第三十話『金腕のニナ その㉒』
大戦期の名残り、地下施設と大迷路。それは執拗なまでに、通路が分岐と統合を繰り返す大迷宮だ。そんな秘密の通路には、当然標識も照明さえもない。頼りになるのはレイモンド自身の、大戦時の記憶だけだ。ちょうどこのような通路に隠れ潜み、あるいは敵軍の施設に侵入して、幾度となく死線を超えてきた昔日の記憶。ただそれだけが、今は道標だ。
マルセルは、一◯三期衛生士訓練生。マーガレットとは同期だ。彼女と同様に、彼もまた歩行機の内壁に凭れ掛かり、座り込んで項垂れていた。ドッと疲れて、もう身体が動きそうにない。精神か、肉体か。あるいは両方が、この状況についていけないのだ。
「あり得るのでしょうか、こんな事って。」
項垂れたまま、青年は問いを呟いた。
呆っと眺めていた床の景色に、レイモンドの靴が映り込んだからだ。軍医は用事を後回しにし、青年の隣にゆっくりと腰掛ける。そして肩と肩を触れ合いながら答えた。
「戦場ではよくある事だ。民間で言うところの医療と、我々の仕事とはニュアンスが違う。兵士とは、成すべき事を成すしかないのだよ。」
それは、何度も講義で聞いた話だ。
戦場医療と民間医療は別物で、目的の根本が全く違う。人助けではないし、医者の使命とか、倫理的な動機で動くものでもない。そこが戦場で、所属が軍隊である以上、医療もまた戦術的行為だと、レイモンドは口酸っぱく講義で繰り返していた。
皆、———聞き流していた。
———マルセルだって、聞き流していた。
戦争無き時代に戦争の常識なんか語られても、何の参考にもならないと思ったからだ。士官の稼ぎが魅惑的だから。軍隊経験はその後の就活でも有利に働くから。話の種になって、同世代に自慢できるから。
およそ、そんなような動機で、だいたいの訓練生が志願していた。レジスタンスとの小競り合いがどこか知らない地域で起きているからって、他でもない自分が巻き込まれるなどと、思うはずがない。
増してや、———撤退戦を強いられるなど。
「・・・訓練キャンプって言っても、軍事施設ですよ。」
項垂れたまま、マルセルは続けた。
「兵器も実弾も揃ってる。訓練だってやってるし。なのに、あんな少人数で・・・あんな、博物館から引っ張り出してきたみたいな旧式で・・・」
『そういう事か』と。
レイモンドは納得して腕を組んだ。戦いは数、兵器は性能、戦略は予め傾向が決まっている。そんな戦争の常識を叩き込まれ、———裏切られたのだろうと。
「珍しくはある。しかし、あり得ないというわけでもない。いつの時代にもいるものだ、英雄という人種は。」
「いたんですか、昔も?」
顔を上げ、レイモンドに向き直るマルセル。
老軍医は僅かに眉を吊り上げ、溜息をついた。
「ピンと来ないか、———若いな。」
言いながら、何かを思い出すように目を瞑る
「例えば、我らが女王陛下、ヴァルハライア様。歳老いた今では見る影もないが、若かりし日のあのお方は、正に英雄の典型と言えるだろうな。」
それは、統一国家・同盟国がまだ、この世に存在しなかった時代。イグラ国、アイラ国、スコラ国の三カ国が独立して存在し、『三国大戦』と称して相争っていた頃の話。実に半世紀以上も遡る時代の事である。
曰く、戦場の白百合。戦乙女。勝利のヴァルハライア。イグラ国女王の玉座を継ぐ以前から戦場を駆け巡り、王位を継いだ後も戦い続けた勝利の女神。そして三国の垣根が消え、統一国家となった今では、彼女は同盟国の頂点に君臨する歴史の勝者だ。
華々しい勝利の足跡を公に疑う者はいない。しかし、その解釈は多岐に渡っている。
一騎当千、———と信じる者は、今では稀だ。
「・・・それは、戦略家として、お若い頃から優秀だったとか?」
マルセルの質問に、少し呆れた顔でレイモンドは首を振った。
「そうではない。いるものなのだ、バカバカしい程に強い兵士というのはな。そして、レジスタンスの連中が旗印にしているアハト・ゼム大佐も同じような人種だったそうだ。・・・あちらは、もうこの世にはいないがね。」
戦術も戦略も。兵器の性能差さえも。全てをものともせずに———あるいは利用して———勝利を掴み取る、戦いの天才。その脅威を目の当たりにして、なおもマルセルには現実感を感じる事が出来なかった。
彼の内なる世界は、訓練キャンプの外壁とともに打ち壊されたのだ。
バカバカしい程に強い———、
世の中には、———そういう奴もいる。
今はその事実を目の当たりにしただけで、充分な収穫なのかも知れない。
そんな思いを胸に抱いて、若い衛生士訓練生はもう暫く、座り込んだまま多脚歩行機の振動に揺られるのだった。
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———
投げたアックスが飛翔する。
ニナの頭上。贖罪の柱の真上だ。中央広場を横切ろうとしたナイトたちに、白銀の月牙が襲いかかった。
少女は、———瞬きも出来ずに見入っていた。
ナイトの頭部をかすめて、背後へ。しかし、狙いを外したわけでは無い。背後に控えたもう一機の胸板には深々と斧が突き刺さり、パイロットの命をも断ち切っていたのだから。
後衛だからと。
先に攻撃されるのは、前衛だろうと。
そんな常識は、刃の一振りで崩れ去る。
前衛のナイトのパイロットは、安堵と戦慄を同時に抱いて、モニターに表示された背面映像に釘付けになっていた。
見届けた事が、———命取り。
サビツキは既に、次の攻撃を仕掛けていた。弾丸のように飛び出した勢いはそのままに、姿勢だけを反転させる。真正面に飛び出た前傾姿勢から、腰部を回して、頭を後ろに。脚を前に。
何という動きだろう———。
ニナ・ゲッペルには、誰よりも奥深くまで詳細が視えていた。前傾姿勢から、寝そべるように身体を引き伸ばすポーズへの移行。重心は真正面に残して、慣性を殺さないように。
柔らかな布を絞るように、柔軟に。
パズルを組み替えるように、精密に。
しかし舞うように、ダイナミックに。
脈動する、人工筋肉。
回転する、関節モーター。
精密な、姿勢制御調整。
瞬間的に圧縮される、各部の油圧式スプリング。
装甲が透けて、全て視える———、
巨人を手繰る、———パイロットの手元さえも。
激突の瞬間、赤錆色の巨人は飛び蹴りの姿勢になっていた。轟音を上げて、二機の巨影が揺らめいた。
片や、———崩れ落ちて。
片や。———馬乗り。
打ち倒した騎士の腕から、サビツキはメイスを取り上げる。
抵抗はない。パイロットが一足先に事切れたのだろう。助かったと安心した矢先の、精神が最も無防備な瞬間の出来事だったのだから。
メイス、———背後から。
そして報復するように、更に二機。
間髪入れずに、ふた方向からサビツキに飛びかかる。
打倒したナイトに馬乗りになった、サビツキを狙った一撃。メイスの軌道は、バックパックに収納されたエンジンを狙ったものだ。サビツキが立ち上がろうとする動きに合わせて、騎士は必殺を誓った一振りを解き放った。
サビツキは、———防がない。
防ぎ得る武器———メイス———を持ちながら、サビツキはその凶器を受け止める動きをしなかった。
代わりに、姿勢は中腰のまま。軸足を中心に体の向きを反転する。コンパスで曲線を描くように、滑らかに。その動きで背後から放たれたメイスの一撃を潜り抜け、ギリギリ触れない距離感で凶器とすれ違った。
空振りしたメイスを振り抜いたまま、騎士は慣性にしたがって前傾姿勢。そこを見逃すジョーではない。すれ違いながら、サビツキは納刀した剣のように腰にメイスを宛てがう構えを取った。
下段に振り抜き、———掬い上げる。
僅かに脚を浮かせる攻撃。
足首と、脛から膝下辺りまで。それだけで良い。たったそれだけで、あとは独りでに『出来上がる』。
白銀の騎士は、くるりと。
前傾姿勢は、一瞬で仰向けの姿に入れ替わった。前後左右、上下さえも入れ替わったナイトのパイロットは、もはや何が起きたのかさえ理解出来ない。
そして、何をされたのかも分からないまま、側転の遠心力を纏った巨人の・・・
サビツキは無情に、———騎士の胸部を踏みつけた。
「あの倒れ方じゃ、中身はミンチかな・・・」
自ら回転して、操縦負荷を和らげる球形コクピット。人型兵器という乗り物を成り立たせる為の基本構造である。
しかし、そのセーフティーにも限度はある。バランスを崩してから接地するまでの、僅か一秒もないほどの『間』。その間に前後左右、上下さえも入れ替えるほどの複雑な錐揉み回転をされては、コクピットシステムの回転機構だけでは対応できない。
人体と、そしてコクピットシステムの限界を突いた一手。シンプルな動きに凝縮された、鮮やかで冷酷な殺人の技。
———少女は息を飲んでいた。
流れる動きで姿勢をくの字に。横倒しになったサビツキの頭上を、残り二撃のメイスが交差した。踏みつけられた胸部はそのまま挫滅し、サビツキの頭部の位置は、自然と一段下に降りていたのだ。
そしてメイスが両方共振り抜かれた頃、一機のナイトが背後へと吹き飛んだ。蹴られたのだ、軸足と反対の方で。
サビツキは更に、その軸足を反転。ドリルのように踏み潰した胸部装甲をすり潰しながら、もう一機のナイトに後ろ回し蹴りを突き刺した。
踏み潰される危険さえ、顧みずに———。
贖罪の柱から、———全く動かずに。
少女は戦いに見入っていた。機械とは、身体とは、これほど美しく動くものなのかと。如何なるパイロットも、如何なる兵器も、この赤錆色の巨人には届かない。
あの夜に見た『妄想の戦い』さえ、———この現実には及ばない。
「そうだ・・・!」
少女は、気がつけば叫んでいた。
「こんな場所・・・こんな奴ら・・・全部ぶっ壊しちゃえッ!」
激突する、鉄塊と鉄塊。
破裂する大地。
爆ぜる騎士たちと、吹き上がる爆炎。
———それでも少女の声は、曇天の戦場に響いていた。
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———
どれほどの間昏倒していたのだろうか。目が覚めると、周囲は真っ暗だった。定期的に、あるいは不定期的に、破裂音と突き上げるような振動が身を揺さぶってくる。
未だにぼんやりした頭で周りを見渡し、探るように身の回りを手でなぞってみた。
「うッ・・・ぺっぺっ!」
口内に感じた、固くて鋭利な何か。
味はなく、また妙に軽い感覚がある。嫌な予感が脳裏を過って、青年は急いでそれを吐き出した。
「・・・硝子、片?」
目が慣れてきたのも、だいたいこの頃。
こうしてアルベルト・フーバー訓練生は、ようやくここへ至るまでの顛末を思い出した。
「そうか・・・僕は、負けたんだっけな・・・」
言いながらシートのリクライニングを可能な限り倒す。両腕を頭の後ろに組んで、大きく深呼吸して戦闘の余韻を背中で感じていた。
コクピットの内装は、大きくひしゃげて歪んでいた。波打つように盛り上がり、くの字に凹み。その延長上には、その大部分が砕け散ったモニターが見て取れた。口内の硝子片もこれだろう。コクピットが半壊した時の衝撃で、飛び散ったモニター硝子が口に入ってしまったのだ。
操縦桿も、コントロールパネルの、何もかも。潰れて、飛び出て、歪んで、千切れて。
「ハハ。これで、よく無事だったな・・・」
乾いた笑いを一つ。両脚を擦ってみる。
最後に見たのは、アックスのひと振り。頭部カメラを狙った一撃だ。弧月の白銀は、ストロボのように。眼球も脳もしっかりと認識していたのに、身体だけが追いつかなかった。何をするより先に、カメラ映像はブラックアウトしてしまったのだ。
「上手かったな、アレ。」
シート付近の足元にあるはずのレバーを探りながら、ぼんやりと呟く。
気付かぬ間に、ライトアームを破壊された。それをアラートでようやく認識し、驚く暇もなく腕を引きずり出された。
そして、———右舷からの斬撃。
とっさに防ごうとするなら、右腕で———、
———しかし、その右腕はもうない。
人体に備わった『条件反射』という『APS(Automatic Pilot System)』。
それさえも戦術に組み込んで、実用レベルにまで昇華する戦士。それは、天才と呼ばれたアルベルト訓練生を以てしても、あまりにも想像の埒外の存在だった。
最強、
無敵、
天才———、
そんな称号が、———聞いて呆れる。
「お、あった。」
遂にレバーを発見し、引いてみる。
幸運にも、このレバーは破壊の影響を受けていなかった。コクピットハッチを開放する、手動レバーである。電気を用いず、油圧と空気圧を利用してハッチを開く仕組み。何らかの理由で致命的にパワーダウンして、閉じ込められてしまった時の脱出手段である。
ガリガリと、何かが引っかかって激しく摩擦する異音。コクピット自体がぐるりと回転し、角度を修正する。正面装甲と一体化した、外部ハッチへと道を繋げる為だ。
ゴンッ———、大きな音。
「・・・ダメか。」
そんな予感はしていた。
昏倒していた直接の理由は、サビツキによる当て身の攻撃だ。その正体をアルベルトが知る由はないが、大方の想像はつく。コクピットハッチはその時に潰れてしまったのだろう。それで変形したハッチは、あちこちが干渉して開きそうにない。
コクピットから出て、ハッチの方へよじ登ってみる。頭は通りそうだが、肩か腰で詰まってしまいそうな、微妙な隙間が開いていた。たったこれだけでも、全く開かないよりはマシだ。ハッチを閉め切った状態ではいずれ酸欠で窒息してしまうし、長い目で見れば救助される可能性も、外部との接点があるか無いかで格段に変わるからだ。
そこから見えた映像は———、
———圧巻の一言。
「やってるねぇ・・・サビツキ。」
思わず呟いていた。
言葉を口にした事さえ気付かないほど自然に。
跳躍、———空中回転。
こんなものでは、もう驚かない。やれと言われて出来るような芸当ではないが、それぐらいはやるだろうと、思考が異常に慣れつつあった。
四方八方からのマシンガン掃射。それを受け流す、摩訶不思議な軌道の錐揉み回転。そうして空を駆け抜けたサビツキは、マシンガンを構えていたナイトの内一機の上半身に跳びついた。
頭部を捕まえて、———パンッと。
落下のエネルギーをも活用して、両手でナイトの頭部ユニットを握りつぶす。
そうして大の字に倒れた首無しナイトを蹴飛ばして離れる。そしてその動きで、背後からメイスを振り抜いた別のナイトの懐に滑り込んだ。敢行したのは、背負い投げ。メイスを振り抜く動きをそのまま利用する。首元から真っ逆さまに叩きつけた先は、今しがた倒した首無しナイトのコクピット。
その末に手を離れたメイスを強奪し、次の標的に狙いを定める。
アルベルトは感動していた。
敵ながら、なんと美しい動きだろうか。
攻撃、
防御、
受け身、
受け流し。
独立したはずの行動が、全て一つの動きに矛盾無く統合されている。
———それだけではない。
サビツキの動きが、サビツキの周りの動きをも決定づけている。
それは、あたかも一つの『体』を成すように。
攻撃を仕掛け、仕掛けられ。
防いで、
いなして、
躱して、
反撃して。
サビツキ、ただ一機に限った話ではない。
その戦場で戦う者全てが、知らず知らずの内にサビツキの都合に合わせてしまっている。戦いそのものが、一つの流れを成している。攻撃と回避、防御と反撃。その繰り返しと、応酬。とっさの動きまでもが、大きな塊の一部として組み込まれている。
———こんな戦い方もある。
それを、———実践するヤツもいる。
生きて、
目の当たりにして、
体験して、
理解して。
なんて、贅沢———。
なんて、僥倖———。
『最強のパイロット』と称された青年は実に晴れやかな気持ちで、殲滅されゆく仲間たちを見送っていた。
行くべき道、目指すべき場所、———理想。
身に余るほど大きな収穫を得て、敗残兵はもう一睡でもしておこうと、ハッチからシートの方へ戻って行った。
———
—————
———————
『最強』も、『空想』さえも超越するモノ———。
何もかもがメチャクチャで、
なのに全てが、合理的。
それは、
まるで———『■■』。
———やがて、炎も下火に。
———やがて、粉塵も晴れ行き。
———やがて、視界は開けて。
そこには、ただ一機のみ。
互い違いに倒れ伏した騎士たちの丘の上。
無造作にバラ撒かれた、メイス。
マシンガン。
シールド。
腕、脚、頭、黒焦げた大きな抜け殻・・・
そういう物を踏みつけて、———赤錆色の巨人が屹立していた。
一歩、また一歩と歩を進め、巨人は中央広場に戻ってきた。センサーの有効圏内にも、恐らくはその向こうにも、もう敵と呼べるものは存在しない。もはや意味を失ったメイスを投げ捨てて、巨人は贖罪の柱の前にやって来た。
赤錆色の巨人を見上げるニナと———、
———みすぼらしい装いの少女を見下ろす巨人。
そうして暫く見つめ合うと、巨人は片膝を折って腰を下ろした。
頭部は項垂れ、各関節部から力が抜けていく。それはまるで、生気を抜かれたかのように。そして駆動音を上げて、胸部のコクピットハッチが開放された。
現れたのは、———青年。
機神の如き戦いぶりを見た後では、やや拍子抜けな体格だ。目算で、身長百七十センチメートル前後と言ったところか。雑に切り揃えた髪は、無造作なウルフカット。服装は、黒いタンクトップに無骨なアーミーパンツ。洒落っ気の一つ、何かワンポイントの装飾もない、地味な装い。しかし、一番目を引くのは全身にびっしりと刻み込まれた古傷だ。食い千切られたような、不定形の傷。刃物による切り傷。弾痕だろうか。丸い穴のような古傷も散見される。
その肉体は、いったいどのようにして鍛えたのだろう。露出した両腕と胸板だけでも、その五体が酷く人間離れしているのが見て取れた。人と言うよりはむしろ、獣のような。
先に声をかけたのは、青年だった。
無骨で、抑揚のない。いたくぶっきらぼうな声だ。
「逃げないのか、———死ぬぞ。」
「———ううん。死なないって分かってた。」
小さく首を振って、また青年を見上げるニナ。
それが二人の、ニナ・ゲッペルと後の『ジョー・ザ・スクラッパー』の、奇妙で数奇な出会いだった。
そして、決着の刻が訪れた。刃を打ち合わせる者はもういない。射撃の音も、もう聞こえない。最後の最後まで響いていた爆音はジャゴの胸部ガトリング砲によるものだったが、それさえも鳴り止んで久しい。
その身を力強く固定し、胸部ハッチを開放して撃ち放つ胸部二百ミリ徹甲弾連射砲———通称『胸部ガトリング砲』———は、今となっては実戦で使われる方が稀な武装だ。地上戦艦が戦場の主役だった頃の異物。機動兵器同士の戦いでは、火力の恩恵より動かない的になる不利の方が大きい。
そんな胸部ガトリング砲にも、役割はまだある。それは不相応な大口径と、過剰なまでの総弾数を活用した、無差別広域破壊である。ドックも、宿舎も、それ以外の建物も。施設という施設を薙ぎ払い、平らに均していく締め作業。
陥落した軍事施設が簡単には復活出来ないように。徹底的に破壊し尽くすのが、今日における胸部ガトリング砲の役割だ。
それも終わり、———レジスタンスの兵士たちは帰路についていた。
「ジョー!お姫サマを拾ったんだって?」
味方からの通信が、ホルダーにセットされた通信デバイスから再生された。
狭いコクピットで、狭そうに揺られる二人。ジョーとニナ。青年は横目で通知画面を確認し、一瞥してから正面に向き直った。彼の膝に乗った少女も画面を見ると、青年の反応を注視する。
「隅に置けないな!澄ました顔して、やる事やってるってか?」
次いで、通信。別のパイロットだ。
しかしジョーは、もう画面を一瞥するだけ。ただ黙って操縦桿を傾け、時折ペダルの踏み込みを深めたり、戻したりしている。
「おい、何黙ってんだよ。気に障ったのか?」
「・・・ちょっとした冗談だろ。ほんと話出来ないヤツだな。」
更に、矢継ぎ早に響く通信。
声だけで、新入りへの嘲笑が目的だと感じ取れた。フレンドリーに偽装しているのが、なおさらタチが悪い。ニナが最も嫌うタイプの『先輩風』の吹かし方だ。
———それしかないのだろう。
パイロット技能では、きっと誰も及ばない。
それを頼もしく思う者がいれば、脅威に思う者もいる。単純に気に食わないので、良しとしない者もいる。それは、社会が社会である以上、仕方ないことなのかも知れない。
「ふーん。こういう時、言い返さないんだ。」
古傷だらけの横顔を呆っと眺めながら、自然とニナは青年に尋ねていた。
「まあな。」
真っ直ぐ向いて、やはり抑揚のない声が気のない返事をした。
そして僅かに視線を落とし、先を続ける。
「・・・気の利いた言葉なんか、知らないしな。」
「ぷっ、なにそれ。」
思わず、———笑ってしまった。
ジョーの言葉も。本当に困ったような眼差しも。そこに嘘はないと、何よりも雄弁に示していた。この青年は本当に『どう言い返したら良いか分からないから黙っている』のだ。寡黙とか、大人とか、そういうのではなく。
それがなんとも可笑しくて。愛おしくて。ニナは通信デバイスを手に取っていた。
「さっきの二人、名前ぐらい知ってるでしょ?繋いでよ。」
「なんで。」
訝しんで眉を寄せるジョー。
「いいから。」
しかし、ニナは引き下がる様子がない。
しょうがないのでジョーは渋々デバイスを受け取り、先ほどの二人に音声通信を繋げた。
「な、なんだよ・・・?」
「冗談っつってんだろ!」
不安そうな声と、不満そうな声。そんな声を聞きながら、ニナは大きく息を吸い込んだ。
「・・・羨ましいだろッ、バァーカッッ!!!」
そして二人の鼓膜を打ち破らんばかりの大きな声で、それだけ言って通信を切ってしまった。
つづく




