【完璧主義の罠】「完了」は「完璧」に勝る 2/5
「仕事の成果の8割は、たった2割の重要な部分から生まれている……?」
ルークは、アリサが羊皮紙に描いた図を食い入るように見つめた。
そこには、四角い箱が二つ描かれていた。
一つは『かける時間と労力』。もう一つは『生み出される成果(価値)』だ。
「ルークさん。例えば、武器屋の売り上げの8割は、全商品のうちの『よく売れる上位2割の人気武器』で作られていると言われています。これと同じ法則が、仕事の進め方にも当てはまるんです」
アリサは羽ペンの先で、図をトントンと叩いた。
「これを『パレートの法則』、または『80:20の法則』と呼びます。仕事において、本当に重要な『芯』になる部分は、全体のたった2割しかありません。そしてその2割を終わらせるだけで、仕事の価値としてはすでに80点(合格ライン)に達しているんです」
「2割の仕事で、80点……」
「ルークさんが今抱えている『ゴブリン生息数調査』の報告書で考えてみましょう」
アリサは白紙の羊皮紙を引き寄せ、箇条書きを始めた。
ゴブリンの生息場所(地図への印)
おおよその生息数と群れの規模
ゴブリンの毛並みのスケッチ
胃の内容物の詳細な分析
東の森の歴史的背景と考察
「この中で、明日の討伐隊が『絶対に知りたい(これがないと死ぬかもしれない)重要な2割の情報』はどれですか?」
ルークは少し戸惑いながらも、真剣な顔で答えた。
「そ、それは……『生息場所』と『おおよその数』です。それさえ分かれば、討伐隊は陣形を組んで安全に攻め込むことができます」
「正解です! つまり、その二つさえ書かれていれば、この報告書はすでに『80点の価値』があるんです!」
アリサはバシッとルークの肩を叩いた。
「ルークさんが今まで時間をかけていた『毛並みのスケッチ』や『胃の内容物』は、確かに素晴らしいデータです。でもそれは、討伐隊にとっては『あってもなくても困らない、残りの8割の作業』なんです。そこにいくら時間をかけても、報告書の価値は80点から85点、90点へと、ほんの少しずつしか上がりません」
「……ああっ!」
ルークは頭を抱え、絶望的な顔で机に突っ伏した。
「僕、その『残りの8割』の作業に、今日のほとんどの時間を費やしていました……! 肝心の『重要な2割』には、まだ一切手をつけていません!」
「そう! 完璧主義の人が陥る最大の罠がそれです!」
アリサはルークに顔を上げさせ、真っ直ぐに目を見た。
「100点を目指す人は、最初から細部(枝葉)にこだわりすぎて、一番重要な『幹』の部分が後回しになります。その結果、時間切れになって『0点(未提出)』になってしまうんです」
「でも……でもアリサさん!」
ルークは涙目で反論した。
「ギルドに提出する公式な書類ですよ!? 『場所』と『数』だけ書いたペラペラの紙を出したら、ギルド長や他の冒険者に『ルークは手を抜いてる』『適当な仕事だ』って怒られませんか!?」
手を抜くのが怖い。人から「不完全だ」と評価されるのが怖い。
ルークのその恐怖心こそが、彼を机に縛り付けている「呪い」の正体だった。
アリサは優しく微笑み、ルークから分厚い羊皮紙の束をそっと取り上げた。
「ルークさん。仕事において『完了』は『完璧』に勝ります。どんなに粗削りでも、まずは最後まで形にすることが一番大切なんです」
「完了は、完璧に勝る……」
「はい。だから今から、ルークさんには『MVP』を作ってもらいます」
「えむ、ぶい、ぴー……?」
「『Minimum Viable Product(最小限の完成品)』の略です。……簡単に言うと、『とりあえず見せられる骨組みだけのダミー人形』を作ることですね」
アリサはルークの前に、たった一枚の新しい羊皮紙を置いた。
「さあルークさん。細かい装飾やスケッチは一切禁止! 字が汚くても構いません。討伐隊が本当に必要としている『重要な2割(場所と数)』だけを、この一枚の紙に三分間で書きなぐってください!」
「さ、三分で!? さすがにそれは……!」
「スタート!!」
アリサの号令に急かされ、ルークは慌てて羽ペンを握り、真っ白な羊皮紙に向かった。




