第九話『金腕のニナ その①』
重傷を負って生死の狭間を彷徨うロベルタ二等衛生兵の命をつなぎ、医師を見つけ、適切な処置を受けさせた最大の功労者は間違いなくアントニー中尉だろう。その尽力あって、その献身と機転があって、初めて彼女の命は失われずに済んだのだ。しかし、当の中尉は少なからずの罪悪感を抱え込む羽目になっていた。
それは完全に自業自得の結果だった。彼女は男が自分の為に全てをなげうったと信じている。それすらも、中尉の罪悪感を加速させる一因であった。
———これは、裏切りだ。
もう一人のアントニーが容赦なく糾弾する。
彼女を救いたいという思いは本物だが、医者が見つかってからというもの———否、あるいはそれより前から中尉は『別のもの』も並行して探していた。土壇場のさなかでありながら、中尉はあのGSトレーラーのナンバープレートを正確に覚えていた。あの、無茶苦茶な運転で駆け抜けた大型車両から走り出した金髪の人影と、それを迎えた男の影。顔までは分からなかったが、男はあの赤い巨人から出てきたように見えた。
工業都市そのものを焦土に変える極限の暴力———すなわち、地上戦艦五隻と随行する四十五機のGSからなる同盟軍大艦隊。それを単騎で捻じ伏せた極限の『不条理』が、あの男だ。
中尉はどうしても会いたかった。会って真相を知らねばならない、知らねば死ねないと思ったのだ。彼らが絶対正義である『同盟国』に仇なす『レジスタンス』なのは間違いないだろう。何故、彼らは立ち向かうのか。その力は何処から湧いてくるのか。それは信念か、執念か、それとも憎しみか。
『VOLT』とは、あの赤銀の死神はいったい何者なのか。
———あの地獄を生き延びた者として、確かめる必要があると思ったのだ。
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コンコンッ———
珍しい事もあるもので、誰かがこんな早朝からドアをノックした。
ジョーとニナは表向き様々なジャンクの修理屋をもう暫く営んでいるが、表の看板に書かれた始業時間より何時間も早く門戸を叩く客というのはなかなかお目にかかれるものではない。
「ジョー!出てー!」
洗面所から聞こえる声を、ジョーはやはり聞こえないふりでやり過ごそうとする。あの晩のように素直に言うことを聞いたのは期間限定の珍事らしい。
洗面所の鏡に映った自分を見るニナ。髪はボサボサだし、身につけてるのは寝巻き代わりの大きめのTシャツ一枚だし、眠そうな顔もだらしない。本来他人に見せられるような状態ではないが、これ以上客をまたせるわけにも行かないのでしょうがなく自分が向かう。
「はーい。誰ですかー?」
眠気を隠す気もない声色で言いながらドアをゆっくり開くと、そこには軍服の男が立っていた。
男は丁寧に会釈をすると、懐から軍人手帳を取り出す。
「こんな早朝からすみません。アントニー・アンダーソン中尉と申します。少しお話、よろしいでしょうか?」
同盟軍の軍服、同盟軍の男———敵襲か。
身構えるニナ、しかしここで激しい動揺や抵抗をするのは悪手だ。眠気など綺麗さっぱり完全に吹き飛んでいた。クリアな思考で行動する。半開きのドアの角度を足で押さえて固定し、両手はフリーに。うち片方の手は郵便受けの中に常備しているスナップガンに伸ばす。
それは類似の拳銃の中でも特に小型で、ニナのような手が小さい人間でも使いやすいように設計された銃だ。軽量で反動もほとんど無し。しかし装弾数は十発と多めであり、護身用に非常に好まれる逸品だ。スナップガン最大の特徴は二段階の安全装置にある。通常の銃と同じように指で引く引き金をロックする段階と、その名が示すように手首の振りを利用したスナップ射撃をロックする段階だ。スナップ射撃はそれ自体が高等技術だが、長ずれば他のどんな銃よりも素早い早撃ちが可能になる。
「話って、何の?」
隠しきれない警戒心が目元に現れる。ニナは自分のまぶたがピクピクと痙攣し、頬を汗が一筋垂れて行くのを感じた。
音を立てないように銃を郵便受けから取るのはそう難しい事ではなかったが、問題はここからだ。グリップを掴んで金属の箱から引き抜いた凶器は、その銃身の中腹辺りまで露出して金属光沢を照り返している。誤射防止の安全装置は引き金をロックしたままだ。ロック解除には否が応でも金属音が伴ってしまう。
———それが、開戦のゴングになるのは明白だ。
相手の思惑が分からない。
相手の数が分からない。
相手の武器が分からない。
今、先手を撃つのは上手くない。
ニナは慎重に相手の挙動を、指先の微動から細かい息遣いまでも、全てを素手でなぞるように凝視していた。
「私は、あの工業都市の戦いに参加していた兵士の一人なんです。同盟軍艦隊と、赤い巨人の。あの戦いを生き延びた一人の人間として・・・僕はあなたがたと話がしたいっ!」
ニナの警戒とは裏腹に、目の前のアントニー・アンダーソンと名乗る同盟軍の兵士は怪しい動きの素振りすら見せていない。上官とでも話をしているかのように背筋をピンと伸ばし、開手で指先までしっかりと力を入れた両手は、太ももの裾の縫い目にぴったり張り付いていた。「話がしたい」と言い放った中尉の語気は力強く、その言葉には意志と説得力が感じられた。
———敵意は、ない。
言葉などいくらでも繕える。演技だって誰にでも出来る。
初対面の、しかも敵対勢力の軍人を信用するのなど愚の骨頂だと分かっているのに、目の前には巨大な不確定要素がいくつも転がっているのに、不思議とニナは『その直感』だけは正しいと信じる事が出来た。自分で自分の正気を疑いそうになる事だが、少女は「話ぐらいなら・・・」と思い始めている。
———不意に、そんな葛藤が強制終了した。
手をかけていたスナップガンはいとも簡単にその手を離れ、実態のないグリップの重量感だけが残留している。
銃を取ったのは、音もなく背後に接近していたジョーだった。ドアを開けて彼に背を向けていたニナは愚か、ニナ越しに真正面から見えていたはずのアントニー中尉の目にもジョーの接近は映らなかった。足音も聞こえなかった。
ドアが半開きだったから、
動きが無駄なくしなやかだったから、
ニナとの会話に集中したから、
———全て正しいだろう。
しかしそれ以上に、自然科学的な理屈では説明しきれない『不条理』がそこに揺らめいていた。
ニナから奪い取ったスナップガンをジョーは流れるような動きで構え、弾道がちょうどニナの頭上を通って中尉の喉を貫く角度に銃口を固定する。その間、男は一言も発さない。激情も、恐怖も、焦燥も、葛藤も、モタモタしていた相棒への怒りもない。表情筋の繊維一本たりとも動いている様子がない。
それはもはや兵士でも狩人でもなく、殺人という現象そのものだった。命を奪うという、最も本能的でプリミティブな行為に手を染めるにあたって、彼の有様にはまるで生命の温度が伴っていないのだ。
———カチンッ、安全装置が解除される。
それは開戦のゴングなどではなく、冷たく無機質な死刑宣告の音だった。
「待って!」
叫んだのはニナだった。片手で閉まりそうなドアを押さえ、もう片手を開手でジョーに向けて制止する。
中尉は死を覚悟し、一瞬のうちに全ての希望を諦めていた。しかし、そんな中尉の予想に反して、ジョーという怪物は未だに弾を発射していない。
「敵だ。」
短く、そして低い声でジョーは言う。
「そうだけど、話をしたいって・・・」
ニナの語気は弱々しく、彼女の迷いは手に取るように見て取れた。
頭ではジョーの行動こそ正しいと分かっているのに、彼女の心は何か別の論理体系で動いている。その矛盾に押し潰されそうになりながらも、少女は挙げた手を降ろさない。男も、少女の手が降りない限りは射撃をしない。
その様子を見て、畳み掛けるなら今しかないとアントニー中尉が割り込んだ。
「そうです!お話をしに来ました!特にあなたには・・・」
「断る。」
中尉の言い分には一切耳を貸さず、ジョーは彼の言葉を短く断ち切った。
それからしばらくの沈黙が訪れる。少女はいまだ腕を降ろさず、男はいまだ引き金を引かず。しかし中尉はこれ以上何かを口にする事も、指の関節一つ動かす事も、呼吸する事さえ憚られるような気がして微動だに出来なかった。
「ジョー、私、今日おかしいよね?」
答えは、沈黙。
「罠かも知れないよね。家に入ってきて悪さするとか、もう包囲されちゃってるとか。」
独白のように続けるニナ。ジョーはただ銃を構えて沈黙を貫く。息遣いさえ感じないその姿は、そういう造形の大理石の彫刻にさえ錯覚させられる。
「『その時』は、お願いね?」
「・・・了解。」
少しの間をおいて、ジョーは少女の申し出を了承する。そしてそれを裏付けるように、男は中尉に向けていた銃を降ろして壁に背を凭れ、居間への道を開けた。
ジョーの側を通り過ぎる時、アントニー中尉は生きた心地がしなかった。気配とかオーラとか、そういう非科学的なものを信じない中尉にさえ、確かな感覚として感じ取れた。抜き身の刃だ。折れず、曲がらず、錆びず、傷付かず。鏡のように冷たく滑らかな金属光沢までもを幻視する。見ている分には美術品、しかしみだりに触れようものなら容赦なく切り刻む。そんな高貴な野蛮さを感じずにはいられなかった。
「アントニー中尉、さん・・・だっけ?ソファーあるから適当に座って。」
ニナの声で誘導されるがままに、中尉はソファー端の空いたところに座った。ソファーには中腹から反対側の肘掛けまで綺麗に畳まれた衣類と、その肘掛けに引っ掛けるように雑に放られたシャツが見て取れた。消去法で座るべき場所は決まっていたようなものだ。
ここには二種類の人間が住んでいるらしい。中尉は少しだけ訓練時代の自分自身と重ねていた。あの宿舎の狭い部屋にも歳が近い若者が二人で暮らしていた。几帳面なアントニーと、もう一人。粗野ではないが、何事にもマイペースな友人だった。彼は結局将校課程に進まず、もう疎遠になって連絡も取り合っていない。それ故にだろうか、あの頃の思い出だけがくっきりとこの部屋と重なってしまう。
『レジスタンス』とは、もっと原理主義的で、もっと異常な、カルト教団のようなものをイメージしていた。しかし実態はどうだろうか。アントニー中尉より幾分若い二人組が、その年齢当時のアントニーと同じような生活を営んでいるではないか。
———これではまるで、『レジスタンス』も同じ人間のようではないか。
程なくして二人もやってきた。
ニナはボサボサだった髪をヘアゴムで縛ってまとめ、低めのリビングテーブルを挟んだ対岸に椅子を持ってきて腰掛けた。この部屋にはもう一つ椅子があるが、そちらに誰かが触れる様子はない。もう一人の同居人であるジョーは玄関へ続く廊下と居間の境目辺りで壁に凭れかかり、安全装置を外したままの銃を握り続けていた。
「散らかってるのは気にしないで。」
「いえ、お構いなく。」
押しかけた側も、招き入れた側も、いざ話しをするとなると何から始めるべきか分からなくなっていた。
「それじゃあいきなり本題からというのもなんなので、私自身の話から始めましょうか。」
ジョーが持つ銃を横目で気にしながら、中尉は簡単な自己紹介から始める事に決めた。
「先ほど申し上げた通り、アントニー・アンダーソンと申します。中尉です。あの戦いに・・・いいえ、あの焦土作戦に参加した巡洋艦では観測員として配備されておりました。」
「焦土作戦・・・」
反復するニナ。アントニー中尉は深く頷いた。
掃討作戦だとか、特殊作戦だとか、本来はもっと別の呼び方で通達された物だったが、中尉はそんな呼び方はしたくなかった。複数の戦艦で街を取り囲んで、完全に焦土と化すまで破壊の限りを尽くす作戦だ。どれほど多くの『日常』を一瞬にして奪った事だろう。その恐怖と残忍さは計り知れない。それを、言葉をすり替えて矮小化するなど、中尉の正義感に悖ることこの上ない事だ。
「観測員って、ブリッジにいたんじゃないの?それが、なぜ?」
「私事です。本作戦について艦長と衝突して、それでお叱りを受けて持ち場を離れていたのです。ほら、これ。」
質問するニナに、中尉は口を開いて折られた前歯を見せる。見苦しさや恥ずかしさもあって目立たないように工夫していた傷だが、ここでは敢えて見せたほうが話しを信じて貰えるだろうという判断だ。
ニナはそれを見て目線を逸らし、ジョーは微動だにせず黙って立っていた。それでジョーの様子が目に入る。
「ジョー、お茶淹れてきて。三人分ね。」
黙ったまま動く様子が無いジョー。アントニー中尉はこの二人のやり取りが気になるものの、ジョーが恐ろしくて首を回す事が出来ない。
「・・・話しづらいでしょうが。何も無いと。」
「茶なんか無くても話は出来る。」
その場を動きたくないのか、食い下がるジョー。
「いるの!こういう時は。」
しょうがない、と諦めるジョー。壁から背中を離してのそのそと歩き出す。
「ほら、それ置いて。」
椅子に座ったまま手を伸ばすニナ。銃を寄越せという事らしい。ジョーは目線で最後の抵抗を試みる。
「銃持ってちゃお茶は淹れられないでしょうが。ほら。ね?」
男は完全に諦めた様子で銃のグリップから手を離し、銃身を持ってニナに渡す。ニナは受け取った銃のグリップを持つと、そのままアントニー中尉の方へ向き直る。そしてジョーが居間を出ると同時に、銃のロックをかけて腰掛けている椅子のわきに置いた。
さながら、少女は猛獣使いのようだと中尉は感じた。
「さ、これで本題に入れるでしょ。世間話はいいから、私たちに聞きたい事って何?」
穏やかで静かな口調なのに、中尉は目の前の少女からあの男に負けず劣らずの気迫を感じていた。その方が座りやすいのか、少女は片足を椅子の上に乗せて屈し、膝を両腕で抱え込んで顎を乗せる。むしろ脱力しているというのに、カミソリのように鋭い視線が軍人を射抜いていた。
中尉は感謝の印に会釈すると、独白混じりに先を続ける。
「私は、正義を求めて軍に入隊しました。あなたがた『レジスタンス』が許せなかった。女王歴八十三年の『軍事パレード襲撃事件』に端を発し、それから今日まで十三年もの間、大小様々なテロと報復の応酬が国中至る所で起きている。三度の三国大戦を、およそ三十年間も戦い続けた結果手にした平和の時代なのに、ですよ・・・」
ニナは黙って聞いていた。この地に生きる者なら誰もが基礎教育で学んだ歴史だ。『同盟国』という巨大な統一国家が出来上がるまでには、それまで存在したイグラ、アイラ、スコラの三国による極めて凄惨な戦いの歴史があった。女王歴四十一年から四十五年にかけての第一次三国大戦。そこから十一年のインターバルを挟んで勃発した第二次三国大戦も同じく四年間続いた。そして、第二次三国大戦終戦から一年も待たずして、第三次三国大戦が勃発した。この戦いで初めて登場したGSはまたたく間に戦場のルールを書き換え、泥沼化した戦いは実に七年にも及んだ。もはや形骸化した土着の信仰になぞらえて、人型兵器が新時代の神話になった最後の三国大戦を『機神戦争』と呼ぶ者もいる。
その末の平和な時代。機神戦争を最後に相争う国家間の争いはなくなり、『三国均衡平和主義思想』の台頭を経て平和教育が浸透し、終戦から十二年の時を経てようやく誕生したのが同盟国だったのだ。その出来事を皮切りに、原理上二度と戦争は起こらない世界の到来かに思われていた。
だからこそ、仇なす『レジスタンス』が許せない———ニナもその考えは理解出来る。
「だけど、この度の戦いで、僕は自分の正義が分からなくなったんです・・・」
耐えきれず、中尉は顔を手で覆う。そしてそのままひたいまで滑らせると、うなだれた姿勢で先を続けた。
「今回の作戦は報復攻撃でさえなかった。怪しい噂があるからって、僕たちは戦艦で街にやってきて・・・沢山の建物を、人を殺して・・・これでは、どっちが平和を壊している側か・・・」
淹れた茶を持ってくると、ジョーは盆に乗せたままリビングテーブルに盆ごと置いた。そして自分の分を取ると、黙って定位置の壁際に戻って背を凭れて、熱々の茶にふーふーと息を吹きかける。その先はニナが中尉の分と、それから自分の分を盆から手元へ置いていく。
中尉は茶が手元まで運ばれてくると、再度小さく会釈してニナに感謝の言葉を述べた。ジョーの方にも会釈をしたが、やはり恐怖で目を合わせる事は出来ない。液体の温度で暖かくなったカップを両手で掴むと、中尉は水面に映った自分の顔を見ながら話しを再開した。それはあたかも、己自身と対話するように。
「あの時、僕らは民間ドックを取り囲んで・・・集中砲火をしたんです。ドックひとつに対して巡洋艦五隻ですよ。狂ってる・・・友軍だってまだいたというのに。」
言葉を尽くす都度に、中尉は語気を強めていた。
それを見て、ニナは徐々に理解し始めていた。このアントニーという男は、絶望的に軍人に向いていない。目算で身長百八十センチメートル後半という恵まれた体躯、将校課程を修めるに足る頭脳、素直で真っ直ぐな性格はまさに軍人向きだったのだろう。しかし、軍という暴力装置の『やり方』にまるで耐性がない。そういうものだと諦められる軽薄さも無ければ、そういうもの全てを背負う度量もない。
———この男は、戦場に於いて潔癖過ぎたのだ。
「その後、あの赤いGS・・・VOLT、でしたか?あれが私が乗っていた戦艦を落としました。いや、それは良いんです。それが戦いなんですから・・・」
中尉の脳裏に去来するのは、山のように積み上がった乗組員たちの遺体の数々だ。
お前だけ、生き延びるのか。
お前だけ、逃げるのか。
明日なき我等を、置いていくのか。
そんな声が、鼓膜をなぞる。
軍服が軍服の上に重なり、光を失った目玉がいくつもこちらをぎょろりと覗いている。そんな地獄をロベルタ二等衛生兵と駆け抜けた時間を、瞬間を克明に幻視する。
「そして、僕らは友軍による砲撃を受けた。戦力にならないなら、せめて爆弾代わりになってVOLTを消せと。僕ら士官は文字通りの鉄砲玉だとでも言わんばかりに。」
当然だ。
———とジョーは呆れた眼差しでアントニー中尉を見下ろしながらふーふーと茶を冷まし続けている。逆にニナは、アントニー中尉という人間を哀れに感じていた。
「しかし生き延びたのは僕らだった。友軍ではなく、僕らだ。僕らが殺そうとしたVOLTが、僕らを殺そうとしたVOLTが・・・僕らが脱出するまであの戦艦を守り通したんだ!あぁ・・・思い返すだけで、気がどうにかなりそうだ・・・!」
言い終えて再びうなだれ、カップの中の情けない男と目が合う中尉。聞き届けたニナは茶を一口飲むと、呆れ混じりの溜息を小さく吐いてカップをテーブルに戻す。
「要するに・・・正義感で軍に入隊したのに、そこにアントニーさんの正義はなくて。殺すのも死ぬのも荷が重くって。死にかけたと思ったら助かっちゃって、もうどうしたら良いか分からないから仇で恩人のジョーに会いに来ちゃったと?」
簡潔にまとめるニナ。
こうして言語化すると、それはなんて陳腐な動機、浅はかな行動だろうか。アントニー中尉はうなだれたまま静かに頷いた。
「アントニーさん絶望的に兵隊に向いてないよ。どうせ今頃本部では死亡扱いなんだから、そのまま国に帰っちゃいなさい。戦いとか、正義とか、私たちとか、そういうのスッキリ全部忘れて隠居するのがいいよ。」
「そういうわけには行きませんっ!」
ニナが言い終えるのとほぼ同時に、うなだれていた中尉が声を上げた。
「僕は!こんな僕でも!生き延びた事には意味があったはずなんだ!その意味を知るために、あの戦いの意味を知るために、僕はここへ来たんです!」
興奮した中尉は立ち上がり、両手を大きく広げて先を続ける。
「僕は正義のために戦った!そんなものは戦場になかったのかも知れないけど・・・あなたがたは何の為に戦ったというんですか!アハト・ゼム大佐の無念ですか!あのアハト・ゼム大佐が、本当にレジスタンスのテロ行為を望んでいるとでも!」
エキサイトした中尉の身振り手振りで茶の水面が激しく揺れる。目まぐるしく揺れるその姿は、あたかも中尉の心そのものを表現しているようだった。
そんな姿を前にしてなお、ニナもジョーも表情一つ変えていない。まるで動じる様子はなく、ニナはもう片方の膝も抱え込んで椅子の上で体育座りのような姿勢になる。そして静かに、駄々っ子を落ち着かせるように言う。
「別に、アハト・ゼムの遺志とか無念とか、そんなのは私も興味ないよ。」
「嘘だ!僕は知ってるんだ!アハト・ゼムに栄光あれ・・・アハト・ゼムに栄光あれ・・・って、今でも呪文のように唱えているんだろう?そんなの、カルトか何かじゃないか・・・!」
ニナの言葉に聞く耳を持たず、アントニー中尉は更に語気を強め、身振り手振りをより大きくしながら畳み掛ける。
その様子を見て、ジョーの背中が壁から離れた。
「ニナ、叩き出すか。」
低く、短い声で確認するジョー。しかしニナは黙って首を振る。
「言ってるよ。挨拶代わりだもん。でもそれだけ。」
ジョーに睨まれて大人しくなるものの、それでも納得していない事が顔に現れている中尉。それを見てニナは苦笑する。
「・・・私、まだ十五だよ?同盟国の成り立ちとか、アハト・ゼムの無念とか、そんな伝聞でしか知らないものに共感出来るわけ無いじゃん。」
そう言われて、アントニー中尉も冷静さを取り戻す。
十五歳と言えば成人して間もない歳、中尉より十二歳も若い少女ではないか。中尉は次第に取り乱していた先程の自分が恥ずかしくなり、静かにソファーに座る。そして心なしか、先程より縮こまった姿で覗き見るような視線をニナに向ける。
「レジスタンスは、過去と折り合いをつけられない人間の組織じゃないのか・・・アハト・ゼムの亡霊ばかり追いかけて、今や未来を見ようとしない、そんなカルト的な組織じゃないのか・・・?」
震える声で問うアントニー中尉に、ニナは目線を下ろして返答する。
「アハト・ゼムの亡霊なんか知らないよ。でも、確かに私は『過去に折り合いをつけられない』人間だよ。いったい何をどうすればつけられるか分からないけど、それがきっと、私の『戦う理由』。」
「あなたの、『戦う理由』・・・?」
反復する中尉。ニナは椅子の上で抱えた両膝の間に隠れるように、縮こまるように頷いた。
「ニナ、お前の過去を話すのか?・・・こいつに、そんな価値はあるのか?」
冷たく問いかけるジョー。ニナは片頬を膝においてジョーの方を見る。
「人の価値なんて分かんないよ。でも、この人なら話して良いと思う。」
「・・・そうか。」
ニナの言葉を聞き届けると、ジョーは再び自分の定位置に戻り、壁に凭れた。
つづく




