第三十八話『決別のシルバーバレット その⑦』
その姿は、赤と銀。
激走するGS用大型トレーラーのコンテナの中で揺られている。
十五メートルにも及ぶ巨躯を片膝立ちに屈めてコンテナの縁に手をかけ、相貌は戦場を鋭く見据えていた。VOLTと呼ばれる、巨人の姿をした殺戮兵器。翠緑の相貌が見つめる彼方先には、同盟軍とレジスタンスのGSの攻防が繰り広げられていた。
その相貌を通して、攻防の様子を窺っているのはジョー。VOLTの専属パイロットである。
人並み外れた視界だけではない———。
操縦桿の先に、巨腕がある。
ペダルの先に、巨脚がある。
ヒトの頭脳と機械の身体を直結する独特の操縦方式、———BCP(Biological Control Pilot system)だからこその感覚。操縦桿とペダルに軽く触れながら、ジョーは機体の状態を確かめていた。
狭く薄暗い空間には、———計器の明かりがよく目立つ。
それはパイロット自身の視界レイヤー。そのレイヤーに被せて脳内に流れ込んでくるのは、外界の映像レイヤー。VOLTのカメラとセンサーが映し出す、全周囲三百六十度、死角ゼロの映像である。
二つの視野、二つのレイヤーを全く同時に知覚しながら、ジョーは静かに呟いた。
「・・・レイヤー追加。」
呼び声に応じて、青年の視界に小窓が現れた。その追加レイヤーには、彼方先の戦模様が近接戦の間合いまで拡大して表示されていた。
映し出されているのは、ジャゴアックスと呼ばれる斧を掲げて大地を駆けるレジスタンスのジャゴ2が一機。その無謀にも思える特攻を迎え撃つのは、ずらりと並んで大盾ナイトシールドを構えた同盟軍のナイト、三機。
さらに、上空から割って入ろうと降下するジャルゴが一機、フライトパック装備。
殴り込むなら、あの辺りからか———。
見つめる先のナイトたちは、大盾に隠れて身を守ったまま。盾の縁から右腕部だけを露出させ、保持したマシンガンの銃口をジャゴ2の方に向けていた。これだけの数が揃っていれば、敵機一機をピンポイントで狙う必要はない。その引き金を引くだけで射撃は弾幕と化し、物量は容赦なく旧式機を鏖殺するだろう。
もはや退けない間合いにジャゴ2を引きつけると、ナイトたちは射撃を開始した。
「おのれッ・・・!」
恨み言は、ジャゴ2のパイロットのもの。
退く事も避ける事も叶わない間合い、———しかし、斧では一歩遠い。
そんな声をも掻き消して。
幾重にも、火薬の破裂音を上げて。
———鉛玉の豪雨が降り注いだ。
大爆発、———それは即座に。
爆炎と黒煙が視界を埋め尽くした。炎が爆音を上げて空を喰み、漆黒の雲を吐き出しながら大気を震わせる。その衝撃は、より広域の粉塵をも巻き込みながら荒野を駆け抜けた。
「ルカか!?何をする、邪魔をするな!」
半信半疑。それは、本人さえも。
ジャゴ2のコクピットは、大衝撃を経ても未だ健在。モニタースクリーンが映し出していたのは、砂塵と、黒煙と、そしてやけに近い大地の姿だった。それでも、パイロットは叫ばずにいられない。アドレナリンで破裂しそうな頭から、衝動のままにヘルメットを脱ぎ捨てる。そして状況を断片的に理解したまま、スキンヘッドの男は声を上げていた。
「うるさい!」
接触通信———。
機体と機体が触れる事で開通する簡易的な通信を介して響いた一喝は、予想した通りの若い女の声。ジャルゴのパイロット、ルカと呼ばれた女の声だった。ジャゴ2とジャルゴの両機は、互いに絡まって横倒しのまま。
爆発の只中で消息が曖昧になっている事を良い事に、ルカは叱咤の先を続けた。
「グレゴリーさんこそ頭を冷やせ!正面からじゃ分が悪い。」
ルカの怒りは、グレゴリーの特攻に向いていた。彼女は決して、敵機の撃破を諦めない。しかし、仲間の命も諦めない。
数瞬前も、同じ事———。
グレゴリーのジャゴ2が弾幕に晒された刹那の事。ルカ機は自身のバックパックアタッチメント、———フライトパックのジェット噴射出力を最大限にまで引き上げた。そして弾幕とグレゴリー機の間に入ると、ルカ機はフライトパックを強制パージ。こうして宙空に残されたフライトパックは、無数の鉛玉を受けて木っ端微塵に爆発四散した。
そんな大爆発を背にしてルカ機がグレゴリー機に掴まると、慣性が両機を運ぶままに、爆風に紛れて弾幕をやり過ごしていたのだ。
「考えがある。胸ガトの弾、どうせ残ってるんだろ?」
接触通信を繋げたまま、ルカは静かにグレゴリーに問いかけた。
胸ガト、———胸部ガトリング砲とも。
ジャルゴシリーズ、ジャゴシリーズともに有する共通武装。コクピットブロックを左右から挟み込むように設置された、内蔵型の回転式大口径連射砲である。
対艦想定の二百ミリ徹甲弾———、
火薬の量も規格外———、
———捨て身の特攻を仕掛けるなら、もってこいの置き土産である。
一命をとりとめ、少しだけ冷静さを取り戻したグレゴリー。ルカの問いを聞いて、ハッとする。脳内で、電子回路が繋がるような感覚。彼女の作戦を理解したグレゴリーは、ルカ機に斧を差し出しながら返答した。
「陽動だな。了解した、作戦に乗るとしよう。」
言葉を聞き届け、ルカ機は斧を受け取った。
そして両機は立ち上がり、爆煙が消え去る前に『ルカの作戦』を開始する。ルカ機は、黒煙と粉塵が混じった濃霧の奥深くへ。丸腰のグレゴリー機は反対に、目眩ましの濃霧の外へ。
「こっちだッ!」
モニターに向かって絶叫するグレゴリー。
その声に合わせて、胸部ガトリング砲のハッチが開放される。
倒されたはずの旧式機が、こちらに銃口を向けている———、
そんな不条理が、———ナイトたちの判断を遅らせた。
間髪入れずに、グレゴリー機は胸部ガトリング砲を発射する。無数に放たれた二百ミリ徹甲弾は風を切り、爆音を伴って大気を震わせる。九十ミリ口径規格のマシンガンにも耐えるナイトの装甲も、この二百ミリ徹甲弾は防ぎ得ない。
嵐にも似た咆哮を上げて、ジャゴ2は地上艦船をも屠る分不相応な牙を解放した。
しかし、———大盾はそれをも受け止める。
二百ミリ徹甲弾が脅威だったのは、今は昔。先の大戦、機神戦争が最後の時代。ナイトシリーズが装備しているナイトシールドとは、当時猛威を振るったジャゴシリーズの胸部ガトリング砲を無力化するために設計されたものである。
ずらりと並んだナイトたちは、上半身を完全に大盾の裏に隠してグレゴリー機に向き直る。そして一歩、また一歩と、ガトリング掃射の濁流に逆らって歩き出した。ジャゴの系譜に連なるGSはその武装の仕様上、ガトリング掃射中はその場所を動けないと知っているからだ。
近接戦闘の間合いまで詰めた時———、
あるいは、———ガトリング弾が尽きた時。
———勝負は決する。いとも簡単に。
「隙ありィッ———!」
声を上げて、飛び出したのはルカのジャルゴ。
ナイトたちの死角から、グレゴリー機の斧を振り上げて跳躍した。
射撃を止めるグレゴリー機、
入れ替わりに、———ルカ機が斧を振り下ろした。
狙いは無論、ナイトのコクピット。しかし、GS戦は甘くない。策の全てが、策の通りに運ぶ事などありえない。
ヒトより先に反応したのは、APS(Automatic Pilot System)。
———同盟軍GSに搭載された、操縦補助システムである。
「チッ、———それでもッ!」
翳す大盾———、
———食らいつく、斧のビアード。
言葉は荒々しくも、思考は冷静に。
斧を大盾の縁に引っ掛けたまま。ルカは姿勢制御のI字ハンドルで大きく弧を描くと、彼女の乗機も大きく身体を使って呼応する。
全体重をナイトの盾に———すなわち片腕に———掛けたまま、ルカ機は上半身を大きく使って身を翻した。
その勢いに、騎士は抗えず———、
音を立てて、銀色の大甲冑は横倒しにされてしまった。
「あと、二機———!」
ルカ機の斧を警戒して、既に大盾を構えている二機目のナイト。その背後には、同じく大盾を構えた三機目も控えている。
そんな二機目のナイトを、認識外の刃が一閃した———。
構えた盾と、そして胴体の隙間を走った一閃。斧よりも細身で、なおかつリーチが長い近接武装。グレゴリー機から受け取った斧は敢えて使わず、ルカ機が元々装備していた剣、———ジャゴソードを逆手持ちで振り抜いていたのである。
腰部ホルダーから刃を引き抜く動作が、そのまま神速の斬撃。頭部カメラを切りつけられたナイトは硬直したまま、力なく仰向けに、大の字に倒れてしまった。
「———お前でラストッ!」
逆手の剣を順手に持ち替え、胴に巻きつけるような脇構え。反対腕の斧も背後に振り抜き、湖月の刃を天に向ける。そしてかすれるほどに声を上げながら、二つの凶器を振り抜いた。
水平に切り上げる剣戟と、
唐竹割りに打ち砕く、———斧の一閃。
ふた方向からの同時攻撃は、大盾を以てしても防ぎ切れまいと———。
瞬間、———ルカ機の腕が消し飛んだ。
「何!?」
アラートを伴う被害報告。
しかし、そんなものは確認するまでもない。モニターにはその先がごっそりと失われ、不定形にひしゃげた肩アーマーが映っていた。保持していた斧が振るわれる事はなく、振り抜いた剣も大盾の表面を撫でるばかり。
驚愕もそこそこに———。
ルカの意識が失った腕に向いた刹那だった。最後のナイトはマシンガンを投げ捨てて、自身も近接武装のメイスに武器を持ち替えていた。
元よりGSは、射撃兵装には滅法強い兵種だ。数機による同時掃射・飽和攻撃であればいざ知らず、近接戦闘ならばもっと確実な手段がある。GS、すなわち人型兵器という特性を活かした、最も原始的にして唯一無二の攻撃手段である。
装甲も、
フレームも、
コクピットブロックをも。
一撃で粉砕しうる、言葉通りの『決定打』———。
振り抜くメイス———、
———受け止める、ジャルゴの剣。
薄く、滑らかな剣身はいとも簡単にひしゃげてしまった。しかし、勢いは止まらず。大きく身を捻って振り抜いたメイスを前に、遂にルカ機の腕も屈してしまった。力なく折れた腕は鉄塊の撃進を許し、振り抜かれた凶器はルカ機の肩に激突する。そして装甲に守られた関節モジュールごと腕部を胴体から引きずり出しながら、メイスは更に彼方へ。
そのまま、ルカのジャルゴは大地へ。
勢いよく地面に叩きつけられながら、ルカは暴れ揺れるコクピットの中で絶望の音を聞いていた。ルカ機が倒れるのと入れ違いに、数秒の昏倒から一機目と二機目のナイトが立ち上がる音である。
もはやルカ機には、立ち上がる為の腕さえ残っていないというのに。
うつ伏せに倒れてしまったルカのジャルゴ。この姿勢では、コクピットハッチを開いて緊急脱出する事さえ叶わない。虎の子の胸部ガトリング砲も、これでは無意味。万策尽きたルカ機は、ただ憎々しげに敵機を見上げるしか無かった。
そして、———絶望を目撃した。
「こっちに三機、あっちに五機・・・あっちも・・・そうか、そういう陣形だったのか・・・」
視線の先には、少し離れた位置にナイトら五機のグループが鎮座。さらにその周囲には、等間隔で複数の三機編成のグループが配置されていた。そして、そんな三機と五機で形づくった陣形があちらにも、こちらにも。
「あいつか・・・ちくしょう、悔しいなぁ。」
拳を握って、歯ぎしりしながら声を絞り出す———。
手遅れになった、———いまさら。
こんな時に、———ようやく。
———ルカは、腕をやった犯人を発見した。
遠く彼方の、五機編成の中核。ナイトたちに混じっていながらも、燦然と異彩を放つ機体。同盟軍正式量産機の中でも、最新モデルの高級機センチネルである。
銘は、———センチネル・ソルジャー。
ナイトやジャルゴとは一線を画する本体スペックもさる事ながら、その脅威の真髄は中遠距離戦闘に特化した武装の豊富さにある。複数種類の射撃兵装はあらゆる状況・あらゆる兵種を想定した専科百般。近接武装も、『ストライククロス』。十文字槍と一体化した百五十ミリ単射砲という、徹底的なオールラウンダーである。
砲門からくゆる煙が、何よりの証———。
———あの単射砲が、ルカ機の腕を消し飛ばしたのだ。
それを理解した所で、後の祭り。腕無しの巨人は、無限にも思える敵機の絶壁を見上げる他ない。ずらりと並んで、ハイエナのようにやってくる。勝機など最初から無かったのだと、冷静にルカを諭すように。
そんな攻防の様子を、ジョーは黙して見据えていた———。
———赤銀の巨人の、目を通して。
トレーラーを駆るニナは、アクセルは深く踏み込んだまま。車輪のアブソーバーでも殺しきれない衝撃は、シートの下からマシンガン掃射を受けているかのよう。助手席のアントニーはたまらず手近なハンドルを強く握り、舌を噛まないように歯を食いしばっていた。
反対に、少女のハンドルさばきは慣れたものだ。明滅する射撃の光と、そこかしこで吹き上がる爆発が肉眼でもよく見えるほど接近すると、ニナは今一度通信デバイスに触れた。
「ジョー!準備は?」
騒音に負けじと、少女は精いっぱいの声を張る。
すると、デバイスのスピーカーが即座に答えた。
「問題ない。」
短い返答———。
それだけ確認すると、今度は傍らのアントニーの方を一瞥する。青年はやはり、振動と速度に耐えかねて力強く助手席付近のハンドルを掴んでいた。うずくまるように身をかがめ、歯を食いしばって。
それで良い、———ニナは片頬を吊り上げた。
「出撃ッ!」
号令が僅かに先か。
声を張り上げるとともに、ニナは大きくハンドルを切った。進路変更は、いたく急に。直角よりも、更に鋭角に。総体、二十メートルにも届くかという巨大質量が横転する事も厭わずに。
———その号令に合わせて、赤銀の巨人もようやく動いた。
コンテナの壁の縁に手を掛けた巨人は、その手を掛けたまま。ふわりと飛び上がり、コンテナの外へと身を投げ出す。そして自らの落下とともに、追い縋るように持ち上がったコンテナを地面の方へと押し込んだ。
横転しかけたトレーラーは元の姿勢に戻り、VOLT自身はその傍らに着地する。そして勢いをそのままに、両者はそれぞれ反対方向へと駆け出した。
「ニナ・・・いつもこんな無茶な運転を?」
視線だけで窓の外を見て、恐る恐る尋ねるアントニー。
ニナは眉を寄せ、ムッと口を窄めて頬を膨らませた。
「無茶じゃない、計算と物理だよ!こうすればスタートダッシュが速くなるの。」
「スタートダッシュ・・・そうか、擬似的なカタパルト!いつもこんな事を?」
GSを扱った基地や、地上戦艦であれば大方設置されている射出用カタパルト。パイロットが搭乗したGSをレーンに乗せて、格納庫から勢いよく射出する機構。迅速に戦線に投入する為の設備である。
無論、それを車両で再現するなど聞いた事がない———。
「慣れな~、うちはいつもこれでやってんだからさ。」
アントニーは未だに、肩に力をいれて強張ったまま。反対に、ニナは軽口を言いながらハンドルを切っていた。しかし、軽口とは言え真実だ。
そのまま少女は段階的に減速し、戦場を回り込むような進路に切り替えた。
駆けるVOLTは、さながら風———。
巨躯は大地を蹴って躍動し、地鳴らしを撒き散らしながら空を切る。その有様は、天を突くほどの巨体には似つかわしくないスプリンター。一歩踏みしめる毎に、大地を蹴る毎に、巨人は指数関数的に走行速度を増幅していた。
———それは、全身に点在するショックポイントによるもの。
両肩部に複数、
両腕部にも、———拳にも。
胸部から背部、
腹部から腰部にかけて。
そして、———脚部。
両膝部に複数、
脹ら脛を通って、———足裏に至るまで。
複雑に、そして緻密に配置された半球状の窪み。ほのかに青白い明かりが漏れ出す全身の装置を、ショックポイントと呼ぶ。その一つ一つが、VOLT特有の桁外れな加速力を生み出す推進機。高度に圧縮、小型化された衝撃波発生装置である。
大地を蹴るたび、その刹那———。
———足裏のショックポイントを起動する。
駆けるたびにVOLTは、青白い波動と重低音で地表を打ち砕いて進撃している。それは極局所的な衝撃波の発生によるもの。大気が限界以上に圧縮され、瞬間的にプラズマ化した証左である。その波動が巨人を宙空に打ち上げると同時に、蹴り砕いた地表をも薙ぎ払っていた。
しかし、それだけには留まらない———。
VOLTを使って本格的な戦闘をするのも、これで二度目。ジョーはそろそろ、ショックポイントのクセにも慣れてきていた。
走行という単純動作でも、動員できるショックポイントは足裏のものだけではない。脹ら脛から膝関節、そして腰部のものまで。タイミングを見極め、威力を調整しながら、脚部のショックポイントは全て動員する。そんな流れるようなコンビネーションが、いつしか凄まじい爆発力を生み出していた。
上半身についても、同じ事。腰を回転させ、肩の左右を入れ替えるたび、ジョーは上半身のショックポイントを起動する。腰部から背部へ。肩部の一部と、瞬間的に肘裏のものも動員して。気がつけば、VOLTの走行速度は音速の域に達しつつあった。
凄まじい重圧———。
今のジョーにいったい何重力の力が掛かっているかなど、数えるのも馬鹿馬鹿しい。巨人の万力に掴まり、握り潰されるような錯覚。
だと言うのに、青年はかつてないほどの自由を感じていた。
封じられていた力か、
閉じていた感覚。
今なら、———きっと不可能は一つもない。
そんな高揚感を胸に抱いて、ひときわ大きな跳躍を試みる———。
「この辺りか・・・!」
小さく呟いて操縦桿を軽く握り直すジョー。
見据える先、真正面には同盟軍のナイトが多数。レジスタンス側は、打倒されたジャルゴが一機。そして、丸腰のジャゴ2の姿も。そんなレジスタンスたちにトドメを刺そうと、ナイトの一団は各々の武器を振りかざしていた。
描く放物線は、———天高らかに。
VOLTの脊髄に相当する、スパインブロック。それを両側から挟み込むように背部の左右に設置されているのは、ショックポイントの中でもひときわ大きく特殊なもの。複数の衝撃波発生装置を組み合わせて作られた大出力推進機、———ショックブースターである。
咆哮したショックブースターの有様は、さながら光の翼。放たれた光波は爆音を上げて、巨人の身体を天高く打ち上げた。
上空へと飛び上がったVOLTは、放物線の頂点で一度小さく身を縮めた。そして全身のショックポイントをストロボのように明滅させ、瞬時に身を捻って姿勢を切り替える。腕も足も折り曲げて、コンパクトに身を屈めて。
それまでの動作を上昇中に済ませれば、———後は落下のみ。
急降下すると同時に、VOLTは大きく身を引き伸ばす。片足を伸ばして、寝転ぶような半身。鋭く見据える先には、敵機の姿。今一度背部のショックブースターを解放し、各部のショックポイントで軌道修正する。その姿は、あたかも箒星。
狙う先は、———白銀の騎士。
避ける間もなく———、
雷光一閃———。
ナイトの胸部を的確に捉えた蹴撃の一閃は、瞬きの間も無く銀甲冑の隅々まで駆け抜けた。胴体内部は言わずもがな、衝撃は両腕両脚末端に至るまで、執拗なまでに蹂躙する。
コクピットブロックも、動力源のマイクロ原子炉も、その周囲に張り巡らされた冷却機構も即座に挫滅。潰れた胴体上部から押し出された両肩部モジュールは衝撃の音が奏でるままに踊り狂った。装甲は剥がれ、千切れた配線が乱雑になびいて、砕けた内部フレームもあちらこちらから鋭角に露出している。
そして、それは脚部も同じ事。両膝は痛々しくも、慣性に耐えきれず正面へと屈していた。その煽りを受けた脚部スラスターはプロペラントが暴発、膝から先は原型さえも留めていない。
その余波は、周囲にも———。
コクピットに守られていながら、ヘルメット越しであっても鼓膜を蹂躙する程の爆音。肉眼で見て、そして五臓六腑に響く感覚で分かるほどの、衝撃。
その暴力は大地を削り取り、粉砕しながら吹き飛ばす。
倒れ伏したルカ機は、転がりながら後方へ。
そんな味方機に、グレゴリー機は近づけない。
他二機のナイトも同じ事、———大盾を構えて必死に耐えている。
そして、———騎士は飛んだ。
地表にバウンドして、数度。その度に腕部がもげ、脚部がもげ、頭部が潰れて。小爆発を起こしながら曲がり、絡まり、もはや人型兵器とは呼べない姿になりながら、ひときわ強烈な轟音と光で夜闇を吹き飛ばした。
「何だ、今の・・・!」
吹き飛ばされた先で悪態をつくルカ。
しかし、コクピットキャビンの中はインクで塗りつぶしたように真っ暗。先程の衝撃で頭部のメインカメラさえも潰れてしまったからだ。VOLTの姿も、戦況も、彼女には見届ける事さえ叶わない。彼女に出来る事は、モニターが映した最後の映像と闇の先から伝わる揺れから、外の状況に思いを馳せる事だけだった。
しかしVOLTは、もう『そこ』にはいない———。
ナイトを蹴飛ばして、着地もそこそこに。VOLTは再びショックポイントを起動した。足裏のものと、半身に連なるポイントを段階的に。その動きで身を翻しながら、巨人は慣性に逆行して身を放る。
先は、———第二のナイトの背後。
弾丸の速さで跳んだ先には、未だに飛び蹴りの衝撃波に耐えようと大盾を構えたナイトの背中があった。
VOLTは難なく騎士の肩を掴み、次いで前腕部を握った。肩部アーマーはVOLTの強靭な握力の前にいとも容易く潰れ、赤銀の巨人は装甲越しに肩部モーターを握っていた。パイロットであるジョーの手のひらにも、円筒型の例のパーツの感触がつぶさに反映される。
———感慨もなく、VOLTはそのまま腕を引いた。
Left Shoulder: ―――Critical Durability.
Left Arm: ―――Critical Durability.
Left Arm: ―――Lost.
Shield: ―――Lost.
畳み掛けるアラートは、ナイトのもの。モニターでは、警告表示の小窓に新たな小窓が重なって明滅していた。しかしそれを読解するより先に、パイロットは破砕音で現実を理解する。
腕が、———千切り取られた。
———大盾ごと、ごっそりと。
歪に変形した肩口は、バチバチと目がくらむほどの放電を繰り返している。人工筋肉は全て断裂し、無理に千切られた内部フレームの断面は仄かなピンク色を灯している。そんな千切れた腕の向こう側、大盾を握ったままの前腕。ナイトの腕を肩口から引きずり出すままに、VOLTは腕を翻す。
そして掴んだ腕ごと、その腕に接続した大盾を上空高らかに振り上げた。
大盾を、大剣に見立てて———。
振り下ろす鉄塊は、唐竹割りに。
切り進む鉄塊は、袈裟懸けに。
肩口に食らいついた大盾は容赦なく騎士の胴を喰み、勢いをそのままにコクピットブロックをも斬り潰した。
成す術も無く葬り去られた同盟軍のナイト、二機。片や原型も留めずに爆散し、もう片方は大盾が食い込んだまま沈黙してしまった。
その有様を目の当たりにして、三機目のナイトは戦慄した。パイロットを突き動かすものは、もはや戦術でも戦略でも、技術でさえない。ただ衝動のままに操縦桿を取り、その身に深く染み付いた動きを再生していた。
恐怖に駆られた人間の行動は、概ねふた通り———、
———逃走か。
———奇襲か。
男の場合は、後者。三機目、小隊最後のナイトは正面にシールドを構え、高らかにメイスを掲げて突進した。背部ブースターの出力は最大に。仲間を殺した『赤い奴』は、今は丸腰。驚異的な加速力と機動力も、立ち止まった状態では全くの無意味。
倒す『機』は、今ここだと———、
———その腹立たしい顔面を打ち砕こうと、突貫する。
突進するナイトに鋭い眼光を合わせるVOLT。その傍ら、先ほど沈黙させたナイトの残骸を、邪魔だとばかりに片手で掴んで退ける。その動きと全く同時に、VOLT背部のディスク式マウントラックが回転した。
マウントされた武装は、流線型の砲身が特徴的な射撃兵装のレールキャノン。そしてレールキャノンと鞘が一体になった近接武装、サムライソード。VOLTが教えてくれた呼び名の意味を、ジョーはまだ知らない。
しかし、———使い方ならよく分かる。
世にも奇妙な、片刃の剣。金切り声を上げて振動する鏡のような刃は、鍔迫り合いさえも許さないほど鋭利。ディスク式マウントラックの回転が、肩口に添えたVOLTの手中に凶刃の柄を受け渡す。そして滑らかな動きで腰を切り、身を絞り、肩を突き出しながら赤銀の巨人は刀を鞘から解放した。
抜刀、すなわち斬撃———、
———大盾がそれを受け止める。
凶刃は絶壁の大盾を両断し、
大盾を保持した前腕を両断し、
胸部装甲、
コクピットブロック、
そしてパイロットをも、———切り裂いて。
果たして———、
振りかぶったメイスを、騎士は振り抜く事もなく。大甲冑は糸が切れた傀儡人形のように、真正面から音を立てて地面に激突する。そして武器も盾も手放しながら、白銀の騎士はうつ伏せてVOLTとすれ違いながら突っ伏した。
攻防、あるいは殲滅の傍ら———。
グレゴリー機は正体不明の赤い巨人にナイト三機を任せて、ルカ機の方へ駆け寄っていた。初手の蹴撃の余波によって吹き飛ばされたルカ機だったが、ナイトにやられたもの以外の外傷は見当たらない。グレゴリーは僅かながらに安堵しながら、ルカ機との接触通信を繋げた。
「ルカ、無事か?」
暗黒の只中で、問いかけるグレゴリーの声。
静まりきった状況だけで戦況に思いを馳せながら、ルカは腕を組んで答えた。
「まだ生きてるって意味なら、うん。多分無事。」
接触通信が繋がる———、
それは、———コクピットが無事という事。
ホッとして強張った肩を撫で下ろすと、グレゴリーは話の先を続けた。
「サブモニターは生きてるか?今こちらの視界を共有する。」
「あ、うん。良く分かったね・・・」
冷静さを欠いていたせいか。
はたまた、経験の差か。
よく言い当てたものだとグレゴリーの炯眼に驚きながら、ルカは完全に存在を忘れていたサブモニターを起動する。メインモニターはメチャメチャに割れて酷いものだが、サブモニターは破壊を免れていた。
シートの肘掛けから僅かに顔を出した突起を引いて、収納されたタブレット状のモニターを引っ張り出す。そして付属のアームでサブモニターの位置を調整しながら、ルカは点灯ボタンを押し込んだ。暗黒が満ちていたルカのコクピットに、ようやく明かりらしい明かりが灯る。
そこに少なからずの安堵を感じながら、女は映像が転送されるのを待っていた。
「・・・グレゴリーさん?」
ルカの言葉を最後に、グレゴリーの言葉はない。
それを訝しむルカだったが、答えは早々にサブモニターに映し出された———。
肩口に振り向いて、こちらを見ている赤銀の巨人———、
———その腕には、奇妙な片刃の剣が握られている。
———その周囲には、騎士たちだったものが転がっている。
そんな赤い巨人は、無造作に開手の方の腕を持ち上げた。
肘の角度は、およそ九十度。
指を四本ピンと伸ばして、平手は顔の高さに。
———レジスタンス固有のハンドサイン。
『提案』
『一時撤退』
『拠点』
そのサイン、人語に訳すなら———、
”母艦への一時的撤退を提案する。”
と言ったところか。
グレゴリーも、ルカも適当な言葉が見当たらない。二人は同じ映像を目撃しながら一様に目を見開き、困惑と驚愕の色を表情に映し出していた。
つづく




