第二十八話『金腕のニナ その⑳』
ウルススが奮戦する戦場から、何ブロックも離れた先。この場所にも名も無き訓練生による、名も無き小隊の戦いがあった。
深々と突き刺さった斧を、双銀の半球が照り返す。耐弾性、跳弾性を重視した特殊な胸部コクピットハッチも、研ぎ澄まされた近接攻撃の一撃の前には無力である。レジスタンスのジャゴは念入りに、自重を掛けて丹念に、巨大な騎士の息の根を止めた。
勢いよく斧を引き抜く。反動で起き上がらないように、肩をしっかりと踏みつけて。
射撃、———十字に。
ふた方向から同時に放たれたマシンガンの奔流は、タイミングも射角も完璧だ。
しかし、これは戦場に於いてもはや定石。決着の瞬間に生まれる『隙』も、そこが狙い目だという『戦術』も、狙うなら複数方向から同時にという『戦略』も、全て手練れには見え透いている。
ジャゴのパイロットが勢いよく斧を引き抜いたのは、むしろ訓練生たちに『射撃の合図』を送る為。スコープの中央に急所を映され、狙われているはずのターゲット。しかし戦場の主導権は、むしろターゲットが握っているようである。
屠ったナイトを足場に蹴って、背後に大きくひと跳びする。背負ったバッテリー水素ハイブリッドエンジンを狙った鉄鉛色の十字が、ジャゴの眼前で交差した。
間髪入れずに、もうひと跳び。弓なりに方向転換しながら、往生際悪く追い縋る銃撃をやり過ごす為だ。しかし、これは初撃とはわけが違う。狙い定めず、散弾のように散らした射撃。真正面から何発も受ければ装甲の限界も訪れようというものだが、単発の流れ弾が掠めて行く程度はどうという事はない。
カンカンという音。ジャゴのコクピット内に響いた反響音は、表面の装甲がマシンガン規格の九十ミリ弾を効果的に弾いている音だ。
技量は見えた、———訓練生レベルだ。
射線も視えた、———四時方向と九時方向。
———距離は九時の射手が僅かに近いか。
カンカン、———ギャリギャリッ!
ジャゴのパイロットは青ざめた。
この音は、『掘削』だ。
「『奇襲』という、戦場の『定石』。それを逆手に取るタイプの『定石』を、もう一段逆手に取る『奇襲』・・・頭が痛くなりそうだ。そうだろ、———ホンモノ?」
ニヤリと口元を吊り上げるアルベルト・フーバー訓練生。全ては彼の指示通り。
一人を見殺しにする事も。
マシンガンを敢えて外す事も。
マシンガンの九十ミリ弾に紛れて、『本命の矢』を打ち込む事も。
ネメシスボウの掘削する矢。
単発の射撃程度の攻撃なら容易に弾いてしまうジャゴの装甲が、この射撃だけは弾けない。高速回転しながら放たれた特殊合金製の矢が肩部装甲に食らいつき、火花を散らして肩の内部へと身をうずめていく。
それは、———さながら毒矢。
装甲の鎧を食い破った螺旋の矢が、内部の肩部モーターも、その周囲の人工筋肉も、ネジ切りながら破壊する。たった一射で、右腕の全てが機能不全に陥ってしまった。
その驚愕、
その焦燥、
その、意識の断絶。
それが、———アルベルトの狙い目だ。
「射撃、撃てッ———!」
指示を出しながら、隠れ家から飛び出すアルベルト機。ブースターによる跳躍、全ては敵の目を奪う為に。
指示に合わせて放たれたのは、再び十字の射撃だった。今度はジャゴの背後、退路を射線の交差で閉ざしてしまう。ジャゴのパイロットはもはや術中。立て続けの奇襲奇策で戦いの主導権をアルベルトに奪われ、ボタンでもかけ違えたように後手後手に回らざるを得ない。
「・・・そうだ。君は、斧で受けざるを得ない!」
興奮して叫ぶアルベルト。振り下ろされるナイトのメイスを、ジャゴのアックスが十字を描いて受け止める。
パワー勝負に持ち込まれては、およそ六倍ものエンジン出力差で勝るナイト相手に、ジャゴは万に一つも勝ち目は無いだろう。両機の拮抗は続かず、ジャゴは背後へ押し込まれる。一歩、そしてもう一歩後ろへ。
———左右からマシンガンで挟撃されるポイントへ。
単発の射撃ならいざ知らず。立て続けに九十ミリ弾の連続掃射を浴びせられたジャゴの装甲は、次第にボコボコと変形して対弾性を削り取られていく。
ネメシスボウの一撃で片腕を封じられ、満足な力も発揮できずにナイトのメイスを受け止めるジャゴ。挟撃するマシンガンの掃射は豪雨のように、装甲限界の瞬間をカウントダウンしていた。
万事休すか。
それとも何か、———起死回生の糸口が・・・
———そんな思考が、唐突に打ち切られた。
ギャリギャリとけたたましい掘削音を鳴り響かせ、ネメシスボウの第二撃がジャゴを貫いた。
バックパックの中に厳重に封じられた心臓部、バッテリー水素ハイブリッドエンジン。毒矢は心臓に深々と突き刺さり、内部を粉砕しながら突き進む。舞い散る火花は血飛沫の如く。電源を失った巨人は抵抗する事を止め、アルベルト機のメイスに押し切られてしまった。
そして大の字に倒れたジャゴは、力なく斧を手放した。僅かに吹き上がった砂煙が晴れると、仕留めた巨人の全貌が顕になる。
コクピットハッチの内側から覗く螺旋———、
喰い進んだ、———ネメシスボウの矢である。
「や、やったッ———!」
「俺たちの勝ちだ!」
「アルベルトさんのお陰だ!」
一つ、また一つと。勝鬨の咆哮を上げる訓練生たち。操縦桿を手放し、拳を握る。勝利の鉄拳を振りかざす。皆コクピットハッチを閉じきっていて、通信では音声しか聞こえないというのに。
全員が全員、互いの笑顔を幻視していた。全ては、『天才』の指揮あってこそだと———
「そうでもないよ。」
アルベルトはただ一人、勝利の美酒を素通りする。
「僕は特別な事なんて一つもしてない。せいぜい鍔迫り合いを演じただけだ。」
歓喜は過去。
静寂の中で、天才と呼ばれるパイロットは話の先を続けた。
「このやり方を繰り返せば、僕なんか居ても居なくても、君たちは問題なくレジスタンスどもを狩れるだろう。君たちの、さらなる奮戦に期待する。」
アルベルトは一人、激戦区から激戦区を渡り歩いて遊撃に徹していた。この小隊もまたその一つ。隊長機を務めていた教官を撃墜され、烏合の衆になりかけていたところに天才が飛び込んだのだ。そこから流れが変わった。
陣形は規則的なれど流動し。射撃は精密なれど、命中には拘らず。変幻自在の狩りで、戦士として何段も上手の相手を追い詰める。
それが、———天才が凡才たちに授ける刃だった。
「アルベルトさん、どこへ・・・!」
引き止める声。
しかし、アルベルトは振り返らない。
「敵が呼んでる・・・行かなくては。」
それだけ言って、アルベルトは小隊を残して行ってしまった。
キザな言い回しとは自覚しつつも、若き天才にはそういう確信があった。今回の奇襲攻撃をしかけてきたレジスタンスの部隊は、いずれも精鋭ばかりの集団だ。そしてその中には、頭一つ抜けた『魔物』が潜んでいる。
アルベルトは、その魔物に巡り合うのが心底楽しみなのだ。たった一人の遊撃隊として第一〇〇八番新兵訓練キャンプの端から端まで東奔西走し、苦戦に喘ぐ小隊を探しては乱入する。ようやく本気をぶつけられそうな相手が現れたと歓喜して。
マップ上のポイントマーカーが目まぐるしく動いている。激戦を繰り広げている証拠だ。
明滅するマーカーたちの指揮官を調べてみると『オットー・ラリエンタール一等軍曹』と表示されている。次なる戦いに胸を躍らせながら、アルベルトは接敵するより一足先に、交戦中の友軍とコンタクトを取ってみる。
「こちら一〇三期訓練生、アルベルト・フーバー。オットー小隊、応答乞う。」
隊長機、応答なし。
「ーー—ー——ーー‐‐‐ッ・・・」
呼びかける機体を変えてみる。しかし返答は、ノイズ。解読困難。
「お、おいッ・・・!?」
これまでになかった状況だ。
戦いの現場に急行しながら、通信をオープン回線に切り替える。混線のリスクがあるので作戦行動中は推奨されない行為だが、一人ひとり順に繋いで声を掛ける暇はない。
「アルベルト・フーバーだ!オットー小隊、応答せよ!応答せよ!」
なりふり構わない呼びかけに、ようやくノイズ混じりの声が帰ってきた。
「——ー—ーキがッーー‐‐‐なッーー—ー」
破砕音、
ノイズ、
破砕音。
戦闘、———否、殲滅だ。
アルベルトは必死に、言葉の欠片を脳内で寄せ集めていた。いったい彼らは、何を伝えようとしているのか。
右手にまだ見ぬ強敵への期待を。左手には怨敵への怒りを。相反する感情を同居させ、アルベルトはブースター出力を一段階引き上げた。
「——ーー‐‐—ー——サビツキめッーー—ー。」
『サビツキ』———それはただ一つの、言葉らしい言葉。
敵の名だろうか。
名付けたのは、恐らくオットー隊。それももうこの世には居ない。明滅していたマップ上のマーカーは、綺麗さっぱり無くなってしまったのだから。移動にかけた僅か二、三分で、ナイト五機からなる小隊を殲滅・・・期待が、武者震いに現れ始めていた。
アルベルトが辿り着いた時、やはり小隊は壊滅していた。その一角には、残骸だけが乱雑にバラ撒かれていた。あたかもこの場所が、廃材置き場か何かだとでも言わんばかりに。
通り過ぎた建物は、訓練生の宿舎。鉄筋コンクリート製の、小高いマンションのような建物だ。外壁に整列したバルコニーには、ひっくり返ったまま深々とめり込んた対GS用装甲車が見て取れた。その直下には、巨人の腰と脚が座り込んだ姿勢で凭れ掛かっている。上半身が大破した人型兵器———ナイト———だろう。
その周りも、似たり寄ったり。腕なし、首無し。コクピットブロックは潰れているか、引きずり出されている。
「・・・期待させてくれるね。」
呟くアルベルト。その傍ら、マップを確認しながら、周囲の交戦部隊を検索する。
行き違いになったとは言え、そこまで遠くに行っているはずがない。次は必ず鉢合わせる。まだ見ぬ『サビツキ』に思いを馳せて、アルベルトは血の匂いを辿るのだった。
———
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ニナ・ゲッペルは未だに、贖罪の柱の陰に隠れたままだった。この中央広場も、他の区画と全く同じ。瓦礫と炎と、巨人同士の戦いで満たされている。
もはや罪も罰も、それを定義付ける秩序もない。その秩序を成り立たせる『人』も、誰一人残っていない。
死んだか———、
———逃げたか。
確認する術さえ、———どこにもない。
少女は、眼前で繰り広げられる戦いを呆っと眺めていた。明け方から酷くなる一方の熱に頭をやられてしまったせいか。あるいは軍医レイモンドが言っていた通り、元々立ち歩いて良いようなコンディションではなかったのか。
視線の先にあったのは、ジャゴと数機のナイトの戦いだ。公開模擬戦なんて比較にもならないぐらいのダイナミズム。想像上の戦闘ともまた違う。誤魔化し得ない性能差に四苦八苦しながらも、レジスタンスのジャゴは奮戦していた。
一撃、二撃。メイスの攻撃をいなす———。
ふた方向から同時に放たれた殴打を、身の旋回だけで躱し切る。そうしなければ距離を取られてしまうからだ。
ナイトを相手取るに当たって、ジャゴの勝機は近接戦闘にしかない。ナイトのシールドを突破しうる武装が存在しない以上、懐に飛び込んでコクピットへの直接攻撃を狙う他ないのだ。
「上手い、けど・・・」
戦いを見ながら、ニナは自然と呟いていた。
武装の質や量、装甲強度、各部の稼働速度、本体の移動速度、エンジン出力、センサー性能とその有効半径に至るまで。例外無く全ての性能で、ナイトはジャゴを大きく上回っている。その上、頭数でさえレジスタンスは大きく劣る。操縦技術で勝っているとしても、あまりにも『不利』が多すぎる。
持て余すほどに全てを持つものと、持たざるものと。
その戦いの結末は、退屈なほど当然のものだった———
———轟音とともに、巨人が崩れ落ちる。
爆音と、砂埃と、暴風と。
ジャゴが倒れ込むとともに、その全てが少女の髪を乱した。軽く目をつぶり、手のひらを掲げて顔を守る。
そんな少女の視線の先には、建物を背に座り込んだジャゴが一機。背は鉄筋コンクリートにめり込んでしまっている。ボコボコに凹んだ肩部や胸部の装甲に対弾性は期待できず。破壊された両腕は、再び立ち上がる為の支えにさえなりはしない。旧式機はただ恨めしそうに、眼前の最新鋭機を睨む事が精一杯だ。
ジャゴの両腕を、左右それぞれ破壊したナイト・ウォーリアーが一機ずつ。ダウンするまでマシンガンで撃ち続けたのは、その背後に控えたナイト・ウォーリアーとナイト・アーチャーのバディ。兵科の役割を遺憾無く活かし、四機は余裕を持ってジャゴを追い詰めていた。
そして今、トドメを刺そうと準備を整えている。ナイト・ウォーリアーは空弾倉を新しいものに取り替える作業を。ナイト・アーチャーはマシンガンを放棄し、代わりにネメシスボウを構えて狙いすます。
胸部ガトリングなら・・・
そんな甘い希望を、ジャゴのパイロットは静かに否定した。前衛のナイトたちが有する大型シールドに防がれるのがオチだ。
ニナもまた、冷徹に結末を見届けていた。普通に考えれば、一対一でも結末は見えている。四対一では、尚更分かりきっている。
———性能差とはそういうもの。
———兵力差とはそういうもの。
そうと自分に言い聞かせるように、その事実を網膜に焼き付けるように、少女は真っ直ぐ、争う巨人たちを見据えていた。
現場に、もう一機のナイトがやって来た。ボディーには多少の傷や汚れが目立っていて、ここまでいくつもの戦いを切り抜けて来た事が伺える。アルベルト機である。
「アルベルト・フーバーだ。戦況は・・・詰めのようだね。」
通信デバイスを介して、その場の四機に語りかける。
アルベルト含めて全員訓練生なので、口調はかなり砕けていた。これまで続けていた、軍人らしい言葉選び。一々階級を気にしてあれこれと言葉を厳選しなければならないという『無駄』に、アルベルトは辟易としていたのだ。
「アルベルトさん・・・!」
心強い助っ人の登場に、訓練生たちは少なからず興奮していた。
小隊長になっていた教官がやられてからというもの、彼らは手探りで連携を図って、なんとかここまで生き延びてきたからだ。
「こいつは・・・いや、違うか。」
傷だらけの装甲、剥げかけた塗装。見様によっては、錆びついて見えなくもない。
しかし、腕をもがれたこの機体は違うのだろう。アルベルトが探している『サビツキ』とは、きっと違う。ジャゴと、ナイトたちと。今一度見比べて、訓練生は冷徹に結論づけた。
「まあいい。早々に蹴りをつけてしまおう。生かしておく理由はないよ。」
「はい!」
アルベルトに促されて、後衛のナイト・アーチャーがネメシスボウを構えた。
狙いは一点、座り込んだジャゴのコクピット。巨大な弩を両手で構えて、螺旋の矢を真正面に番える。身を守る武器も防具も、それを扱う為の腕さえ残っていない巨人の急所を睨めつけて。
そして、———爆裂。
矢を撃ち放つ、僅か瞬きの前。ネメシスボウを保持する腕と、胸部の間の辺り。一瞬のアクシデントで銀色の巨人の上体は炎に包まれ、黒煙を上げて倒れ始めた。
「お、おいッ———!?」
声を上げるアルベルト。
マップには、ようやく敵機の接近反応あり。しかし、ただの一機。建物を示す大小様々な長方形を、一つのマーカーが凄まじい速度で横切ってやってくる。それはあたかも、建物も遮蔽物も、そこには一つもないかのように。
———奴だ。
高揚感が湧き上がる。
他の訓練生たちが恐怖のままにマシンガンを構える中、アルベルト訓練生だけは興奮しながら、マーカーが指し示す方へとマシンガンの銃口を向けた。もはや死に体のジャゴには誰も目もくれず、まだ見ぬ敵だけを、そびえ立つ中央棟越しに見据えていた。
未だ、贖罪の柱から離れないニナ。あるいは、離れられないのか。戦場のド真ん中で、巨人たちの足元とあっては、迂闊に動けないのは事実だ。しかしそれ以上に、少女には動けない———目を離せない———理由があった。
倒れ伏したナイト。
今も轟々と炎上している上半身からこぼれ出たのは、———タイヤだった。
「・・・タイヤなんて、GSには存在しないパーツだ。」
地上に聳える柱の陰に隠れていたからこそ、それを目にする事が出来た。その為だろう。ナイトを駆る訓練生たちより先に、少女は『その真実』に辿り着いていた。
「爆発の威力から考えたら・・・まあ、筋は通るけどさ・・・」
ニナは、正直に言えば呆れていた。頭を抱えたくなるほど、メチャクチャだ。
戦場ならルールは無用とか、意表を突く不意打ちとか。これは、そういう類のものではない。
もっと単純で、
もっとバカバカしくて、
もっと、残酷。
かくして四機のナイトの前に、彼らが見据える中央棟の屋上に、一機のジャゴが現れた。
見たところ武器は持たず、仲間らしき者も連れていない。外観はボロボロで、何故動くのか不思議なほどだ。全身の塗装らしきものはヒビ割れて剥げ落ち、代わりに赤茶色の錆びが全身を覆っている。
名付けるなら、———確かに『サビツキ』か。
勢いをつけて、五十トンを超える鉄塊が飛び乗っては、鉄筋コンクリートの建造物も発泡スチロールの箱と大差ない。乱入してきたジャゴの足場は、着地の瞬間からガラガラと崩れ始めていた。
それをものともせずに、しゃがんだ姿勢で五機を見据える。
「撃てッ———!」
号令を出すアルベルト。
———しかし、遅い。
発砲が始まった頃には、ジャゴは再び跳躍を済ませてしまっていた。
爆裂した中央棟に、九十ミリ弾が吸い込まれていく。巨影を追って銃口の向きを変えても、結果は同じ。宙に飛び上がったジャゴは四肢の振りと体幹の回転を巧みに利用し、四つの射線を複雑な錐揉み回転いなしていた。
通り過ぎて行く、マシンガンの射線———
———お返しとばかりに、サビツキは何かを投擲した。
「・・・やっぱりッ!」
衝撃に備え、両耳を抑えるニナ。
僅か瞬きの後、再びナイトの上半身が爆ぜた。
それは、———言うなれば手榴弾。
犠牲者二人。それでようやく、アルベルトたちにも手品の仕掛けが見えてきた。
サビツキは、丸腰などではなかった。その手の中には、どこかで拾ってきたであろう対GS装甲車が握り込まれていたのだ。それは前時代的な陸軍兵器ではあるが、なにせコストが安い。表面を多少補強した車両にミサイルを積んでおけば、理論上は人型兵器を倒せる代物になるのだから。
一つ、GSが棒立ちで動かない事。
一つ、GSが防具等で身を守らない事。
一つ、GSが武装を使って反撃して来ない事。
一つ、全八発のミサイルが、同じ箇所に命中する事。
これだけの条件が揃えば、前時代的な車両兵器でもGSを倒す事が出来る。
実戦の場でこの条件が揃う事などほとんどない事を除けば、対GS用装甲車は今日においてもなお、『理論上は人型兵器を倒せる』兵器とされている。
サビツキが利用したのは、都合四つ目の条件だ。『全八発のミサイルが、同じ箇所に命中する』のではなく、『全八発のミサイルを、同じ箇所に当てれば良い』という発想。八回射撃するのではなく、八つで一束になった物を『たった一度』当てるだけ。
それがサビツキ流の、『理論上は人型兵器を倒せる代物』の活用術だった。
拾い物を投げつけるなど、———ガキの喧嘩でもあるまいに。
手品のタネが想像通りで、やはり頭を抱えるニナ。
———しかし、合理的だ。
戦いは続いている。
着地するが先か、サビツキは大地を蹴った。今度こそ本当に、両手に武器を持たないまま。サビツキは残った三機のうち、適当に選んだナイトに急接近する。僅か一瞬にして、間合いは超近距離。武器をマシンガンからメイスに持ち替える猶予はなく、ナイトは逃げるようにシールドを構えた。
シールド上部を、———鷲掴み。
側面の縁も、———同じように。
逃がすまいと、サビツキはナイトのシールドを捕まえた。
力勝負なら、ナイトはジャゴを圧倒的に上回る。普通の相手なら、これはむしろナイトにとって好都合な展開だ。
しかし、———相手が悪かった。
跳びついてシールドを掴んだまま、サビツキは両脚を振り子のように使う。
そして腰の回転も加えて、ナイトを大きく揺さぶった。如何にジェネレーター出力で上回っているとは言え、ナイトの腕に掛かるのは、およそ五十トンの重量と遠心力。耐えきれるはずもなく、頭頂高十五メートルの巨人の身体が、サビツキの着地と入れ替わりに浮き上がった。
ナイトの両脚は重さを失い、代わりに頭は、抗いがたい強制力で大地に吸い込まれる。シールドと、そのシールドに接続している左腕を軸にして、巨人の身体が半回転した。
ぐるりと、———巨人の上下が入れ替わる。
そしてナイトは、頭から大地に突っ込んでしまった。
自重、六十トン。上下逆さまになるほどの遠心力を纏って、鋼の頭蓋が石畳に激突した。砲弾にも徹甲弾にも耐える堅牢な頭部ユニットが、今はあたかも粘土細工。破砕する間もなくグニャリと潰れ、首元から胸部の奥へと押し込まれてしまった。
そんな胸部、もとい上半身もただでは済まない。両肩部が砕け散り、胸も背中もアコーディオンのように段を成して挫滅した。内部構造は言わずもがな。破壊されずに残っているのは、腰から下の脚部ユニットだけ。
上下逆さま。上半身は原型が残らないほどに潰れ、両脚はピンと伸び切ってVの字に開いている。巻き上がった砂塵が晴れて露わになった姿は、さながら———ブサイクな生け花だ。
———残り、二機。
立て続けの、三機撃破。しかし、いつまでも怖気てはいられない。
アルベルト機がハンドサインを出し、生き残りのナイトが連携する。
『行け。』———の一言。
メイスによる近接攻撃を命じる。
同じ訓練生だからか。はたまた、同じ戦場を共有している為か。パイロットは、瞬時にアルベルトの意図を理解した。ほんの一瞬でも、サビツキの気を引ければ良い。意識を一瞬でも自分に集中させる事が出来れば、後は天才が手を下すだろう。
そんな思いで、サビツキに急接近しようとブースターを噴かす。そして重厚なメイスを振り上げ、敵を鋭く一閃するナイト。サビツキは応じるように、腰部にマウントしたアックスを手に取った。
「そこだッ———!」
同じ頃、飛び退くアルベルト機。パイロットも興奮して声を上げる。
狙いは、サビツキの背中。背部にマウントした、バッテリー水素ハイブリッドエンジンという、ジャゴ最大級の弱点だ。眼前の敵は、きっかけに過ぎない。メイスを避けようが、防ごうが。メイスに砕かれようが、逆に珍妙な方法で返り討ちにしようが・・・
「こいつは、避けられまいッ!」
そうだ、———避けられない。
弾速を上回る速さで動かなければ、真後ろから放たれたマシンガン掃射など、避けようがないのだから。
しかし、ジャゴにそんな機能はない。
メイスをくぐり抜けるように身を捻るサビツキ。
しかし、結果は変わらない。全てはアルベルトの作戦通り。このまま背負ったエンジンを撃ち抜いてしまえば、後は煮るなり焼くなり自由である。作戦の勝利を確信して、アルベルトは悠然と引き金を引いた。
しかし、———何も起こらない。
カチカチと、操縦桿のトリガーを連打する。
———しかし、反応無し。
「バ、バカな・・・!?」
アルベルト機のコクピット、そのモニター。そこにはデカデカと、ジャゴの頭部ユニットが映し出されていた。
その動きは、水のように滑らかに。風のように速やかに。そして電撃のように、たちどころに。
Right Arm: ―――Critical Durability / Offline.
———そんな警告文が表示されるより先に、サビツキはアルベルト機から斧を引き抜いていた。
「何を、された・・・?」
本当は分かっている。
何をされたのか。
否。サビツキが、———いったい何をしたのかを。
その全てを、ニナはしっかりと目に焼き付けていた。
背部のエンジンをマシンガンで狙われた、刹那の出来事。眼前のナイトが、メイスによる渾身の一撃を振り抜いた瞬間である。
サビツキは身をかがめ、片足だけを半歩後ろに退いた。そうして真正面の相手から正中線をずらしながら、胴一文字にアックスを振り抜いたのだ。すれ違いざまの一撃だ。メイスを振り切る前にコクピットは潰れ、パイロットは肉片となって周囲に撒き散らされた。
ここで活きるのが、退いた脚だ。ここで生まれた余白が、真後ろへの『道』に繋がった。サビツキは振り抜いたアックスをそのまま手放し、斧は高速回転しながら『道』を駆け抜ける。そしてアルベルト機が引き金を引くより先に、パイロットのアルベルトが操縦桿のトリガーを指で押すより先に、アルベルト機の腕にアックスを命中させてしまったのだ。
斧の刃は無慈悲に装甲を食い破り、マニピュレーターを支配するケーブルの悉くを断裂させた。
これでは、———撃てない。
これだけで、———撃てない。
そしてナイトのAPSが状況を理解するより先に、サビツキは距離を詰め終える。
投げた斧を、回収する為だ。アルベルトの意識が追いついたのは、ちょうどこの辺り。
しかし、———それでは遅い。
サビツキは、既に斧をナイトの腕から引き抜いていた。
そしてついでにナイトの右腕をも、その肘の接合部から引きずり出していた。アルベルトがこの戦いで最後に見たのは、この光景だ。
なぜなら、———ブラックアウト。
そして真っ暗な正面モニターが、音を立てて爆発した。
サビツキは目にも止まらぬ速さでアックスを振り抜き、アルベルト機の頭部を破壊。そして動きの流れはそのままに。突進するように反転して、コクピットへの肘打ちを敢行。アルベルト機はグシャリとコクピットを挫滅させたまま、サビツキの前で大の字に倒れてしまった。
全て、見ていた。サビツキの動きは、初めから。
全てが出鱈目で、
全てが大胆で、
全てが、精密で、
全てが、合理的。
あまりにも、純粋に。
あまりにも、鮮烈に。
死に向かうように、我武者羅に。
———鉄砲玉のように真っ直ぐに。砕け散るまで、噛み砕くケダモノ。
残忍ではない。
しかし慈悲は無く、慢心もない。
純粋に、———『そういう』生命。
ニナは腰を抜かしたまま、
贖罪の柱に、身を預けたまま。
呆れ笑いで口元を吊り上げていた。
バカバカしい程に強い———、
世の中には、———こういう奴もいる。
つづく




