【アサーション】角を立てずに「NO」と言う技術 1/5
王都ギルド『暁の翼』が、未曾有の魔物大群行進を無傷で乗り越えてから数ヶ月。
ギルドにはかつてないほどの平和と、そして……「慢心」が蔓延していた。
「おいおい、なんで俺のクエスト報酬の精算がこんなに遅いんだよ! 俺は先週、Aランクの魔物を倒してきたんだぞ! 順番を抜かして先に処理しろ!」
ギルドのカウンターに、ドンッと乱暴に革袋が叩きつけられた。
怒鳴り声を上げているのは、ベテラン冒険者の男だ。彼の前で対応している若手受付嬢は、完全に萎縮して涙目になっている。
「も、申し訳ございません……ですが、本日は他のお客様も多くお待ちでして……順番通りに処理を進めないと……」
「あぁ!? 俺を誰だと思ってるんだ! ギルドの稼ぎ頭だぞ! いいから今すぐこのハンコを押せ!!」
男がさらに声を荒げると、若手受付嬢はビクッと肩を震わせ、「は、はい……ただいま……」と、ルールを曲げて彼の書類を手に取ろうとした。
――パシッ。
その書類を、横からスッと伸びてきた白い手が押さえた。
筆頭受付嬢となった、アリサだ。
「アリサ先輩……!」
すがるような目で見る後輩を背に庇い、アリサはベテラン冒険者へ真っ直ぐに向き直った。
「申し訳ありませんが、順番の割り込みはお断りしております。番号札を持ってお待ちください」
「なんだと!? 新人上がりの小娘が、俺に説教する気か!」
男は顔を真っ赤にして凄んだ。
周囲の冒険者たちも「おいおい、あいつアリサちゃんに噛み付いてるぞ」「スタンピードの時にいなかった他所からの出稼ぎ組か」とヒソヒソと囁き合っている。
アリサは小さく深呼吸をした。
かつての彼女なら、ここで「わかりました」と泣き寝入りするか、あるいは「ルールですから守ってください!」と正面衝突して、大喧嘩になっていたかもしれない。
(でも、今の私には……『アサーション』の魔法がある)
相手を攻撃するでもなく、自分が我慢するでもない。
対等な関係を保ったまま、角を立てずに「NO」を伝える技術。
「お客様がAランクの魔物を討伐され、ギルドに大きく貢献してくださっていることは十分に承知しております。その実力には、私たちも大変感謝しております」
まずは、相手を否定せず、事実を受け入れる。
男は少しだけ鼻を鳴らし、「分かってるなら早くしろ」と急かした。
「しかし、現在窓口には十名以上のお客様が先にお待ちです。ここで特例として順番を抜かしてしまえば、他のお客様から『ギルドは公平ではない』と不満が出ることになります。それは、ギルドの信用問題に関わります」
アリサは冷静に、客観的な「事実(描写)」だけを伝えた。
感情的にならず、ただ状況をテーブルの上に並べる。
「……ちっ。だからって、俺にこの長蛇の列の後ろに並べって言うのかよ! 俺は疲れてるんだ!」
「お疲れのところをお待たせしてしまうのは、私としても大変心苦しいです」
次に、アリサは「自分の気持ち(表現)」を添えた。
『あなたが悪い』と責めるのではなく、『私はこう感じている』というアイ・メッセージだ。
「ですので、一つご提案があります」
アリサは笑顔を作り、カウンターの下からあるものを取り出した。




