第105話 くだらない
試神は墓蒔に訊いていた。
ダンジョンに入って、なにがしたかったのか。と。
目的でいえば、<ラストワン>を発動させたかった、なのだろう。
けれど、それはあくまで表の目的だ。
裏の目的は、<ラストワン>を使って遊びたかった、に過ぎない。
何度も攻略して飽き飽きしていたゲームを、なんとか面白くしようとしていただけにすぎない。
ガチガチに縛って難易度を上げ、発動条件を難しくした固有魔法。
それを発動できた達成感はなかなか素晴らしいものではあるのだが、最近ではそれすら物足りないのだ。
遊び足りない。
疲れ足りない。
満ち足りない。
つまらない。
全力で遊んでも壊れないオモチャが欲しい。
「…………まったく、子どもなのです」
「うははは。男ってのはいつまでたっても中身は少年なのよ? ……つーわけで、付き合ってくれねえかなあ、胸を貸してくれよ、お姉ちゃん」
軽薄なナンパのような誘いを。
「お断りなのです」
きっぱりと言って、心殺が姿勢を正した。
それを見て、墓蒔が「お?」と声を漏らす。
表情がすっかり、冷めていた。
初めて会ったときのような、興味を失った顔をしていた。
「……つれないねえ」
墓蒔もようやく戦闘態勢をとる。
と言っても、仁王立ちになるだけだったが。
「ちなみに、朗報だ、姉ちゃん。<ラストワン>だが、今はまだ全力じゃねえ。発動できちゃいるが、フルパワーにはほど遠い。……おそらく、試神を殺せず、別れたのが原因だろうな。パーティー内に一人になるって条件を満たしていいのか、わかりかねてる感じ。不死だけは100%近く発揮できちゃいるが、あとはどっちも中途半端。そんでも遊ぶには十分だと思うが、一応言っとくぜ」
その発言に深い意味があったわけではない。
墓蒔は最初から全力で遊ぶつもりだったが、もしかしたらそれが期待に沿えないかもと思ってのことだった。
それ以外は完全にフェア精神、親切心のみである。
心殺はそれを。
「くだらない」
嘲笑と共に一蹴した。
「……なんだって?」
「くだらない。相手が全力で来ようと逃げようと、コンディションが悪かろうがなんだろうが関係ありません。こちらはいつも通り。殺すだけです」
「全力じゃないとはいえ、一応、完全、不死、無敵の俺様だぜ?」
「それがどうしたというのです」
「…………」
「完全を壊さず、不死を殺さず、無敵を下さずして、創造根底館の職員は務まりません。ましては不死程度しか残っていないのでは、興ざめもいいところなのです」
「じゃあ、教えてくれよ。不死を俺様を、どうやって殺すっていうんだ?」
「殺し続ければいいでしょう?」
一歩。
心殺が墓蒔に近寄った。
「生物である以上、殺し続けて死なないものなどいるわけがありません。不死なんてものは結局、死ぬ前に身体を高速で治しているだけにすぎないのです。殺し続ければいつかは死ぬ。それは当たり前のことです」
「なるほどね。でも、無限に治し続けられるから不死っていうんだぜ?」
「無限のエネルギーなど、内包できるわけないのです。そんなことしたら、体の中から破裂しておしまいです」
パン、と。
心殺が言った。
何度も墓蒔を―――形身代わりをそうしたように、小さな破裂音を口にする。
「エネルギーはいつか枯渇して死ぬ。そんなもの、脅威ではありません」
よかったのです、と心殺が今度は安堵の表情を浮かべる。
「正直、わけのわからない魔法を相手にするほうが怖かったのです。なにをしてくるかわからない。名前のわからない相手ほど怖いものはない。けれど、完全、不死、無敵など、ありふれたものだとわかった以上、恐れるものはなにもないのです」
それに。と心殺が続ける。
「ここはダンジョンなのです。だとしたら、私が直接手を下すより、もっとあなた好みの終わり方、死に方もあるのです」
おもむろにポケットに手を入れて、携帯を取り出す。
完全に視界から墓蒔を外すと、両手で操作をし始めた
メールやチャットの確認、ではない。
ましては応援を呼ぶのでもない。
単に、時間を確認しているのだ。
「あと四、五時間と言ったところですか」
また携帯をしまう。最初から最後まで隙だらけの動作であったが、墓蒔はなにもしなかった。
四、五時間。
今現在の時刻を墓蒔はわからないが。
その時間がきたらなにが起こるか、わからないわけではない。
試神を外に連れ出したころから逆算すると。
ちょうど―――日付が変わる時刻だ。
そのときになにが起こるか、わからない墓蒔ではない。
―――リセット。
ダンジョン内の、更新の時間だ。
「縛りプレイがお好みでしたね」と言って、また心殺が笑みを見せた。「でしたら、全身を寸刻みにして鉄で固めたあと、放置プレイなどいかがですか?」
「…………へッ」
「あなたのそのご自慢の体で、ぜひリセットに挑戦してみてください」
―――きっと、ぞくぞくする体験になると思いますよ?
心殺が言って。
「…………」
墓蒔はなにも言わなかった。
試したことは、今まで一度もない。
何度も<ラストワン>を発動しているが、日付をまたいでまでダンジョンにとどまったことはこれまでしてこなかった。
一度もなかったから、こうして生きているのだろう。
経験も、確証もない。
ないが。
感覚でわかる。
勘が告げている。
本能が叫んでいる。
リセットは、あれは、別物なのだ。
ルールのようなものなのだろう。
手出しできない。
太刀打ちできない。
抗うことなどできない。
完全。不死。無敵。
それらを完全に発動した状態の<ラストワン>であっても、リセットには耐えることができない。
中にあるものと同様、そのまま消滅して終わりだろう。
完全だろうと不死だろうと無敵だろうと関係なく。
お終いだ。
「……―――うははッ」
数秒の静寂のあと。
墓蒔の大笑いが友情崩壊ダンジョンに響いた。
「いいねえ、姉ちゃん! そうこなくっちゃな! そうこなくっちゃな! そうこなくっちゃなああああ!!」
いつの間にか。
墓蒔のジーパンのシルエットが変わっていた。
ポケットというポケットにパンパンに詰められていたもの―――異物が、いつの間にか消えている。
動きやすいように、異物をすべて魔法で移動させたのだ。
身を守るための異物も、今となっては―――<ラストワン>を発動した状態ではかえって邪魔にしかならない。
効果的に使えば不意を突けるかもしれない異物も、今の心殺の前では無意味だろう。もし今、試神が投げたような携行灯が降ってきても、その効果を知っていても知らなくても、眉一つ動かさず処理するに違いない。
墓蒔は笑い、笑い、笑い続けて。
急にピタリと止まった。
「全力で遊んでやるよ。日が変わるまでな」
墓蒔が距離を詰め。
「今日は、見たいアニメがあるのでさっさと終わらせて帰ります」
心殺もそれに応じた。
そうして、二人はぶつかった。
ダンジョン内で、二人きりで。
心ゆくまで。
片方は殺し合い、片方は遊び尽くした。
―――そしてその日。
友情崩壊ダンジョンは、その名前の通り、崩壊した。
『ラストワン』と『アイアンメイド』。
力と力がぶつかりあった結果、耐えられるものなど何一つなかった。
砂という砂が、石という石が、道という道が、壁という壁が、異物という異物が、人が通れなさそうな小道一本にいたるまで徹底的に破壊され。
そして次の日には、何事もなかったように、元通りになったのである。
勝敗は、つかなかった。
決着も、つかなかった。
―― 第八章 完 ――




