第100話 その材料は、どこにあったんだろうか
じゃり、と。
暗闇の中―――自分の前から土を踏む音がして、心殺は足を止めた。
「――うはは」
と笑う声がして。
途端、通路内から、闇が取り除かれた。
さっき通ってきた通路も、そして前方に伸びる道も。
その全てが、一度に照らされる。
それなのに。
―――心殺の目は、少しもダメージを受けてはいなかった。
先ほどの、誰が投げたものとも知らない閃光弾の時でさえ、ここまで―――通路全体を照らすことはできなかったはずなのに。
それ以上の光で照らしているというのに、その光は、全く痛くない。
「よーやっと見つけることができた。てっきりすれ違いになっちまったかと思って、俺様焦っちまったよ」
心殺の目の前に、不敵に笑う少年が一人、立っていた。
寝癖を雑に鉢巻でまとめたような髪。
ポケットに物を詰め込み過ぎてシルエットを失ったパンツ。上半身は可愛い花のアップリケで埋め尽くされているシャツ。だが、その出来栄えから見るに既製品ではないのだろう。ひょっとしたら、自分でつけているのかもしれない。
忘れもしない特徴的な見た目。
どうみても、さっきあった少年ではあるのだが。
「また会えたな、姉ちゃん」
心殺には、目の前にいる藤藤 墓蒔が。
同一人物に見えるのだが、同一人物には思えなかった。
雰囲気がまるで違っている。
初めて対峙したときは笑いながらも、いつ逃げようか隙を伺っているような感じではあったが。
今は、自信に満ちた表情で、心殺の前に立ちはだかるように仁王立ちしている。
ニヤニヤと笑いながら、墓蒔が下唇を舐める。
「この灯りは俺様からのサービスな。姉ちゃんなら別に辺りが真っ暗だろうがしっかり見えていようが関係ないとは思うけどさ。やっぱりやり合うならできる限り要らないもんは排除したいじゃん。俺様、正々堂々って案外好きなの」
真正面からぶつかりがたいがために、あたりを照らした。
それも、心殺を一切傷つけずに。
そのまま攻撃していれば、もしかしたら傷くらいはつけれたかもしれないのに。
「…………」
心殺は黙ったまま、魔法を使う。
甘い、と思いながら。
見えないように。
わからないように。
正々堂々を選んだ墓蒔とは違い。
正々堂々、不意打ちすることを選んで。
墓蒔の体を――結果として人形がそうなってしまったが、破裂させたときと同じ魔法を使う。
パン。
と。
小さな音を立てて体、もしくは腰にぶら下げている人形が弾けて消える――
――と思ったのだが。
「きかねえよ」
破裂音はしなかった。
体も、人形も、なにも変化がない。
墓蒔は、全くの無傷だった。
「創造根底館の職員の一人、アイアンメイド。鉄使い」
言いながら、墓蒔が腰の後ろに手を回す。
またなにか異物を出すのかと思ったが。
「――って、世間ではそうなってるな。けどよ、そうなると一つ、わからねえ……腑に落ちないことがあるんだよな」
墓蒔が見せたのは、先ほどから何度も身代わりになってる人形だった。
まだ壊れていない人形をひとつ、心殺に見せる。
命人形・形身代わり。
心殺は名前すら知らないだろうが、その効果は知っている。
致命傷を肩代わりしてくれる、夢のようなアイテムだ。
「この人形は、持ち主が死ぬとき一回だけ身代わりになってくれる。受けたダメージを肩代わりしてくれる。俺様のお気に入りの異物のひとつなんだけど……一体どういう原理でそうなってるかは不明だけどな。肩代わりするのはあくまで致命傷で、例えばナイフで斬られて血が出た程度じゃ、この人形はうんともすんとも言わねえし。まあ、その傷が原因で出血死したら助けてくれんだろうけど……まったく、なかなかどうして謎だよな。うはは。そのあたりの不思議さは、『異物だから』で済ますのがいいんだろうな。細かいことをいちいち気にしてたら始まんねえし」
ぐにぐにと人形を握りつぶす。人形は握力で形を変えものの、それが原因で壊れたりはしなかった。
「で、さっきの話に戻んだけどさ。俺様がわかんねえのは、どうしてこの人形は、さっきから破裂してるかってことなんだよ。この人形が壊れるとき―――この人形が死ぬとき、それは対象者と同じように死んでいくんだ。同じ死に方で死んでいく。同じ壊れ方をしていく。首が斬られたら人形の首が落ちるし、頭の中から棘が生えてきて栗の毬みたいになれば、人形の頭にも穴が開く。じゃあよ破裂ってのは、どういうことなんだ?」
――鉄をどうやって使えば、破裂なんてものに結びつくんだ?
墓蒔がきいて。
「…………」
心殺が黙った。
「もちろん姉ちゃんが別の魔法を使ってるって考えれば簡単だ。別に固有魔法以外を使っちゃいけないなんてことはないしな。即死目的で、俺様を殺すために体を破裂させたいうことは十分考えられる。けど、そんなことするだろうか?」
「…………」
「固有魔法っつーのは、いわば自分が一番使い慣れた魔法だ。一番信頼をおける魔法だ。一番確実な魔法だ。姉ちゃんほどの―――出会い頭に必殺をお見舞いするあんたが、固有魔法以外で俺様を攻撃するなんてことがありえるだろうか」
「…………」
「さらにひとつ、納得いっていない点をあげようか。俺様を拘束し、殺しかけた触手。そんで、姉ちゃんの体を覆い隠すほどの鉄の塊。その材料は、どこにあったんだろうか?」
「…………」
「俺様と会ったとき、あんたは別に鉄の塊をもっていたわけじゃなかった。じゃあ、あの触手は、あれほどの密度を持った鉄は、あんたはどうやって用意したんだ? どこかに貯めてあった鉄を魔法で瞬間移動させた? 土の中に隠してた?」
「…………」
「そんで、隠し持ってた鉄をどうやって操作してんだ? 特に触手。あんなうねうね動くやつ、初めてみたぜ。固めて飛ばしては鉄使いの十八番だとしても、生き物みたいに動くとは思わなんだ。てっきり固まる前の流動体の状態を維持してるのかと思ったが、そうじゃないしな。俺様をしっかりと拘束し、喉頭無形を割り砕くほどの硬度もあった」
「…………」
なあ、姉ちゃん。
「あんた、鉄使いじゃないだろ」




