第三十九話『決別のシルバーバレット その⑧』
赤銀の巨人が見せた、ハンドサイン———。
肘の角度は、およそ九十度。
指を四本ピンと伸ばして、平手は顔の高さに。
『提案』
『一時撤退』
『拠点』
敢えて人語に訳すなら———、
”母艦への一時的撤退を提案する。”
———レジスタンス固有の非通信信号である。
しかし、『提案』とは妙である。
その信号が『命令』であれば話は早い。上官からの直接の通達、すなわちストーム・レイジ号方針だと理解できるからだ。
反対に、単なる『通達』という事もある。同じレベルの階級か、より低い階級の者がメッセンジャーとなって上官の意思を伝える場合の信号だ。いずれも、目まぐるしく戦況が入れ替わる戦場の只中ではよくある事である。
『提案』、———それは直接の指令系統には属さないという事。
思考を巡らせるグレゴリー。彼の機体、ジャゴ2は手負いの友軍機を抱えたまま、パイロットの当惑を反映するように微動だにしていなかった。そしてグレゴリー機が両腕で抱えている機体、満身創痍のジャルゴ。そのパイロットのルカもまた、ジャゴ2から共有された画面を見て、同じ困惑を胸に抱いていた。
そんな考察の最中———、
———刀、一閃。
VOLTの挙動が、———全ての思考を打ち切った。
『それ』にいち早く気付いたのは、やはり赤銀の巨人。正しくはそのパイロット、ジョー。僅かに顎を突き出して視線を持ち上げた挙動に、グレゴリーとルカは気付かない。しかし動きは滑らかに、大胆に。空を引き裂いて抜けた白刃は鏡の軌跡を描いて、金沙の火花を轟音とともに散らした。
最初の驚愕、それは敵機のもの———。
同盟軍の正式量産機、その中でも最新鋭の高級機センチネル。中遠距離支援に主眼を置いたオールラウンダー、センチネル・ソルジャー。ルカ機の腕を吹き飛ばしたパイロットは、驚愕のあまり操縦桿から手を離してしまった。長年の操縦士歴をもってしても、こんな事は聞いた試しがない。
狙撃を、———剣で切り払うなどとは。
しかし、それでも事実は揺るぎない。VOLTの目で戦場を俯瞰したジョーは、ナイトらの小隊を殲滅する片手間に射手の位置取りを確認していた。だからこそ、誰よりも早く狙撃の予兆に気付いていた。その狙いがVOLTではなく、もはや死に体の背後の二機である事も。
そうして振り抜いた振動刃の一閃が、何者も知らぬ間に百五十ミリ口径単射砲の凶弾を両断していた。
その事実を知らせる、轟音だけを残して———。
グレゴリーの判断は早かった。抱きかかえたジャルゴは、力なく脚を垂らして地面を引きずったまま。VOLTのハンドサインに返答する代わりに、グレゴリー機はルカ機とともに踵を返した。そのまま、母艦の方へ一直線に。
反対に、ルカは未だに困惑していた。コクピット内で現状ただ一つ、明かりを灯しているサブモニターの映像はぐるりと半転して、赤銀の巨人の映像から帰路の映像に切り替わる。そんなモニターの縁を両手で掴むと、彼女は困惑したまま声を上げていた。
「グレゴリーさん、どうしたんだよ!あいつは・・・!」
そんなルカの声に答えず、全速力で母艦を目指すグレゴリー。
一直線に大地を駆け抜け、窮地の母艦を目指す巨人。そこにも救いはないと知りながら、その母艦こそが今最も救いを求めていると理解していながら、それでも老兵の勘が「赤い奴の口車に乗れ。」と叫んでいた。
そうして駆け抜ける傍ら、グレゴリーは自らの母艦ストーム・レイジ号の艦橋に通信を繋げる。
「ブリッジ、艦長、聞こえますかい?俺だ。」
突然飛び込んできたグレゴリーの通信。半天球スクリーンに表示された情報を確認するまでもなく、彼が所属する第三〇七番遊撃隊のメンバーは声の主を思い浮かべていた。しかし、その数瞬前に目撃した光景に唖然としていた為か、呼び声への返答には僅かな間を要していた。
グレゴリーの声に、最初に答えたのは艦長の副官。初老の痩躯、しかし鋭い目つきの男である。襟元の小型マイクに触れると、咳払いを挟んでから返事する。
「私だ。グレゴリーくん、無事で良かった。報告を聞こう。」
艦橋に映し出されている、マップ上のグレゴリー機とルカ機のマーカーの動き。それは命令外の行動であり、独断である。軍規に照らすなら、許されざる禁忌。そんな手段も辞さない出来事があったのだろうと、艦橋の一同は身構えた。
副官の言葉を受けて、グレゴリーは報告の先を続ける。
「では、手短に。今、戦闘不能のルカ機を抱えてそちらに向かっている。パイロットは無事だが、機体の方は再起不能だ。」
「よし、収容しよう。ハッチは開放してある。」
グレゴリーの報告を受けて、副官は艦の状態をモニターで確認しながら返答した。
「それから、もう一つ・・・あの『赤い奴』は、何だ?」
その問いが、艦橋の空気を一変させた。それは戦慄を呼ぶ狂気でありながら、同時に答え合わせ。僅か数分前、凄まじい速度で戦場を横切った『正体不明機のマーカー』が、きっとそれ。
回想するのは、子供じみた声の『援軍』の言葉———、
『言ってもわかんないよ・・・見ればわかる、赤い変なの!』
———色は一致している。
『ふざけてるもんか!実力だけなら折り紙付きだよ!』
———結果論で言うなら、その言葉も。
ストーム・レイジ号の艦橋で副官を始め、艦長や観測班長、またそれ以外の隊員らが目撃したのは、ある程度簡略化されたマップ上の、やはり簡略表示された敵機や味方機のマーカーの動きである。それだけでも、正体不明機の動きは異常だった。それは、観測機の誤作動と説明された方が受け入れやすい程に。
件のマーカーは瞬間的に音速にも迫る程の加速を見せながらルカ・グレゴリーの両機と合流し、時を同じくして周囲の敵機マーカーは三つも消滅。
その直後に、グレゴリーの通信・・・
———辻褄だけは、繋がってしまった。
艦橋に吹き荒れたのは、混乱の嵐。作戦行動中という事も忘れ、隊員らはザワザワと私語を交わさずにはいられない。ある者は持ち場の席から立ち上がり、別の者はその場で頭を抱えた。そのまた別の隊員は、去来した頭痛に耐えかねて眉間をつまんだ。
艦長は、———口を手で覆っていた。
場違いにも、吊り上がる両頬。
血走る眼球は、熱を帯びる。
マスクのように顔を覆っている片手に精一杯の握力を籠めて、テオドール艦長は必死に表情をあるべきものに戻していた。興奮と計算がせめぎあってショートしそうな脳と、こんな顔は部下に見せられないという自制。暫くの格闘の末、肩で息をしながら艦長はようやく顔から手を離した。
艦橋でただ一人、余裕を取り戻した青年は深々と艦長席に腰掛ける。そしてひときわ大きく息を吸って胸を膨らませると、全ての声を掻き消す号令の声を上げた。
「注目ッ———!」
静まりかえる艦橋———、
———時が、止まったかのよう。
静寂の中、テオドール艦長に全ての視線が集まる。視線でなぞるように隊員たちを見回すと、艦長は手元のパネルで通信範囲を『全体』に設定した。それは第三〇七番遊撃隊メンバー全てを意味する設定。艦橋や艦内だけに留まらず、現在艦の外で戦闘中の全てのGS部隊にも届く通信である。
「総員に告ぐ、作戦変更。全機直ちに防衛線を放棄し、赤色の新型機を援護せよ!」
どよめき、再び———。
———数瞬前より、輪をかけて。
そんな言葉にならない抗議の声が、気がつけば艦橋を満たしていた。であるにも関わらず、当の艦長は艦長席にゆったり座ったまま。命令を変更するつもりはないとばかりに、黙して半天球スクリーンのマップを見上げている。
見かねて、副官は艦長席まで歩み寄って来た。
「防衛線を放棄とは・・・いささか大胆過ぎるのでは?」
苦言を呈する副官を、艦長は静かに一瞥する。そして視線をマップに戻し、溜息をついた。
「分からないか、ヴィクター。」
艦長とは言え、三十路にさえ二年も届かない小僧の言葉。前艦長の時代からストーム・レイジ号の副官を務めていた副船長ヴィクター・フォン・ローテスハイムは、テオドール艦長の溜息を侮辱と受け取った。両目を見開いて眉にシワを寄せ、強く口をすぼめて息を止める。それでも、年長者の誇りだけを頼りに、副官は反論の言葉を飲み込んでいた。
艦長はそんな副官に目もくれず。他の隊員たちにも取り合わず。独り言のように自論の先を続ける。
「潮目が変わった、———ここからは追い風だ。」
言いながら、ピンと立てた人差し指を立てる艦長。その爪の先は、マップ上のただ一点を射抜いていた。
「あの艦がもう時期落ちる。」
それは、彼らレジスタンスの第三〇七番遊撃隊を追い詰めた三隻の駆逐艦のうちの一隻。座礁したストーム・レイジ号では主砲で狙う事もままならない位置に鎮座し、無限にも思える同盟軍のGSの軍勢に守られている敵地上戦艦のうちの一隻である。
サーベル級駆逐艦———。
人型兵器が登場する以前の時代から、戦場を縦横無尽に駆け抜けていた鋼の猟犬。軽量で小型の艦体は、弾雨の隙間を縫って敵を追い詰める歴戦のハンター。主砲の百五十ミリ単装速射砲は、センチネル・ソルジャーの百五十ミリ単射砲と同規格。その上で対艦ミサイルや巡航ミサイルなど、より大物を想定した牙も未だに健在。
対GS、対戦艦、対拠点など、幅広い目標への強襲・殲滅を想定した種の正式量産艦こそが、剣の名を冠した駆逐艦である。
そのうちの一隻———、仮称『二番艦』を指し示して。
テオドール艦長は自信に満ちた表情で、黙してマップを見上げていた。
半信半疑ながらも、一人。また一人。
隊員たちも、艦長が示す先に視線を向ける。単純記号で簡略化された地図と明滅するマーカーの先に広がる、絶望の荒野に思いを馳せて。
青色のマーク、———健在の友軍機。
赤色のマーク、———雪崩込む敵機。
大きな赤色、———それは主目標、敵駆逐艦の姿。
黄色のマーク、———正体不明機を表す、警告表示。
マップ上の正体不明機は、死に向かうような無鉄砲。赤色が密集した地点ばかりを狙っては、停電を起こした街の夜景のように表示が消えていく。ジグザグに惑って、あちらへ。こちらへ。
赤色の三点、———消滅。
次いで五点、———消滅。
集って八点、———まるごと消滅。
———ペンペン草のひとつも残らない。
艦長が指し示した敵艦、果たして———
———消滅。
どよめきも、
苦言も怒号も、
溜息さえも、———静まり返った時。
テオドール艦長は襟を正して、真正面を向いたまま艦長席から立ち上がった。そして改めて全体通信を起動し、これまでの苦闘を経ても生き残った全ての第三〇七番遊撃隊メンバーに想いを馳せる。そして一瞬だけ目を閉じて心を落ち着けると、今一度マップを睨めつけてから拳を握って声を張り上げた。
「皆、聞け。敵艦は沈黙した。ただの一隻だなんて思うな!あれが我らの反撃の狼煙だ。命令は変わらない。全GS部隊は直ちに防衛線を放棄し、あの赤色の新型機を援護せよッ!」
命令を下し終えると、テオドール艦長は静かにマイクを切る。そしてストンと倒れ込むように、艦長席に身を預けた。
防衛線の放棄とは、すなわち座礁艦の無防備を意味する方針である。その危険性を重々承知していながら、それでも艦長は敵軍は退くと読んでいる。
むしろ、———退かざるを得ないと。
同盟軍の陣形は、矛と盾、二つの機能を有する。三機編成のグループが、五機編成のグループを中心に複数配置された陣形。それは五機編成と三機編成で織りなす幾何学模様。等間隔に散らばって『面』を制圧しつつ、必要に応じてグループ同士が柔軟に助け合う。
そうやって少しずつ前進し、制圧面をストーム・レイジ号本体まで進出していく陣形である。
———しかし、それでは『赤い奴』を止められない。
サーベル級駆逐艦が轟沈した事実が何よりも雄弁に語っている、五機編成や三機編成の少数グループでは足りないと。破竹の勢いで進撃する『赤い奴』には、その程度の兵力は障害にならない。そして何より、サーベル級駆逐艦でも『赤い奴』には敵わない。その事実を事実のままに受け止めるなら、同盟軍の指揮官は陣形そのものを組み替えざるを得ないだろう。
第一目標を敵艦ストーム・レイジ号から『赤い奴』に切り替えるべきだ。『面』を制圧する為の、少数グループを散りばめた陣形も良くない。残りの駆逐艦二隻を徹底的に防衛するなら、GS部隊は密集させるべきだ。
まばらに広がったものが、密集する———。
すなわち、退く。———母艦の方へ。
潮目は陣形、
風とは勝機。
艦橋の天井に設置された半天球スクリーンには、地殻変動の有様が映し出されていた。マップ上で明滅する光はとぐろを巻いて、崩壊しながら入れ替わる。副官ヴィクターはふと、数分前のテオドール艦長の言葉を思い出していた。
『潮目が変わった、———ここからは追い風だ。』
思えば、落ちる艦を言い当てた時も———。
時折、———艦長は預言者を思わせる。
そんな感慨を胸中にしまって、副官ヴィクターは各方面への司令を更新していた。
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荒野を疾走する、一台のGS用トレーラー。戦場を回り込むような進路はGS同士の戦いが繰り広げられている方角にも、同盟軍の戦艦が鎮座している方角にも向いていない。しかしハンドルを切るニナの眼差しには、一切の迷いも戸惑いも映っていなかった。
突き上げるような振動にも慣れてきた頃、戦闘を遠目に眺めながらアントニーはニナに問いかける。
「ニナ、僕たちはこれからどこへ?」
「そりゃ、戦いだよ。」
事も無げに。
青年の方に顔を向ける事もなく、ニナは淡々と返答した。
「戦いって・・・敵はGSと駆逐艦ですよ?車両の出る幕はないですよ。」
困惑して、質問を畳み掛けるアントニー。
反対に、ニナの様子は凪のそれ。振り返る代わりにハンドルから片手を離すと、親指で背後を指し示す。
「タイタン五〇があるでしょ?あんたにも役に立ってもらうよ。あんなデカブツ、私じゃ撃てないから。」
———対物ライフル、タイタン五〇。
ボルトアクション方式、二十・五ミリ弾。
ブレない強固な構造で、照準アシストシステム完備。
人力で扱える限界のサイズと威力。反動軽減を目的に設計されていながら、実戦の場では如何なる悪条件でも狙いを外さない必中性能こそを評価された独自の照準アシストシステム。対物ライフル『タイタン』の系譜は、いつの時代の戦場にも欠かせない兵器とされてきた。
ニナの親指が指し示すままに、勢いで背後を振り返るアントニー。運転席と助手席の裏にはシートをもう一列置けそうな空間と、コンテナに続く無骨な扉がある。青年はそんな扉を見て、例の対物ライフルを思い浮かべた。
「ニナ。分かっているとは思いますけど、対物ライフルじゃGSにも駆逐艦にも効果はないですよ?相手はそういうスケールじゃない。関節を狙えば歩兵でも人型兵器を倒せるなんて、映画の中だけですよ。」
「あのねぇ・・・」
正面を向いて運転したまま。少女は呆れ混じりに溜息をついていた。
「あんた、ちょっと気が抜けてるよ。そんなんじゃ、いざって時死んじゃうよ?」
地上戦艦に分類される、サーベル級駆逐艦など言わずもがな。百五十メートルをゆうに超える巨体には、やはり堅牢で分厚い装甲が付きもの。艦載砲の単装速射砲に百五十ミリ口径を採用している理由もそこにある。
そして、それは各種GSも同じ事。GS用マシンガンの標準規格は九十ミリ口径、その程度なら各部装甲は当然弾いてしまう。フレームと関節部はもっと堅牢だ。五十トンを超える人型の巨体が跳んで、駆けて、アクロバットをしてのける。
それを実現する強度の物体を、たった二十・五ミリの弾頭で貫ける道理はない。
ニナとて、———言われるまでもない。
少女はマップと景色を慎重に見比べながら、話の先を続けた。
「相手は駆逐艦と、その金魚のフンだよ?駆逐艦みたいな小型戦艦のセンサーは大した事ない・・・なんて、同盟軍に居たんだから分かるでしょ?」
ハッとして、思わず額に手を当てるアントニー。
確かに、これでは「気が抜けてる」と指摘されても仕方ない。
「そうか!確かに、駆逐艦には巡洋艦や地上空母のようなセンサー設備はない。だから、それを穴埋めする為の偵察車両を周囲に放っておく・・・じゃあニナ、あなたは偵察車両を探して?」
「まあね。で、車両ならタイタン五〇で一発ってわけ。」
ニナの言う通りだと、アントニーは無言で頷いた。タイタン五〇の威力は、戦闘車両にとっては比類無き脅威だ。陸上兵器の花形から、戦車や歩行兵器が段階的に消えていった理由もそこにある。二十・五ミリ弾頭は容赦なく外装を食い破り、乗組員ごと動力部を貫いて沈黙させてしまうのだ。
アントニーは、戦慄していた———。
超人的なパイロットのジョーは、言わずもがな。
しかし、———ニナもまた戦い慣れている。
———その歳にしては、あってはならない程に。
ニナとアントニーを乗せた車両は、段階的に減速しながら大きな弧を描いていた。向かう先は、自然の巨岩と複数の建造物の瓦礫が入り組んだ区域。こういう場所は、決して珍しくない。荒野を征く限り、何度でもすれ違う街外れの風景だ。
———無機物の林。
———街の死骸。
名も無き人々の集団墓地———。
———隠れ潜むには、もってこいの場所である。
つづく




