第三話『悪魔誕生 その③』
『作戦行動中の友軍に次ぐ―――』
しばらく歩くと、ジョーの通信デバイスが緊急通信表示でひとりでに点き、音声を再生し始める。
「オープン回線か?」
画面上に表示された通知に触れると、発信者は不明。アドレスコードはレジスタンス末尾だが大部分が文字化けした、奇妙な文字列が表示される。ジョーは引き続き、その通信を聞いた。
『作戦行動中の友軍に次ぐ―――
第六ドック周辺に敵機多数。センチネルタイプを七機確認。早急に排撃されたし。
繰り返す―――
作戦行動中の友軍に次ぐ―――
第六ドック周辺に敵機多数。センチネルタイプを七機確認。早急に排撃されたし。
繰り返す―――』
通信は何度も同じ内容の短文を繰り返している。声の質やトーンから機械音声ではなく、生身の人間による訴えだと分かる。だからこそ、そこには人間味というものが感じられなかった。
誰かが第六ドック付近のセンチネルを排除するまで鳴り止まないらしい。ジョーはそれを奇妙に思いながらも、通信を切って例の第六ドックの方へ足早に向かう。
「まあ、もともと本命に直行するわけでもないしな。乗りかけの船ってやつだ。」
静かに嘯きながら、倒れたジャゴやナイトの残骸を通り過ぎていく。この辺りでも名もなきレジスタンスと同盟軍の激戦が繰り広げられていたのだろう。十字路を当初予定していた方の反対側に曲がると、遠目に既に戦闘を繰り広げるジャゴと複数のセンチネルが確認できた。
ストライククロスを携えて飛びかかるセンチネル・ソルジャー。その攻撃をアックスでいなし、カウンター気味に攻撃を叩き込む友軍のジャゴ。二機の巨人がすれ違い、轟音とともに火花を散らした。重厚なプレートアーマーを纏ったセンチネル・ソルジャーは軌道を変えず、反対にジャゴは軽量故に僅かに体勢を崩してしまう。
その瞬間を、ソルジャーのパイロットは逃さなかった———!
ソルジャーはバックステップで後退しながら、斧の一撃をシールドで弾く。そしてシールド裏の三連装グレネードを全弾発射した。
アックスのリーチでは反撃出来ない距離———
———回避不能な体勢。
ジャゴのパイロットはそれでも回避を試みる。しかし、避けきれずに肩に命中したグレネードが腕を千切って吹き飛ばした。
なおも諦めずに奮戦しようとアックスを構えるジャゴ、それを側面から別のソルジャーが銃口で睨めつけた。旧式機の膝が伸び切るより先に、冷徹な銃声が空を裂く咆哮と硝煙を上げていた。そして無残にも、膝を撃ち抜かれてバランスを崩すジャゴ。
ストライククロスは十字の刃の反対側が百五十ミリ単射砲になった複合兵装である。その射撃をもろに受けたジャゴは片膝を折ってその場に崩れるしかなかった。動きが止まったと見るや否や、正面と側面から十文字槍がジャゴに向けて突き出される。如何に体格が巨大化しようと、この点は人でも人型兵器でも変わらない。
足を封じられた戦士は、如何なる手練だろうと———もはや的だ。
最後の抵抗。正面からの刺突はコクピットを狙ったものだったが、ジャゴパイロットの巧みな姿勢制御で急所を外し、切っ先はガトリング砲を貫くに留まる。しかし二撃目の、側面からの刺突には対応できなかった。ストライククロスの切っ先が二の腕を貫き、胴体に縫い留めて動きを止めてしまった。
身じろぎさえ出来ない巨兵の命運は、もう誰の目にも明らかだ。
———雷光一閃。
天空から放たれた真紅の斜線が、動かないジャゴを焼き穿った。
センチネル・スナイパーが誇る最強武装、プラズマ粒子加速砲の一撃である。
弩を模した射撃兵装。高圧電流で形成した強力な力場の反発により金属粒子を圧縮する。その時のエネルギーを利用して金属粒子を射出する事で、空気との摩擦で発生したプラズマが敵を穿つ射撃兵装である。GSという鉄人に備わった堅牢な装甲や盾を、その強度関係なく焼き穿ってしまえ。そんな理念を具現化させた、正真正銘・一撃必殺の兵器だ。
かくして、ジャゴは撃ち抜かれて大爆発を起こす。至近距離で爆風に晒されたソルジャー二機はシールドを構えて完全無傷。爆風が晴れて白銀の装甲を煌めかせた両機は、センチネルタイプ本来の驚異的なスペックと連携を見せつけるのだった。ソルジャーたちはやがて正面に構えたシールドを元の位置へ戻すと、キョロキョロと周囲を警戒しながらゆっくり後退する。
瞬間、不可視の一閃が黒煙を切り裂いた———
一筋のストライククロスが飛んでくる。音もなく、形もなく。
ソルジャーのパイロットは反応出来ない。が、APSはその攻撃を即座に察知して緊急回避行動を取った。コクピット内で警告音を鳴り響かせながら、巨人は大きく上半身を仰け反り、鋼鉄の巨人が十文字槍をギリギリで躱す。
ストライククロスの、鏡のような刃。すれ違いながらソルジャーの横顔を映していたそれは、APSの判断が正しかったと証明していた。
———確かに、正しかったのだ。その判断は。
その槍を避けなければ頭部のカメラはやられていたからだ。そして矢継ぎ早に、APSはもう一つの高速接近反応を警告する。しかし、今度は緊急回避が発動しない。仰け反った姿勢のソルジャーは、物理的に一歩も動けないのだ。
判断は正しい、
反応も的確、
しかし、物理法則が生存を許さない。
爆煙を邪魔だと言わんばかりに片腕の振りで吹き消し、両足で飛びつくのはジョーのジャゴ。 唐突な展開に、センチネルのパイロットたちの思考はフリーズしていた。これほど敵機が密集した只中に、手負いの旧式機で乗り込んで来る事は、本来なら自殺行為以外の何物でもないのだ。同型機同士でさえ、一対多数の乱戦に自ら飛び込もうとは思わないと言うのに。
「まずは、一。」
ジョーはそのままセンチネル・ソルジャーを押し倒し、片足で頭部を、もう片方で胸部を踏みつける。堅牢なプレートアーマーとは言え、五十トンにも及ぶ大質量を最大限に活かしたストンピングの前にはひとたまりもない。鎧はひしゃげ、コクピットのモニターが破裂する。そして前後からせり上がった鉄の津波が、柔らかなパイロットの肉体を締め付け、圧壊してしまった。
呆気に取られていたセンチネルたちが我に帰る。如何に信じがたい光景であろうと、実際に起きてしまったのだから仕方がない。思考を切り替えなければ、自分も後に続くだけなのだ。
生き残った方のセンチネル・ソルジャーがすぐさまシールドを構える。そして素早い動きで、ストライククロスをスリットにセットした。ソルジャーの上半身は完全にシールドに守られ、百五十ミリ単射砲の銃口がジョーのジャゴを睨めつける。
さらに、ブースターを吹かしてもう二機のソルジャーが急行した。同じようにシールドとストライククロスを構え、壁のように立ち並ぶ。
「来たか。」
呟くジョー。視線の先には、三つ並んだシールドの絶壁が広がっている。
これこそがセンチネル・ソルジャーの真骨頂、ファランクス陣形である———
中央機の射線が、敵機の『前後』を封じる。
右翼機が、敵機の右舷退避を許さない。
左翼機が、敵機の左舷退避を許さない。
前後左右、あらゆる方向への移動を許さない陣形。
触れずして敵機の『足』を奪う。回避も反撃も叶わないまま、鋼の巨人が無残な鉄塊に変わるまで撃ち続けるのがファランクス陣形の真髄だ。
しかしジョーが逃れた先は、上。しかも真上ではなく、飛びつけば不安定に崩れるビルの壁面。ガラガラと鉄筋コンクリートや窓ガラスが足元で踊っているにも関わらず、その姿勢は至って安定していた。
「三と、一・・・いや、もっとか。」
冷静に戦場を分析するジョー。そしてソルジャーたちのファランクス陣形には目もくれず、ジョーは彼の更に上空で旋回するスナイパーに狙いを定めていた。
———一撃必殺のプラズマ粒子加速砲か。
———鉄壁のファランクス陣形か。
どちらも間合いの外だというのなら、潰すべき優先順位はもう決まっている。
先程踏み潰したセンチネル・ソルジャーから奪い取った十文字槍を構え、ビルの壁面を滑りながらスナイパーに投擲する。
当然、攻撃はスナイパーにも見えていた。ジャゴが見せた異次元の動きに少々面食らいながらも、スナイパーのパイロットは冷静に投擲を見切って、空に円を描いてこれを回避する。
———それは、罠。
本命は第二刃のアックスだった。
避けやすい一撃を避けさせ、それで生まれた隙を狙い撃ちする。ジョーが得意とする戦法だ。
アックスは深々とフライトボードに突き刺さり、スナイパーは錐揉み回転をしながら急激に高度を失っていく。パイロットは必死にボードにしがみ着こうとするが、それは悪手。フライトボードは更にバランスを崩し、より激しく回転しながらビルに突っ込んでしまった。その衝撃でセンチネル・スナイパーは跡形もなく四散し、爆発はビルの反対側にも貫通しながら、巨大な摩天楼が音を立てて倒壊した。
その顛末には興味を示さず、ジョーは事も無げに地上に降りる。次の標的は三機のセンチネル・ソルジャーたちだ。
ファランクスを組んだ状態だからこそ、ソルジャーたちはジョーの予想外の動きに対応できない。いとも容易く背後を取られているというのに、そのリカバリーは間に合っていなかった。
ジョーのジャゴは素手。
叩くなら、今が好機。
だと言うのに、捕捉する事さえままならない。
ニナに強化された脚力と、ジョーの独特な動き。センチネルたちは決定打を打てないまま翻弄され、近接戦の間合いを許してしまう。
それでも丸腰よりは有利だと、槍を力強く振り抜くセンチネル。ジョーは頭部カメラだけを素早く動かして、ギリギリで攻撃をすり抜けさせる。メインモニターの映像が激しく動いて歪むが、ジョーにとってはあまり意味がない事だ。ジョーにとってモニター映像などは補助的なものに過ぎない。彼にはより広く、より鮮明に戦場というものが見えている。
槍を避けながら、ジョーはカウンター気味にセンチネルの胸部に蹴りを放った。初撃でセンチネル・ソルジャーを仕留めた時のストンピングとは比べようもないが、十数メートルの大ジャンプを可能にする脚力から繰り出される破壊力は、増加装甲とコクピットハッチに守られたパイロットをピンボール状態にするには十分な威力があった。
「・・・頃合いか。」
センチネルの襟をつかみ、二機のGSの重量を利用してスイングする。すると、ジョーとセンチネル・ソルジャーの位置が入れ替わり、プラズマ粒子の光線が寸分たがわずソルジャーを貫いた。真紅の光が重装甲を焼き穿ち、赤熱した輪が表面にじわじわと広がる。そしてセンチネルは力なく膝をつき、項垂れると同時に爆発四散した。撃ち抜かれた原子炉の業火が、容赦なく一帯を吹き飛ばした。
通信内容を信じるなら、敵のセンチネルは七機以上はいた事になる。ふた組以上の編成を組める数がいてスナイパーがたった一機とは考えにくかった。死角に隠れて最良の狙撃タイミングを狙っている、と想定するほうが合理的だ。隙を見せれば必ずそこを狙うだろうと踏んでいた。
「見えた!ドックの向こうか。」
ビームの射角からスナイパーの大まかな位置を看破すると、爆散したソルジャーのストライククロスを拾いながら煙幕に紛れて建物裏に隠れる。本来ならGS戦、とりわけ最新鋭のセンチネルタイプ相手に煙幕を利用した戦術はあまり意味がない。同盟軍の量産機に搭載されたAPSは常に熱源探知による自動索敵と、リアルタイムでマップ上のマーキングを行うからだ。
———しかし今度の場合だけは例外だ。
燃え盛るセンチネルの残骸が近すぎてAPSは正確な座標を割り出せない。この局面では、センチネルのパイロットも自らの目と足で索敵するほかないのだ。センチネル・ソルジャー二機のうち一機はその場に残り、もう一機が慎重に黒煙をかき分けながらシールドにストライククロスをセットしてジョーのジャゴを探す。
ジョーはコクピットの静寂の中で、センチネルが歩行する音と、操縦桿に響く振動でセンチネルたちの動きを追っていた。その傍ら、モニターでコントロールパネルを開く。
「クイックスキャン・・・被害報告・・・駆動部の損耗率は四十七・七パーセントか。水素残量も二割を切ってるな。このあたりが潮時か。」
パネルを閉じると、まだ黒煙の霧が晴れないうちにジョーのジャゴがストライククロスを勢いよくビルの窓に突っ込む。巨大な銃口がもぬけの殻になった会議室に押し入り、デスクとパイプ椅子を蹂躙しながら反対側の窓へ進撃する。そしてビルを反対側まで貫いて敵の頭部を狙いすました。
索敵に行ったセンチネル・ソルジャーと違い、その場に残ったソルジャーはしきりに上空を気にしていた。先程のジョーが見せた、異次元の跳躍力を目に焼き付けていたからだ。地上用GSに三次元機動は出来ないという常識を捨て、上空からの強襲に備えていた。
・・・既に撃鉄は引かれたとも知らず。
ジョーのストライククロスが火を噴き、ソルジャーの頭部は勢いよく破裂する。カメラユニットを完全に破壊されたパイロットは何の前触れもなく暗転したコクピットの様子に動揺したが、すぐに状況を察してうずくまり、シールドに隠れながら防御の姿勢を取った。
唐突な友軍の被弾、そして戦闘不能。索敵を担当していたソルジャーにも戦慄が走る。背後の友軍機がやられたという事は、敵は既にこちらを回り込んでいる可能性が高い。
―――しかし、いつ?
―――どうやって?
浮かんだ疑問を、パイロットは首を振って強引にかき消す、———今重要なのはそんな事ではない。
味方のソルジャーが次々にたおれ、ついに最後のセンチネル・ソルジャーになったパイロットは思い切ってシールドをかなぐり捨てる。より身軽に。そしてより広い視野を持つために。
煙幕が薄れる———
真正面———、ストライククロスを携えて。
片腕のジャゴが駆け抜ける。センチネル・ソルジャーは、両腕で自身のストライククロスを両腕で握り直した。なんとしても、迎え撃つ構えだ。
———何を恐れる?
装甲も、
パワーも、
何もかも。
センチネルタイプは、ジャゴを圧倒的に上回る。
ば負ける要素などない。当たり前に打ち合い、当たり前に叩き伏せる。それだけの簡単な作業———、
———だと言うのに。
センチネルのパイロットには、ジョーのジャゴが幽鬼そのものに見えてならなかった。理屈を超えた何か。性能を超えて、『命』に直接届く刃。死の吐息。
その恐怖は、咆哮で掻き消す他ない。己を信じて、奮い立たせて。言葉にならない激励を自ら浴びて、センチネル・ソルジャーのパイロットは操縦桿に力を込めた。
空、———旋回して狙いすます。
センチネル・スナイパーのパイロットも、心は生き残った二人と同じだった。
旧式機じゃない。
骨董品じゃない。
その認識では、殺される———。
砕いて、———殺す。
引き裂いて、———殺す。
斬り裂いて、———殺す。
撃ち抜いて、———殺す。
誰でも、
何人でも、
どこからでも、
———殺す。
戦禍そのものが、形を持ったような悪鬼だ。ここで仕留めなければならない。
同盟軍だから、———?
レジスタンスだから、———?
———そうではない。
ただ一人の人間、
ただ一人の軍人として、
正義を求め、平和を愛する一家の父として。
———あれはあってはならないと、魂が叫ぶ。
そしてその覚悟は、この第六ドック前に集まった全七機の最後の機体、センチネル・ヒーローもやはり同じだった。
戦いの、———亡霊。
誰かが、———鎮めなければならない。
誰かが、———向き合わねばならない。
誰かが、———征してやらねばならない。
ソルジャーとスナイパー。超えられるはずもない絶壁だ。
それを何度、———奴は超えた?
斬り伏せようとシールドソードを構える。
光り輝く大盾の縁は刃。鞘のように剣を修めて、矛盾一体となった巨大武装だ。圧倒的な質量と内臓スラスターの威力で振るわれる、究極の一太刀。たったひと振りの煌めきのうちに、GSそのものを叩き切る武装である。
盾も、装甲も、
フレームも、
内部構造の一切も。
———ひと振りで。
立ち塞がる者、
狙い撃つ者、
そして、———斬り伏せる者。
三位一体の同盟軍最強戦力が、『VOLT』を目前に立ちはだかる。
つづく




