第四十話『決別のシルバーバレット その⑨』
アントニーは助手席を離れ、背後の扉へ。揺れる車内でなんとかバランスを維持しながら、光沢が失われた銀色の金属ハンドルを回す。すると扉は奥の空間に飲み込まれ、コンテナへの道がゆっくりと開いた。
車両に付属した荷台、———とは思えないほどの伽藍洞。
四面を鋼の絶壁が閉じた広い空間は、直上のメインハッチも閉じきってほとんど真っ暗。床を成すひときわ丈夫な鉄板に埋め込まれた足元からの明かりだけが、中の景色を薄っすらと映し出していた。
運転席から見て、手前側に狭い小部屋が一つ。そこからぐるりと、メインコンテナとその外壁の隙間を一周する通路が伸びて、通路上には等間隔でメインコンテナへの出入り口が設けられている。小部屋の向こうに見えるコンテナは、今は空。細々とした廃品や破損品の部品が四隅に溜まって走行の振動に合わせて、灰色の空洞の中で踊るばかり。
赤銀の巨人と、———無数のジャンク。
つい十数分前までは、ここはそういうもので埋め尽くされていた。メインコンテナを縦断し、その面積のほとんどを掌握した十五メートル級GS。それを仰向けに寝かせて、パズルのように隙間をジャンクで埋める。そうして頭部や肩部の突起、膝部の頂点など一部のみを露出させ、ほとんど全身をジャンクの山で覆い隠していた。
そんなジャンク屋として集めた廃品や破損品の山も、VOLTの出撃とともに散ってしまった。
小部屋の中から少しだけ伽藍洞のコンテナを眺めると、アントニーの意識は今の状況に引き戻される。ここは戦場、状況は戦闘の真っ最中。己の出番は今か今かと、傍らの対物ライフル『タイタン五〇』は武者震いをしていた。
薄暗いコンテナの小部屋の、その中でも光の届かない壁の隅に立てかけられていながら、その漆黒の銃身は鈍い輝きを失わない。総体、二メートルを超える超大物。弾薬は握り拳に収まらないほど巨大な、二十・五ミリ弾。
巨人の名を冠する、大型の対物ライフルである。
当然、———屠るべき敵も大物。
スライド式バレルは、艦載砲や戦車砲の原理を流用した長大な銃身。前後に動く事で、射撃時の殺人的反動を軽減する。そして、バレル構造だけでは軽減出来ない衝撃は、銃本体が引き受ける。人体工学に基づいた流線型の形状と、多重の衝撃アブソーバーが射手を守る仕組みだ。
特筆すべきは、照準アシストシステムと呼ばれる補助機構。あらゆる足場に食らいつくスタンドレッグがブレや揺れに合わせて複雑に関節を屈伸し、射手が狙う先に照準を固定し続ける。そんな射手の視界を成すのは、高性能なスコープカメラ。直接スコープを覗かず、ヘッドセットのゴーグルに映像を映し出して、ヘッドセット側で検知した射手の視線と同期する方式を取っている。
アントニーはそんな対物ライフルを組み立てながら微調整すると、胸から肩にかけて立てかけるように担ぎ上げた。そしてコンテナの小部屋から外に出ようと、壁に設置された金属製の梯子に手を掛ける。そして車内の揺れに細心の注意を払いながら、一歩一歩慎重に上部のハッチの方へ登って行った。
突風、———外へ出るまでもなく。
開いたハッチから吹き込んでくる、柔らかい土壁のような風。そんな突風にも抗って開いた穴から上半身を出すと、特徴的な金属音が風音を突き破った。タイタン五〇のスタンドが、GS用トレーラーの天板に食らいついた音である。
これから、同盟軍を撃つ———、
———ようやく、そんな実感が湧いてきた。
アントニーはヘッドセットを操作して収納されたゴーグルを目鼻の高さまで降ろす。己の正義、進むべき道はまだ見えないが、これで撃つべき敵は見えるだろう。アントニーはおもむろにヘッドセット越しの耳の辺りに手を触れると、その仕草を検知した装置が運転席のニナに通信を繋げる。
「ニナ。視界良好、装備の不備もなし。準備完了です。」
通信を受け取って、ニナも即座に答える。
「了解。相手は止まってるだろうけど、こっちは走りながらだから。あんたもそのつもりでね。」
通りすがりの一撃、という事だろう。
破格の命中精度を誇るタイタン五〇とは言え、極限の集中力が要求されるオペレーションだ。
「外せないですね、一撃も。アタリはついてるんですか?」
「んー、まあ、勘でね。」
ジグザグに曲がって、廃墟の路地を進むニナ。そのハンドル捌きに迷いはない。勘と言いながらも、敵の居場所は概ね掴めている証左である。成人したばかりの齢十五でこれほど戦い慣れている事に、アントニーは今一度息を呑んだ。
トリガーに指を掛け、スコープの映像に集中する。そんな最中アントニーの脳裏には、ふと疑問が湧いていた。
「僕らの場所も割れてるんじゃ?」
「そうね、でも大丈夫。今の私たちは『ハゲタカ』だから・・・暫くは、大丈夫。」
今となってはアントニーもではあるが、表向きのジョーとニナはジャンクの修理屋を営んでいる。民間人が人型兵器やそのパーツを扱うなら、ギリギリ怪しまれない業種だからだ。しかし、作戦行動中の『顔』はまた別にある。
『ハゲタカ』———、
———修理屋とは、似て非なるものだ。
修理屋とは違い、ハゲタカは蒐集と売買に徹する業者だ。時には危険を犯してまで戦場に現れ、砲弾飛び交う只中で売れそうなパーツを集める。そして誰彼構わず、その素性の善悪に区別無く、金を用意できる者なら何者にでも機械部品を提供してしまう業者を、人はハゲタカと呼ぶ。
「いい、アントニー?」
飛び込んだニナの通信。アントニーの思考を打ち切って、状況に意識を引き戻す。
「敵の駆逐艦は三隻だった。で、相手はレジスタンス艦一隻。それぞれに偵察車両が一機はいるとして、一隻相手なら一機以上はいらない。三機でも過剰だけどね。だからとりあえず、目標は三機って前提でいくよ?」
「三機・・・そうですね、僕も異論はありません。それで、一機目はどこですか?」
アントニーが返事をするや否や、加速する車体。強まる暴風。
「曲がったらすぐ。左舷の住宅地跡、私たちのと並行したストリートの四つか五つ向こうだと思う。構えてッ!」
車体後部をコンパスのように滑らせ、急旋回するトレーラー。アントニーは投げ出されないように、タイタン五〇のストックと銃身にしがみつく。そして旋回していた車体が前進を再開すると同時に、押し退けようとする万力に逆らってライフルを構えた。
ゴーグルで覗く世界は、緑色のモノクロ———。
この世界に夜闇は無く、また目を潰すほどの極光もない。
加速しながら過ぎゆくのは、岩と瓦礫。
半壊した建物の残骸に、疎らに伸びた枯れ木たち。
———それら全て、透過。
高速で過ぎゆく緑色のゼリーは、半透明の遮蔽物の群れ。荒野に横たわる、半白骨化した獣の死骸を思わせる。いくつかの塔、いくつかの支柱、いくつかの壁、いくつかの岩塊・・・半透明に重なり合い、いくつもの景色が背後へと追いやられて行った。
しかし———、
「ニナ、車両らしき物は見当たりません!」
叫ぶアントニー。
通信機越しに、ニナも即座に応じる。
「了解。次そこ曲がって、また左!絶対この辺りにいるから。」
言い終えるが先か、車両は再び大きく角度をつけて旋回した。しかし、これで二度目。アントニーの身体も、この重圧と勢いに慣れつつある。青年は対物ライフルをしっかりと構えてスコープを覗いたまま、器用に重心を使って揺れと横圧に耐えていた。
そして、———二度目の直進。
———二度目の、緑色の世界。
肉眼の視界を完全に奪い去るコンクリートブロックやレンガ、岩塊、枯れた巨木が、輪郭を残したまま透過する。
再び世界は、緑色のゼリーが幾重にも立ち並び、ひしめき合う林へ。青年は今度こそ目標を見逃すまいと、全ての神経をこの奇怪な世界の理解に費やした。スコープの映像に映し出される補助的なメーターや数値の類いにも気を配り、景色という『絵』を『立体』に翻訳する。
如何なる些細な異常も逃さない。目を皿にして、呼吸さえも忘れて。引き金に掛けた指だけが、僅かに断続的な微動を続けていた。
丸———、
———ドラム?
規則的に並んだ、横倒しの円筒。
その列に覆いかぶさるように、もう一つの不可解。壊滅した街の死骸にあって、似つかわしくないほど整ったもの・・・
綺麗な立方体、———妙だ。
「あれだッ!」
再び叫ぶアントニー。
視線の照準が捉えたのは、予想した通りの偵察車両だった。GS用トレーラーと基本構造に差異はないが、一回り小ぶりの車両。ドラム缶に見えた物は、巨大なタイヤの姿である。立方体は車体そのもの。その頂上に意識を向ければ、薄っすらと半円状の帽子のような物もうかがえる。偵察車両特有の大型複合センサーだ。
射手の視線から意図を読むのは、対物ライフル・タイタン五〇が誇る照準アシストシステム。目標が遮蔽物の向こうの偵察車両と理解した途端に、ターゲットの輪郭が赤く染まる。さらには照準の十字周りにも表示数値が途端に増加し、予想弾道や撃墜可能性を表示し始めた。
鼓動は高鳴り、早まり。今にも飛び出しそうな心臓を、呼吸を止めて胸郭に押し留める。そしてアントニーはスコープ越しにターゲットを睨めつけながら、ニナに状況を説明する。
「車両発見。速度・進路はそのまま、射撃は僕のタイミングでやります!」
「———分かった!」
過ぎゆく景色は、ニナの返事をも巻き込んで背後に。
スコープに映し出された数値は、射撃タイミングまでの瞬間をカウントダウンしている。ゴクリと唾を飲み下す事さえ、憚られる。
加速する世界———、
景色は、———むしろゆっくりと。
粘性を帯びて、とろけるように。
———そんな錯覚を、照準機の信号が打ち切った。
「今ッ———!」
引き金は軽く———、
右肩を、———鉄槌の衝撃が撃ち抜いた。
真正面で、あるいは手の中で手榴弾が暴発したかのような凄まじい爆音。二十・五ミリ弾の破裂音は容赦なく鼓膜を劈き、脳幹を掴んでシェイクする。
何重にも用意された耐衝撃機構は、しかし安全を確約するものではない。それはあたかも、タイタン五〇ほどの大きさの戦鎚を叩き込まれるような衝撃。士官用コートの肩部アーマーをも貫通する。抱き込んだストックは暴れ馬。射手への敬意も、手心もない。
この時アントニーは、タイタン五〇のスコープカメラとヘッドセットのゴーグルが分離している理由をようやく理解した。スコープアイ、などという次元ではない。こんな衝撃を眼球で受けたなら、ともすれば頭蓋骨が破裂してしまうだろう。
しかし———、
その威力、———甚大。
遮蔽物から遮蔽物へ。僅か一瞬に明滅した隙間に差し込まれた凶弾は、爆音も風切音も置き去りにして突き抜けた。鋭角な放物線は、ほとんど直線。偵察車両の外装はいとも簡単に、真円に食い破り、中へ。奥へ。
そして僅か瞬きの間もなく、車両を大爆発が突き上げた。エンジンの大爆発に煽られて、立ち上がった車体が絶叫する。そして炎が内から車体を食い破り、バラバラと崩壊に導いていた。
「ナイス、おつかれ。」
余韻もそこそこに。
ヘッドセットの通信機から響いたニナの声が、アントニーの意識を引き戻す。労う言葉だが、いたく機械的。協力して敵を撃墜した興奮も、幾人かの人を殺した罪悪感も、その声色からは感じられない。
「これで向こうも気付いただろうからね。こっからは早撃ち勝負だよ。」
———ついでに、狙われる恐怖も。
「・・・分かってます。」
返事をしながら青年がレバーを引くと、銃身の側面が展開する。そして僅かに赤らんで、薄っすらと湯気のようなものを纏った薬莢が勢い良く排出された。そして金属の円筒はその身を冷ましながら、何度かバウンドして地面に消えてしまった。
次の二十・五ミリ弾。巨大な弾薬を手に取り、空いたスロットに再び装填する。未だに銃身の先から白煙をくゆらす凶器を眺めて、一息。それでアントニーは、今一度ストックを抱き込んだ。
———
—————
———————
翼もなく、飛翔する。赤い機影は粉塵だけを残して、爆音を置き去りにして。ストロボのように明滅するのは、全身各部に配置された推進機。衝撃波発生装置、ショックポイントである。起動の痕跡を見せるや否や、赤銀の巨人は急降下を開始していた。
VOLT、———真っ赤な死神。
その巨人を駆るのは、コクピットに鎮座した青年、ジョー。BCP(Biological Control Pilot system)によって脳と機械を直結させた独自の操縦システムが、思い描いた動きの全てを可能にする。それはあたかも、ジョー自身が巨人の姿に変貌したかのように。
青年の技、青年の動き、青年の殺し方。生身の身体で出来る事、その全てを十五メートルの機体が再現する。
腕の先に巨腕があり、
脚の先に巨脚がある。
それは物の喩えなどではなく、確かな感覚として五体を駆け巡っていた。
今やVOLTは、———自由自在。
今やジョーは、———活殺自在。
高空から急降下して軌跡を残して宙を舞った白刃が、騎士の脳天を貫いた。西洋甲冑のような姿の白銀の巨人、同盟軍正式量産機のナイト。背に跳びついたVOLT相手に成す術も無く、その頭部ユニットを刀で破壊されていた。
急降下とともに騎士の脳天を貫いた切っ先は、その直下のコクピットブロックにも侵入する。ナイトのパイロットは何ら抵抗らしい抵抗も出来ないまま、破裂した頭上から伸びた巨大な刃にすり潰されてしまった。
突き出る、十文字槍———、
———ストライククロス。
百五十ミリ単射砲と一体化した、長大なリーチの近接武装である。凶器を手繰るのは、同盟軍の量産機、その中でも最新鋭の高級機に分類されるセンチネル。ナイトシリーズの基本設計をそのままに、全面的にアップグレードさせた次世代の量産機にして、長年の研究開発が産んだ決戦兵器である。
切っ先が狙う先は、当然赤銀の巨人。その胸部。従来のGSの常識に従うならば、分厚い胸部装甲板に守られた胸郭の最奥に、GSの心臓であるパイロットが鎮座しているはずだからだ。
死角からの一閃———、
しかし、———VOLTに死角などない。
「甘いな・・・」
ジョーは小さく呟いて、巨人を操作する。見え透いた奇襲を難なく捉え、反転しながら足場を離れるVOLT。刀から手を離し、脳天串刺しのナイトを放り出した。かくして虚空を滑る十文字槍の切っ先がVOLTに命中する事はなく、串刺しにしたのは先ほど沈黙したナイトばかり。
動揺、———センチネルの、パイロットのもの。
亡骸とは言え、味方機。機械とは言え、騎士の似姿。それを己自身の手で貫いてしまった事に、半秒ほどの動揺を覚えてしまった。そして僅かに操縦桿を握る手が緩むと、いけないと首を振る。そしてパイロットは、改めて操縦桿を力強く握り直した。
———その『間』を、ジョーは逃さない。
ストライククロスの刃、その根本。赤銀の巨人は万力の如き腕力で十文字槍を捕まえると、センチネルごと自分の方に引き寄せた。
抗いがたいほどの牽引。しかし、センチネルも槍を手離すわけにはいかない。そうしてVOLTよりもさらに大型のGSは、両脚をもつれさせながら赤い戦士の方へと誘われた。こうなっては、重量差も体格差もあったものではない。センチネルは左腕に保持した大盾、センチネルシールドを真正面に構え、次の攻撃に備えた。
しかし、ジョーは大盾の存在など気にも留めない。
刃の根本を掴んだまま、ストライククロスの中腹にもう片方の腕を掛ける。こうして十文字槍を両手で掴んだ赤銀の巨人は、互い違いに力を加える。
素早い動きは、———爆発的に。
ジョイントを外すように、———いとも容易く。
———当然の如く、槍の柄を真っ二つに分断してしまった。
ストライククロスの柄は、その大部分が百五十ミリ単射砲の砲身である。槍である以上、突く事も薙ぎ払う事も想定している。だからこそ、砲身たる柄の部分は特筆して頑丈だ。折れず、曲がらず、歪む事さえあり得ない。
GSの素手で分断するなど、もってのほかである。
そんな思考を続ける猶予は与えられず、パイロットの意識はここで暗転した。折ったストライククロスの、刃の方。VOLTが逆手持ちで振りかざした凶刃が、その万力で無理やり胸部装甲に風穴を開け、コクピットに押し入ってパイロットを潰してしまったからだ。
そんな仲間の仇を取ろうと、同盟軍の兵士たちが押し寄せる。
駆け寄るナイト、二機———。
「———次から次へと。」
ジョーは小さく悪態をつくと、二機を迎え撃つように向き直った。
いずれも、大盾ナイトシールドと、近接武装のメイスを装備している。僅かに一歩先を掛けるナイトは凶器を振りかぶり、VOLTの頭部を打ち砕こうと振り抜いた。
一歩後退、———メイスが空振りする。
しかし、後退の方角は適当ではない。
脳天から胸部にかけて、刀で急所の悉くを串刺しにされたナイトの残骸。力なく跪いた大甲冑の方に、VOLTはバックステップを踏んでいた。
———狙いは当然、頭部に刺さったままの刀。
柄を取って、早業で擦りぬく。
騎士の死骸は、あたかも肉の鞘。脳天から胸にかけて深々と突き刺さっていた刀を、騎士を引きずり倒しながら逆手持ちで引き抜く。そしてVOLTは足裏のショックポイントを起動し、縮地の速さで距離を詰めた。
爆音、———そして浮遊感。
———大地が、飛沫を上げる。
浮遊感はナイトのものだった。パイロットが状況を理解するより先に、騎士は両脚を失っていたのだ。VOLTが友軍機の残骸から抜刀する動きが、そのまま斬撃。逆手持ちのまま下段を滑って弧月に振るわれた刃が、ナイトの膝から下を切り飛ばしてしまった。
その剣術は、———変幻自在。
振り抜く動きはそのままに、手首のスナップが剣閃を折り曲げる。両脚を切り飛ばされたナイトがその膝で地に触れるより先に、くの字に曲がった剣戟が騎士を切り上げた。
逆袈裟に振り抜かれた白刃はナイトの腰部から侵入し、胸部をコクピットごと切り裂いて、肩から真上に。そうして心臓を失い、絶命した騎士は大の字。バックパックから大地に激突しながら、シールドとメイスを手放してしまった。
もう一機、———睨めつける。
ジョーのVOLTに睨まれたナイトは攻撃を取りやめ、シールドを立てて上半身を覆い隠した。パイロットが萎縮してしまったのは事実。しかし同時に、パイロットは無策で突っ込んで行っては友軍の二の舞になると直感していた。
死屍累々の只中で、大盾に隠れて勝機を探る。
しかし、それは悪手。
VOLTを前にして———、
ジョーを前にして———、
———立ち止まってはいけない。
盾をかざせば、剣戟を受け止められる。そのような常識は通用しない。VOLTは逆手持ちに握った刀を投げ槍のように構え、即座にナイトシールドに向けて投擲した。
貫く———。
———大盾を、
———巨腕を、
———装甲を、
———ヒトを。
そうしてまた一機、騎士が大地に沈んだ。
盾を腕に、腕を身体に。パイロットごと貫かれ、刀で縫い留められた巨人が音を立て崩れ去る。そして、たった一刀。凶刃は墓標のように屹立していた。
感慨もなく、VOLTはナイトの残骸から刀を引き抜いた。その眼差しの先には、壁のようにずらりと連なる同盟軍のGSの軍勢。大盾を構えて、隙間無くびっしりと整列している。何かを包み隠すような、嫌な雰囲気だ。
そんな意図を敏感に感じ取って、ジョーは短く悪態をついた。
「やけに多いな。」
言いながら、新たな視覚レイヤーを追加する。するとジョーが今見ている全周囲三百六十度の視覚レイヤーに重ねて、別の映像が映し出された。
それは透視と遠見の合わせ技。何列も並んで互い違いに重なったGSたちが、急速に透過する。盾や装甲が消え、内部構造が顕になり、それさえも急速に色を失っていく。その処理は次の列にも、そのまた次の列にも。そうして『目』だけが軍勢を貫き、スクラムを組んだGSたちの向こうの景色に到達していた。
その様子は、———予想通り。
「あの駆逐艦、逃げる気か。」
この陣形はVOLTから駆逐艦を守る為のものだ。GSたちが盾を成すように密集し、VOLTを足止めしている間に駆逐艦が奥へと逃れる算段。そして同盟軍のGS部隊がVOLTとレジスタンスの他のGS部隊と交戦している間に、手薄になったレジスタンス側の母艦ストーム・レイジ号を直接叩く。
それは不味い———。
企て通りに事が運べば、ストーム・レイジ号は必ず轟沈する。座礁し、辛くも大岩の裏に隠れて防戦を強いられている艦では、自由に動けるサーベル級駆逐艦二隻を相手取るだけの体力が残っていないのは明白だからだ。
たとえ眼前の同盟軍GS部隊を皆殺しにしても、その頃には駆逐艦がストーム・レイジ号を挟撃しているだろう。
折角彼ら第三〇七番遊撃隊の救援に来たというのに、守りきれなければ無駄足である。
どうしたものかと歯噛みしていると、VOLTの頭上を一機のGSが飛んでいった。レジスタンスのGS、フライトパック装備のジャルゴである。かつて空を支配し、兵器の進化とともに役割を終えた航空機。往年の彼らを彷彿とさせるシルエットは、ジャゴシリーズの次世代モデルである。
そのシルエットは、グレゴリーのジャゴ2と共に戦線を離脱したルカの機体と瓜二つ。オプションまで同一の全くの同型機だが、今しがた中破したルカ機が帰って来たわけではない。
「あれは・・・!」
一足先に同盟軍の頭上を駆け抜けたジャルゴを見上げ、驚きの言葉がジョーの口を突いて出る。そんなジャルゴに続いて、背後から射撃。背後に意識を向けると、そこにはテオドール艦長の命令を受けて、『赤い機体』の援護にやって来たGSが一機、また一機と集っていた。
ある者はマシンガンを撃ちながら疾走し、別の者はグレネードランチャーを構えて駆け抜けた。そして彼らはVOLTとすれ違いながら、ジョーにレジスタンス独自のハンドサインを送る。
———『任せろ。』
———『行け。』
やって来たのは、ジャゴ2四機。第三〇七番遊撃隊のGS部隊、残存勢力総出である。機体性能でも、頭数でも、同盟軍の軍勢に遠く及ばない寄せ集め。並みいるナイトたちを相手にするには、たった四機の旧式機はあまりにも頼りない。
それでも、彼らのハンドサインには何か作戦めいたものが感じられた。
———『アレに従え。』
最後のサインが指し示した先は、空を舞うジャルゴの姿。フライトパックのブースター噴射角を調整し、うつ伏せのような巡航姿勢から直立の姿勢に切り替える真っ最中だ。それを何機ものナイトが撃ち落とそうとマシンガンを構えるが、そのたびにレジスタンス側の射撃に阻まれてしまう。
そのまま姿勢を整えると、ジャルゴはトンボのように空中に留まったまま、自機の胸部ハッチを解放した。人型兵器の内蔵火器としてはあまりにも分不相応な大口径、二百ミリの胸部ガトリング砲である。
射撃前の刹那、ジャルゴのパイロットは眼下で戦う味方を一瞥する。
「みんな、ここまでありがとね。」
物腰柔らかな、女声で紡がれた独り言。多勢に無勢。半数以上の仲間を失いながら、良くぞここまで耐えたと感慨に浸る。それだけ言うと、今にもジャゴ2たちの戦いに混ざろうとしているVOLTにも目を向けた。
「あなたもね。ルカが世話になったらしいじゃない・・・期待してるよ。」
彼女の名は、ルー・ミネルヴァ。この戦いでGS部隊の隊長が戦火に散った瞬間から、なし崩し的に妹のルカ・ミネルヴァと二人で防衛線を維持していた。一機、また一機と味方機が倒れる中で、それでも並みいる同盟軍の軍勢を相手に戦えたのは、彼女ら姉妹の現場指揮あってこそである。
ルーもルカも、決して指揮官の経験があるわけでは無い。しかし次世代機を駆る以上は、誰よりも先陣を切って戦わなければならないという自負があった。そんな姉妹の姿勢に、第三〇七番遊撃隊のGSパイロットたちも突き動かされていた。それがどれほど、勝機のない戦線だったとしても。
だからこそ、テオドール艦長と同様に胸が高鳴った。ルーの目には『赤い奴』の乱入は予想外の、しかし想像以上に好都合な助っ人に映っていた。
『赤い奴』の活躍で、窮地の妹は九死に一生を得た。行き詰まりの戦線にも、その剛腕で強引に風穴を開いた。敵が陣形を大きく組み替えなければならないほどの残響を轟かせて。それは願ってもないほどの援軍であると同時に、ルーはここが決定的な戦況の転換点だと理解していた。
艦長の指示を待つまでもなく———、
———反撃の時は『今しかない』と。
仄かな笑みを浮かべて、ブースター出力を最大に。
豪速で風を切り、ルー機はナイトたちの頭上を横切った。その際、降り注ぐは二百ミリ徹甲弾の雨あられ。地上戦艦の装甲さえ突き破る鉄鉛色の豪雨が、ナイトたちを貫かんと降り注いだ。
無論、ナイトたちも無抵抗ではない。彼らには大盾ナイトシールド、この二百ミリガトリング砲を無効化するために設計された装備がある。昔日の大戦期ならばいざ知らず、今日この時に於いては、『胸部ガトリング砲』そのものが決定打になる事はあり得ない。
狙われた騎士たちは次々に大盾を持ち上げ、雷撃の如く降り注ぐガトリング掃射を受け止めた。左前腕のハードポイントに強固に食らいついた大盾の裏に、フリーの右腕も添えて。盾から装甲へ、装甲からフレームへ。そしてフレームから操縦桿にまで伝わる衝撃をその手で感じながら、ナイトのパイロットたちは猛攻に耐えていた。撃ち尽くすまで耐え抜けば、撃ち落とすだけなのだから。
その姿を見て、ジョーは直感した———。
「そういう事か・・・了解した!」
それは、道標だ。VOLTが向かい、斬り進むべき最適なルート。駆逐艦へと肉薄する為の、最短ルートである。
ルーは上空を旋回しながら同盟軍GS部隊の陣形を理解し、その先の同盟軍駆逐艦の位置と進路を理解し、最適な進路を割り出した。それは密集陣形を組んだナイトたちのド真ん中を突っ切っていく進路、常識で考えれば道とは言えない。
しかし、あるいは『赤い奴』なら———。
ずらりと並んでいる中で、シールドを掲げたナイトらがターゲット。他の機体には目もくれず、ジョーは一直線に、ルー機の射撃が指し示す機体の方へ突進する。
VOLTは真正面———、
———盾を降ろすが、間に合わない。
コクピットごと胴を切り捨てると、すれ違ってその向こうへ。次の列のナイトにも肉薄し、その機体をも切り捨てる。
斬撃は生身の肉を喰むように、滑らかに。迷いなく振るわれる刃は疾風の如く、抗う隙も、逃れる暇も与えない。もとい、密集陣形を取ってしまったナイトたちは味方同士の距離こそが仇になり、即死の凶刃から逃れようにも、逃れる先そのものがないのである。
狙われた味方を守ろうと、VOLTに組み付こうとした者がいた。
———伸ばした腕は、悉く斬り飛ばされた。
被弾を受け入れ、自ら大盾を下ろした者がいた。
———全身を徹甲弾に貫かれ、倒れ伏して道標となった。
こうして一機、また一機。
次から次へと、矢継ぎ早に。
奥へ奥へ、掘削するように。
斬って、斬って、斬り伏せて。数える事さえ馬鹿馬鹿しくなるほど多くの騎士たちを、愚直なまでに斬り続けて。
絶空のジャルゴ、
大地のVOLT。
———天地を並走して、ナイトの大群を斬り進む。
そして、最後の一機———。
切り捨てた先には、広大に開けた荒野。
そして主砲をこちらに向けた、サーベル級駆逐艦が屹立していた。
つづく




