第97話 どういたしまして
「あれはなんだ、初めてみたぞ、あんなん。魔物が出るとはきいてたけど……あれがそうなのか? 魔物ってか、化け物だろ」
墓蒔には、試神が嘘を言っているようには見えなかった。
とすれば、本気で気が付いていないらしい。
自らが攻撃したのが、助けにきた仲間であると。
なぜ気が付かないか、と言われれば。
「……にゃるほどね」
魔物。
化け物。
確かに今考えれば、あれはそうとしか見えなかった。
ガブッとラビットの牙が無数に突き刺さった人より大きい鉄の塊…………いや、破裂したガブッとラビットの血と肉片にまみれて、材質が鉄であることにも気が付かないだろう。
赤黒く、全身から牙を生やした動く物体。
これを人だと誰が思う。
ましてや、これが仲間だとどうして思える。
どこから見ていたのかわからないが、ダンジョンを進んでいきなりそんな見た目のものに出くわせば、一目散に逃げだすのも当然である。とてもじゃないが、対峙しようとは思わないだろう。
それにおそらく。
(……アイアンメイドの方も、攻撃したのが試神だってことに気が付いてないだろうな)
気が付いていれば、さすがに携行灯の目くらましをくらったあと、なにか言葉を発するはずだ。
全身を鉄で覆っていたため視界が確保できているか怪しいが、なにかしらの手段で見ていたに違いない。
目が見えている者が、音を頼りに正確に攻撃するなんて芸当、できるわけないからだ。絨毯爆撃のごとく無差別な破壊ならできるかもしれないが、墓蒔の首を絞め上げたように、ピンポイントに弱点を狙えるわけがない。
だが。
(見ていたが……見えていたが、視界が悪かったから、こいつが近寄ってきたことにも気が付かなかったってか?)
試神は携行灯を投げたのだから、当然灯りを持っていた。墓蒔はまだ携行灯を所持しているためその周辺のみは明るいが、あとは真っ暗だ。
当然、灯りを持って近づけば、暗闇の中で光が近寄ってくるのならば、いくらなんでもわかるはずだが。
(戦闘に夢中になって気が付かなかった? もしくは、ガブッとラビットの牙がうまくこいつの姿を隠してくれたか)
なんにせよ。
「気味が悪いくらい……出来すぎてんな」
「ん?」と、試神が顔を上げる。「なんか言ったか?」
「いや―――運がいいのか悪いのかわからねえな、って思っただけだよ」
「運がよかったに決まってんだろ。俺が通りかかったんだから。それに、決めておいてよかっただろ? あの合図」
合図。
おそらく携行灯を叩き割るときに使った、あのメロディーのことだろう。
よくあの暗闇の中で携帯を開いてバレなかったものである。体でバックライトを隠して、漏れる光を最小限にしたのだろうか。
「ほんと、試神が声を出して『投げるぞ』とか言わんでよかったわ」
言っていたら、そのまま終わっていただろう。
「言うかよ、あんな状況。声どころか、物音ひとつ立てたくなかったわ」
「それもマジで助かった」
「それで、お前はなんであんな奴と対面してたんだ? てか、あれはなんなんだ? あれを倒したら、ダンジョンクリア……とかなのか?」
ダンジョンクリア。
そんなもの、命を失わずに無事に帰ってくること以外ないが。
それ以外、ありえないが。
「さてな」
「……あん?」
「俺様も、あれがなんなのか知らね。ここの裏ボスとかじゃね? 俺様も歩いてたらなんか勝手に絡まれただけだし」
「…………お前がケンカ売ったんじゃねえのか?」
「善良が服をきて歩いている俺様だぜ? そんなことするわけないじゃん」
「善良な人は、穴に人を突き落とさねえよ」
「悪かったよ」
ぽつりと言われ。
「謝るよ」
頭を下げられた。
「…………」
「それから、助けてくれてありがとな。お前がいなきゃ、マジで死んでた」
試神はしばらく目を泳がし。
それから。
「…………どういたしまして」
そんな言葉が、ようやく出てきた。
しゃべっている間に呼吸もすっかり整ったので、試神が立ち上がると。
その足元に、人形がひとつ、投げて寄こされた。
「やるよ、それ」
墓蒔が腰元をさすりながら言う。おそらくそこに付けてあった人形……異物なのだろう。
「……珍しいんじゃねえのか、これ」
「それをやるくらい反省してるってこと。まあ、お守りだと思ってくれればそれでいい。肌身離さず持ってればいいことがある」
拾い上げ、軽く土を払う。可愛いとも思えない人形だが、不思議と不気味さはなかった。
「なあこれ、どんな効果があんだよ」
「なんだったけねー、忘れちまったよ」
「……その顔、絶対忘れてないだろ、お前」
「どうでもいいじゃん、そんなの」
いいからもらっとけよ、と墓蒔に促され、リュックの中にそれをしまう――。
――しまおうとして、リュックの脇にはすでに一体、人形がぶら下がっていることに気が付いた。
「いい年の男性が人形を二つも所持って……」
姿形は異なるが、大きさはなんとなく似ている。しかし、良い趣味だねとは到底言われなさそうなものである。
「いいじゃん別に、他人の目なんて。俺様ももってるし、誰もなにも言わんて」
「お前は好きでつけてんだろうが。一緒にするなよ」
「じゃあ、そのリュックに付けてる人形、やっぱ俺様にくれよ」と墓蒔が手を出した。「交換ってことで、どう?」
「交換ってな……お前が勝手にくれただけだろうが。反省はどうした、反省は」
「ちぇー」と、口を尖らせる墓蒔。頭の後ろで手を組み、足を投げ出すようにして試神の前を歩いていく。
……全く、とんでもないやつだ。
そんなことを思いながら、試神はリュックに墓蒔からもらった異物、命人形・形身代わりをしまう。
そして改めてリュックを背負うと。
「……ん?」
足元に、|人生において必要な不幸が落ちていた。
さっきまでリュックについていたのに、いつの間に外れてしまったのだろう。
いや、そもそも―――どうやってはずれたのだろう。|人生において必要な不幸の頭についている紐は、切れていないというのに。
「……………………」
試神は人形を拾い上げ。
そして。
「墓蒔」
「んー?」
「やっぱ、やるよ、これ」
「え?」
|人生において必要な不幸を投げ渡した。
まさか本当にもらえるとは思っていなかったのだろう、墓蒔は体勢を崩しながらも慌てて人形を受け取ると「え? マジ、いいの?」と困惑していた。
「いいよ、ダンジョンについてきてくれたし、携行灯だってもらえたからな。そのお礼」
「…………」
「なんだよ、その顔」
「『あんなに頑なに嫌がってたのにどうして』って顔」
「そうなんだけどな」
自分でも不思議だった。
なぜ、あげる気になったのか。
どこで心変わりしたのか。
「そういえばその人形、見つけたとき捨ててもいいって言われてたし。前の持ち主の人形だから返そうかなって思って持ってたんだけど…………」
「だけど?」
「取りに来ないってことは必要ないってことだし、そんなもんをわざわざ返すのも変な気がしてな」
地面に落ちた人形を――|人生において必要な不幸を見たとき、すっかり興味がなくなっていることに気が付いたのだ。
なぜ、あんなに意固地になっていたのか。
なぜ、これを返さなきゃと思っていたのか。
なぜ、自室ではなくリュックにつけてまで持ち運んでいたのか。
それすらもわからないほど、人形がどうでもいいものに見えたのである。
……これ、もう要らないな。
試神はそう思った。
だから、欲しがっている墓蒔にあげた。
それだけのことである。




