第102話 固有魔法
心殺の後ろで鉄の塊が量産されていく。
ボーリングの玉ほどの大きさの塊が、どんどんできあがっていく。
鉄混じりの風はまだ止まないので、さらに増えていくのだろう。
磁力を使って吸い寄せているのだろうが、墓蒔の持っている鉄製品は全く反応していない。
できないのではなく、していないのだ。
操るものの区別くらい、心殺はできて当然である。
「固有魔法<アイアンメイド>。ご察しの通り、私は磁力使いなのです。磁力、磁気、磁場使い。触手も棘も、私を守った鉄の塊も、小さな鉄片を集めてできたものです」
一歩、心殺が歩みを進める。
ハイヒールを履いているのだが、相変わらず足音はしなかった。
理由は簡単で、靴底が地面についていないからだ。
足音を立てないよう、磁場を利用して、地面ギリギリを浮いている。
「先ほどの疑問もお答えするのです。『ラストワン』。触手や棘に使われていた鉄はどこから持ってきたのか。それは当然、移動魔法などで持ってきたわけではないのです」
―――すべて、天然ものです。
心殺が両手を広げる。
ここが―――ダンジョンが、洞窟でよかった。ここなら、自分の力が最大限に発揮できる。
「土は意外に、鉄を含んでいるものなのです」
ゆえにアイアンメイド。
アイアン、メイド―――鉄を、作る。鉄から、作る。
うははと、墓蒔が言った。
「俺様の体が破裂したのも、磁力か」
「もちろんなのです。血液の中の鉄分を磁化させ、反発させる。体内の血液を、心臓を中心点にして一斉に反発を起こせば、破裂するのです」
パンと。
人形がそうなったように、ガブッとラビットがそうなったように。
以前、創造根底館で来客があった際、試神の目の前で男の体が破裂したように。
(……血液の中の鉄分を磁化とか、無茶苦茶通り越して滅茶苦茶だよな)
うはは、と墓蒔が笑い―――口には出さなかった。
魔法なのだから。
その一文で、大抵のことはできてしまう。
それを理解しているからこそ、墓蒔は黙っている。
「神羅さんがいなくて良かったのです。いくら対象を選んでいるとはいえ間違いがあっても嫌ですし、なによりやるなら全力でいきたいのです」
「うははは、そう思ってくれるなら嬉しいねえ。……ああ、そういえば、試神だけど、とっくに俺様と別れて帰って行ったぜ?」
「知ってるのです」と心殺が携帯を見せる。「ずいぶん前に、所長から連絡があったのです。長らく連絡が取れなかったけれど、突然繋がるようになって無事が確認できたと」
「そりゃよかった」
他人事のように言って、肩をすくめる。
「なんか知らんが、繋がんなかったみたいだし、壊れてたのかね」
「単純に、運が悪かったのでしょう」
「運ね。あんたが電磁障害を起こしたわけじゃないのかい?」
「そんなことはしないのです。単にたまたま電話が繋がらないという不幸が訪れただけなのです」
「へー」
心殺の言う意味がわからず、墓蒔が適当に相槌を打つ。
不幸と言われても、墓蒔には興味のないことだった。
それよりも。
そんなことよりも、もっと興味をひかれることがあった。
「うはは。そんで、姉ちゃん。あんた、なんでまだここにいんだ?」
試神がこの場にいないことがわかっていながらも、こうやってダンジョンに居続ける、ということは。
「俺様と戦いたかったってことで、OK?」
「馬鹿なことを言わないでほしいのです。そんな恐ろしいことはしたくないのです」
「恐ろしい? ……じゃあ、これは一体なんだっていうんだ?」
「決まっているでしょう」
心殺は言った。
「殺し合いです」
心殺に限らず、創造根底館の職員は『戦う』という言葉をあまり使用しない。
『戦う』という場面を選ばない。
『戦う』という状況を作らない。
そもそも創造根底館の職員相手に『戦う』ことができる人材があまりいない、その土俵に立てるものがあまりいないということが前提にあるのだが、彼らは積極的に『戦う』ことを避けているから、というのが一番大きい。
『戦う』前に終わらす。
それが、彼らにとっての基本だ。
バトル漫画のように、技名叫んで徐々に本気を出して拮抗してギリギリの攻防の上で勝利する、なんて矜持を、彼らは持っていない。
技名を叫ばず最初から全力で相手を圧倒しいつ始まったかわからないまま確殺する。
名乗るころには終わらしている。
姿を見せるころには終わらしている。
固有魔法を説明するころには、殺し終わっている。
そうでないと。
―――怖いからだ。
『戦う』ということが、怖い。
姿を見せるということが、怖い。
殺されるかもしれないということが、怖い。
―――それなのに。
「―――撃て」と心殺が言って。
周りに飛んでいた鉄球が、一斉に墓蒔に向かって飛んで行った。
レールガンの仕組みで打ち出された球。
その一発一発は音速をこえているのだが。
「だから、姉ちゃん。そんなん無駄だって」
墓蒔はそれを、全て受けきった。
避けることもせず、その砲弾すべてを体で受け止めた。
顔には笑みを浮かべたまま、痛がることもせず。
むしろ両手を広げ、当たる範囲を広くして。
「今の俺様に、そんなものはきかねえよ」
顔面に向かっていった鉄球を、そのまま額でかち割る。のけぞることすらできず砕けた鉄の破片は、また心殺のもとに集まると別の鉄球の一部となり、再度射出されていく。
無限に続く鉄の雨……だが。
効いているようすは全くない。
これはあまりにも。
「…………危険なのです」
心殺が小さくつぶやく。
自分に言い聞かせるように、自分にだけ聞こえるように、つぶやく。
この攻撃では殺せない。
それはもう十分にわかっている。
だったらもう、十分じゃないか。
「逃げましょう」
戦闘を避けるために。
「いったん、引きましょう」
このままでは埒が明かない。
「姿を見せず、不意打って殺しましょう」
危険ではない方法で、確実に殺しましょう。
わかっている。
頭でも心でも体でもわかっている。
―――それなのに。
「いいねえ、姉ちゃん! 俺様を殺してみろよ!」
―――この戦いを楽しんでいる、自分がいる。
「……はあ。まだまだ修行が足りないのです」
心殺が言った瞬間、目の前から、鉄の塊が飛んできた。
驚いたのは一瞬で、すぐに磁力を反発させて後ろにずらす。
自分の<アイアンメイド>の出力を誤ったのではなく。
予想通り、墓蒔が投げてきたものだった。
回収する前の鉄の塊を力任せに固めて、ぶん投げてきたらしい。
「そろそろ俺様も反撃にでていいかな」
墓蒔の周りにあった鉄が、地面に落ちる。
それだけじゃない。
心殺の周りにあったものすら制御がきかなくなり、次々に地面に落ちていった。
磁性がなくなった、のではない。
もっと強い力で、無理やり押さえつけられたのだ。
「ダンジョン特化型固有魔法 <ラストワン>」
墓蒔が握る動作をして。
鉄の塊が、次々に砕けていった。
「……ダンジョン、特化型?」
聞いたことない固有魔法に、心殺の表情が眉が動く。
「うはは、いいだろ。制約つきの固有魔法! ダンジョンのみでしか使えず、さらに固有魔法発動前は普通の魔法すら満足に使えないほど魔力を貯められない!」
<ラストワン>発動時、主人公になる。
墓蒔は試神にそう言った。
逆を言えば、発動前は主人公ではない。
魔法を使えず、弱く、満足に戦うことすらできない。
守ってもらうことしかできない。
パーティーの影で、ひっそりを息を殺すことしかできない。
けれど、いざピンチになれば。
仲間が全滅し、ただ一人だけになれば。
「ダンジョン内でパーティーメンバーが俺様一人になったとき、自身に完全、不死、最強を付与する!」
主人公は、覚醒する。




