【完璧主義の罠】「完了」は「完璧」に勝る 4/5
「60点で出して、相手からフィードバックをもらう……」
ルークは、自分の手を見つめながら呆然と呟いた。
彼の目から、まるで重い鱗がポロポロと剥がれ落ちていくようだった。
「僕はずっと……『自分一人で完璧なものを作らなきゃ』って思い込んでいました。でも、僕が一生懸命描いていたゴブリンの毛並みや胃袋の中身は、明日の討伐隊にとっては『どうでもいい情報』だったんですね」
「どうでもいい、は言い過ぎかもしれませんが……少なくとも『命に関わる優先度』は低かったということです」
アリサはクスッと笑った。
「自分が不安だから、とりあえず全部細かく書いておく。それは『相手のため』ではなく、『怒られたくないという自分のため(自己満足)』の作業です。でも、ルークさんが勇気を出して60点のMVP(落書き)をゴルドさんに見せたことで、本当に必要な情報(武装の有無)が何なのか、一瞬で明確になったじゃないですか」
ルークは深く、深く頷いた。
完璧主義という呪いが解け、視界が一気にクリアになったのを感じていた。
「分かりました、アリサさん。僕、残りの報告書を仕上げます。徹夜なんてしません、あと一時間で終わらせてみせます!」
「その意気です! じゃあ、まずは『捨てる作業』から始めましょうか!」
そこからのルークの作業は、驚くほど早かった。
「この『東の森の歴史的考察』の項目はどうしますか?」
「丸ごと削除します! 討伐隊が知りたいのは明日の森の状況であって、百年前の歴史じゃありませんから!」
「ゴブリンのスケッチはどうします?」
「輪郭だけで十分です! その代わり、ゴルドさんから指摘された『弓』と『近接武器』の見分け方だけを、箇条書きで追記しておきます!」
ルークは迷いなく羽ペンを走らせた。
これまでは「あれも書かなきゃ、これも描かなきゃ」と細部にこだわって筆が止まっていたが、今は違う。
『討伐隊が安全に戦って帰ってくるため』という明確な目的(重要な2割)に一点集中することで、無駄な作業(残りの8割)をバッサリと切り捨てることができたのだ。
サクサクと作業が進み、一時間後。
ルークは「ふぅっ!」と大きく息を吐き出し、完成した羊皮紙を束ねた。
「できました……! 『東の森ゴブリン生息数調査報告書』、完成です!」
アリサが受け取って目を通す。
かつてのルークが作っていたような「図鑑のように美しいが、要点が分からない報告書」ではない。
余白が多く、文字も箇条書きが中心だが、どこに何匹いて、どんな武器を持っていて、地形の障害物は何か――討伐隊が命を守るために必要な情報だけが、パッと見て一瞬で伝わる、無駄のない洗練された資料になっていた。
「完璧です、ルークさん! 100点満点のお仕事ですよ!」
「……ありがとうございます。でも、これを作ったのは僕一人の力じゃありません」
ルークは少し照れくさそうに笑い、自分の資料を見つめた。
「60点でゴルドさんに見せて、文句や要望をもらったからこそ、本当に相手が求めている100点に到達できた。……『完了』は『完璧』に勝る。この魔法のおかげです」
「はい! これでゆっくり眠れますね。明日は討伐隊の出発前に、胸を張ってこの報告書を渡してきてください!」
「もちろんです! おやすみなさい、アリサさん!」
憑き物が落ちたように爽やかな笑顔を見せ、ルークはギルドを後にした。
そして翌朝。
朝日が昇り始めたギルド前の広場には、出陣の準備を整えた討伐隊の冒険者たちが集結していた。
「よし、ルークの報告書のおかげで、ゴブリンの武装と伏兵の数は完全に把握できている! 弓持ちの個体から優先して魔法で叩くぞ!」
前衛でミスリルの盾を構えるゴルドが、ルークが提出した報告書を片手に大音声で指示を飛ばす。
「ルーク! 今回の事前の偵察と報告、最高の仕事だったぞ! お前のおかげで、こっちは一人の怪我人も出さずに帰ってこれそうだ!」
「ありがとうございます、ゴルドさん! ご武運を!」
広場の隅で見送るルークの顔には、かつての「完璧でなければ」という怯えは微塵もなく、自分の仕事が仲間の役に立っているという確かな自信と誇りが満ち溢れていた。




