第98話 『ラストワン』って、どんな魔法なんだ?
テントを出て多死悲喜交々に向かう途中、やはりというか周りからの視線を感じていた。
ところどころから『ラストワン』の声が聞こえてきたので、ここにいる人たちはみんな知っていたということなのだろう。
「…………お前、本当に有名人だったんだな」
「うははのは」
有名人はお互い様だろうと墓蒔は思うが、口にはしなかった。
この場で。
『ラストワン』として墓蒔が注目を浴びているのはもちろんだが。
同じくらい試神にも、『創造根底館の職員』として、同じような視線を向けられているのに。
『ラストワン』と『創造根底館の職員』が一緒にダンジョンから出てきた。
その事実が、視線を集める一番の理由だというのに。
「…………」
「視線が気になるかい?」
「まあ、多少は」
見られる、ということに、試神はあまりいい思い出がない。
特にこうやって遠くからクスクス笑われるような感じを好きな人はいないだろう。
見るな、とは言わないが、せめてもう少し隠してくれとは思う。
これはあまりに、露骨すぎる。
(それもこれも、墓蒔の持つ『ラストワン』ってやつの発動条件のせいか)
自分一人にならないといけない固有魔法。
ロロロの話しでは、固有魔法は自分で作り上げるものだと聞いているのに、なぜそんな魔法にしているのか。
そして、その魔法で得られるものは……。
「……あれ、そういえば墓蒔」
「どったの?」
「『ラストワン』って、どんな魔法なんだ?」
「……はあ?」
間抜けな顔をして聞き返される。顎が外れそうなほど、ぽかんと口が開いていた。
「だから、『ラストワン』が発動したら、どうなんだよ」
パーティーメンバーが一人になれば発動可能とは訊いているが。
そのために突き落とされたことは知っているが。
そのあとは聞いていない。
発動して、どうなるかまでは聞いていない。
「え? なに、今更それ訊いちゃうの?」
「今更って、な……。確かに、訊くのはちょっと遅いかもしれんけど、タイミングなかったし、仕方ないだろ」
思えば発動条件を訊いたあたりで一緒に訊けばよかったのかもしれないが、そこまで気が回らなかった、というのが本音だった。
固有魔法の内容より。
固有魔法に発動条件が必要なのか、というのが気になってしまった。
「『ラストワン』が発動したら―――」
墓蒔が外れそうなほど開いた顎を持ち上げ。
「ああ」
「俺様は―――主人公になる」
「…………あん?」
「うはは」
「……なんか、よくわからん固有魔法だな」
「俺様も自分の魔法だけどパーティーメンバーのとことか理解しきれてないし、そのよくわからんも含めて俺様らしい魔法ってことでいいんじゃね?」
そんなのを固有魔法と呼んでいいのかと疑問に思わないでもないが、魔法すべてを理解することはできないことも知っているので強く言えない。
思えば携帯だってどうして電話できるのか、インターネットとはなんなのか理解して使用しているわけではないのだから、固有魔法といえどもその程度でいいのかもしれなかった。
「……ん? ということはさ」
「ああ」
「今、注目を集めてるのは、やっぱり『ラストワン』が発動してるからなのか?」
「……どういうことだ?」
「お前、俺を突き落として一人になったことで『ラストワン』が発動してんだろ? 主人公になったんだから、こうやって人目を集めてるんじゃないのか?」
墓蒔は自分の胸に手を当てた。
理屈ではわからないが、感覚でわかる。
まだ、パーティーメンバーは、二人であると。
『ラストワン』の発動条件を満たしていない、と。
「―――うはは」
「……墓蒔?」
きょとんとする試神に、墓蒔はさらに「うはは」と笑う。
「やっぱお前、おもしれえわ」
「面白いってどういう―――」
ことだよ。そう試神が言いきる前に、ポケットの中で振動が起こった。
思わず手を当て、振動の発信源がなんなのか、手の中にある感触を頼りに思い出すと。
「そうだ、携帯!」
「んあ?」
震えているのは携帯だった。
慌ててポケットから出すと、そのタイミングで振動が止まってしまった。
振動の長さからして、どうやら着信だったらしい。
そこまで長い時間放置していたわけではないが、痺れを切らして向こうがきってしまったということだろうか。
「よかった、壊れたわけじゃなかったんだな」
ホーム画面をつけて電波状況を確認する。穴の底にいたときは圏外だったのに、今ではしっかりアンテナが立っている。
もしかしたら穴に落ちた拍子、壊れてしまったのではないかと一抹の不安もあったため、問題ないようで安心する。
「なあ、墓蒔。ダンジョン内でこいつ圏外だったんだけど、友情崩壊ダンジョンって電波入らないのか?」
「いや?」と墓蒔が首を傾げる。「そんなこたーねーと思うけど。中で電話してる奴何人も見たし、落ちてる異物を調べるためにネットで検索してるやつもいたし」
そういえば、結局異物は一個も拾えんかったな、墓蒔が笑う。
確かに、3時間近くもダンジョンに潜った割には一個も異物とやらを見かけることはなかった。落ちているところを見たことさえない。
もしかしたら、光源が小さかったため落ちているのを見逃したかもしれないが、少し残念だ。記念として、一つくらい拾っても良かったのだが。
「携行灯も、結局割っちゃったしなあ」
「欲しけりゃやるよ」
墓蒔がズボンのポケットから携行灯を取り出すが、端に小さく穴が開いている。どうみても入ったときに傷をつけたやつだ。
「いらん」
試神が言うと、墓蒔は「残念、ゴミを押し付けようと思ったんだがなあ」と言って、携行灯を振りかぶる。
そのまま叩き割るのかと思ったが、墓蒔はそれを遠くに―――誰もいない箇所に向かって、放り投げた。
試神が慌てて視線を逸らすと、その端で小さな閃光が生まれた。
洞窟内の閃光よりはだいぶ……いや、かなり控えめな閃光だった。
そのせいだろうか、周りにいる人も、突然生まれた光に視線を向けるもそれ以外に特に反応はない。怪我した人もいないようだった。
「……投げるなら言えよ」
「太陽の下じゃ、大した光じゃないから大丈夫だよ。目を閉じたあとに少し光の残像が残る程度だ」
そうかもしれないが、そういう問題でもない。
(全く、なんてやつだ……)
小言の一つでも言おうとすると、また携帯の振動が試神の発言を遮る。
今度は着信ではなく、チャットが来たことを知らせる通知だった。
「誰からか……って、タタンから?」
「ん?」
「『大丈夫ですか? 連絡ください』って、そんな心配されてんのか、俺。……ってなんだこれ、すげえ数のチャット!」
「んん?」
「着信も……20件! なんなんだよ一体……うわ、ロロロさんからも着信きてるし。もしかしてなんかあったのか?」
「んー、あのさ」
「なんだ? 墓蒔」
「タタンって、やっぱ創造根底館のタタンだよな?」
「そうだよ」
言ってから。
「あ、そういえば、言ってなかったよな。俺、創造根底館で働いてんだ」
「んんんー、知ってる」
あれ? と試神が首を傾げ。
「言ったっけ? 俺」
「いんやー? でも、最近こっちにきた召喚者って話題になったらしいからさー。知ってて当然だよなー」
「……なんでちょっと棒読みなんだよ」
「さーてなー」
チャット欄にとりあえず無事なこと、これから帰ることを報告すると、そのまま携帯をポケットに戻した。
「なんか創造根底館であったっぽいし、俺、このまま帰るけど……墓蒔は?」
「俺様?」
「電車で帰るなら、駅まで一緒に行くけど」
「嬉しい誘いだけど、遠慮しとくわ」
まだやり残したことあるし、墓蒔がぽつりと言う。
「やり残したこと?」
「あ、聞こえてた? そう。だから、もうちょっとしてから帰るよ」
「そっか」
やり残したことが気になるも、手伝うほどのものではないだろう。
それに、少しチャットや電話の内容も気になりだしている。あの数は異常だ。もしかしたら、かけ直したほうがいいかもしれないと、少し不安に思うほど。
「じゃあ、また」
自然とそういってから。
「『また』があるかはわかんねえが、またな」
ニヤニヤと、墓蒔が言った。
試神が手を振り、駅に向かおうと墓蒔に背を向けて。
「―――そういえばさ」
もう一回、振り返った。
「なんだ、忘れもんか?」
「いや、その……ひとつ、訊きたいんだけど」
「んあ?」
「結局さ、お前、ダンジョンに入ってなにがしたかったの?」
「……―――うはは」
墓蒔は、それ以外、なにも答えなかった。




