第三十四話『決別のシルバーバレット その③』
夜の帳が下りる頃、ジョーたちはようやくVOLT稼働実験の後片付けを終えていた。巨人が千切った『ジャゴアックス』は流石に廃棄。しかし、その前に調べる必要があるだろう。断裂した当初はほのかにピンク色をしていた断面も、今では冷えて僅かに黒ずんでいる。
引き千切られた斧の残骸は、ジャンクパーツの山から少し離れた位置へ寄せておく。これはこれで、別途の研究価値がある代物だからだ。
そして片付けもひとしきり終わると、それぞれが己の役割に没頭した。
ジョーは機械の修理に取り掛かる。稼働実験で中断していた、ジャンク屋に持ち込まれた機械の修理だ。引き渡しは来週末でまだまだ余裕があるので、青年はじっくりと作業に没頭していた。
反対に、悪態や溜息が絶えないのはニナのデスク。五枚の大型ディスプレイを使い切っても足りないほど多くのプログラムを開いて、VOLTのデータの解析に四苦八苦しているらしい。複雑な情報を単純言語に翻訳する暗号化処理自体は極ありふれたものであるが、暗号の難解さは元の情報の複雑さに大きく左右される。VOLTから抽出した情報ともなると、相当に骨が折れる作業なのは誰が見ても明らかだ。
そんな二人とは違い、助手をするほどの腕も知識も持ち合わせないアントニー。こういう時、彼は炊事や掃除を任される事が多い。例に漏れず、今回もアントニーは厨房を任されていた。ジョーにとっては大した変化ではないが、これまで家事もジャンク屋の経営もこなしていたニナにとっては、地味ながらも非常にありがたい事である。
食事が出来たと、整備ドックにやってくるアントニー。時刻は既に七時半を回っていた。
ジョーとニナが食卓にやってくると、既に概ね準備は出来ていた。大皿に並んでいるのは、色とりどりな素揚げの野菜。一口大よりは大きめに。しかし薄く切ったものが、どれも香ばしい焼き色を付けている。一口大に切った合成タンパク質ブロックは、薄い衣をまぶして揚げたものが串に刺さっている。合わせるのは、塩味の強い独特なソース。
栄養バランスは、少し心配。しかし文句は言っていられないと言葉を飲み込み、ニナは自分の席に腰掛けた。
「アントニーはさ、ノース出身なんだっけ?」
大皿の野菜をいくつか自分の小皿に取り分けながら、ニナはアントニーに質問する。
「はい。ノースイサベリア州の町ですね。」
「道理で揚げ物が多いと思ったよ。ノースの人って何でも揚げるでしょ?」
アントニーも、自分の分をよそいながら返答した。
「何でもってのは流石に偏見ですけど・・・多いですね、揚げ物。僕なんかそれしか作れませんし。」
そして素揚げの野菜を摘みながら先を続ける。
「何でも、揚げ物は高温で一気に火を通すから、殺菌効果がすごいらしいですよ。あとは、ほら、ノースは昔からカタムギの産地ですから。」
咀嚼しながら、合点が行ったと頷くニナ。
それもそのはず。カタムギ油とは、今となっては最も一般的な食用油である。茹でても炊いても炒めても食用に適さないほど硬い品種の麦のカタムギは、しかし絞れば良質な油が取れる事で大昔から知られている。一度に大量に取れる事から、戦前までは工業用潤滑油として用いられる事が多かったカタムギ油。戦後飢饉を経た今では、工業用と食用、どちらの用途でも広く流通している。
農業を主な生業としながら、ノースイサベリア州が驚くほど裕福な地域である理由もそこにある。彼らは代々、大陸中の人々の食と工業を支えてきた。大戦の時代でさえノースイサベリア周辺の地域は戦場にならず、戦後の今でも同盟国とレジスタンスの戦いに巻き込まれる事はない。穏やかで牧歌的なノースイサベリアの人々の生き方は、実に合理的な生存戦略でもあったのだ。
「アントニーの実家も農家?」
ニナの質問に、頷くアントニー。
「弟が継ぎました。僕は、どうしても軍に入りたかったから。」
暫くの沈黙。
その気まずさに耐えきれず、アントニーは前段の言葉を補足する。
「今思えば、若気の至りってヤツです。何も知らない癖に、世の中を知った気になっていた・・・お陰で、家族ともあれっきりです。」
「家族ね・・・」
食器を置いて、少し物思いに耽るニナ。
「・・・あまり生意気な事は言いたくないけどさ。」
静かに、しかし真っ直ぐにアントニーを見据えて切り出すニナ。
「生きてるうちに話つけた方が良いよ。こんな時代だからさ。」
「・・・考えておきます。」
同盟軍に家族を殺され、天涯孤独のニナ。そんな少女の言葉だからこそ、アントニーの心に重く突き刺さる。
「・・・ところで。ジョー、どうかしたんですか?口に合わなかったとか?」
やや強引に話題を変えるアントニー。いつも無口で、必要最低限しか話をしないジョー。そんな青年が黙々と食事をしているのはいつもの事ではあるが、今夜の彼は少し様子が違う。串に刺さった合成タンパク質ブロックの揚げ物を囓っては、断面をマジマジと見つめる。かと思えばまた囓って、また凝視して。
声を掛けられたジョーはアントニーを一瞥すると、再び視線を揚げ物の断面に戻してしまった。
「いや、美味いよ。アントニー。」
そう前置きした上で、ジョーは断面から視線を離さずに続ける。
「火を通した断面が、何となくさっきの斧と重なってな。」
さらにじっくりと見つめながら、ジョーは稼働実験の事を思い出していた。
「火・・・熱・・・そう言えばVOLTの装甲も、一瞬赤熱化したって言ってたな。」
ようやく揚げ物から視線を離し、ニナを見るジョー。
しかし当のニナは、溜息混じりに首を振った。
「『錯覚』ともね。確かに指や肘の関節部が赤くなったように見えたけど、あれは目の錯覚って事で話がついたでしょ?」
「いや、僕も見た気がします!」
割り込むアントニー。
しかしニナは困った顔で解説する。
「私たち、気が動転してたんだよ。GSの腕力でタングステンのでっかい塊を曲げるだけでも現実味がないのに、千切っちゃうんだもん。大方、装甲の銀色部分が赤色部分を映して、一瞬赤く光ったように見えたんでしょ。」
「だが、金属は赤熱化するぞ。」
なおも食い下がるジョー。
しかしニナは、「ないない」と首を振った。
「するけど・・・何かで加熱しなきゃ赤熱化はしないよ。そんな熱源はドックにはないし・・・」
「内部から装甲が加熱された可能性は?」
ジョーの指摘を受けて、少し考えるニナ。それでも、やはりありえないと首を振る。
「それこそありえないよ。GSの装甲が赤熱化するなんて、相当な熱量だよ。表面の装甲に熱が伝わって、しかも赤熱化させるほどって・・・中にいるパイロットは蒸し焼きじゃ済まないよ?」
———蒸し焼きじゃ済まない。
確かに、———それほどの熱は感じなかった。
あの瞬間を、ジョーは今一度回想する。思えば、手のひらがじわりと熱を帯びたような、それも気の所為なような。どの道、蒸し焼きになるほどの高熱は経験していない。
やはりニナの言う通り、錯覚に過ぎないのだろうか。そんな事を考えながら合成タンパク質ブロックの揚げ物を咀嚼する。そしてその串で、大皿の素揚げの野菜を突き刺した。
「あ、行儀悪い!大皿のフォーク使いなよ。」
すかさず指摘するニナ。
「変わらないだろ。」
「変わるよ!ほら、小皿貸して・・・」
釈然としない表情で。しかし抵抗せずに、ジョーは自分の小皿を手渡した。席を立ちながら小皿を受け取ると、ニナはテーブルを回り込む。そしてジョーの傍らに立って、どの料理が欲しいかを聞きながらよそい始めた。
当初、アントニーはこの二人を猛獣と猛獣使いのように感じていた。パイロットとして、そして戦士としてのジョーは怪物そのものだ。
小柄ながら、鍛え抜かれた肉体。
全身にびっしりと、無数に刻まれた様々な傷跡。
刃物のような、鋭い目つき。
青年は、———猛獣そのものに見える。
獅子か、鰐か、あるいは架空の魔獣か。いずれの例えもしっくり来ない———足りない———ほどに、ジョーの風貌は人間離れしている。
風評通りの、———『スクラッパー』。
そんな男に、———彼女は一切怖じけない。
かと言って、軽んじる事もなく———。
しかし、ここ最近はその見方も変わりつつあった。ジョーを知り、ニナを知り、この二人の生き方を知ったからだろう。姉と弟、だろうか。しかし、歳はニナの方が若い。見れば見るほど、知れば知るほど、実に奇妙な関係だとしみじみ感じる今日この頃。
———そんな思考を、通知の音が断ち切った。
「あ、僕のデバイス。ちょっと見てきますね。」
席を立ちながら、自分の通信デバイスを指さすアントニー。
入れ替わりに、よそい終えたニナは自分の席に戻っていた。
「あいよ~。」
少女の返事を聞きながら、居間のソファーに置いた通信デバイスを拾い上げる。
手鏡のような、長方形の黒い板。その側面のボタンを押して、画面を点ける。すると、未読メッセージが一つ。
———差出人は、ロベルタ・スー。
「・・・これは!?」
よく知っているわけでは無い、彼女。
あの時、ダメ元で連絡先だけ置いてきた。
まさかその彼女が、本当に連絡をくれるとは。
———歓喜半分、
———恐怖半分。
ゴクリと喉を鳴らして、アントニーはメッセージの本文を開いた。
———————
—————
———
———およそ三日前の事。
某所、病室にて———。
「先生、ごちそうさまでした。」
患者衣に身を包んだ女。綿繊維の質素な白色に、夜闇のような深い黒色の長髪がよく似合う。頼りなく弱々しい足取りでありながら、皿を持って簡素な台所までやって来た彼女を、老齢の男は呆れ混じりの表情で出迎えた。
「少し動けるようになったらすぐこれだ。治りたくないのか、お前は。」
言いながら、皿を受け取る男。
彼が十数分前に作った食事だ。味気ない雑穀粥にすりおろした根菜といくらかのサプリメントを混ぜたもの。彼女の傷の治りを考えるなら、そういうものが最も望ましい。
男は無免許医。名を、ジョージ・フレンスブルガーという。突如夜更けに戸を叩いた同盟軍の中尉、アントニー・アンダーソンに酷く傷だらけの患者の世話を押し付けられた、医療の何たるかを知る者である。ぶっきらぼうな言葉遣いに、類人猿のような特徴的な顔。手入れ不足でみすぼらしい外見は不潔にさえ思える世捨て人ではあるが、医術の知識と腕だけは本物。お陰で重症を負って運び込まれたロベルタは一命をとりとめ、今では日に日に回復に向かっている。
空の皿を片手に。もう片方の手で椅子を引き、ロベルタに座るように促すジョージ。小さく会釈をして、ロベルタは患者衣の裾を直しながらゆっくり腰掛けた。
「覚え書きを読みました。中尉の。」
腰に装着された歩行アシストユニットを邪魔そうにしながら、浅めに座るロベルタ。両太ももとウエスト辺りの三箇所に巻き付いた軽量合金繊維のベルトが互いにアームで接続され、腰部のウエストポーチのような装置で制御されている。これは、骨盤とその周囲をあるべき姿に矯正すると共に、アームが足腰の稼働を物理的に補助する装置。また、素肌に密着した合金繊維から流れる微弱電流が筋肉に刺激を与えて運動を補助する、歴とした医療器具である。
彼女の言う覚え書きとは、ひと月以上前にアントニーが残していった、連絡先を書き記したメモ用紙の事である。ロベルタ本人に直接渡す勇気はなかったので、彼女の病床の花瓶を文鎮にして置いていったもの。
———意気地なし。
それは、———彼女も同じ。
何を記した紙か概ね想像がついていながら、ロベルタ自身も、その真相をジョージに尋ねる事はしなかった。せめて自力でベッドを立って、少し歩けるぐらいにはならなければ。そうでなければ、高鳴る心を受け止めきれないと予感していたのだ。
「断っておくが、メソ・キャピタルへの遠出も食事も、まだまだ先の話だぞ。」
ぶっきらぼうに言うジョージ。
「聞いてたんですか、趣味悪い。」
「聞くか。聞こえただけだ・・・壁が薄いんでな。」
冗談めかして言うロベルタに、鼻を鳴らして答えるジョージ。
そしてロベルタは落ち着かない様子で両手の指を組んだり、手の甲を撫でたりしながら続けた。
「分かってます。でも、お話するぐらいは出来そうでしょ?」
「まあな。」
彼女の想いに察しがついていながら、無免許医は無関心そうに短く返答する。
「私の荷物は・・・」
言いながら見回すと、壁のハンガーに掛かったロベルタのコート。背中には、大きな同盟国の国章。アーマーを兼ねた肩パッドには二等兵の階級章。半透明なビニールに包まれているのは、クリーニングに出していた為か。
なんて、ジョージらしい。この文なら安心だろうと、ロベルタは小さく微笑んだ。
「会って話すなら、やっぱり身なりは整えたほうが良いですよね。」
独り言。ジョージは答えない。
「衛生シートで拭くだけじゃなくて、ちゃんとシャワー浴びて。髪をとかして。同盟国軍人に恥じない装いで、臨むべきですよね。」
目を閉じて、そんな様子を想像するロベルタ。
気分は、———シンデレラ。
「悪いが、ここは病院じゃない。お前と同性の看護婦もおらん。再会したけりゃ、さっさと直って出ていくんだな。」
ぶっきらぼうに言いながら、ジョージは煙草の小箱に手を伸ばす。
———それを、弱々しい手が遮った。
「私、これでも奥手な方で。」
反射的に顔を上げるジョージ。
真っ直ぐ見据えるロベルタ。目を合わせたまま、女は言葉の先を紡いだ。
「適当な誘い文句を思いつくまで、多分数日掛かってしまいます。先生、その間だけでも手伝って?」
椅子からその身を乗り出して。
弱々しくも震える白い指先が、無免許医の腕を押し止める。煙草と、女と、泳ぐ視線で見比べるジョージ。大きな溜息と共に首を振り、名残惜しそうに小箱を机に戻した。
「やれやれ・・・近頃の患者は我儘でいけねぇや。」
四の五の言いながらも了承するジョージ。
椅子を立ち上がり、部屋を横切る。そして、壁に沿って配置された明るい木目が特徴的な戸棚を開いた。そこには、やはりクリーニングに出されたロベルタの制服と、身につけていたいくつかの私物が丁寧にしまってあった。
無免許医は戸棚から彼女の通信デバイスを取り出すと、布切れで画面をさっと拭いた。薄っすらと付着していた細かい埃や毛屑も綺麗に拭き取られて、黒い手鏡のような画面が部屋の明かりを照り返す。そのまま「ん。」とぶっきらぼうに、ロベルタの鼻先に突き出した。
「お前のだ。充電もしてある。ベッドに戻って、さっさと事を済ませてしまえ。」
通信デバイスを両手で受け取り、ゆっくりと立ち上がるロベルタ。小さく会釈する。
「ありがとう、先生。」
それだけ言って大事そうに通信デバイスを胸に抱えると、ロベルタは病室に戻ろうと歩き出した。
背を向けて歩き出した彼女の背中は、酷く頼りなく、今にも倒れてしまいそうだ。仕方ないと、無免許医もあとを追った。ロベルタの傍らに立って、両肩が触れるか触れないかの距離に手のひらを添える。
———そうやって一歩、
———また、一歩。
軋む床を、二人で踏みしめる。
主を待つ、空のベッドを目指して。
それから、眠りに落ちて。
日が昇って。
———日を跨いで。
寝て、
起きて、
何か精のつく物を食して。
久しぶりにシャワーを浴びて。
久しぶりに櫛を髪に通して。
———日が暮れて。
ようやくロベルタは、通信デバイスに電源を入れた。
つづく




