第六話『赤銀の死神 その②』
望遠スコープのダイヤルを慎重に指先で動かしながら、戦場の様子を観察する。ここは廃墟都市の中でもひときわ高いビルの一角。それでも構造の半分以上は倒壊してしまっている。当然、無残に破壊されてしまった建物はここだけではない。この都市の全ての建物が砲撃を免れることはなく、砕かれ、あるいは炎上してその本来の機能を失っている。
ジョーとの連絡が途切れてからというもの、ニナはずっと工業都市の様子を観察していた。もうじきここと同じになる、今も戦火が絶えない街の事だ。五隻もの地上戦艦が街中の建物という建物を徹底的に破壊しながら奥地へと侵攻する。さながら、それはクジラが地上に這い出てちっぽけな人間たちを蹂躙しているよう。遂には目標の第七ドックをも、主砲の一斉掃射で地表から消し去ってみせた。攻撃は執拗で、無慈悲だった。
誰も生かしておかない。
何も残してはならない。
『ソレ』の痕跡さえ継承させない。
そんな執念を感じずにはいられない程、攻撃は残忍で、執拗で、徹底的だった。
徹底的な砲撃の末に第七ドックは見たこともないほどの大爆発を起こし、その周囲一帯を吹き飛ばした。ドックの地下から太陽が生まれたかのような強烈な光と熱波が発せられ、程なくして異常事態は巨大な雲として結実する。キノコのような、巨大な積乱雲。赤黒い不気味なそれは、絶えずもくもくと姿を変えながら吹き上げた瓦礫やら何やらを吐き出し続ける。
「・・・」
少女は言葉を失っていた。
ジョーはあの第七ドックに向かうとだけ言い残して、一方的に通信を切った。それから程なくして、あの大爆発。誰でも分かる、生存の可能性は絶望的だ。どんな死地でも機転と工夫で乗り越えるのがあの男ではあったが、そんな小手先の技術や戦術でどうにか出来る事には限度がある。出撃前から分かっていたはずのことなのに、予定調和の結論を見せつけられているのに、少女はショックを隠しきれなかった。口元に手を当て、目は充血するほど見開いていた。
しかし、自分自身でもその正気を疑いそうになるが、少女は未だに望遠スコープで『彼』を探していた。倍率を最大望遠まで引き上げて、戦場を端から端まで舐め回すように観察する。脳と理性は死亡確定の四文字を弾き出して、彼女自身もそれに納得したと言うのに。ニナの中の何かが、当然の帰結・絶対の真実を無根拠に否定する。
―――再び、衝撃。
今度のは上空の黒雲も、直下の炎も吹き消すほどの極大の衝撃波。
ニナは別方面を最大望遠で見ていて『その瞬間』には気付かなかったが、衝撃に驚いて望遠スコープから目を離した瞬間に『ソレ』を目の当たりにした。
「今度は何っ・・・!」
悪態をついてスコープを構え直す。
砂塵の霧が晴れるまでの時間が矢鱈と長く感じる。もどかしさ余って何度も舌打ちをしながら視界が開くのを待っていると、遂に『VOLT』の姿をその目に映し出した。
「何、あれ・・・」
言葉が自然と口からすり抜ける。優秀なエンジニアである彼女でも見たことも聞いたこともない造形の、巨人。
悠然と仁王立ちする巨人は、兵器にしてはあまりにも人間的で、人間と呼ぶにはあまりにもおどろおどろしいチグハグな見た目をしていた。ヒトにしては、その目はあまりにも冷たすぎる。抜き身の刃のような、ヒト。
―――そんなヒトを、ニナは既に知っている。
巨人がわずかに動いた瞬間、砲撃の第二波が襲いかかる。全方位から隙間無く。徹底的に、無慈悲に叩き潰す為に。
しかし巨人には弾の一発も当たっている様子はなかった。それこそ真実味の無い話だが、あの十五メートルを超える巨体が人間以上の身軽さで、僅かな弾幕の隙を縫うようにしてすり鉢状にえぐれた大地を駆け抜けたのだ。凄まじい速度で、ジグザグの軌道を描いて飽和攻撃をやり過ごす超人・・・
―――そんな人を、ニナは既に知っている。
そして同盟軍のGSと赤い巨人が遂に激突する。
その動きを、少女はよく知っている。その戦い方を、誰よりもよく知っている。赤い巨人はまるで彼のように、さも当然のように最適であり得ない戦いを繰り広げる。
センチネルが爆ぜる、切れる、撃ち落とされる。ナイトが立て続けにバラされる。戦艦すらも、何の抵抗も叶わないまま艦橋を潰されて撃沈した。その戦い、あまりにも速く、あまりにも鮮やか。もはやその結論は疑いの余地がなく、ニナは衝動に駆られるままに望遠スコープを放り出して廃ビルを駆け下りる。
ここは中腹から折れたビルの地上六階に相当し、崩れかけた壁と柱に囲まれて屋上テラスのように開けている。そんな一角が下階へ続く大穴になっており、もう一階下まで突き抜けて壊れたコンクリートブロックが小高い山のように積み上がった姿が見て取れる。登る時は慎重に内壁をよじ登って開けた頂上の六階を目指したが、今回は勢いよくその山に向かって飛び降りる。高さが見た目以上にあったせいか、それともコンクリート礫はやはりクッションには適さなかったのか、飛び降りたニナはゴロゴロと細かい礫と一緒に転がり降りながら体中に打撲や切り傷をつける。
「いっ、たぁ・・・」
歯を食いしばりながら、思わず片目をつぶる。なんとか体勢を立て直して、膝立ちして袖をめくってみると、肘から腕全体にかけて表面の肌色の皮が不規則に剥がれて中のピンク色が覗いていた。白くめくれた皮膚が泥を巻き込んで汚れ、露出した部分から赤いものが滲んでいた。
少し遅れて、切り裂いた刺すような痛みをじわりと発熱するような鈍痛が塗りつぶしていく。この袖をまくり上げた肘だけでなく、反対の方も。膝も、尻も、背中の方も同じ鈍痛が同時多発的に広がっていく。もう少し上手いこと降りられると思っていたが、現実はそうもいかないらしい。
「萎えるなぁ、これ絶対跡が残るやつじゃん。」
袖を下ろしながら立ち上がると、小走りで先へ進む。
ここは廃ビルの四階。先程の五階エリアはほとんど床が倒壊していたが、こちらは大部分が残っている。当然照明はなく、割れた窓から覗く自然光だけの薄暗い室内を横切って下階へ続く階段に向かう。床に散らばった窓硝子をパキパキと踏み、横転した汚いパイプ椅子をいくつか横切り、壁に張り付くように置かれた作業机を通り過ぎる。この街でも、同盟軍の軍事作戦が決行されるまでは当たり前に人が暮らしていたのだろう。こんな風なビルに職場があって。この周りのどこかの建物に自宅があって。当たり前の生活が、人生が、一瞬のうちに瓦礫とともに崩れたのだろう。他人事なのにやるせない気持ちになる。 真っ暗な階段の壁に手のひらを這わせながら三階に降り立つと、新たな問題に直面した。
「そうだ・・・ここ、外登って来たんだっけ。」
ここは三階から一階まで完全に床が抜けており、階段も瓦礫で埋まってしまっている。行きは外の外壁の窓枠や突起を頼りによじ登ってきたが、同じ方法で降りるのは難しい。とくにこの傷だらけの身体では思うように手足に力も入らない。
どうやって降りたものかと考えていると、窓の外から僅かに覗く突起物を発見する。
「あれは?」
よく見るために慎重に壁伝いに靴底とさほど広さが変わらない足場を進むと、それがちょうど二階の高さに設けられたこの建物正面玄関の庇だと分かった。
割れて窓枠に残った硝子を気にしながら内壁から外壁に移動すると、ゆっくり屈んで足場に手をつき、そのまま慎重にぶら下がる。三階から一気に一階まで落ちてしまったらただでは済まないが、このまま庇に降りれば高さは一階分しかない。覚悟を決めて手を離すと、ジョーの教えを思い出して足首や膝など特定の関節に体重が乗らないように、着地と同時に膝を屈して段階的に両手をつく。
「うっ、くぅ・・・」
とっさだったからか、不慣れだったからか。やはり衝撃は全身を駆け抜け、負傷した場所を中心に痛みが走る。耐えきれずに声が漏れ、目を瞑る。それでも怪我はない。見様見真似のうろ覚えではあるが、彼の教えはちゃんと生きていた。
同じように庇の縁にもぶら下がり、今度はもう少し慣れた要領で飛び降りる。相変わらず痛みはあるが、この落下で怪我はしなかった。いとも簡単にビルの合間をパルクールして見せるジョーほどではないが、自分も捨てたもんじゃないと達成感を噛みしめる。
その足で急いで大型トレーラーに飛び乗ると、廃墟都市を離れて一直線に工業都市へ向かう。アクセルを踏むとエンジンが勢いよく唸りを上げ、荒野の道なき道を巨大な車輪が蹂躙する。車内がガタガタと揺れて傷に響くが、今の彼女には些末な事に思えた。むしろ気付けになるとさえ。乾いてひび割れた大地を疾走する車体は何度も飛び上がり、ニナは巧みなハンドル操作でデカブツが横転しないように制御する。そして危険を顧みず、赤銀の巨人の元へ全速力でトレーラーを走らせるのだった。
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―――
「ライトウッド少尉・・・僕はここじゃなく、懲罰房に・・・」
弱々しい声で言うアントニー中尉は、ここまで無言で付き添ってくれた少尉を心配して懲罰房の方を指差した。指が向く先は何も無い壁だが、中尉にはその先の角を曲がった通路の奥の、薄暗い部屋が見えている。
「行ってどうするんですか、先輩。」
冷たい声色で少尉が返答する。それは疑問文であったが、答えを求める問いでないのは明白だった。「軍規だから・・・」と外の爆音に埋もれる声でつぶやく中尉に、少尉は苛立ちからか一段と強く包帯を引いて結ぶと、一歩中尉から後退して離れる。
「軍規なんかないですよ。先輩なら、分かるでしょう。」
しばらく、揺れる艦内で二人は黙り込む。
そう、分からないわけではないのだ。艦が何度か揺れて、ひときわ大きな爆発音が響いて。ホバー装置が停止して戦艦は動きを止めた。艦橋が破壊されたのはもはや疑いようがない。高度こそ高くはないが、それでも浮遊していた巨体が大地に落下したのだ。船底付近のサブエンジンやホバー装置はまたたく間に自重で潰れてしまった。そこに配属された者たちも逃げる暇もなく圧死してしまったはずだ。
砲手たちももういない。第一、第二と砲塔が立て続けにVOLTに斬り飛ばされた時点で生存は絶望的だ。そして、艦を幾重にも貫く砲弾の数々。この医務室も辿り着いた頃には既に大穴が開いて半壊していて、衛生兵だったものがそこら中に転がっている。もはやこの艦で生き残っているのは、ライトウッド少尉やアントニー中尉のような『偶然持ち場にいなかった者』だけだ。
「撃ってるのは・・・友軍なんだよな。」
揺れが来る度に外れたと安堵し、次こそ当たるのではないかと恐怖する。
「でしょうね。奴は真上なんだから、横から撃ってるのは・・・」
友軍がこちらを撃っているという絶望は計り知れなかった。この戦場にもはや味方はいない。敵と敵が戦っていて、自分は抵抗出来ずに巻き込まれる。二人の将校は、この時はじめて民間人の気持ちを理解したと思った。その恐怖と無力さを。
「狙いはメインの原子炉か。」
アントニー中尉がライトウッド少尉の方に振り返りながら言うと、少尉は無言で頷いた。
このラブリュス級巡洋艦の動力はメインエンジンの小型原子炉と、サブエンジンのバッテリー水素ハイブリッドエンジンだ。船底付近に設置されたサブエンジンは自重で潰れてしまったが、艦の最奥に埋め込まれた小型原子炉は依然生きている。同盟軍はこれを外部からの砲撃で破壊して、戦艦そのものを一つの大型爆弾として利用するつもりなのだ。
もう随分前からお互いに理解していた結論だが、そうと口にするのが恐ろしかった。そうと口にすれば、それは同盟軍という組織があたかも兵士を使い捨ての駒としか見ておらず、いよいよとなれば生存確認もせず友軍を爆弾として使い潰す組織だという事になる。
―――こんな事が許されて良いのだろうか。中尉は今一度、疑問に思う。
しかし、同盟国という絶対的な正義を許さないのは―――
・・・先送りにした問いが、アントニー中尉を逃さない。
その甲板では、ジョーと同盟軍の攻防が続いていた。同盟軍の戦艦は二手に分かれ、二隻は並んでジョーが落とした艦を集中砲火、もう二隻は大きく弧を描いて回り込みながら載せたGSを発進させる。その狙いがVOLT本体ではなく、直下の戦艦なのは明白だった。その狙いが見えていながら、ジョーはその甲板を離れられないでいた。
―――真紅の光が一閃する。
甲板の上をローリングして躱すと、今度はその先でネメシスボウの矢が降り注ぐ。
「チッ・・・」
苛立ちから、舌打ちしながらVOLTの刀で矢を切り払うと、既にエネルギーチャージを終えたプラズマ粒子加速砲の一撃が放たれる。
同盟軍のナイト・アーチャーにはホバリングボードが、センチネル・スナイパーにはフライトボードが外付けの飛行ユニットとして存在するが、VOLTにはそういった飛行能力が存在しない。並み居る敵の大群を一騎当千の白兵戦能力で打ち砕き、戦艦さえ真正面から屠るVOLTだが、こうして格闘と刀のリーチの外から付かず離れずの攻撃をされては立つ瀬がない。
「ん、今度はなんだ?」
その苛立ちに呼応してか、再びジョーの脳内にイメージが流れ込む。
それはVOLTが背部のディスク式マウントラックに背負っているもう一つの武装、『レールキャノン』の存在を知らせる機体からのメッセージだった。それは『サムライソード』の鞘と一体になった巨大な電磁砲で、鞘の鯉口と砲口の位置を入れ替えるほどディスク式マウントラックを大きく回転させて肩に懸架する。
背中のものがぐるりと回転する慣れない不快感に反射的に身をよじると、次の瞬間には右肩にレールキャノンの重量を感じる。BCPのなせる技だ。それとほぼタイミングを同じくして、ジョーの視界にはX軸、Y軸、Z軸で構成された独特な照準表示が展開された。その交差点がレールキャノンが狙う先を示し、意味ありげに『3』の数字が現れた。
「これが、射撃兵装・・・なのか?」
慣れないインターフェースに戸惑いながらも、上空を旋回するスナイパーに狙いを定める。
敵機の動きを観察し、その軌道の特性を見切り、動きを先読みして弾道と発射から着弾までのラグを感覚で掴み取る。
「―――そこッ!」
叫ぶと同時に、操縦桿の射撃用トリガーを強く押し込む。
レールキャノンの砲身は二枚の長いレールを向かい合わせた形状だ。その断面は六角形になっており、そのレール内を滑る特殊弾もまた独特な六角錐の特殊構造をしている。この特殊弾が互いに力場を干渉し合って指数関数的にエネルギーを増幅する特殊な電磁加速レーンで押し出され、音速の何倍もの速さで射出される仕組みだ。
甲高い唸り声を轟かせ、閃光と稲妻を散らしながらレールキャノンの特殊弾が放たれる。砲身はその一撃で砲口から中腹ほどまで赤熱し、怪しく蒸気を吹き上げていた。
「外した!?」
完璧な一射を放ったつもりが、レールキャノンの弾は敵機に当たるより先に目標ポイントを通り過ぎ、あらぬ方向へと消えてしまう。
通常の射撃理論では、弾速が速すぎて当たらないのだ。ジョーは熟練者だからこその轍を踏む。
「クソッ!」
そうこうしている間に、再び敵機の射撃。急いで飛び退くと、閃光とともに背後の艦橋の残骸が焼き穿たれて融解する。
体勢を整えつつ照準軸の数字を見ると、数字は『2』に変化していた。
「残り二発か。今度こそッ―――!」
再び三つの軸を敵機に重ねる。
スナイパーはチャージまでの時間を旋回してやり過ごそうと空中で移動を開始するが、今度は『ラグがほとんどない』事を考慮して狙いを研ぎ澄ます。
トリガーを引くと、再びレールキャノンが叫び声を上げた。火薬の爆発を推進力とする通常の射撃兵装とは明らかに違う、鼓膜を引き裂くような高い音が木霊する。そして特殊弾はその怪音さえも置き去りにし、スナイパーをバラバラに引き裂きながら絶空に散らした。
GSがバラバラに砕け散ってから動力炉が空中で爆発するという、世にも奇妙な映像をその場に集った兵士たちが目撃する。それは敵対する同盟軍だけでなく、VOLTを操縦しているジョーさえも目を見開く光景だった。
戦いはまだまだ続く。同盟軍の艦隊は依然として原子炉の破壊を狙っている。VOLTが戦艦の主砲並の射撃兵装を所持していることが判明して同盟軍のGS部隊も動揺しつつ、だからこそここで斃さねばならないと奮起する。
甲板の上で反撃に転じるVOLT、その直下で絶望と向き合う同盟軍の士官たち。なりふり構わず畳み掛ける同盟軍艦隊と、真実を見届ける為にそこへ向かうニナ。戦況は、さらに混迷を極めていく。
つづく




