第二十九話『金腕のニナ その㉑』
死屍累々———。
半壊した中央棟と、メチャメチャに踏み荒らされた中央広場。屹立した贖罪の柱は、あたかも何かのモニュメント。その広場を囲う多くの建物の一つに、腕なしのジャゴがめり込むように凭れて座り込んでいた。
知識の上では知っている。ここ十数年の間のらりくらりとやっていたレジスタンスに、近年補充されたばかりの『新世代』。
その中には、———『怪物』がいると。
しかし、こうもあからさまに怪物的だったとは。
救われた側だと言うのに、パイロットは手の震えを抑えられない。それでも感謝ぐらいは伝えようと、男は通信デバイスの画面を指先で操作していた。
「助かったぜ。えっと、ジョーくん・・・だっけ?今度ばかりは、俺も年貢の納め時かと。」
通信デバイスが鳴った。
仲間なのだろう。ベルナルド・モーガンと表示されている。ジョーと呼ばれたパイロットは、表示された名前を見てもピンとこない。他人の名なんていちいち覚えていないからだ。しかし文脈から、概ね想像がついた。恐らくこれは、倒れたジャゴのパイロット。
ジョーは少し考えて、デバイスのマイクをオンに切り替えた。
「そこの柱の辺りに民間人がいたはずだ。収容出来そうか?」
ベルナルドは戦慄した。
民間人がいたとは、全く気が付かなかった。ジョーにはいつから見えていたというのか。そして戦いを回想し、再び新たに戦慄する。
気遣っていたのだ、———この『怪物』は。
———広場の柱に、近づきすぎないように。
———敵を無闇に、爆発させないように。
———コクピットへの攻撃を徹底して、マイクロ原子炉は傷つけないように。
『そんなのありかよ』———、
なんて思いを、———噛み殺して。
「いや、無理だ。ハッチをやられちまってる。」
ベルナルドは、ただ事実だけを伝えた。
事実として、度重なる被弾で正面装甲は激しく変形していた。歪に押し広げられた装甲板が互いに干渉し、コクピットハッチの開放運動を妨げてしまうのだ。こうなっては、修理ドックで装甲板そのものを取り外す他ない。
「了解。」
それだけ言って、ジョーは通信を切った。
収容できないなら、仕方ない。簡易マップを見る限りでは、周囲は既に十六機のナイトたちに包囲されている。一見するとバラバラに、満遍なく配置された陣形だ。しかしジョーには、およその戦略が読み取れた。
戦えないなら戦えないなりに役に立って欲しいところではあるが、出来ない事を無理強いしても意味がない。
出来る事を、
成すべき事を、———成すしかない。
今出来る事とは、殲滅する事だ。
敵機がこの広場に踏み入る前に。敵機がこの広場を、あの中央の柱を砲撃する前に。一機残らずナイトたちを殲滅する。それが、ジョーに導き出せる最善手だった。
動き出したサビツキ。包囲網もまた、それに合わせて揺らいだ。
陣形は三層構造になっている。大盾を並べて壁を作る役割が、内側から数えて一層目。壁の向こうからマシンガンで援護し、三層目を守る役割の二層目。そして、ネメシスボウで必殺を狙う三層目。
見え透いている———。
最内円が八機、
中間と最外部がそれぞれ四機。
何を狙っていて、———何を守りたいのか。
あまりにも分かりやすく、
あまりにも拙い。
その思惑に乗ってやろう。
そうとでも言わんばかりに、サビツキと呼ばれた機体が駆け出した。自滅を選ぶかのように真っ直ぐに。
———盾持ちのナイトへと突進する。
困惑しながらも、マシンガンを構えるナイトたち。しっかりと全身をシールドの裏に隠し、銃口だけを覗かせる。完全防御陣形だ。精密射撃は望めないが、元より狙っているのは濃密な弾幕。射撃の精度は二の次だ。
射撃、開始———。
一斉に撃ち放たれた銃弾の豪雨は、鉄鉛の壁が迫ってきているかのよう。
濃密な銃弾の壁に隙間はない。前後左右、どこへ逃れようと逃げ場はない。そして、味方の流れ弾は全て大型シールドで防がれる。完璧な布陣である。
しかしジョーが逃れたのは、———上。
第一層のナイトたちを、ジョーのサビツキは事もなげに飛び越えた。
完全防御と完全無欠とは、意味合いがやや違う。完全防御陣形を取る事で、盾の裏から狙える射角は大きく制限されるのだ。命中精度を落としてしまう原因もそこにある。
視野の狭窄と、射角の制限。それが、完全防御陣形最大の弱点だ。
「まずは、いち。」
難なくナイトの壁を飛び越えたサビツキは、既にナイトの背後を取っていた。
カウントを一つ。呟くと同時に、振り返りざまにナイトのバックパックを一閃する。白銀を照り返す湖月の刃が、ナイトの背部ブースターを切り裂いた。装甲直下のプロペラントタンクから吹き出したのは、高密度に圧縮された液状燃料だ。
引火しながら飛沫を上げ続ける様は、あたかも炎の翼。
「・・・そら、よッ!」
そんなバックパックの巨大な穴、乱雑に引き裂かれた大きな亀裂。概ねそのような場所に指をかけ、サビツキは背負い投げを敢行する。
狙いは、二層目を成すナイトたちの列である。広場からは更に遠く。そこならば問題ないだろうとの判断だ。
投げられて暫く飛翔したナイトは、やがて放物線の佳境に至る。仲間たちの上に覆いかぶさる巨人は、誰が見てももう分かる———大型爆弾だ。
理解した頃には、———手遅れ。
損傷したプロペラントタンクから吹き出す燃料。当然、体内にだって侵食していく。炎を纏った燃料の侵食は内部構造を容赦なく焼き払って破壊し、高熱の炎は急激な空気の膨張を誘発し、体内から生じた外への圧力が堅牢なフレームをも軋ませる。
そして、———衝撃。
———落下の衝撃。
それが最後のピース、開始の合図だ。
ナイトの心臓部、マイクロ原子炉。
従来の人型兵器に用いられたジェネレーターとは一線を画す、大出力のエネルギー供給源である。
「風穴を開けてやる・・・!」
地上戦艦の動力源に用いられる『小型原子炉』の、さらなる小型化。ナイトシリーズを共同開発した二社の、技術力の極地とも言うべき芸術作品だ。
胸部に収まる程度の大きさでも、出力は十一万キロワット。そんな桁違いのエネルギーを秘めた構造物が、轟音と光とともに中のものを解き放った。
そうだ。狙いは、穴。包囲陣形を潰す最も手っ取り早い方法は、包囲網に穴を開けてしまう事。陣形はそこから勝手に崩れていく。
後衛のナイトたちが、慌ててネメシスボウを撃ち放つ。
しかし、その狙いは見え透いている。対GS戦に於いて、狙うべきポイントの定石は決まっているからだ。
GSの弱点とは、概ね以下のように大別される———:
第一にコクピット。パイロットへの攻撃は、最短最速で敵機を沈黙させる手段だ。たとえ絶命に至らないとしても、失神や昏倒、骨折や内臓破裂などの外傷など、操縦不能に陥らせる方法はいくらでもある。その意味では、操縦系の物理的破壊も充分有効だ。
第二に狙うべきはジェネレーターやラジエーター。ブースターやスラスター、あるいは頭部ユニットなど。言うなれば、体外に露出したGSの内臓である。厳密な弱点は、その種類も位置もモデルによって千差万別だが、破損する事によって性能を著しく低下させるだろう。
そして第三に、各部関節。数十トンの巨体にアクロバットさせる事を想定した部位なので充分堅牢に作られている事は間違いないが、破壊できれば大いなるハンデを背負わせる事になるだろう。しかし関節部をピンポイントで破壊可能な手段があるなら、その威力でコクピットを粉砕した方が確実である。
———それだけ分かれば、守りは容易い。
サビツキのパイロットには、次に狙われるポイントがよく分かる。
無造作に走っている時でさえ、ジョーには機体の様子が事細かに見えているからだ。今狙い易いのは、肩か膝か。右か左か。どのタイミングで胸部正面のコクピットハッチが敵の射線に引っかかり、背部エンジンはどの方向から最も撃ち易いか。
頭部のカメラユニットも捨てがたいだろう。
『今だッ———!』
———幻聴する。狙いはコクピットか。
『そこだッ———!』
———再び、幻聴。今度は右膝。
『当たれッ———!』
———それは願い。再び、コクピット狙いだ。
全て聞こえる。
何せ、———『そう』と仕向けているのだから。
走って向かう先は、依然として真正面。依然、変わりなく。
しかし、正中線を僅かに傾ける。それだけで『点』の攻撃である射撃は当たらない。サビツキの背後から、断裂した点線のようなマシンガン射撃が通り抜けていく。背後からの、背部エンジンを狙ったマシンガン掃射である。
すれ違いに、その射線と正面からの射線が交差した。十字を描いて行き違うのは、サビツキのコクピットを狙ったネメシスボウの射撃だ。高速回転する螺旋の矢が、回転速度を維持したままサビツキの胸部装甲とすれ違った。
そうして避けた先には、ネメシスボウのもう一射。膝を狙った一撃だ。
これは、———避けられない。
しかし、狙い目はよく分かっている。
サビツキはアックスの刃を下段に滑らせ、難なく螺旋の矢を弾き飛ばした。それはあたかも、山の獣道で邪魔な小枝を払いのけるかのように、———当然に。
そうして、———前後左右。
ナイトたちはサビツキが見せた『隙』を目敏く見つけ、その『点』を寸分たがわず撃ち抜いていく。
如何にパイロットが未熟でも。
精神がやられていても、
前後不覚でも。
撃ちさえすれば、ナイトの弾は『そこ』に当たる。———APSによる補正の成せる技だ。
だから、———当たらない。
APSが観測する『サビツキの隙』とは、ジョーが意図的に演出している撒き餌に過ぎないのだ。パイロットには、それを『餌』だと読み解けるだけの経験がなく、機械には『餌』だと理解するだけの知能がない。
だから、———一発たりとも当たらない。
躱し、
弾き、
やり過ごし。
錆色の死神は、気付けば眼前に———。
その先は、———後の祭り。
近接戦闘に持ち込まれた射手たちに、抵抗らしい抵抗は出来なかった。身をかがめて、最後の射撃を避けるサビツキ。ほとんどゼロ距離でも、狙いが分かれば当たりはしない。
そして、屈んだ姿勢は準備である。リボルバーガンならば、撃鉄を持ち上げる事と同義。ショットガンならば、ポンプアクション。剣術ならば、それは抜刀にも等しい行為。
では、サビツキなら———、
爆音。
そして砕けた大地から、無尽蔵にも思える粉塵が吹き出した。
そう、サビツキは『そこ』にはいない。噛み砕くようなジグザグの軌道で、全四機のナイトたちの懐を通り抜けてしまったからだ。
———ネメシスボウを盾にする者がいた。
———飛び退こうとする者がいた。
———ネメシスボウで狙い続ける者もいた。
全て、———遅い。
サビツキは大地を蹴って飛び出し、空中で身を反転させた。五十トン超の総重量と、加速による相乗効果で威力が跳ね上がったアックスのスイングは、名実ともに必殺の一撃だ。
発生は電撃的に。動きは小さく、しかし強烈に。かくして斧の刃は魔物の牙と化し、容赦なく装甲を噛み砕いた。コクピットハッチを兼ねた、胸部正面の装甲だ。容赦なく押し入って来た刃は正面モニターを突き破り、操縦桿を押しのける。そして、柔らかな肉を磨り潰した。
赤錆を帯びた巨人は、握ったアックスを離さないまま。当て身と跳躍の合わせ技で、敵機の方を押しのける。その巨体から斧を抜くのではなく、斧に纏わりついたナイトの死骸を、エモノから離れるように吹き飛ばしてしまうのだ。
そこで、———方向転換。
コンマ数秒の惨劇を、次の犠牲者にも繰り返す。
吹き飛ばされた残骸が大地と対面する時、それは次のナイトがコクピットを噛み砕かれた時だ。深々と突き刺さった斧刃が相も変わらずパイロットをすり潰し、ジョーは次の獲物に狙いを定めていた。
そうしてバラ撒かれた敵機たち。
都合四機、全て絶命。爆裂して未だ燃え盛るナイトの黒煙と、舞い上がった砂塵の白煙が交差する。
これでは、視界劣悪。熱源探知もろくに機能しない。
最高のシチュエーションだ———。
頼りになる『目』は、もはや心眼のみ。
モニター映像でも、センサーやソナーでもない。更新が一歩遅い、簡易マップ上で明滅するポイントマーカーなど言うに及ばず。霧靄の僅かな切れ目裂け目から覗く敵の断片を掻き集め、『殺意』という目で視界を捏造する。
切り裂き、
砕き、踏みつける。
投げて、
奪い、叩きつける。
一機、また一機と、白黒の闇の中で騎士たちが死んでいく。
目にも映らず。音にも聞こえず。抵抗を試みた時、逃亡を試みた時、サビツキの刃は既に命に届いていたのだ。
「残りは、———あと何機だ?」
若きパイロットは鋼の身体で、次の標的を見据えていた。
———
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———————
今にも崩れ落ちそうな、石の天井。ここは地下の貯水大空洞。しかし水を抜いた今、この場所は別の用途で使われている。真っ暗闇を、ポツポツと点在した明かりが照らし出す。床のあちこちに配置された簡易照明が、マットとマットの隙間を縫っていた。
「痛ェ・・・痛ェよぉ・・・」
「水・・・誰か・・・!」
「足!誰か、俺の足・・・返してくれ・・・!」
そんな声が、あちらこちらから響いてくる。マットの上に横たわって、最低限の応急処置を受けるだけの負傷者たち。
ここに運び込まれて来るのは、そんな連中ばかりだ。
「おーい!こいつも診てやってくれ!出血が酷いんだ・・・!」
地上から、また一団がやって来た。
目算で四、五人。パイロットスーツの訓練生を伴って、上階からの階段を慎重に下っていた。彼らが抱えている青年は、全身汗だくのびしょ濡れだ。顔は真っ赤で、酷い発熱が見て取れる。叫び疲れて、喉も発声の機能を失っていた。
そんなパイロット候補生は、両膝の先が無くなっていた。
「お前ら・・・」
そんな訓練生たちの元に、白衣の訓練生が駆け寄ってきた。
泥と砂埃で汚れた茶色、乾く暇もなく継ぎ足される真紅。彼が纏う上着は、白衣とはもはや名ばかりだ。そしてその表情は、諦めとも苛立ちとも知れないものだった。
「お前ら見て分からねぇのかよ。いっぱいなんだよ、寝床はどこも!それを・・・こんな状態の奴、連れて来やがってッ!」
苛立ちは、次第に声にも言葉にも侵食してきた。指先で指し示した先には、数え切れないほどの負傷者たちが横たわっている。
しかし、言い終えるのが僅かに先か。白衣の訓練生は、駆け寄ってきた別の白衣の訓練生に殴られてしまった。
「何言ってるの!?マルセル・・・見損なったよ!」
宿敵を睨むような目だ。
しかし、マルセルと呼ばれた青年は臆さずに続けた。
「じゃあ言ってみろ、マーガレット!どこに寝かせる?酷い傷だよ、止血も必要だ!なのに、包帯も薬も使い切っちまった。制服を破いて巻き付けるのが精一杯だ!」
そう言われては、マーガレットも黙るしかない。マルセルが指差した先、横たわる負傷者たちの方を見ないのは最後の抵抗か。
そんな二人の前に訓練生たちは膝をつき、涙ながらに訴える。
「頼むよ!こいつだけ、最後に一人だけ!」
一人、また一人と、膝を折って手をついた。
「やっとの思いでコクピットから引っ張り出したんだよ・・・」
「もう誰も来ないように、上のドア押さえて奥から!・・・なあッ!」
白衣の裾を掴み、必死に訴える訓練生たち。
それでも、何も変わらない。跪いて頼まれたところで、包帯も薬も増えるわけじゃない。寝床だって、これ以上都合出来ない。
マルセルも、マーガレットも、どうしようも出来ずに立ち尽くすしかないのだ。
そんな葛藤は、この一件限りではない。この地下空洞の、そこかしこで似たり寄ったりの問題が起きていた。治療できる限界はおろか、収容できる限界さえとうに超えている現状。この場の責任者、最高位の階級を持つ者は、決断の瞬間を迫られていた。
レイモンド・ノルトン大佐は軍医である。この第一〇〇八番新兵訓練キャンプにおいては衛生士課程に進んだ訓練生の教官を務め、半ば隠居済みの老兵として後進の育成に励んでいた。
老兵とは言え、———大佐。
今は、ここでは、レイモンドが最高指揮官だ。
こんな状況は、大戦の頃ならいくらでもあった。老人は昔日の日々を思い出して椅子から立ち上がる。そして冷徹に辺りを見回し、大きく息を吸った。
「・・・注目ッ!!」
大きな声が、大空洞を揺さぶった。
衛生兵候補の訓練生たちも、それ以外の負傷者たちも、その号令一つで動きを止めた。物静かで温厚なレイモンドが、こんな雷のような号令を出すものとは、誰も夢にも思っていなかったのだ。
「この場にいる、全衛生士に告ぐ!地下通路の前に、二台の輸送用多脚歩行機が用意してある。十分だ。持ち込み自由。各自の判断で十分以内に分乗し、この大空洞から撤収する!」
命令が、———訓練生たちの脳髄を駆け抜けた。
それはなんて、従い難い命令か。
マルセルは静かに目を伏せ、震える程に拳を握った。対照的に、声を上げたのはマーガレットだ。
「ノルトン大佐!承服しかねます!」
靴音を立てて、掴みかかろうとレイモンドの方へ歩きながら畳み掛ける。
「戦いはまだ続いてる!怪我人だって、運び込まれてくる!なのに、撤収だなんて・・・無責任にも程があります!」
そして老軍医の白衣を両手で掴み、声を上げた。
「あなたは、———それでも医者ですかッ!」
大空洞に響いた声。明らかな反抗。
しかし、責めるものは誰もいなかった。皆少なからず、心は同じだった。
「・・・この地下施設は、まだ暫くは安全だろう。」
静かに。通常の講義をするような口調で、老軍医は話し始めた。
「こういった地下の施設や通路は、正に大戦期の名残りと言うべきだろうな。こういう迷路が秘密の通路として、権力者を逃がす為の避難経路として、どこの施設にも用意されているのだ。」
マーガレットの腕を払いのける素振りはない。
しかし、問いへの答えとも言い難い。未だに反抗的な視線を崩さず、掴んだ白衣の襟を離さず、マーガレット訓練生は軍医レイモンドを真っ直ぐに睨んでいた。その視線を真っ向から受け止め、レイモンドは話の先を続けた。
「秘密とは言え、魔法の力で隠されて居るわけでは無い。いずれレジスタンスどもはここを発見し、攻め込んでくる。それは、避難所の存在も、退路さえも敵に教えると言う事だ。」
ギロリと、———レイモンドは眉間にシワを寄せた。
「命を守れと、そう言いたいのだろう。疲れ切った衛生兵十数名の力で、指一つ動かん負傷兵十数名。守り通せるものか。」
マーガレットの両手が震える。
その両手は握力を急速に手放してしまい、ただ力なく白衣に引っかかっていた。それでも、諦めきれないと。涙を溜めた真っ赤な目が、滲む視界でレイモンドを見据えていた。
「マーガレット訓練生よ。私の講義で、最初に教えた事を復唱してみよ。」
———それは、誰もが聞き流していた言葉。
訓練キャンプという異常な世界に蔓延る、誇張や恫喝の類いだと信じていた。
震える唇で、マーガレットは言葉を絞り出す。
「私たち、衛生兵の・・・任務は・・・」
下唇を噛んで、顔を伏せる。
レイモンドと目を合わせられないのは、この表情を見られたくないから。必死に下唇を噛んでいるのは、その先の言葉を言いたくないからだ。
———サクッ、と。
遂に前歯が、マーガレットの唇を噛み切った。
「任務・・・は、・・・・生かす兵士と、殺す兵士を・・・・・選別する事です。」
膝を折り、崩れ落ちるマーガレット。手をついたまま。項垂れたまま。衛生兵の卵は、血と涙の雫で石畳を濡らしていた。
そんな彼女を責めることはせず。しかし、これ以上彼女に構う事もせず。レイモンドは冷静に指示を出し始めた。
「命令に変更はない。第一班から四班までの動ける者は、爆薬のセットに取り掛かれ。発破の基礎は訓練で学んだはずだ。それ以外の衛生士訓練生は順次、負傷者を運び込む作業に当たれ。選別は、各自の判断に一任する。」
それだけ指示して、レイモンド自身も負傷兵を輸送用多脚歩行機に運び込む作業に取り掛かった。
そう、———明かす訳にはいかないのだ。
ここに地下施設網がある事も、
それが健在という痕跡も、
その先に、退路がある事も。
何を犠牲にしたとしても、隠し通さなければならないのだ。
そうでなければ、———皆等しく死んでしまうのだから。
輸送用多脚歩行機。それは、蛇腹構造のバスのような乗り物。大型でありながら、迷路のような狭い地下通路を難なく踏破出来る乗り物だ。
車両と違ってタイヤを廃し、ムカデのような多脚構造を採用しているのが最大の特徴。悪路や不安定な地盤は勿論の事、水中でも脚を器用に使って泳いでしまう。極めつけは、崖の走破性。ある程度の傾斜なら、それこそムカデのように壁を這って昇り降りしてしまう。
この高山地帯において、こと走破性に関しては、同じサイズでこれ以上の乗り物は望めないだろう。
———歓喜があった。
———嘆きがあった。
———恨み節があった。
———謝罪があった。
そうして運び込み作業は終了した。負傷者は、実にその六割以上がマットの上に残された。叫んでも、嘆いても、ハッチを閉め切った多脚歩行機の中には、もう声は届かない。走り去る二台の鉄の虫を恨めしそうに見送りながら、負傷者たちはいくつかの時限爆弾と共に、暗い大空洞に取り残されていた。
やがて、———爆発。
二台の多脚歩行機はカシャカシャと特徴的な足音を立てながら、背後から響く瓦礫の音を聞いていた。その場に残していった負傷者ごと、大空洞が崩落して瓦礫に埋まった音である。
つづく




