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機甲大戦記VOLT  作者: 無銘
決別のシルバーバレット編
41/42

第四十一話『決別のシルバーバレット その⑩』







砂塵の霧が晴れてゆく———。


 薄灰色の白い靄の中から浮かび上がるシルエットは、赤と銀。振り抜いた刀を背後に掲げ、中腰の姿勢で開けた荒野に躍り出る。その背後には、互い違いに倒れ伏した騎士たち。同盟軍正式量産機のナイトたちの死屍累々が、赤銀の巨人までの道のりを成していた。


赤い巨人、———VOLT。


 白煙を燻らせている総身は、仄かに赤く輝いている。装甲の赤色は、より赤く。そして銀色にも、赤色の光が侵食していた。隣接する大気は蜃気楼を成し、関節という関節には白雲のような靄が絡みついている。


「・・・少し、熱いな。」


———異常は、コクピットにも。


VOLTのパイロット———ジョーは静かに呟くと、僅かに呼吸を乱していた。


 それもそのはず。VOLTのコクピット内の気温は、既に八十五度をオーバー。そして尚も上昇を続けている。パイロットが改造人間でなければ、とうの昔に焼け死んでいた事だろう。

 そも、VOLTとはパイロットを食らう魔物である。疾走するだけでも三十重力以上の重圧がパイロットを締め上げ、BCP(Biological Control Pilot system)でVOLTと直結した脳には膨大な情報が雪崩込む。それは自らの肉体を動かすように、直感的に巨人の身体を操作するシステム。


まさに、人機一体———。


———故に赤い魔人は、騎手に『同格』を要求する。


 灼熱の煉獄の只中で、ジョーはVOLTの目を通して、眼前の敵を睨めつけた。サーベル級駆逐艦。地上戦艦としては小型ながら、VOLTの十倍を超える質量を誇る、鋼の巨獣である。


主砲、———百五十ミリ単装連射砲一門。

副砲、———九十ミリ回転式多砲塔二門。


巨獣は既に、———牙をVOLTに向けていた。


 地上戦艦の対空防御は完璧だ。あらゆる射撃を無力化する迎撃防御弾幕と、鉄屑の蚊蜻蛉を撃ち落とす精密な艦砲射撃。航空機の時代を終わらせた地上戦艦の強みは、未だ曇る事無く健在である。たとえ一撃で機体そのものを破壊できなくとも、飛行能力さえ奪ってしまえば、その先は重力が自ずと処刑を敢行するのだから。


それは、飛行GSにしても同じ事———。


「私の役はここまでね。さあ、実力を見せてちょうだい。」


 モニターに映る眼下の赤い巨人と、そして眼前に広がる駆逐艦を見比べながら独り言を呟くパイロット。安定した高度と距離を保ちながら滞空しているのは、彼女の乗機、フライトパック装備のジャルゴである。

 陣形を乱されたとは言え、背後にはまだ健在のナイトが無数にいる。隙は、敵が混乱している間の僅か一幕。悠長な戦いは許されない。


火蓋を切ったのは、どちらが先か———。


 目を離す事無く見守っていたはずの赤い巨人が、モニターの画角から綺麗さっぱり消滅した。そして駆け抜ける衝撃波、———爆音も、粉塵さえも吹き飛ばす。

 ルー機さえも例外ではなく、衝撃波に煽られて空中でバランスを乱してしまった。


「くっ、オートバランサー・・・じゃあ足りないか。」


姿勢制御ハンドルを大きく動かし、ブースター出力を調整しながら空中での姿勢を安定させる。すると錐揉み回転に入りかけていた機体は徐々に安定を取り戻し、左右に大きく揺れながらも安全な高度を維持していた。


「・・・余波でこれだなんて。あの機体のパイロット、まともじゃないわね。」


 なんとか機体の状態を安定させて、静かに呟くルー。視線の先に、再び『まともじゃないパイロット』の赤い機体を捉える。


———摩訶不思議な光景だ。


 弾幕に向かって行きながら、その実、弾の一つも当たりはしない。幽霊か何かをすり抜けるかのように。

 無論、VOLTは霊魂ではない。そこに六十トンを超える大質量が存在し、音速で躍動している事は、つい数瞬前の大衝撃波が証明した通りだ。VOLTのパイロット、ジョーは一秒先の射線を見て、一秒前の自分を撃たせている。

 それは怪奇現象でも魔法でもなく、至ってつまらない物理の法則なのだ。


九十ミリ回転式多砲塔の連続掃射———、


———赤い影は全てを避けきり、空へ。


 背部に内蔵された独自の推進機、ショックブースターが青白い光の翼を開放する。しかしそれは複数の衝撃波発生装置を組み合わせたもの、故に放たれたものも、真実の意味では『光』ではない。極大の衝撃波が大気を局所的かつ瞬間的に圧縮する事で、ショックブースター周囲の大気が発光して見えるのだ。

 それは、大地をゆく巨人を一瞬で宙空に打ち上げるほどの大出力。駆逐艦の甲板に飛び乗ろうと放物線を描いて、VOLTの相貌が艦橋塔の頂上を睨めつけた。


主砲、———砲口を持ち上げる。


 それは百五十ミリ単装連射砲の名を借りた、精密な狙撃銃。大口径でありながら、堅固な構造を持つ砲塔は一切のブレなく、狙い澄ましたターゲットを狙撃する。

 長射程の精密射撃。その連射。サーベル級駆逐艦が有する数多くの牙の中でも、迫撃において最も実用的な兵器である。


射撃———、


———狙いは、宙空のVOLT。


咆哮轟き、———砲口が無慈悲に火を噴いた。


 半回転する、赤銀の巨躯。刀は振りかぶったまま、その反対の腕は既に拳を握っていた。そして全身に分散配置された小型の推進機、ショックポイントを明滅させると、VOLTは眼前に素早い拳撃を突き出した。


閃光、———爆発。


 瞬速の百五十ミリ弾が、豪速の鉄拳と正面衝突する。しかし、ふたつの巨大な鉄塊が激突する瞬間、VOLTは四指の付け根に埋め込まれた超小型のショックポイントを起動。四つ重の衝撃波が百五十ミリ弾を迎え撃ち、鉛玉を運ぶ慣性さえも殺して、弾頭を不定形に歪ませて彼方へ飛ばしてしまった。

 推進機でありながら、姿勢制御にも加速・減速にも用いる事がない、八つのショックポイント。両拳にそれぞれ四つずつ埋め込まれたそれは、れっきとした兵器。近接格闘というGSにのみ許された迫撃の手段を、大口径の火砲をも凌駕するほどに洗練させた凶器である。


主砲は連射砲———、


しかし、———次弾はない。


 拳打の一撃で砲弾を迎撃したVOLTは、動きの勢いをそのままに。突き出した拳と振りかぶった刀を高速で入れ替え、既に駆逐艦の砲塔への刀の投擲を済ませてしまっていた。

 回転しながら空を切る白刃は、一瞬のきらめきだけを残して宙を横切った。そして停まった時の中を駆け抜けたかのような一投は、寸分違わず砲塔を突き破って粉砕し、駆逐艦の甲板に高々と屹立した。主砲を任されていた砲手たちは当然の如く。その周囲の通路、関連施設を任されていた兵士たちも、爆ぜながら崩落する艦の天井に呑まれ、炎と衝撃の只中ですり潰されてしまった。


———絶望が、舞い降りた。


 甲板を駆け抜けた衝撃は、六十トンの大質量が着地した証。その激震を体感するまでもなく、艦橋の総員は赤い悪魔の来訪に恐慌していた。もはや戦慄さえ経験する事はなく、誰もが我先に出口へと———、


———ありえない。


ありえないものばかりを見せられた。


負けるはずがない、戦況。

破れるはずがない、陣形。

貫けるはずがない、物量。


その悉くを、———赤い悪魔は超えてきた。


———駆ける、這う、転がっていく。


その無様を、翠緑の相貌が睨めつける———。


 冷徹な、VOLTの頭部センサー。その眼差しは、すなわちジョーの眼差しである。落胆も無く、感慨もなく。逃げ惑う艦橋の兵士たちを一瞥すると、真っ赤な巨腕が副砲の九十ミリ回転式多砲塔を鷲掴みにした。

 その赤は、塗装だけではない。鈍く輝く赤熱は以前にも増して全身に広がり、装甲の表面温度は数千度にも達していた。その高熱が触れた副砲の根本は接合部ごといとも容易く融解し、巨人は粘土を千切る要領で副砲を甲板から引きずり出した。


「くれてやるッ・・・!」


艦橋を睨めつけ、吐き捨てるジョー。そのままVOLTを操縦し、身の丈程もある九十ミリ回転式多砲塔を肩に担ぐ。

 両腕と、右肩。触れている箇所から順々に。病魔が広がり、蝕むように。回転式多砲塔の漆黒が、加速度的に赤熱の色に塗りつぶされていく。溶けて歪み、柔らかく不定形に。担いでいるだけでも急速に壊れゆく脆い鉄屑。砲身の円筒形がまだ残っているうちに、VOLTは勢いよく投擲した。


狙いは、艦橋———。


豪速で飛翔した九十ミリ回転式多砲塔は真っ赤な軌跡を残して空を裂き、強化硝子を突き破って艦橋の空洞に押し入った。

 逃れる術も、暇もない。逃れた者にも、躍動して突っ込んだ鉄塊は等しく追いついた。投げ込まれた鉄塊は階級も役割も区別無く肉を押しつぶし、一瞬にして駆逐艦の頭脳を奪い去った。


手を掛けるは、刀柄———。


 主砲の残骸を鞘として、赤銀の巨人は鉄屑に埋もれた刃を今一度抜き放つ。そのまま甲板を駆け抜けて。両腕で掲げて、大上段。腕も、刀柄も、全身さえも、———真っ赤に赤熱しても、その姿に変わりはなく。再び跳躍した巨人は唐竹割りに、高空から最後のトドメを解き放った。

 刀身の白刃が、艦橋塔の天辺を両断する。それは頭蓋を断ち切るように、大胆不敵に。そこに深々と突き刺さった回転式多砲塔を両断して、斬撃はさらに奥へ。下へ。腹を掻っ捌いて、甲板さえも。

 そんな斬撃から解き放たれた衝撃もまた、駆逐艦の総身を駆け抜けて余りあるものだった。激震は副艦橋にも、機関室にも届き、その悉くを粉砕した。破壊の波は留まる所を知らず、艦橋直下の小型原子炉をも打ち砕いた。


熱———、


———そして、光。


 大気を震わす大激震。音とさえ形容しえない大爆発が、駆逐艦の亡骸を飲み込んだ。赤い巨人も、周囲の荒野も、直上の黒雲も。何もかも等しく飲み込み、咀嚼する灼熱のブラックホール。最後の悪あがきにも思える原子炉の大爆発が、夜闇の戦場を真っ白に染め上げる。


———炎、何処までも。


溶岩化した大地と、———黒煙。


そして、———屹立する機影。一機。


 炎よりも、さらに熱く。揺らめく蜃気楼が、灼熱さえも捻じ伏せる。煌々と燃え盛る爆心地を照り返す白刃は、鈍く橙色に。赤熱したボディは仄かな明かりを忘れず、絶えず白い靄を燻らせる。しかしてその姿に一切の変わりはなく。

 赤銀の巨人は、悠然と。確かな足取りで、爆心地の炎を踏みしめていた。





———

—————


———————





 迷路のような廃墟を疾走する、二台の巨大車両。片やニナのGS用トレーラー、片や同盟軍の偵察車両である。巨大質量をものともせず、急旋回と加減速を繰り返す二台。互いが互いを追跡し、同時に振り切ろうと、瞬速の世界で駆け引きをしていた。

 トレーラーを運転している少女は、そのハンドルから両腕を離さないまま。点けっぱなしにした通信デバイスに、エンジン音にも負けない声で問いかける。


「アントニー!あんた振り下ろされてないでしょうね?」


「はい・・・なんとか!」


 トレーラーの上部から顔を出し、対物ライフル・タイタン五〇を構えているのはアントニー。偵察車両を一機仕留めたのもつかの間、青年はさらなるチェイスの濁流の只中に放り込まれていた。急旋回のたびに万力のような慣性が彼の身体を揺さぶる。アントニーは鞭打症になるまいと、歯を食いしばる事に精一杯だった。

 そんな青年に、ニナは努めて冷静に次の指示を出す。


「次曲がったら、多分鉢合わせるよ。」


「真正面から行くんですか?」


驚いて聞き返すアントニー。

 それもそのはず。敵は腐っても軍用車両、こちらは民間車両。正面勝負では流石に不利だ。


「しょうがないでしょ、相手もそれを狙ってる。だから、あんたは『先』に撃って。」


先———、


早撃ち、———だけではない。


———アントニーは意図を理解し、生唾を呑んだ。


「・・・本当に無茶ばかり言ってくれますね。」


 言いながら、アントニーは次の射撃に合わせてライフルを構える。そしてヘッドセットのゴーグルを下ろし、スコープ越しの世界に集中した。


 スコープカメラを通した世界の姿は、緑色のモノクロ。無数の瓦礫や遮蔽物は輪郭だけを残して、半透明に透けて見える。


———お陰で、ターゲットの車体も。


 瓦礫越しに、ストリート越しに、向こうもこちらを回り込もうとしているのが見て取れる。車両の側面には人影、複数。彼らもこちらを迎撃するつもりだ。目を凝らしてみると、その武装の種類も見えてくる。

 太く、そして身の丈程もある長い円筒。携行式対車両誘導ミサイルとその発射装置である。どちらも一撃で大型車両を撃破する為の、歩兵用の武装なのは間違いない。威力だけなら、こちらの対物ライフル・タイタン五〇と五分か、少し上。しかし敵の獲物は誘導ミサイルだ。撃たせてしまえば、少なくとも相打ち。


「・・・流石、正規軍ってところか。」


悪態をついて、アントニーは『遮蔽物の切れ目』を根気よく待ち続ける。


果たして、自分に出来るものか———?


———そんな弱気を、首を振って掻き消した。


 少女は『曲がったら鉢あわせる』と言っていた。それは鉢合わせた途端に、ニナとアントニーの敗北を意味する言葉である。誘導ミサイルは鉢合わせた途端、つまり同盟軍兵士の照準に二人のトレーラーが映った瞬間に放たれるだろう。そして、廃墟とは言えここは街中。誘導弾を避けて振り切るスペースはどこにもない。


しかし、———勝機はある。


鉢合わせるより『先』に、———仕留めれば良い。


 対物ライフル・タイタン五〇なら、それが出来る。ブレない銃身と、精密無比な照準アシストシステム。そこから放たれる、二十・五ミリ弾という桁外れの凶器。誘導ミサイルでは狙えない僅かな『間』、そして『時』の隙。

 タイタン五〇がライフルだからこそ、そこを狙える。


過ぎゆく景色、


———まだその時ではない。


ストリートの道のりも突き当りに近づき、ニナはハンドルに手をかける。


———まだその時ではない。


接近する二台、同盟軍の兵士たちも携行式対車両誘導ミサイルの砲塔を構える。


アントニーの位置から視える分だけでも、車側に一人。

天井ハッチを開いてもう一人。

定石に従うなら、反対側にもう一人。


鉢合わせた時が、終わりの時———。


———必ず仕留める為の三段構え。


停止する前輪、トレーラーの荷重が前方に移動する。

 そしてニナが勢い良くハンドルを切ると、車体後部が弧を描いて滑り始めた。


さながら、コンパス———。


傾き、五時方向———、まだその時ではない。


四時に差し掛かる———が、まだその時ではない。


三時の半瞬前———、偵察機もカーブに差し掛かる。


「———そこだッ!」


立ち並ぶ、建物の死骸たち。

のっぺりと屹立した壁と、半壊した壁の僅かな隙間。


それこそが、『隙』の『間』———。


 偵察機とトレーラー。両者ともに曲がり切るより先に、二十・五ミリの凶弾は解き放たれた。手榴弾の暴発を思わせる射撃音は相変わらず鼓膜を貫き、射手の脳幹をも震わせる。ストックが押し当てられた右肩には、戦鎚を叩き込まれたような衝撃。視界さえも容赦なく揺らぐ。

 放たれた二十・五ミリ弾は空を裂き、音を置き去り、半壊したビルの隙間を駆け抜けた。狙いは偵察車両。その中央よりは、僅かに下。底部に纏った駆動部と燃料タンクを諸共に撃ち抜こうと、弾頭は一直線に駆け抜けた。


かくして、向き合う二台———。


偵察車両を、———炎が突き上げた。


 爆音と衝撃が偵察車両の後部を浮き上げる。僅かに滞空した巨大な車体が前方へ傾き、勢い良く石畳に飛び込んでいた。運転席はまたたく間に挫滅。車体そのものも蛇腹にひしゃげ、逃げ遅れた兵士たちをも巻き込んで潰れてしまった。原型を失ったボディの鉄板は兵士たちの手足を巻き込み、変形しながら食いちぎる。

 そして車体全体が崩壊しながら、ひときわ大きな爆発と炎の中に何もかもを飲み込んだ。


トレーラーは悠然と、炎上する車体の側を通り過ぎていく。


 ハンドルを握る手の力が僅かに緩み、安堵したニナは大きく息を吐いた。通り過ぎながら炎上している車体を一瞥すると、すぐに視線を正面に戻す。そして素早くギアを変え、通信機の方に向き直った。


「お疲れ、アントニー。この辺りはもう安全だから、降りて一休みしな。」


 ニナとアントニーの予想では、同盟軍の偵察車両は全部で三機。そのうち、もう二機も撃破した事になる。ここまで、偵察車両の位置は概ねニナの予想通り。最後の車両の位置も概ね予想が突いているニナの声色は、先程より少々和らいでいた。


「ありがとう、ニナ。でも、もしもという事はありますから。僕は、このまま。」


レバーを引いて、巨大な薬莢をタイタン五〇から排出するアントニー。高音の円筒が勢い良く銃の側面から飛び出し、車際の石畳に吸い込まれる。


「・・・そう。」


ニナは通信機越しに再装填の音を聞きながら、小さくアントニーに返答した。


暫くの沈黙。

 耐えかねて、アントニーは外の風に吹かれながら切り出した。


「・・・いつもこんな戦い方を?」


「まあね。十三の夏、いや秋かな。なんだかんだで二年近く、あいつと一緒にやってるよ。」


ニナは初めてジョーと会った時の事を回想しながら答える。

 多目的支援課という名の雑用係。辺境の軍事基地に囚われ、飼い殺しのまま生を終えるはずだった疑惑の少女は、レジスタンスの訓練キャンプ襲撃事件という混乱の中で消息を絶った。帰るべき故郷も家族も無く、また彼女を縛る檻も鎖もない。

 そうして行場を完全に失ったニナ・ゲッペルは、なし崩し的にジョーと行動をともにする事になったのだ。


「道理で戦いなれてるわけですね。」


少し寂しそうに。しかし、納得したように。アントニーは静かに呟いていた。

 自嘲気味に笑いながら、ハンドルを切るニナ。そして見透かしたように、青年の呟きに答える。


「十五歳なんて成人したばかりなのに・・・とか言ったら、流石に怒るよ?」


「・・・すみません。」


図星、———謝罪が青年の口を突いて出る。


「謝んなくて良いよ、言ってないんだから。」


また、少しの沈黙。


「もし、ですよ・・・?」


再び、アントニーが沈黙を破る。


「もしあなたがたレジスタンスが同盟国に勝って、戦いが終わったら、その先はどうするんですか?」


「・・・さあね。でもさ、そうなっても戦いは終わんないよ。歴史の授業、寝てたの?」


少し考えて、考えるだけアホらしいと持論を述べるニナ。

 トレーラーはアントニーの返答を待つまでもなく、既に最後の偵察車両が潜伏していそうな区域に車輪を走らせていた。


「ごめん、無駄話はここまで。そろそろ最後の偵察車両と接敵するよ。」


「———はい。」


 ニナの持論に、アントニーは少なからず面食らっていた。しかし、反論も相槌も見つからないまま。青年は再びヘッドセットのゴーグルを通して、スコープの向こうの世界に意識を向ける。

 過ぎゆく瓦礫は、あたかも緑色のゼリー。半透明でモノクロの遮蔽物は互い違いに重なり、計器のメーター数値とともに背後へと押し流されていく。摩訶不思議に見えていたこの景色も、この視界を支配するルールを知ればむしろ単純明快。目が慣れてきたアントニーは、より広い範囲を積極的に索敵していた。


「あっ———!」


声を上げて、改めて確認する。


———やはり。


アントニーはヘッドセットに触れて、再びニナとの通信を繋げた。


「見えましたよ!しかもケツ。この分じゃ、相手は気付いてないですね・・・」


「ほんとに!どこ、誘導して!」



その通信を受けて、ニナは急いでギアを入れ替える。


「ここからだと八時方向の、三ストリート向こうです。円形の広場・・・いや、公園?真ん中に噴水か銅像みたいなものもありますね。」


「了解!お手柄だね、一気に決めちゃうよ!」


 テンションの高い声とは裏腹に、エンジン音は最小限。ニナは言われた場所をマップで確認しながら、慎重にターゲットへとトレーラーを走らせる。複数のストリートを回り込んで、気付かれないように。静かに、しかし確実に。

 そして遂に、敵機はあっさりと射程に収まった。


「撃ちます、ニナ!」


「頼んだよ!」


二人の声がわずかに先か。

 二十・五ミリの凶弾は偵察車両の背後から解き放たれ、いとも容易くそのボディを撃ち抜いた。タイタン五〇の銃声も去る事ながら、車両の大爆発はそれをも凌駕する。大気を震わすほどの炎と黒煙を上げて、第三の車両も業火の彼方に溶け落ちてしまった。


 周囲を警戒しながら、焼け落ちた偵察車両に接近する。いくつかの交差点を曲がって、ニナのトレーラーは最後の偵察車両を撃破した広場までやって来た。

 疎らに枯れ草が石畳から顔を出す、円形に開いた場所だ。中庭のようでもある広場は複数の半壊した建物に囲まれ、朽ちたベンチが片手で数えられるほど等間隔で配置されている。そして中央には枯れきった噴水と、その装置を兼ねた銅像。腐食が激しく、何を象ったものかはもはや判別が付かなくなっていた。

 そんな広場のほとりに、ところどころ僅かに火を灯した黒焦げの抜け殻が横倒しになっている。ついさっき撃ち抜いた、同盟軍の偵察車両である。ニナはトレーラーを広場の出入り口辺りに停めると、ハンドルから手を離した。


「ニナ?」


 狙撃手の役目を終えて、助手席に戻っていたアントニーは、少なからず少女の行動に驚いた様子。訝しんで顔を向けると、ニナはシートベルトを外しながら向き直る。


「うちはジャンク屋だよ?正規軍の置き土産なんて放っておけないでしょ。」


「・・・良いんですか?まだ敵が潜んでるかも。」


 警戒するように窓の外を伺うアントニー。しかしニナは気に留める素振りさえ見せず、トレーラーから出ようとドアを開けた。


「大丈夫だって。残ってたらここまで近づけないよ。」


それでも不安そうな表情を崩さないアントニーを見て、ニナはしょうがないと溜息をつく。


「分かった、分かった。じゃあ、これ持っていくから。」


 言いながら運転席の収納を開くと、中から拳銃を一丁取り出した。凶器を背後に回すと、ホルスターに収納する要領で、腰に巻いたベルトに滑り込ませて噛ませる。そして今度こそ問題なかろうと、一足先にトレーラーを後にした。

 広場を横切り、黒焦げた車両の方へ。周囲の枯れ草や車内のシート、漏れ出たオイルなど、一部は未だに火を灯している。しかし横転した車体は概ね鎮火していて、煌々と燃える炎よりは漆黒の煙ばかりを上げていた。

 車体は腹を見せるように横転していて、その底部が顕わになっている。エンジンや燃料タンクを始め、主要機能は全て壊滅。獣に食い荒らされた死骸のように、車両は崩壊した臓腑を撒き散らしていた。


「いいねぇ、取り放題じゃん・・・!」


素人目には、ただのゴミ山。


 しかしニナには、それこそが宝の山に見えている。正規軍規格のパーツなど、新品で取り寄せようと思ったら闇市の裏ルートしかない。そして、そんなマーケットでの取引価格はまさに青天井。それがただで手に入るとなれば、ニナは思わず舌なめずりしていた。

 車体を回り込んでみると、偵察車両特有の大型センサーも見て取れる。外装は大きく損傷していて原型を留めていないが、内部がどうなっているかは分からない。完全に火が消え、鋼鉄の外装が冷えた時のお楽しみだろう。モジュールの一つでも残っていれば、VOLTの解析にも役立つかも知れない。

 そんな機体を胸に抱いてもう数歩、燃える車体に脚を運ぶニナ。夜闇の只中、その炎だけが広場を柔らかな橙色で照らし出し、景観の輪郭を明滅させている。炎の熱を肌身で感じる程度まで、ニナはもう少し歩を進めた。


違和感———。


形容し得ない、謎の悪寒。脊髄を蚯蚓が這っていくような、嫌な感覚が総身を駆け巡る。


何か決定的なものが———、


———決定的に足りない。


 足を止めて、周囲の闇に意識を伸ばす。怪しく明滅する景観の輪郭と、空の黒雲にもくもくと吸い込まれる炎の黒煙。それらを注意深く観察して、少女はようやく己の失態に気がついた。

 その手を腰に。ほとんど反射的な動きで身を捻り、半身の中腰。上体が一段下方に沈み込む動きで拳銃を抜くと、銃身を腰に添えて構える。そしてようやく周囲の暗さに目が慣れてきた頃、ニナは事態の重さを理解した。眉間にシワを寄せ、ギリリと奥歯を鳴らす。


死体が、———ひとつもない。


「・・・ドジッたなぁ。」


———あり得ない事だ。


ミンチか、

バラバラか、

黒焦げか。


仕留めたならば、あるはずなのに———。


悪態をつく。

 今更になって少女の目には、いくつもの銃口が闇の中に浮かび上がって見え始めていた。


ポツリ、

ポツリと。


真円の広場を囲む瓦礫の陰から一人、また一人。

合計して五人の兵士たちが、既にニナを囲んでいた。


 短く切り揃えた、細身の白髪の男。暗がりで見えないながら、コートは同盟軍将校のもの。真正面に突き出した銃口は、正確に少女の眉間を射抜こうと向けられている。男は一歩、また一歩と近づきながら、ニナに不敵な笑みを浮かべていた。


「良く仕込まれている。だが、相手が悪かったな。」


「止まりな。撃つよ?」


将校の言葉に、負けじと警告で返すニナ。

 しかし将校は歩幅を変えず、立ち止まる素振りさえない。ニナが撃てないと知っているからだ。彼女の銃口は、確かに将校の姿を捉えている。しかし、少女に向いている銃口は将校のものだけではない。将校の脇を固める二人の兵士も、彼の数歩後ろから銃口を向けている。そしてもう少し離れた位置、ニナを左右から挟み込むように、もう二人の兵士たちが自動小銃を胸に抱えていた。


「詰めが甘かったな、レジスタンスの女。」


黙して、歯を食いしばるニナ。

 ここは広場のド真ん中。めぼしい遮蔽物は、中央にぽつんと置かれた銅像のみ。今から駆け寄って隠れられる距離でもなければ、身を隠しきれるサイズでもない。


「他の連中を始末した手際は悪くなかったが、我々はプロでね。ひとつ芝居を打たせて貰った。お前が素直な娘で本当に助かったよ。」


勝ち誇ったように言う将校。

 そしてニナの背後にいる、もう一人の男に視線を移した。


「それとも、君の誘導があったのかな———中尉?」


将校の言葉を聞いて、ニナは反射的に振り返る。


 そこにはもう一人、銃を真正面に向ける男の姿があった。同盟軍将校のコートを身に纏い、階級章は確かに中尉のもの。ジョーから受け取った拳銃には自分自身のものと、そしてロベルタのシルバーバレットを装填している。


———シルバーバレット。


魔除けの銀———。

銀装飾のお守り———。


否、———九ミリ規格の拳銃弾。


その銃身に一切のブレは無く。アントニーの眼差しは鋭く、しかし静かに銃口の先を睨めつけていた。







つづく


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