第四十二話『決別のシルバーバレット その⑪』
同盟軍の偵察部隊を相手取り、ニナはその戦いを制したと確信していた。しかし、最後の最後で攻め手を誤った。撃ち抜いた車両は無人の抜け殻。まんまとデコイを掴まされたニナは、五人の同盟軍兵士たちに囲まれてしまった。
敵の将校も認める通り、ニナの戦略は悪くなかった。三機いた偵察車両は全て仕留め、一時は優位に立ったのだから。
しかし、———各個撃破が仇になった。
———最後の一機に、策を弄する時間を与えてしまったのだ。
どうしたものかとニナは歯噛みする。こんな事態はこれが初めてではないが、いつもなら傍らにジョーがいる。彼女の相棒は、優秀なパイロットである前に改造人間だ。こと鏖殺する事において、少女はあれ以上の暴力を知らない。この程度の数なら、ジョーは半秒で皆殺しにしただろう。
故に多少の無茶も通してきたが、今度は違う。ジョーはVOLTに乗って彼方で戦闘中。そしてニナと共にいるのは、生身のアントニーである。
そんなアントニーを見て、将校は問いかけた。
「君の誘導があったのかな———中尉?」
アントニーは何も答えず、静かに拳銃を構えている。
僅かに訝しんで、眉を寄せる将校。そして鼻を鳴らすと、男は言葉の先を続けた。
「しかし、そちらにも潜伏中の仲間がいたとはね。それならもう少し我々の被害も抑えて欲しいところではあるが、それはそれ。戦場で贅沢は言ってられん。そうだろ?」
———仲間?
鉄面皮のようなアントニーの表情。その眉頭が、僅かにビクッと動いた。
アントニーの仲間とは、———誰だ。
鉄面皮の裏で、青年の脳はショートしてしまいそうだ。走馬灯のようにこれまでの出来事が蘇り、声に声が重なって脳内で反響している。
家族の反対を押し切って、軍人に志願した昔日の日々。
厳しい訓練の日々。
将校課程に捧げた、青春の日々。
———全ては、同盟国の正義を信じて。
真円の広場に、少女と将校。
そして、彼らの周りに兵士たち。
しかし広場には、———他にも人影が佇んでいた。
『裏切るのか———?』
輪郭の無い影が、広場の一角に揺らめいている。少し若い顔立ちに、泥を被った厚手のブーツ。将校とは違う、シンプルな制服。アントニー訓練生の似姿が問いかける。
———裏切るのか。
誰が———?
誰を———?
———正義を。
アントニーは、同盟軍の正義を信じていた。三度の三国大戦は、いずれも苛烈を極める戦いだった。二度と戦争の惨禍を繰り返してはならないと学んだし、彼自身、その思想に疑いの余地はないと思っていた。
相争う三国を統一し、平和な時代を作った同盟国は正義である。独立国家がひとつとして存在しない以上、国家間の戦争は決して起き得ない。それこそが恒久的平和であり、正義の最終回答。そうと教えられたなら、アントニー訓練生はそう思う事にしていた。
であれば、仇なすレジスタンスは悪である———。
平和な時代を覆そうとする、戦争主義者たち。大戦の恨み辛みや因縁にばかり囚われ、今と未来を見ようとしない愚か者。平和を享受していながら、平和の価値を理解出来なかった哀しき獣。そうと教えられたなら、アントニー訓練生はそう思う事にしていた。
『裏切るのか———?』
揺らめく影はもう一人。輝くほどに磨かれたブーツに、シワ一つ無い将校服は同盟軍の誇り。折れず弛まず、努力の果てに大成したはずの姿。アントニー中尉の似姿が、こちらを睨む。
———裏切るのか。
誰が———?
誰を———?
———ふざけるな。
疑わしき者、
不都合な者を弾圧するのは、———誰だ。
町工場に押し入り、
少女の家族を皆殺しにしたのは、———誰だ。
明日ある少女を戦士に変えたのは、———誰だ。
工業都市に、巡洋艦五隻。
焦土作戦を敢行し、何もかも灰燼に帰す。
誰も生かしておかない。
何も残してはならない。
『ソレ』の痕跡さえ継承させない。
———そんなものが、正義なものか。
「・・・ってみろ。」
自ずと、その言葉がアントニーの口をついて出ていた。
「何?」
聞き返す将校。
しかし、被せるように。次は枯れるほどに声を張って、アントニーは問いを繰り返した。
「仲間だって言うなら、僕の名を言ってみろッ———!」
アントニーの銃口は真正面を向いている。
———依然、変わりなく。
アントニーは銃口の先を睨めつけている。
———依然、変わりなく。
将校は依然として、ニナの眉間に拳銃を向けている。そんな少女の背後には、銃口を真正面に向けたアントニーがいる。しかしその銃口は、少女には向いていない。アントニーの眼差しも、その銃口も、初めから将校を真正面から睨めつけていた。
その事実をようやく察した将校は、取り乱しながら声を張り上げる。
「馬鹿な!気でも振れたか、中尉!」
「僕は本気だ。」
アントニーの声色に迷いはなく、青年は敢然と即答した。
———その『名』を、呼んでくれる者がいる。
中尉でも、
先輩でもなく。
役割ではなく、
肩書きでもなく。
アントニーと呼び、
アントニーを助け、
アントニーを頼る、———者がいる。
それはかつて従った艦長でも、
よく出来た後輩のライトウッド少尉でも、
共に地獄を生き延びた、———ロベルタ二等衛生兵でもない。
黒光りしながらも滑らかな、艷やかでさえある銃身。偵察車両の残骸から立ち上る炎の光を照り返して、橙色の輪郭を成している。
装填した弾はたった二発だと言うのに、手首に掛かる力はやけに重い。
ああ、そうか———。
『やる。今のうちに籠めておけ。』
ジョーの言葉だ。
———ようやく理解した。
その軽さで渡された、重さを。
銃とは、———武器。
銃とは、———道具。
銃とは、———手段。
銃とは、———合理。
そして、———道理。
願掛けのお守り、
———銀色の弾丸。
シルバーバレットが如何なる『理』で人を守るかなど、分かりきっている———。
この『重さ』は、———信頼だ。
重く、冷たく、ずっしりと伸し掛かる、———ジョーの信頼。
なんて耐え難く———、
なんて抱え難く———、
なんて、———心地良い。
———裏切るのか。
誰が———?
誰を———?
———裏切るさ。
答えは得た。
三秒か、十秒か、永遠か。形容しがたい時の中、誰も知らない戦いの末、青年は弾も火薬もなしに撃ち抜いた。
アントニー訓練生は、
アントニー中尉は・・・
———さようなら、もう会う事もない。
広場に現れた幻影は、嘘のように消えていた。
瞬きもせず、アントニーは将校を見据えていた。
そして指を引き金にかけたまま、三度目の問いを投げつける。
「もう一度だけ聞いてやる。僕の名を言ってみろ・・・!」
「な、何を考えているんだ?ここは戦場だぞ。くだらん哲学ごっこをしている場合では・・・」
将校の言葉に、先はない。
引き金は軽く———、
———破裂音は、高らかに。
撃鉄が降りて薬莢を叩き、
火薬の爆発が勢い良く鉛玉を押し出した。
ライフリングの回転を纏い、
炎を携え、銃口から彼方へ。音速を超えて。
狙う先は、こめかみでも眉間でもない。
殺るなら———、
———確実に。
顔面のド真ん中から、少し外れた辺り。
鼻筋の突起と、眼球の窪みが目印だ。
鉛玉は奥へ奥へと食らいつき、頭蓋骨の凹凸が軌道をどこにも逃さない。真っ直ぐに肉を掘削した弾丸は顔面の骨をも噛み砕き、回転は容赦なく将校の脳幹と脳髄を掻き混ぜた。
それでも、解き放たれた凶弾は止まらない。
頭蓋骨の内側から、その向こうへ。打ち砕きながら、白髪の後頭部を真っ赤に染めて。将校の脳漿を背後に撒き散らしながら、将校だったものを大の字に斃す。そうして駆け抜けた雷のような嵐は、シルバーバレットの煌めきとともに夜闇の彼方へと消えてしまった。
将校の最期は、青天の霹靂。それを目の当たりにした兵士たちの意識は瞬く間にニナから離れ、アントニーという一点に収束した。
錯乱したか、
裏切ったか。
はたまた、レジスタンスの男が同盟軍将校のコートで己の身分を偽装しているだけか。
———今となっては、もはやどれでも良い。
「少尉ッ———!」
将校の脇を固める、二人の兵士たち。
そのうちの一人の兵士は衝動に駆られ、大の字に倒れた上官の元へ駆け寄った。片割れのもう一人は正反対。仲間の取り乱しようを目撃した為か、思考はむしろ冷静だ。
ただし脳髄が———、
そして、さらにその奥が、———沸騰するほどに煮えたぎっていた。
「この、———裏切りもんがァッ!」
声を荒げ、怒り心頭———。
爆発する感情のままに銃身を突き出し、引き金を引く。
しかし、狙いは正確。銃口の先はアントニーの眉間を捉え、凶弾は夜闇を切り裂いていた。
「———ッ!」
閃光のような機転。
パンッ!という破裂音とほぼ同時に、アントニーは側面へとローリングした。メタリックな怪音を携えて、耳横を鋭い風が掠めて行く。疎らに枯れ草が突き出た石畳を転がり、即座に姿勢は片膝立ちへ。
顔をあげて、
右腕を突き出して。
その先———、
———ふたつの銃口が向き合う。
アントニーの射線は、下段から上段へ。兵士の喉笛を射抜く角度で、引き金に指をかけたまま銃口を的に向けている。迎え撃つ兵士は、銃口から鉛色の煙を燻らせたまま。左足を軸足として半歩分身を捻り、アントニーが回避した方向に射線を修正した。
射撃、———同時に。
———目が合った刹那である。
たったひとつの破裂音が、ふたつの鉛玉を解き放った。
片や兵士の方へ。
片やアントニーの方へ。
兵士が放った弾丸は、狙い通りアントニーの身体に命中した。
九ミリ弾が食い込んだ地点は、アントニーが突き出した右腕、その肩を覆うアーマーである。それは最外部を撥水繊維で覆った、甲羅のような防具。そこには階級を示すシンボルが縫い付けられている。その内部は、実に千五百層も積み重ねた耐衝撃フィルムの積層防護パッドである。
人体工学に基づいた流線型の跳弾構造と、厚さ三センチメートルまで積み重ねた耐衝撃フィルムの積層構造が、拳銃弾程度は容易に弾いてしまうのだ。
———しかし、アントニーには運がなかった。
青年は直前に三度も、このアーマーに強烈な衝撃を受けている。
対物ライフル・タイタン五〇による、射撃の反動である。それはタイタン五〇のような、二メートルを超える巨大な戦鎚で肩をフルスイングされるかのような衝撃。防具がなければ、アントニーは最初の射撃で既に肩を故障していただろう。
肩アーマーは形状と耐衝撃フィルムの特性により、一点に集中した圧力を全体に分散して人体を守る防具である。アーマー表面の大部分を一挙に叩くタイタン五〇の反動衝撃とは、どうにも相性が悪い。
「うぐッ———うぅ・・・!」
凶弾は、———最後のひと押し。
アントニーは悲鳴を噛み殺す。
しかし、アーマーは耐えられない。
ズプりとめり込んだ鉛玉に耐えかね、大きなヒビが入る。そしてヒビはヒビを呼び、繋がり、挫滅しながら崩れてゆく。
そんな凶弾はコートそのものの耐弾繊維に阻まれてしまったが、衝撃までは防げない。皮膚の寸前で止まった鉛玉の衝撃は筋肉層を貫通し、雷の如きヒビを上腕骨に走らせ、肩関節を脱臼させてしまった。
その負傷も、無駄ではない———。
アントニーが放った凶弾は、空を切り風を切り、狙った通り喉笛に食らいつく。
鉛玉が纏ったライフリングの回転は、いとも容易く柔らかな皮膚組織を吹き飛ばし、首の血管網を引きちぎりながら気管を食い破った。そしてその向こうの脊髄をも打ち砕き、凶弾は薄皮だけを残して通り抜ける。
人間の頭蓋骨、およそ七キログラム———。
首側面の薄皮と、僅かに残った血管と筋の束。そんなもので繋ぎ止められるはずもなく。兵士の身が地面に触れるより先に、千切れた頭部がボールのように石畳を転がっていた。鮮血を吐き出す首の断面は、さながら壊れた蛇口のよう。
枯れ草が疎らに突き出た石畳を、真円に広がる血溜まりが音もなく染め上げていた。
シルバーバレット———。
ロベルタのものと、
アントニーのもの。
銃の道理に従って、魔除けのお守りはその役目を果たした。弾倉が空になった銃は嘘のように軽く、漆黒の凶器は綿毛のように指をすり抜ける。
ニナの姿はない———。
———逃げ遂せたなら、それで良い。
アントニーの視界の端には、自動小銃を構えながら射撃の姿勢を取る兵士たち。一人は拳銃を構え、後の二人は自動小銃を抱えている。助かる道はない。
たとえ五体満足でも。ここが真っ平らな広場ではなく、遮蔽物が豊富な林か森の中だとしても。自動小銃の掃射など、生身のアントニーに避けられるはずがない。
しかし、———これで良い。
———悔いはない。
片膝をついたまま項垂れるアントニー。小さく微笑みを浮かべ、掃射の瞬間を待つ。
轟音、凄まじく———。
しかし、———射撃ではない。
暴風がアントニーの髪を荒々しくも掻き乱した。何かとてつもなく大きく、重く、似つかわしくないほど疾い巨体が駆け抜けたのだ。
劈く悲鳴が空の広場を駆け巡り、重厚でけたたましい騒音は辺りを揺さぶった。
「なッ———!?」
思わず顔を上げ、アントニーは何事かと目を見開く。
そこにはGS用大型トレーラーと、真っ赤な飛沫で染め上げられた巨大な車輪と、抉れ削れて、弧月の軌跡を描いた石畳の景色が広がっていた。
呆気に取られているのも束の間、バタンと音を立てて、助手席側の扉が勢い良く開け放たれる。
「ごめん、油断した!乗って!」
———鈴音のような、少女の声。
今しがた三人の兵士たちを大型車両の車輪で轢き潰したニナは、親指で助手席を指し示していた。
———
—————
———————
座礁したレジスタンスの地上戦艦、その艦橋———。
天井の大部分を占める半天球状スクリーンには、外界の様子を簡略化したマップが表示されて、戦況に合わせて絶え間なく更新されている。
立体映像の等高線地図が織りなす、色とりどりで歪な形の輪の群れは木目の如く。マップを埋め尽くすほどいた赤色のマーク、敵機を示す記号は、随分な数が短時間で消滅してしまった。全ては、未確認機体を表す黄色のマーク、『赤い機体』———ジョーが駆るVOLT———によるものだ。
同盟軍の正式量産機ナイトも、最新鋭機センチネルも、地上戦艦に分類されるサーベル級駆逐艦も、全てあの赤い機体によって破壊された。
機体も、群体も、巨体さえも、———アレには関係ない。
テオドール艦長も、副長のヴィクターも、そして観測班長も。半天球スクリーンを見上げて、マップの様子を半信半疑で見守っていた。絶望一色の戦況が刻一刻と互角に塗り替わっていく有様は、圧巻の一言だ。
それでも、彼らの表情に笑みはまだ浮かばない。
「第三の敵艦、最後の駆逐艦が落ちるのも時間の問題でしょうな。」
艦長席の傍らに立ち、静かに呟くヴィクター。彼の言葉を、刻一刻と明滅するマークたちが裏付けている。
そんな副官に同調して頷くテオドール艦長。しかし、眉間のシワはそのままだ。
「落ちるだろうね・・・けど、おかしい。多すぎる。」
赤色のマークは、その半数近くがごっそりと消えた。であるにも関わらず、彼らは未だに戦場を網羅している。次から次へと、どこからともなく補充されてしまうからだ。ナイトかセンチネルか、その区別もなく、同盟軍のGSが底なしかと思わせるほど。
陣形や各機の動きは大きく鈍っているようだが、ストーム・レイジ号への攻撃を諦める様子はない。母艦を失えば、GS部隊は遅かれ早かれお終い。補給が絶たれ、行き倒れする他ないというのに。
そんな中、艦橋に舞い込む通信音———、
「ニナ・ゲッペルか!そちらの様子は———?」
真っ先に反応したのはテオドール艦長。
次いで、鈴の音のような少女の声が艦橋を満たした。
「ひと悶着あったけど、こちらはなんとか。廃墟地帯に潜伏していた偵察部隊を殲滅したよ。撃ち漏らしが無いか確認次第そっちに合流するつもりだけど、そちらの戦況は?」
謎が解けたと、艦長は僅かに口角を吊り上げる。目に見えて同盟軍GS部隊の動きが鈍った理由は、彼らが誇る『目』を失った為だったのだ。
今や同盟軍は、———盲目だ。
ここで言う『目』とは、同盟軍の観測能力の事である。駆逐艦三隻の限定的なセンサー設備と、それを補う偵察車両による監視網。そして同盟軍機体に標準装備された操縦補助システム、APS(Automatic Pilot System)を介した全軍へのリアルタイムな情報共有が、すなわち同盟軍の『目』の正体である。
赤い機体が駆逐艦を殲滅し、ニナらの車両が偵察部隊を全滅させた。
———これなら、同盟軍GS部隊の狼狽ぶりもよく分かる。
しかし、この場にあるのは吉報だけではない。
艦長は僅かに高揚した心を落ち着かせて、冷静にマップを睨みながらニナに戦況を語った。
「良くやった、感謝する。こちらも赤い機体と協力し、敵機複数と駆逐艦一隻を撃破している。都合二隻、最後の一隻が落ちるのも時間の問題だろう。」
息継ぎか。艦長は僅かに口ごもる———。
その『間』の正体に、少女は早くも勘付いていた。それ故か、黙して言葉の先を待っていた。僅か一瞬の、しかし重苦しい『間』の果てに、テオドール艦長はあるがままの状況を口にした。
「・・・ただ一機のジャルゴを除いて、我がGS部隊は全滅した。敵駆逐艦は落ちるだろうが、それで彼らが止まる兆しはない。」
第三〇七番遊撃隊のGS部隊は、そのほとんどが旧式機ジャゴ2で構成されていた。機体性能、専用武装共に、大戦時の基準。実に三十年近く前の、型落ちどころか骨董品とまで揶揄される機体である。それが、たった四機。
性能、武装、頭数の全てにおいて、ジャゴ2部隊は同盟軍のGS部隊に劣っていた。ルーのジャルゴと、ジョーのVOLTを先に行かせるだけで精一杯。パイロットたちは貧乏クジを引きに行くと知りながら殿を引き受け、そのまま散ってしまったのだ。
予想通り、———最悪。
目を失って、群体としての統制が甘くなったのは事実。しかし、それでも進軍は止まらない。ストーム・レイジ号が座礁して動けない事を知っている以上、各機が向かうべき目標は変わらない。
「奇妙な話だが、彼らは母艦がやられる事をさほど気にしていない。しかも『数は減っている』はずなのに、未だ『数を維持している』・・・」
少しだけ考えて、ニナも小さく頷いた。
「敵の数については、実は私も気になってたんだ。ナイトと言い、センチネルと言い、駆逐艦三隻に随行してるにしては多すぎる・・・」
一連の話を聞いて、ピンと来たのはアントニーだった。ニナの隣で助手席に座ったまま、顎に手を当てて考える。雷光のように閃いた彼の仮説は荒唐無稽だったが、考えれば考えるほど辻褄だけは合う気がした。
「あの・・・!」
傍らでハンドルを握るニナと、通信機越しの艦長に向けて。青年はやや遠慮ながらに声を掛ける。
「僕は、そうですね、ニナの助手です。これといって根拠は無いんですが・・・こう考えたら色々繋がるって、仮定の話なんですが・・・」
「アントニー?」
青年の方に向き直るニナ。
その眼差しを見て心を決めると、アントニーは仮説の先を続けた。
「元々数が多すぎる・・・母艦の、駆逐艦の危機さえお構い無し・・・倒しても倒しても湧いてくる・・・単刀直入に言います、恐らく敵の母艦は駆逐艦じゃない!真の敵は、別にいます!」
前提を覆す、———アントニーの仮説。
「思えば、もっと早くに気付くべきでした。駆逐艦にGSが随行する事そのものは珍しく無いですが、数が鍵です。このGSの数は、近くに地上空母でもなければ説明が付かない。そして同盟軍には『一対一と二の法則』があります。」
アントニーが語る『一対一と二の法則』とは、同盟軍の艦隊編成に共通するルールの事である。それは主要艦と護衛艦の編成を考える上での基本原則であると同時に、アントニーの仮説の骨針にもなっている概念だ。
「一対一と二の法則?」
聞き慣れない言葉を受けて、傍らのニナがハンドルを切りながら質問する。
その心は艦長を始め、艦橋に集った隊員たちも同じだった。アントニーはどこから説明したものかと思案し、簡潔に纏めようと試みる。
「そうですね・・・要するに、同盟軍艦隊を編成する上での、ルールの一つなんですよ。勿論、全ての艦隊に適用されるわけじゃない。主要艦と護衛艦という役割分担を前提にした場合の話です。」
「その感じだと、単純に隻数で分けてるわけじゃなさそうだね。」
ニナの指摘に、アントニーは頷きながら続ける。
「はい。『一対一』とは、主要艦という役割に対して護衛艦という役割が対応する事を指します。ここは空母と駆逐艦だけでなく、巡洋艦と駆逐艦、空母と巡洋艦なんかの関係でも成立するでしょうね。」
頷きながら聞くニナ。車両は廃墟地帯を抜けて、開けた荒野をストーム・レイジ号の方へと向かって突っ走っている。
すると通信機の向こう側から、副官ヴィクターが会話に加わった。
「やけに同盟軍事情に詳しい助手の君、今は素性を聞かない事にしよう。察するに『一対一と二の法則』の『二』に当たる部分は、そこへ更に二隻を足す意味だな。護衛艦は単独ではなく必ず複数で守る。つまり主要艦一隻につき、護衛艦は計三隻。だから君は駆逐艦の数から逆算・・・いや、想像して地上空母の存在を推理したと。」
「駆逐艦の数と、GSの数です。皆さんも気付いているでしょう?駆逐艦じゃあ、この数は到底運べない・・・ハルバード級地上空母でもなければ、決して。」
ヴィクターとアントニーのやり取りは、暫くの沈黙で幕を閉じた。そしてぽっかり空いた穴のような静寂の中で、各々は敵の巨大さに思いを馳せていた。
同盟軍が誇る地上戦艦の中でも、最大級の種別———、
———ハルバード級地上空母。
その全長、五百メートル超。全備重量百二十万トン。ホバークラフト兵器としては最大級のサイズ、限界を突き詰めた重量の怪物である。
対艦ミサイル百五十発、巡航ミサイル九十発の武装など前座。その本質は、無数の人型兵器を載せて走る移動要塞だ。砕こうにも砕き得ないほどの法外の巨体に、防衛・迎撃、迫撃、そして制圧まで熟す無数のGS軍団。さらには、この怪物を守護する護衛艦まで。
三段構えの武装・陣形が、地上空母を大都市の全防衛戦力と対等以上たらしめているのだ。
「馬鹿な・・・!」
声を上げたのは、ストーム・レイジ号艦橋で計器と向き合っていた観測班長だった。
「そんなデカブツが本当にいたら、流石にセンサーに・・・いや、そもそもここは開けた荒野だ。隠し切れるものでもないだろう?」
全長五百メートルの巨大建造物だ。そもそも隠すようなものではないし、隠し通せるものでもない。少なくとも、艦艇戦の常識では。
しかしアントニーは、———そうではないと首を振った。
「聞いた事があります。数年前から、同盟軍は広域迷彩ドローンなるものを秘密裏に研究していた。詳しい原理は知りませんが、大気中の水分をレンズのように使って光の屈折を操作するとか。映像に限らず、各種センサーの監視網を掻い潜る機能もあるとか。その技術が、完成していたのではないかと。」
アントニーの説は、仮定に仮定を重ねた説である。しかし筋は通っている。テオドール艦長はマップの様子を再度確認し、話の内容を咀嚼する。
駆逐艦の数、そして不条理なまでのGSの数の謎は、地上空母の存在を考慮すれば頷ける。この荒野のどこかに地上空母が潜んでいるなら、同盟軍のGS部隊にとってはそのデカブツこそが母艦である。いよいよとなれば、駆逐艦を必死に守る事もない。
目視の視界にも、カメラ映像にも、各種センサーにも引っかからない上に、護衛の駆逐艦を母艦と誤認させる、真の母艦。そうそう落ちるものではない。
「・・・それが事実なら、我々の勝算はもっと下がりますな。」
苦言を呈する副官ヴィクター。
しかし事実である。たとえ万全であっても、遊撃艦のストーム・レイジ号にハルバード級地上空母などという怪物とやり合う用意は無い。
希望があるのは、赤い機体か———。
「・・・ニナ・ゲッペル、そして助手の君。こちらからの質問はひとつだ。」
ニナとアントニーは、僅かに緊張を覚える。
通信越しにもそれを感じ取りながら、テオドール艦長は質問の先を続けた。
「君たちの仲間は・・・あの赤い機体と、そのパイロットは、———単騎で地上空母を落とせるか?」
荒唐無稽な質問———、
「はい、必ず。」
———その答えに、僅かな迷いも疑いもなかった。
———艦長の口元が、僅かに吊り上がる。
「分かった、期待している。ひとまず君たちは、この事を赤い機体のパイロットに伝えてくれ。」
それだけニナたちに言うと、艦長は戦場の様子に視線を戻した。
「にわかには信じられませんな。鬼神の如き強さとは言え、赤い機体もGSには変わりない。GS単騎と地上空母とでは、戦闘など成立せんでしょう。」
副官ヴィクターの指摘は正しい。しかし艦長の眼差しは、彼方先を見つめていた。未確認機体を表す黄色のマークが、敵機を示す赤いマークの集団とすれ違う。そして、すれ違った集団は消滅する。いとも容易く、表示の誤作動を見せられているかのように。
黄色で表示されたジョーの機体が向かう先は、最後の駆逐艦。ひときわ大きな、赤いマークである。そしてふたつのマークは重なり、赤い方が消えた。
最後の駆逐艦、———轟沈。
駆逐艦は、これで三隻とも荒野に沈んだ。これは本来なら、GS部隊は撤退を余儀なくされる状況である。もとい、母艦はこうなる前に潮時を見極め、撤退命令を下すのが定石だ。
しかし、そうはならなかった。駆逐艦を失っても、予想通りGS部隊の進軍は止まらない。GSが失われても、これまで通り次の赤いマークがどこからともなく補充される。
その意味は———、
———もはや、疑いようがない。
テオドール艦長は、ハルバード級地上空母が存在するという前提で戦場を読み直した。その前提で戦況を見直し、戦略を組み替え、新たな方針を整える。そして艦橋の仲間に視線を移すと、彼らに問いかけた。
「聞いてくれ。たった今、次の策が整ったところだ。また賭けになる。ついてきてくれるか?」
副官ヴィクターは、こうなる事を察していた。
観測班長は頭を抱えながらも、笑みを浮かべていた。
他の船員たちもまた、苦笑いを浮かべながら腕を組んでいた。
———しかし、異を唱える者はいなかった。
艦長は再びニナとの通信を繋いで、手元のパネルで全体通信に切り替える。
勝っても負けても、———これで最後。
———この戦いで、最後の命令を口にする。
「我ら第三〇七番遊撃隊の残存戦力、及び友軍の全てに、この戦い最後の作戦を告ぐ。勝利の為の作戦である———!」
つづく




