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機甲大戦記VOLT  作者: 無銘
赤銀の死神編
7/11

第七話『赤銀の死神 その③』

 揺れる艦内に、レールキャノンの発射音が響く。通算で二回。甲板という板一枚挟んだ外の出来事だと言うのに、遠く彼方のように錯覚する。それだけ戦艦の装甲は厚く、多層的な構造をしている証拠なのだろう。


「変な武器を使うんですね。あのVOLTっての。」


世間話をするような軽さで、ライトウッド少尉は鳴り響いた音をコメントする。他人事のような口調には、諦観が色濃くにじみ出ていた。


「射撃、なのかな。おかしな話だよな。僕たちが攻撃した奴が皆を殺して、今度は死に損なった僕らを、友軍の砲撃から守ってる。気が・・・気がどうにかなりそうだ・・・」


両手で顔を覆い、そのままうずくまるようにして頭を抱えるアントニー中尉。ライトウッド少尉も同じ気持ちだった。いつ破られるかも分からない壁に背中を預け、五臓六腑に響く砲撃を直に感じながら中尉から目をそらす。


―――『守ってる』なんて言葉が出る時点で、この男は軍人失格だ。敵と味方、それから戦況というものが見えていないのだろう。


しかし、それなら軍人として失格していない自分はどうするべきか。ライトウッド少尉の脳裏には悍ましい最善策が去来する。軍人として正しくあり続けるなら、何を犠牲にしてでも目標を撃墜することに全力を注ぐべきだ。環境も、味方も、自分自身さえも。

 その手段が分かっていながら、足が動くことを拒絶する。少尉もまた己の軍人失格を痛感して歯噛みした。


「どこへ、行くんですか?」


不意に、壁に手を突きながら歩き出したアントニー中尉を呼び止める。振り返りざまに彼が見せた顔は、弱々しくも吹っ切れた顔だった。


「・・・軍規なんかもうないって、さっきお前が言ったんじゃないか。じゃあ、僕は『好きに』する。お前も『好きに』してくれ。」


「言ってる意味がわかりません。」


「艦を脱出する。ついでに誰か、生き残ってたら連れて行く。命令も強制もしないけど・・・もしその気があるなら、ライトウッド、ついて来てくれ。」


それだけ言って、アントニー中尉の背中は医務室を後にして通路に消える。

 今しがた、中尉は「これから敵前逃亡する。」と宣言したようなものだ。軍人失格、なんてものではない。銃殺刑もやむを得ない行為だ。ライトウッド少尉の手が、自然に腰のホルスターのスナップガンに伸びていた。


―――敵前逃亡は、銃殺刑。


―――命を賭してでも、目標達成が兵士の本分。


そんな兵士の常識を正しいと認めていながら、少尉はがら空きの背中が完全に消えるまで引き金を引けないでいた。壁に手をつき、短い歩幅で足を引きずる中尉を撃つのはこんなにも簡単なことだと言うのに。裏切り者は処刑するという原則は、こんなにも単純明快なのに。




―――――――


―――――

―――





 その直上、甲板の上。レールキャノンの一射によって砕け散ったセンチネル・スナイパーの残骸が降り注ぎ、乾いた大地に鉄の雨を降らす。同盟軍のGSは仕切り直しとばかりに距離を取り、戦場には僅かなインターバルが発生していた。


「残り一発・・・」


 レールキャノンの残弾表示を見て、ジョーは焦るでも奮起するでもなく、むしろ冷静に訝しんでいた。初めて乗った機体ではあるが、設計者の人となりを考えれば総弾数三発限りという事は考えられなかった。

 ジョーの思考に合わせて、VOLTは腰から下腹部辺りをペタペタと手で触れ始める。それはなくした何かを探して、とっさにポケットに触れるような―――あまりにも人間的な仕草。


「これか。」


その成果か、ジョーはVOLTの腰部に設置されたスカートアーマーの裏、その収納部に隠された予備マガジンを探り当てた。

 それはGSの携行火器としては大きめながら、レールキャノンの破壊力を考えれば拍子抜けなほど小ぶりな湾曲弾倉だった。懸架式の砲塔に、この形状の弾倉ときた。ジョーには直感的に使い方が理解できる。これまでの戦いの中でおよそあらゆる武器武装に接してきたという事情もあるが、パイロットの頭脳と機体を直接繋ぐBCPがそうさせるのだろう。

 VOLTの視界、VOLTの五体、VOLTの武装・・・その全てを人間の頭脳で制御するのがBCPの本質だ。自他の境界、つまりパイロットと機体の境界は有って無いが如し。獣が指導も事前知識もなく鉤爪や牙の使い方を本能で解するように、ジョーもまた本能でVOLTの機能を開拓しつつあった。

 重厚な金属音とともに、湾曲弾倉がレールキャノンに接続されて特殊弾がもう二つ、薬室に受け渡される。ほの冷たい金属塊が弾倉から滑り出て砲身内を移動する感覚、それすらも弾丸を手の中で転がすような確かな感覚でフィードバックされる。そして、眼前の三次元軸式照準表示の数値は『1』から『11』に修正された。


「最大で十三発ってわけか。まあ、妥当かな。」


 気を取り直してレールキャノンを構えると、敵のGSたちもVOLTに強力な射撃兵装が備わっていると弁えた陣形に組み替えていた。

 有効射程ギリギリの高さを、緩やかに高度を上下しながら旋回する。射撃の瞬間もその場にとどまらず、距離、位置、射程の全てを悟られないように立ち回るのがこの陣形の特徴だ。二機いたセンチネル・スナイパーはこれで一機、随行するナイト・アーチャーは十機。本作戦に参加したアーチャー部隊で、ここまで生き残った全てが駆り出されていた。


「ひとつ―――」


ジョーが呟くと、アーチャーが一機、爆ぜて塵になる。

 VOLTの三次元軸式照準で狙い定められた獲物には、もはや高度も陣形も関係ない。レールキャノンの長射程は上空を旋回するアーチャーたちのみならず、遠く離れた戦艦そのものさえ狙えるのだ。VOLTは更に狙いやすくするために艦橋の残骸によじ登り、さながら新たな主砲となって飛行するGSたちに狙いを定める。


「ふたつ、みっつ、よっつ―――ッ!」


立て続けにGSが撃ち落とされる。

 原型すら残らず、爆散してはバラバラに砕け散って鉄くずが大地に撒き散らされていく。たとえ動き回る標的であっても、レールキャノンの弾速を超えられなければ止まっているも同然なのだ。逆に同盟軍のGSは、VOLTがその場を動かないにもかかわらず、動き続けなければならないので狙う難易度は跳ね上がっていた。当たるかどうか分からないという迷いが隙を生み、その隙が利用される。そして友軍が立て続けに撃ち落とされるという恐怖が新たな恐怖と迷いを生んで、負の連鎖は病魔のように同盟軍の陣形を蝕んでいた。


「よし、後は―――ぐッ!」


 残ったGSを探していた矢先、はじめてVOLTが被弾する。回避する為の足場はほとんど無く、逆に敵戦艦の砲撃は一点に集中する。それは見えていた攻撃だったのに、艦橋に登った事が仇となって避けきれなかったのだ。

 鉄筋コンクリートの巨大ビルをいくつもなぎ倒してきた艦載砲の砲撃だが、それでもVOLTの装甲に傷をつけるには至らなかった。命中した砲弾は全部で三発。右半身の胸部と腹部、そして側頭部に一発ずつ。音速を超えて飛行した円筒形の鉄塊が勢いをそのままに激突し、粘土のようにぐにゃりと形状を変えて円盤型に広がる。そして個体のまま液体のように放射線状に飛び散って消えた。

 ダメージこそ全くなかったが、砲弾の威力は艦橋の先端に立っていたVOLTを突き飛ばすには充分だった。落下しまいとジョーはサムライソードを逆手に持ち替えて艦橋の側面に突き立てる。鋭い刀身は容易に艦橋を貫いて突き刺さり、峰を下に向けて突き刺す事でロックがかかる。刀の柄にぶら下がったまま、追撃しようと高高度から降りてきたアーチャーをレールキャノンで撃墜して次の攻撃に備える。

 戦艦たちがこのチャンスを逃すまいと一挙に動き出した。並列した二隻は引き続き艦橋への攻撃を集中し、左右から回り込もうとしていた残りの二隻は、弧を描いていた進路を直角に曲げて両側面からVOLTを挟撃した。砲撃は一挙に集中し、VOLTがぶら下がる艦橋はその背面と側面からの集中攻撃に耐えかねて爆散した。凄まじい光と熱波と爆音を伴い、黒煙が巨大なサムライソードを天高く放り出した。炎上する艦から錐揉み回転しながら飛び出した刀身が何度もギラギラと光を照り返し、放物線を描いて大地に突き刺さった。


 轟音は艦内にも響き渡る。何もかも薙ぎ払う衝撃が駆け抜けて、アントニー中尉もその威力の餌食となってしまった。憔悴しきった精神は容赦なく肉体の力を奪い、ゴムボールのような自分が壁から壁へ叩きつけられながら通路を転がり進む自覚があった。


「ぐっ・・・ぁああ・・・!」


何度目かの激突は平坦な壁面ではなく、通路の曲がり角への直撃だった。肋骨が挫滅し、内臓に衝撃が響いて内出血を誘発する。肋間筋の一部が機能を一時停止し、動かない胸郭が呼吸を拒んだ。

 くの字に体を屈して患部を庇い、伝播した激痛に耐えかねて反転する。弓なりに体を反ると、甲板からこのフロアまでの天井が丸ごとなくなっていることにようやく気がついた。艦橋を丸ごと消し飛ばすほどの総攻撃が行われたのだろう。いよいよこの戦艦の装甲も限界だと状況が訴える。甲板は灼熱の業火が支配し、黒煙は容赦なくこのフロアも侵食していく。黒い亡霊の魔の手のように。死神が命運尽きた者を追い詰めるように。殺人にのみ特化した赤と黒がやってくる。


「クソ、クソ・・・」


悪態を吐き散らしながら、沢山の背中を踏んで進む。あるいは倒れても、四つ足で這ってでも。

 その一人ひとりを、中尉は知っている。ルーカス少尉、ヴラド少尉、マーカス曹長、リン・リー技術大尉、マリアンナ伍長、ノルド大尉、エルソン少尉、マーティン少尉、アダムス牧師・・・全員、同じ艦で同じ時間をともにした仲間だった。親しい者もいれば、ただの顔見知り、反りが合わない奴もいた。それでも、こんな最後を迎えていい者は誰一人いなかったはずだ。作戦が終わったらなんだかんだと文句を言いながら退屈な哨戒任務に戻って、久々に田舎の家族にでも顔を見せて、部下に威張って上官の顔色を伺う。そんな日常が待っていたはずだった。

 文句を言いながら、声も涙も枯れ果てて進むアントニー中尉。火のない方へ、煙のない方へ。ただそれだけを目指して。


「・・・誰か、いるんですか・・・?」


死体の山から、か弱い声が問いかけた。


―――錯覚だろうか。中尉は絶えず口にしていた悪態を飲み込んで立ち止まる。


見渡す限り、一面死体。軍服が軍服の上に重なり、光を失った目玉がいくつかこちらをぎょろりと覗いている。この墓場に、生きたモノの気配はない。


「いるなら、たすけて。」


消え入りそうな声が死体の山から呼びかける。


―――錯覚じゃない。中尉はようやく確信した。視線の先の死体の山が、その重なり合う背中が少しズレたように見えたからだ。


何人もの体をかき分けて進み、軍服を掴んでは放り投げて行く。屈強な軍人たちの体は大柄で、完全に力が抜けきって物同然になったそれは、体重が生前の二、三倍増しにでもなっているかのように思えた。覆いかぶさり離れようとしない死体の数々は、まるで生存者の救出を何が何でも妨げたいようにさえ見えてくる。


お前だけ、生き延びるのか。

お前だけ、逃げるのか。

明日なき我等を、置いていくのか。


そんな無声の罵声を無視して、あるいは振り払って次々に死体を投げ捨てる。


「どこだ!手を伸ばしてっ!―――ゴホゴホッ・・・」


叫びながら死体の山を漁っていた中尉は、すでに黒煙を吸いすぎていた。もはや体に力が入らない。もはやこれが、最後の一体。そう思ってすがるように言うと、積み重なった男たちの大きな身体の脇の下から、なにか白いものが顔を出す。


―――それはなんて、綺麗な手。泥と煤と、赤黒く乾いた血がべっとりこびりついているのに。アントニー中尉は奪い取るようにその手を取り、頬に触れた。


「あたたかい・・・生きてる!まだ生きてる!」


力の限りその手を引くと、二、三人ほど死体を押しのけて女性が姿を現した。

 ここに衛生兵として配属されたばかりの二等兵、ロベルタ・スーを中尉が抱き寄せる。容赦なく揺れる艦内で、臆せず彼女は職務を全うしようとしていた。負傷兵が多く集まるエリアにたった一人でも駆けつけようと回廊を駆け抜け、そして爆風に巻き込まれて兵士たちの濁流に飲まれて生き埋めになってしまった。

 じわりじわりと死体の山の底で酸素を失って圧死する運命の彼女にとって、かすかに聞こえた中尉の悲鳴のような悪態は天恵にも等しかった。

 

「ああ、中尉さんだ・・・」


抱きしめられたまま、ロベルタ二等衛生兵はわずかにまぶたを開く。そこには彼女を包容する太い腕と、大きな肩の擦り切れた階級章と、迫りくる炎と黒煙があった。



―――

―――――


―――――――







「チィ・・・油断した・・・」


 間一髪、砲撃が届くより先に甲板に飛び乗っていたVOLTは集中砲火の直撃を避けきっていた。迷いない判断で刀を放棄し、大炎上する甲板の炎と黒煙に紛れることに成功していたのだ。ジョーの機転によるところが大きかっただろう。しかし同時に、VOLT特有の視界の恩恵でもあった。それは単に全周囲三百六十度の像が見えるというだけでなく、『死角』を極限まで排除するのが目的の視界なのだ。刀を頼りに艦橋にぶら下がった瞬間、ジョーには背後の艦橋の壁面のレイヤーと、はるか先の砲門を向ける戦艦のレイヤーが同時に見えていた。だからこそ容易に最適なタイミングを掴むことが出来た。

 VOLTはパイロットに必要なモノを見せる、それをパイロットが受け止められるかなど―――微塵も構うこと無く。その容赦のなさこそが、すなわちVOLTの規格外さでもあるのだ。


黒煙の向こう、VOLTは再びジョーに信号を送る―――


「お前・・・今度は何を見せるつもりだ・・・?」


その問いかけに応じるように、黒煙のレイヤーに新たな像が映る。

 砲口から煙を燻らせる敵の戦艦。重厚な鉛色が金属光沢を照り返す装甲に、ほの赤いエリアがぼんやりと浮かぶ。位置はちょうど艦橋と第三砲塔の直下の辺り。装甲と、戦艦の構造そのものによって幾重にも厳重に守られた『艦の心臓』だ。


「本当に当たるっていうのか?」


———この距離から?


———あの場所が?



「・・・やる価値は、あるか。」


黒煙から見え隠れするレールキャノンの砲口が、今一度敵に向いた。

 狙いは装甲。正しくは、その奥の『モノ』。多層的な装甲と隔壁、回廊や施設に守られた奥にある『心臓』———すなわち、メインエンジンたる小型原子炉。


GSの盾や装甲を抉り穿つ『ネメシスボウ』でも―――届かない、

GSそのものを焼き穿つ『プラズマ粒子加速砲』でも―――届かない、

街中の建物を薙ぎ払って蹂躙する『地上戦艦の主砲』でも―――届かない。


———あの場所を、睨めつけて・・・



「届けッ———!」

 


閃光と稲妻を置き去りにして、音速を超えた凶弾が今一度唸り声をあげる。

 怪鳥の嘶きが、鋼の巨獣の懐を穿つ―――



つづく


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