第10話 さっさと終わらせましょう
「あなたたち、全員失敗作です」
タタンの言った冷たい言葉が8人に響いた。
呆然とする彼らの前で、手に持っていた大剣に魔力を流す。
青い光が大剣を包む。なぜ青なのかタタンにはわからなかったが、特に意味はないのだろう。魔力を込めている、と視覚的にわかりやすく作られているだけに違いない。
「ここがどういう場所か少しでも記憶に残っていればよかったのですが、思い出せないところをみると相当念入りに前の人格を破壊したんでしょうね。家族でも目の前で惨殺されたんでしょうか? 見る限り体は綺麗なので身体的ではなく精神的な拷問を受けたんでしょう。廃人にする程度なら薬を使うことでもできますが、あれは体が痛みますからね。使える『人格』が来る可能性もありますし、そんなことはないでしょう。単純に器の記憶を消すこともありえますが……それだと自我が残ったままですので転生先の器になりえません。結局廃人にする必要があるので、二度手間ですし」
話しが通じているのかいないのか、よくわからない。だが、理解できないにしろ、今はわかっているようだ、
さっきまで高揚し赤かった顔が、すっかり土気色になっている。
「あなた方は知らないでしょうが、普通に生きていて転生先の器になることなんてないんですよ。全く知らない別の人格が入ってくるんです。無意識のうちに拒絶しますよ。なので転生できたってことは、前の人格があってないようなもの、尊厳という尊厳を破壊され続け、生きながら死んでいる状態になって初めて転生できるんです」
魔力に反応して青く光った大剣は、白熱灯のように一瞬大きく輝いたと思った途端、それは――初心者用の武器であったそれは、少しの魔力を注いだだけで耐えきれず、砕けて塵になってしまった。
「ほんのわずかでも前の人格が残っていれば、体の記憶が残っていれば、そして少しでも恐怖を感じてさえれば、ここに足を踏み入れようなんて思わなかったでしょうし……ここの従業員に向かって武器を構えるなんて愚かな真似はしなかったでしょうね」
タタンがイツキに手のひらを向ける。その瞬間、イツキの体が消えた。
服だけ残して体だけが消え――
――それと同じくしてケントの腹が、異様に膨れ出した。
移動魔法。
タタンが使った魔法はそれだった。
試神にも使ったのと同じ魔法を、同じように使っただけだった。
イツキの体を、ケントの体の中に。
ただ、移動させただけだった。
湿った破裂音がして、ケントの腹が破けた。
腹からイツキの頭が出てきた。
内臓を突き破ってでてきた顔は血と臓物でまみれており、開いた口には食いちぎったのか胃が収まっていた。左目はつぶれ、開いた隙間には肉が詰まっている。出てくる衝撃で折れたのか首はおかしな方向に曲がっている。狭いところを無理やり通ったため頭の皮膚が剥がれ頭蓋骨が見えてしまっていた。
皮膚と服を破りながら出てきたイツキだったモノは、右肩を出したあたりで止まった。
肋骨にひっかかり、体が全部出てこれなかったのだ。
行き場を失った左腕がケントの上半身を突き破りながら上へと進む。食道を腕が貫き、その結果喉が異様に太くなった。割れるように皮膚が破ける。ケントの口から親指が、両目からそれぞれ二本ずつ指が出てきてようやく止まった。どの指も折れていたが、中指は途中でちぎれたのか第二関節より上が無かった。
上半身は止まったが、まだ下半身が残っている。
イツキの下半身はケントの体内に移動していく。肉がつぶれる音と骨が割れる音がして、イツキの足が背骨を砕きながら背中から生えてきた。左足だけである。右足は出てこれず、ケントの体内で小さく折りたたまれる形で収納されていた。
しかし、ようやく出てこれた左足も『足』と呼ぶには形が崩れすぎていた。割れた背骨に切り裂かれたのか足は縦にずたずたに裂けており、骨が見えていた。足だったものがでてくる度、折れた足首がゆらゆらと揺れ、やがて千切れて落ちて濡れた音を立てた。
それでも出てこれなかった体はケントの骨盤を砕きながら、柔らかい場所を突き進んで肉を潰して体の中を進んでいった。
悲鳴もあげることなく、青年二人は死んだ。
「き」
「うわ」
青年二人の代わりに悲鳴を上げようとした男女二人を、タタンは同じ魔法で移動させる。
移動先は、試神を送った場所と同じ。
猛毒の魔力に満ちた魔王室だった。
「せっかくだから、あなたたちも見ていきますか? 人が、死ぬまで生きるところ」
タタンがさらに魔法を使う。移動魔法ではなく、単純なモノを動かす魔法だった。事務所一面に引かれていたカーテンが一気に開く。その向こうには、あの二人が送られた部屋が見えた。
残された四人は自然とそこに近付く。見えたのは、蟻のように小さなふたつの影だった。部屋と、その中心にあるガラス管が大きすぎて縮尺がおかしくなったように見えた。
「……マナ、リクト……」
ぼそっと、誰かが言った。おそらく二人の名前だろうが、その名前の二人はすでに人として、原形を保っていなかった。
「あそこまで行くとなにをもって『生きている』と定義するか難しいところではあるんですが、多分あれ、まだ生きているですよね」
マナとリクトには、魔力を貯める器官があった。転生したため、もともと備わっていたのだ。それが濃すぎる魔力に、耐えられなかった。
許容量を超えた魔力が体にあふれ、体の中から解れていった。
細胞一つ一つまでばらばらになった体は、赤黒い液体になった。
骨や髪も服も武器もばらばらに分解され、液体の中に消えていった。
二人分の液体は広がり、やがて混ざりあってどちらがどちらかがわからなくなった。
「魔法って便利ですがときとして残酷なものでして。痛いと思えば勝手に癒してくれますし、生きたいと思えばそれなりに生かしてくれるんですよ。通常は魔力がつきたら止まりますが、魔王室は特別で、濃い魔力がほぼ無限に供給され続けるんですよね。なので願ったが最後、生かし続けちゃうんですよ」
体がバラバラに分かれ、ブツブツに千切れ、ボロボロに砕け。
ぐちゃぐちゃなりドロドロになりザラザラになりトロトロになりサラサラになっても。
癒して治して再生し続ける。
死ぬまで生かして殺し続ける。
「――――――――ッ!」
液体になった二人をみて、女性の一人が吐いた。
双剣を握っていた彼女だったが、いつの間にか武器は落としていた。
膝をつき、吐き続ける彼女をみて。
「汚いなあ」
タタンは魔法を使い、吐瀉物を彼女の口に戻していく。
「……――――ッ! ……――ッ!! ――ッ……」
吐瀉物を喉に注がれ続けた彼女は、やがて窒息死した。
……こんな死に方であるが、結果的に見れば、彼女が一番幸せな死に方をしたのかもしれない。
「あと、三人ですか」
彼女だけが唯一、綺麗な姿のまま――人とわかる形をしたまま、死んでいけたのだから。
「さっさと終わらせましょう」
一歩近づいたタタンを見て、青年が一人、腰をぬかす。残りの二人もまだ立っているが、単純に動けないだけだった。
涙でぐしゃぐしゃになった顔で、青年が言う。
「ゆ……ゆるし……」
タタンは少し考える。が。
「まあ、私としては別にこのまま見逃してもいいのですが、このまま戻ってもどうせ殺されるだけだと思いますよ? もうあなた方のことは戦力とも頭数ともカウントしていないでしょうし、また転生先の器にするのも面倒でしょう。ならこのまま、あなたの役割を果たしたほうが、転生前の人格もうかばれるってもんですよ」
「やくわい?」
すっかり呂律の回らなくなった彼に、タタンは優しく笑いかける。
ああ、そうか、と。
そこにいた三人の転生者は、唐突に理解した。
自分は、ここで殺されるために『転生』させられたんだ。
そういう運命だったんだ。
「へ……へへ……へへへっ…………」
そうわかると、自然と、彼ら三人も笑っていた。
「せめてあなた方の指揮官にもう少し慈悲があれば、私の名前を聞いたときに一言、『逃げろ』と言ってくれたんでしょうがね」
死にに送るような人にそこまでの優しさがあるとは思えないが。
「名前……? ――ァタン……?」
掠れた声で、名前を呼ばれた気がした。誰の声かわからないが、よく覚えていたものだと思う。
が。
もう疲れたとばかりに、首を横に振った。
「もう少し、しっかり発音していただかないと困るんですよ。それだとほら――」
――サタンに聞こえるじゃないですか。




