【アサーション】角を立てずに「NO」と言う技術 2/5
「ですので、一つご提案があります」
アリサは笑顔を作り、カウンターの下から一枚の木札を取り出してカウンターに置いた。
それは、ギルド併設の酒場で使える『特製エール一杯無料券』だった。
「今ここでお待ちいただく場合、どうしても順番通りになりますので、三十分ほど立ちっぱなしになってしまいます。ですが、こちらの精算書類とお荷物だけを先にお預かりし、お客様には酒場でゆっくりと休んでいただくことは可能です」(S:提案)
「……酒場で待つ?」
「はい。三十分後に私が直接、酒場のお席まで精算金をお持ちいたします。これなら、お疲れのお客様を立たせたままお待たせすることなく、私たちも他のお客様の順番を守ることができます。いかがでしょうか?」(C:選択)
アリサの提案は、完璧だった。
相手の「順番を抜け」という要求に対してはハッキリと「NO」を突きつけているが、相手の「疲れているから待つのが嫌だ」という隠れたニーズはしっかりと満たしているのだ。
ベテラン冒険者は、少しの間ぽかんとしていたが、やがてバツが悪そうに頭を掻いた。
「……ちっ。わざわざ酒場まで金を持ってきてくれるって言うなら、まあ、一杯飲みながら待っててやってもいいぜ」
「ありがとうございます! では、三十分後に酒場へ伺いますね。お疲れ様でした!」
アリサが満面の笑みで無料券を渡すと、男は乱暴にそれをひったくり、そそくさと酒場の方へと歩いていった。
嵐が去ったカウンターに、ホッと安堵の空気が流れる。
「あ、ありがとうございます、アリサ先輩……! 私、どうしていいか分からなくて……」
涙目になっていた後輩の受付嬢が、深々と頭を下げた。
「ううん、怪我がなくてよかったわ。あんな風に怒鳴られると、頭が真っ白になっちゃうわよね」
アリサは後輩の肩を優しく叩きながら、心の中でシレーヌから教わった言葉を反芻していた。
(――『DESC法』。客観的な事実を伝え、自分の気持ちを添え、代替案を出し、相手に選ばせる。これが、誰も傷つけずにNOと言う魔法)
この数ヶ月、アリサはこの魔法を使って、ギルド内の理不尽な要求やトラブルを次々と円滑に捌いてきた。その手腕が評価され、「筆頭受付嬢」という異例のスピード出世を果たしたのだ。
「さすがアリサちゃん! 今の対応、見事だったよ!」
拍手と共にカウンターの奥から顔を出したのは、情報管理部門に所属するカイルだった。彼は相変わらず書類の束を抱え、少し寝不足気味の目をしている。
「カイルさん、お疲れ様です。でも、こういうトラブルが最近ちょっと多い気がします。みんな、スタンピードを乗り越えて気が緩んでいるのかも……」
「そうなんだよ。実は、アリサちゃんに相談したいことがあってさ」
カイルは周囲を見回し、少し声を潜めて言った。
「最近、Bランクパーティーの『紅蓮の刃』の奴らが、ちょっと厄介なことになっててね。アリサちゃんのその『魔法』で、なんとか解決できないかと思ってさ」
「『紅蓮の刃』ですか? 確か、若手の中では一番勢いがある三人組ですよね」
アリサの脳裏に、派手な赤い装備に身を包んだ、少し血の気の多い若者たちの顔が浮かんだ。
「ああ。あいつら、実力はあるんだけど……最近、ギルドの依頼の『断り方』が酷くてね。他の冒険者や職員とトラブルになりかけてるんだ」
「断り方が、酷い……?」
カイルは困ったように眉を下げた。
どうやら、アリサの『アサーション』の魔法を試す、本格的な試練がやってきたようだった。




