第三十二話『決別のシルバーバレット その①』
早朝、四時前頃。ようやく夜の紺色が薄まっていくかという時の事。
壁に凭れて座り込んだ姿勢のジョーと、枕を頭の下に敷いて、床に寝転んだアントニー・アンダーソン。毛布にくるまった姿はミノムシのよう。もう一つの寝床、ソファーの上は空である。
ジョーは横になって眠れない。もとい、一般に言う睡眠と彼のそれは、些かばかりわけが違う。脳も身体も休ませてはいるが、電源を切っているわけでは無い。言うなれば、それは極端なレム睡眠。彼の半生と、生まれ持った性分がそうさせているのだろう。
アントニーは当初、床で眠るのは不可能だと思っていた。あの厳しい訓練時代にさえベッドはあったし、訓練の一環として山奥でサバイバルをした時も寝袋ぐらいは用意されていた。しかし、慣れとは恐ろしいものだ。最初は寝て起きる度に身体の節々に痛みを感じていたアントニーが、今ではむしろ、床の硬さがなければ寝付けない。
そして、この部屋唯一の寝床らしい寝床。ソファーだけは、今朝は空。その主であるニナ・ゲッペルは、徹夜で工房の方に籠っていたからだ。
早朝、そんなニナが居間にやって来た。
「二人とも!起きて、起きて!」
パンパンと手を叩き、二人を起こすニナ。
ジョーは黙って目を開き、アントニーもモゾモゾと動き出す。
「はい、これ。」
言いながら、ジョーの眼前に小型の装置を突き出すニナ。青年がそれを受け取ったと見ると、そのままソファーに突っ伏してしまった。
受け取った装置を物珍しそうに、手の中で転がすジョー。幾重にも巻き付いたケーブルを解きながら疑問を口にする。
「これは?」
「後で説明する・・・今は、寝かせて・・・」
ニナは枕に顔をうずめたまま、うつ伏せの状態で返答した。
そして言葉を紡ぎながら脱力し、ものの数秒で眠りに墜ちてしまった。実に三十八時間ぶりの睡眠は、それだけ抗いがたいものだったらしい。寝間着にも着替えず、ツナギのまま。死んだように横たわった背中は、しかし規則正しい寝息に合わせて上下していた。
「それは、例の?」
先程まで使っていた枕をソファーに戻し、毛布を畳みながら聞くアントニー。
「・・・多分な。」
装置とにらめっこをしながら、気のない返事をするジョー。
「朝食は・・・まだ流石に早いかな。先にシャワー浴びてきますね。」
タオルを小脇に抱え、居間を出るアントニー。
ジョーの返事はない。しかし決して、警戒しているとか、怒っているとか、軽んじているとか、そういうわけでは無く。これがジョーという人間の味だと、最近ようやくアントニーも理解し始めていた。
手渡された装置を興味深そうに眺めながら、あれこれといじってみる。
煙草の箱を思わせる、銀色の小箱。正方形に近い長方形をしている。上部は左右からスイッチを押し込む事でバネが跳ねて、鉤爪か鳥のくちばしのように開閉する構造になっていた。
———何かを保持する為の構造だ。
中にはUSC(Universal Standard Connector)端子。
小指の爪ほどの、小さな銀色の突起物だ。平べったい楕円形で、中は空洞。そして空洞の内壁には、合計して三十二本の金色のピンがびっしりと並んでいる。広く一般的な、日常のあらゆる電子機器に搭載された端子である。
何か別の電子機器と接続して使うところまでは想像できるが、具体的な事は分からない。
分かる者は、夢の中———。
裏面を見てみると、四隅に小さなネジ。軽く指で弾いてみたり、接合部を引っ張って見ると、外装のアルミ箱はかなりしっかりと固定されている事が分かった。
再び、———視線を表面に。
のっぺりした銀色の外装には、一回り小さい長方形の穴がくり抜かれている。今は真っ黒な、小さなモニタースクリーンだ。何か情報を表示するのだろう。その下部には、いくつかのボタンも付いている。連打しても長押ししても何も起きないので、どこか外部から電源を引っ張ってくる必要があるのだろうか。
「・・・これ、PP2か。」
PP2(Pocket Player 2)———。
数年前に流行った、持ち運び出来る小型ゲーム機だ。かなりの改造を施されているので当初は気が付かなかったが、装置の外装には、間違いなく例のゲーム機が流用されている。以前、ニナがどこかでそんなジャンクを拾ってきた気がするが、まさか役に立つ日が来るとは。
感心しながら今一度ボタンを押したり、画面を光にかざしてみる。そして視線は、下部の方へ。
長いケーブルだ———。
かなり長い、半透明のビニールに包まれた針金の束。相当に余裕を持たせたかったのか、目算で一メートルはある。その先はYの字に分かれており、先端には独特な形状のイヤピースがついていた。同じような大きさのゴム製の傘が三つ、等間隔で並んでいる。試しにイヤピースを耳に入れてみると、相当深いところまで侵入してくるのを感じた。
音楽プレーヤーのようでも、ゲーム機のようでもある、小型の装置。しかし、そのいずれも違うのだろう。これはVOLTに関する装置なのだから。
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—————
———————
昼頃———。
充分な睡眠と、適度な食事。
それでようやく調子を取り戻したニナが、二人がいるドックに降りてきた。
ドックは半地下。金属製のタラップを、靴音を立ててゆっくり降りる。そして一つ、大きな欠伸をした。
「ジョー!客入りは?」
タラップの上から声を張る。
ジョーはブルーシートの上にあぐらをかいたまま。機械修理の手を止めると、工具を置いて首を振った。
「無しだ。暇だから来週のをやってる。」
ジャンク屋の客入りとは、実に気まぐれなものだ。日用雑貨の店や、食品市場とはわけが違う。機械の故障が突発的なら、修理の依頼も突発的。来る時は来るし、来ない時はまるで来ない。
今日はどうやら、———来ない方の日らしい。
朝から閑古鳥が鳴きっぱなしで、ジョーもアントニーも暇を持て余していた。あまりにもやる事がないジョーは、まだ放っておいても良い、来週末に引き渡す予定の機械の修理に手を出していた。アントニーも同じように暇だったが、ジョーと違って機械の修理をする技術はない。
だからなし崩し的に、片っ端から店や工房、そして家中の掃除をしていた。
商売としては、芳しくない———。
しかし、———ニナの表情は、むしろ嬉しそうだ。
「ちょうど良いじゃん。アントニー、表閉めて来て!」
早足で駆け下りるニナ。外の扉を指さして、アントニーに店を閉めろと指示を出す。
「良いんですか、ニナ?今日はまだ、一人も来てませんけど・・・」
「良いの、良いの。こういう日はどうせ来ないから。」
戸惑うアントニーを尻目に、全く気にしていない風に指示を重ねる。
「好きな時に店仕舞いして、好きなだけ休めるのは自営業の醍醐味だよ。客が居ないなら尚更、こういうチャンスは活かさなきゃ。」
言いながら、アントニーの背中を軽く押して急かすニナ。
そして、その足でジョーの元に駆け寄る。
「アレ出して、朝のアレ。VOLTのテストやるから。」
朝のアレ、———ニナが徹夜で作った装置だろう。
緩慢な動きでブルーシートから立ち上がると、ジョーはそこからそれほど離れていないデスクへと向かった。そしてデスクの引き出しを開き、例の装置を取り出した。
装置のボディーに巻き付けたケーブルを解きながら、ジョーはニナの方に歩いて向かう。
「これ、結局何なんだ?」
言いながらニナに手渡すと、店仕舞いを終えたアントニーも駆け寄って来た。
「確かに、気になります。ジョーと色々試したんですけど、電源さえ入らなくて・・・」
困ったように言うアントニー。代わりに全部言ってくれたので、ジョーは不思議そうな表情のまま、ただ静かに腕を組んでいる。
そんな二人を見て、満足そうにするニナ。そして身にまとったオーバーオールの大きなポケットから、ジョーたちが見慣れた、通信デバイスを取り出した。
「これはジョーの通信デバイス。ジョーのじゃなくても良いんだけどね・・・」
いつもジョーが、居間のテーブルかソファーに、雑に置き去りにしているデバイス。ある種の当てつけとして、少女はそれを持ってきていた。
右手に装置を、左手に通信デバイスを。二人に解説しようと、両手の機械を突き出して見せる。
「まずはここを押して、上部分を開いておく。」
装置の上部、左右。親指と人差し指で装置両側のスイッチを押し込むと、カチッと音を立ててくちばしのようなアームが左右に開放された。
そしてその開いた中央には、USC端子が小さく顔を出している。
「電源がないってのは、良く気付いたね。電源にはね・・・コイツを使うの。」
通信デバイスの給電ポートに装置の端子を差し込むと、やはりカチッと、何かがピッタリと嵌まる音。先ほど開いたアームが通信デバイスの下部をしっかりとホールドし、装置をデバイスに固定した。
それを確認すると、ニナは通信デバイスを操作して、逆充電機能をオンにする。
何をしても無反応だった装置の画面に、———”Please wait…”の文字が浮かび上がった。
「手頃なサイズのバッテリーがなくてさ。これなら、デバイスからのお裾分けでも良いかなってね。」
さっと操作して電源を入れるニナ。そのままデバイスごと、ジョーのズボンのポケットに滑り込ませてしまう。
そしてイヤピースを二つとも纏めて握ると、そのままジョーの眼前に突き出した。
「はい、これ。ヘルメットを被る時に、コイツを耳に突っ込んどいて。」
「・・・分かった。」
未だに装置の機能を理解しないまま、ジョーは渡されたイヤピースを受け取る。
それを確認すると、ニナは二人に先行して、VOLTが格納されている一角へと歩き始めた。
「これまではさ、どうしても中が見れなかったじゃん?」
歩きながら、二人に切り出すニナ。
それは、当初考えられていた以上の、大きな問題だった。
VOLTは頑丈、———それは良い。
しかし、度を超えていた。
装甲一枚、ネジ一つ。そればかりか、装甲の削り屑さえも採取できない。ジョーとニナの整備ドックの機材では、VOLTを解体出来ない。
すなわち、———整備不能
物理的な解体は、いわずもがな。
超音波解析、
レーザー透写、
X線投影撮影さえも、———全て無効。
打撃、斬撃、砲撃、爆撃ばかりか、電子的な解析をも許さない。
———あらゆる干渉を、拒絶する。
これでは整備どころか、基本構造を把握する事さえままならない。
基本構造、———不明。
構成材質、———不明。
詳細スペック、———不明。
動力源、———不明。
性能限界、———不明。
———これでは、『兵器』とは到底呼べたものではない。
何としてでもVOLTというブラックボックスをこじ開ける事。それはジョーとニナにとって、喫緊の課題と呼ぶべきものだった。
歪なイヤピースを指先でねじって眺めながら、ジョーは不思議そうに問いかける。
「じゃあ、この小さな装置でVOLTの中身が分かるのか?」
チッチッチッ、———人差し指を立てるニナ。
「発想を逆転したんだ、———診るのは『VOLT』じゃない。」
そして指先は傾き、ジョーの鼻先を射抜いた。
「診る対象は、パイロット。あんたのバイタルだよ。」
「ジョーの?こんな狭いドックで、パイロット負荷が高い動作テストでもするんですか?」
疑問を口にしたのは、アントニー。
しかしニナより先に、その問いにはジョーが答えた。
「いや、理に適ってはいる。VOLTは他のGSと違って、パイロットの脳と機械を直結するんだ。つまり・・・」
「・・・つまりVOLT稼働時は、パイロットもVOLTのパーツになるって事!パイロットの身体を通して、あの装甲の内側を暴いてやろうってのが、今回の作戦よ!」
ジョーの言葉に被せて、ニナがその先を解説する。
「別に、何か特別負荷の高い動きをさせるわけじゃない。鍵になるのは、パイロットそのものと無線通信なんだ。」
ジョーのポケットに滑り込ませた通信デバイスと、項垂れたVOLTの頭部を交互に指さすニナ。
「VOLT稼働中でも問題なく通信できるのは、以前のテストで確認した通り。ま、当然だよね。意思疎通も出来ないんじゃ、作戦も連携もあったもんじゃない。兵器として問題外だよ。」
「でも、電子的な解析は出来なかった?」
確認するアントニー。
ニナは小さく頷いた。
「通信も解析も、技術体系自体は同じなんだよ?なのに都合良く通る時と、都合良く弾かれる時がある。」
「なるほど。それで、———鍵はパイロットか。」
理解して頷くジョー。
アントニーはまだキョトンとしている。
「パイロットが許可した電子通信だけ、通過を許可する。それ以外は拒絶する。ざっくり言うと、そういう機能がある・・・と思うんだよね。」
仮説、———確実とは言い切れない。
「バイタルか・・・しかし、こんな小型の装置で測定出来るものなのか?」
ジョーの質問。
ニナは首を振る。
「無理だよ、魔法じゃないんだから。そういうのはVOLTの方でやるの。この装置は、VOLTとジョーの神経網に接続して、バイタル情報を拾うだけの受信機。で、拾った情報を通信デバイスからうちのメインコンピュータに送信するんだよ。」
ポケットから通信デバイスを取り出して、今一度、装置を見てみるジョー。
暫く眺めて、デバイスから装置を外す。そして通信デバイス下部のポートと装置のUSC端子を交互に見比べながら、納得いかないと眉を寄せた。
「三十二ピン端子と、第九世代の通信チップ・・・バイタル情報なんて複雑な信号、これで本当に送れるのか?」
疑問はもっともだと頷くニナ。
しかし自信に満ちた笑みを浮かべる。そして、ジョーの手の中にある装置を、指先でツンツンとつついた。
「勿論、そのままじゃ無理だよ。だから拾った信号はすぐに、単純言語に翻訳して暗号化する。そうすれば、こんなおもちゃでも信号のやり取りが出来る。暗号だろうがなんだろうが、抽出出来ればこっちのもんよ。多少時間が掛かっても、解読出来ればVOLTが分かる。」
限られた材料、
限られた手段。
挑むべき謎は、———超凶悪。
「まったく・・・メチャクチャな作戦だな。」
呆れ混じりの溜息をつくジョー。
言いながら通信デバイスに装置をセットし、イヤピースを両耳に挿入する。
「・・・あんたほどじゃないよ。」
すれ違いながら言うニナ。
軽く手を振り、ジョーはVOLTのコクピットへ向かった。ニナは反対に、メインコンピュータの方へ。アントニーをアシスタント代わりに伴って、VOLT稼働テストの諸準備を進めるのだった。
大きめのデスクに、山積みされた書類。図面。筆記用具。解体されたいくつもの機械と、そのパーツや沢山のネジ。そしてそういうものに追いやられて、キーボードが隅の方に置いてある。そんなデスクとチェアを取り囲むように、全部で五つ、大きなモニターがアームで固定されているのはニナの作業机。
傍らには、クローゼットのように巨大な、彼女のメインコンピュータ。あれもこれもと改造し、増設し、違法建築のように歪に肥大化した演算のバケモノだ。
———無数のケーブルが、鉄の箱同士を接続する。
それはあたかも、———神経網。
無数のパイプと、唸り声を挙げるいくつものファン。
空冷と水冷のハイブリッド式冷却機構である。アクセルを踏み込んで、トップギア。そうと聞き違えるほどの爆音を上げて、システムが起動する。透明な管の中を、半透明の青白い液体が循環する。
そうして、システムの安定を待つニナ。チェアにゆったりと座り、自分の通信デバイスでジョーと音声通話を繋げてみる。
「あー、あー。聞こえる?」
程無くして、ジョーの返事。
「ああ。こっちは良好だ。」
「よし、デバイスはちゃんと機能してるね。アントニー?」
チェアの回転を使って振り返る。
計器の確認を任されていたアントニーも、振り向きながら親指を立てた。
「大丈夫。今はジョーのものだけだけど、バイタル情報、ちゃんと受信出来てますよ。」
満足そうに頷くニナ。
「・・・だってさ。それじゃあ、ジョー、良いかな?」
「ああ、いつでも。」
ジョーの返事を聞き届ける。
今一度、モニター情報に目を通し、計器を確認。
感度良好。
準備万端。
エラー無し。
徹夜の成果が、試される刻———。
「・・・テスト、開始!」
「了解。」
返事を一つ。
ニナの号令を受けて、ジョーはVOLTを起動した。
多重のハッチが閉鎖され、装甲板がうなじの大穴を覆い隠す。
切れ長の両目は、高感度センサー。起動と共に薄緑色の輝きを宿す。そしてその閃光を皮切りに、巨人の全身各部に力が宿り始めた。
項垂れた頭部、———持ち上がる。
両腕の開手、———握りしめる。
片膝立ちの両脚、———巨体を持ち上げる。
猫背の上体、———凛々しく引き伸ばされる。
暫くの眠りから目を覚まし、赤銀の巨人が今日、再び立ち上がった———。
つづく




