴とあったんだよ。全身から小さな棘を生やした、黒い小山みたいな化け物」
それは責慈 心殺の使った固有魔法―――鉄の塊に、異物、ガブッとラビットの牙が残っただけの姿だったのだが、血にまみれていたせいで材質が鉄だということにも気が付いていなかった。
ましてや、なかにいたのが心殺ということも、試神は知らなかった。




