第106話 いろいろ不運が重なってね
創造根底館、事務所内。
休憩が終わり午後の業務が始まってすぐのことだった。
「こんなものしかありませんでしたね」
団扇を扇ぐように振りながら、タタンが持っていたものを試神の前に置く。
それは、一本の杖だった。
見ようによっては枯れ枝にしか見えない、歪に曲がった円柱のような杖。
見た目も質感も木の枝そのものなのだが、もちろんそんなわけない。『杖』という名前だけあって、魔法を使うことができる特別な道具だ。
今日は来ていない人の席に座った試神が、杖を手に取る。
摘まむようにもったあと、二、三回軽く振って、感触を確かめた。
「うん、見た目も前のものと変わらないし、これで十分だ、ありがと。これ、もらっていいのか?」
「使ってください。創造根底館の落とし物ですので、有効活用できて良かったです」
落とし物。
―――忘れ物。
その言葉に少し試神が眉根を寄せる。
リュックの中に入っていた人形が、頭をよぎった。
あれも忘れ物だった。
……もらってもいいのだろうか。
そんなことを思うが、名前を書いているわけでもないし、取りにこないということはもう要らないということなのだろう。
誰のものだったかわからないが、丁寧にお礼を言って、有り難く頂戴することにする。
せっかくだし、なにか魔法でも使ってみよう―――と思って。
「これ、もらっておいてなんだけど壊れてないよな?」
「さっき軽く使ってみましたが、問題なく使えそうでしたよ」
それをきいて安心する。
とりあえず慣れた……というよりそれしか使えない、杖の先端に火を灯す魔法を使う。
さして苦戦することなく火がついたことを確認すると、振って火を消した。
「杖特有の癖みたいなものとか、ないんだな」
「……なんですかそれ。そんなものあったら、メーカーが直してますよ。道具ごとに使用感が違ったら大変じゃないですか」
「この杖って天然ものじゃないのか? 同じものでも微妙に個性があるのかと思った」
「天然……というか木を加工しているのは間違いないですが、杖ごとに性能は揃えていると思いますよ。杖ごとに貯められる魔力の量がおおきく違ったり、出力する量が違えばおいそれと買い換えられないんで」
貯められる魔力の量。
そういえば、この杖の特徴はそれだった。
詳細はわからないが、この杖は中に魔力を貯めておくことができるのだという。そしてそれを消費して、魔法を使うことができるのだという。
「うーん、やっぱり俺の感覚だと、一回一回、魔力を貯めるのはなんか手間に思うんだよな」
「出会った日にも説明しましたが、空気中の魔力を直接扱うには濃度も足りませんし不純物も混ざってますから適さないんですよ。一回フィルターを通す必要がある。それが、私たちがもっている魔力を貯める器官であったり、その杖だったりするわけです」
それは知っている。
知っているが……。
なんとなく、慣れない。
「……にしても、なんでダンジョン探索に行って杖なんか折ることになるんですかね」
以前は、試神も一本、自前の杖を持っていた。
それもタタンにもらったものだったが、壊してしまったのだ。
「いろいろ不運が重なってね」
「不運…………ですか」
必要以上に言い淀んだような声をだしたタタンが眉根を寄せ、席に座る。
目の前にあったコーヒーを飲もうとして―――その手が止まった。
「温かいものに淹れ直しております、苦労をかけたお礼です。遠慮なくお飲みください」
「それはどうも」
タタンがコーヒーをすする。
試神がダンジョン探索から帰ってきた翌日のこと。
杖を折ってしまったので代わりはないか、という試神に、タタンが新しいのを探してきたのだ。
「この杖、あとでちゃんとホルダーに入るか確認しないとなあ」
「ホルダー……ああ、責慈さんが取り付けてくれたやつですね」
ダンジョン探索用のパンツ。
もともとは前……名前が変わっているのでそう表現していいのかわからないが……前創造根底館のトップだった人が持っていたものだ。
なかなか大きかったそれを裾上げしてもらうと同時に、持ち運びできるよう杖が入る便利なポケットを付けてもらったのだが、ぴったりサイズにつくってもらったために、新しいコレが入るかどうかはわからない。
杖自身も、曲げ跡が残ったままの髪の毛のような、全体でみればまっすぐになっているが、ところどころ折り目のような角が立っている箇所がある。
ポケットにも幅がなかったため、このまま入るか微妙なところだ。
服の材質は布のためいくらか伸び縮みはするだろうが、下手にまた折れてしまうかもしれない。
「入らなかったらどうしよっかなあ、俺でも修正できるかな」
「おや、試神さんは裁縫ができるんですね」
「学校で教えてもらったからな。ボタン付けとか、簡単な縫物くらいならできるさ」
服は作れんだろうがなあ、と言ったらタタンに「でしょうね」といって笑われた。さすがにそこまでの技術があるとは思っていないらしい。
「また頼めばいいんじゃないでしょうか?」
「んー……せっかく付けてもらったのに、いきなり修正してとは言い辛いんだよなあ。前の杖はどうした、とか訊かれても困るしさ」
「……ああ、そうですね」
そういえば、とタタンが思う。
(結局、試神さんは責慈さんがダンジョンに行ったこと、知らないんでしたっけ)
昨日帰ってきたときに大まかに事情は聴いたが、その中に彼女に会った、という内容は含まれていなかった。わざと避けている様子もなかったので、単純に会わなかったか、会えなかったのだろう。
(それもまた、不運のひとつなのかもしれませんね)
「なんだかんだでずっとお世話になってるから、さらに迷惑かけても悪いしさ」
「……今更じゃないでしょうか?」
「ん?」
「いえ、なんでも」
またタタンがコーヒーを啜る。
「まあ、もし頼むなら軽くチャットで事前に相談しておいたほうがいいでしょうね。次回出社したときに言おうなんて思っていたら、いつになるかわかりませんし。恥ずかしいなら個人チャットで会話すればいいと思いますよ。出社していなくても、仕事中ですのでチャットなら見ると思います。そこで了解を得たら、次回来た時に渡すか、私に言ってくれれば責慈さんの家まで魔法で届けておきますよ。責慈さんはなんでもかんでも人にベラベラしゃべる性格ではないので、黙っておいてくれるでしょう」
ここにいる人はみんな口が堅いですからね。
タタンがちらっと、試神の後ろを見る。
ぺらり、とページを捲る音が微かに聞こえた。
「んー。チャットかあ」
「……そういえば、試神さんが誰かとチャットしているのを見たことがありませんが、使い方は知っていますか?」
「流石にそれくらいは知ってる」
名前は違うものの、そういうツール自体は地球にいたときから使っていた。
中身はほぼ似通ったものなので、こちらでも抵抗なく使える……とは思うが。
「俺、チャットって苦手なんだよな。直接話したほうがいいっていうか、顔を見ながら会話したいっていうか」
「珍しいですね。チャットのほうが楽って方が多いのに」
「そうなんだろうけどなあ」




