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機甲大戦記VOLT  作者: 無銘
金腕のニナ編
24/31

第二十四話『金腕のニナ その⑯』






 屹立した、贖罪の柱。巻き付く、頑丈な鉄鎖。鉄鉛色の塗装はところどころ剥げてしまっているものの、その強度は依然揺るぎなく。長年の雨ざらしで錆びついた様は、罪人どもの傷を映し出す鏡のようだ。

 ニナ・ゲッペルもまた、そうだ。


腕が動かない。

足が動かない。

身じろぎさえも出来やしない。


脳がやられてしまって、状況判断さえままならない。

目が見えない。

耳が聞こえない。

言葉も、もう発音出来そうにない。


傷は痛まないし、疲労も何処かへと吹き飛んでしまった。あるいは曖昧になって、どうでも良くなったというべきか。

 そんな少女の目の前には、こんなにも鮮明な世界が広がっている。磨り硝子のように滲んでいた視界が嘘のよう。ただ目を閉じるだけで良かったなんて———


———なんて、盲点。


 第一〇〇八番新兵訓練キャンプの全てが、よく見える。

 贖罪の柱が屹立する中央広場から、その東部に集中した各期の宿舎区画。ニナたち多目的支援課の別棟もその辺り。司令官官舎区画はもう少し北東の方か。

 西側には様々な訓練施設が広がっている。GSの模擬戦に特化した、GS模擬戦フィールド。より基礎的な操縦訓練を行う、基礎訓練フィールド。ここは対GS装甲車を走らせている事もあるし、訓練生たち自身の身体を鍛える事もある。もっとも、訓練生たちが本当に地獄の訓練を経験するのは裏山を丸ごと使ったゾーンでの話なのだが。

 中央広場の北側には中央棟を中心とした複数の建物が並んでいる。キャンプ全体の管理運営やら、座学の講義やら。医務室や薬剤保管庫があるのもこの辺り。北西の方に行くとGSの実機や武装など、備品の数々が保管されているエリアもある。

 そして南側は玄関口だ。人も、物資も、何もかも、たった一つの正門を通ってキャンプに流れ込む。かつて要塞だった頃の名残なのだろう。どれほど時代や用途が変わっても、残り続けるものは必ずあるのだ。


憎たらしい景色だ。


———ぶち壊してしまいたい。


 項垂れたまま、少女は小さく口元を吊り上げた。幸い、このキャンプの中央広場には、さっき自分で設計して組み立てたジャゴ先行試作型が立っている。鉄筋コンクリートの中央棟や宿舎を殴打で打ち砕き、よりシンプルな構造の倉庫類を踏み潰し、逃げ惑う兵士たちを鏖殺する。ジャゴなら、実に効率的に、そんな芸当が出来てしまう。

 装備は、九十ミリマシンガンと近接武装のアックス。そして虎の子の、胸部二百ミリ徹甲弾連射砲。身を守るものは、外骨格の装甲のみ。この超攻撃的装備こそが、原初の人型兵器の味である。


では、どこまでやれるか。

 ニナの脳は、虚ろなままにシミュレーションを開始していた。





———

—————


———————

 





———仮想敵は、無論『ナイトシリーズ』だ。


 想像上のジャゴの前に、想像上のナイトが立ち塞がる。場所はこの訓練キャンプの中央広場。敵機の機種はナイト・ウォーリアー。アルベルトやウルスス、スティーブ、ティモン・・・その他大勢のパイロット候補生の戦いを見てきたからこそ、ニナは『そいつ』さえも生み出せる。

 装備はウォーリアー規格の大型シールドと九十ミリマシンガン、そして近接武装としてスパイクメイスを腰部にマウントしている。最も標準的な、ナイト・ウォーリアーらしい構成である。





シミュレーション、———開始。


 戦いの火蓋を切ったのはジャゴ。接近しながらマシンガンを構え、ナイトに照準を合わせて引き金を引く。轟音と業火とともに風を切る九十ミリ徹甲弾が、ナイトのコクピット目掛けて放り出された。


———しかし、シールドが阻む。


当然の挙動だ。

 二百ミリ徹甲弾からの完全防御を想定したシールドは難なく九十ミリマシンガンの攻撃を受け止め、弾頭の悉くを豆鉄砲のように弾き返した。そしてその傍ら、ナイトはシールドに身を隠しながら自身のマシンガンの銃口をジャゴに向ける。


動かなければ、狙い撃ち———。


 ナイトが発砲するより先に、ジャゴはシールドの影に隠れようと駆け出した。弧を描いて、ルートは弓なりに。いくつかの弾とすれ違い、いくつかの弾を装甲で受けるジャゴ。多少の負傷はやむを得ない。肩部装甲と腕部装甲に、歪な円の窪みが斑模様のように刻み込まれた。

 ここまでは想定内。ジャゴはナイトシールドの死角に隠れ、騎士は標的を見失った。これでは狙えない。


上半身を覆い隠す程の、大盾の死角。

 すなわち、それは『盾の向こう側』である。便利な『携帯式遮蔽物』も、近づき過ぎた相手を前にしては、『カメラ映像を阻む大型ノイズ』に他ならない。ある程度まで接近してしまえば、敵もまた有利に盾を使えるのだ。

 このままナイトの盾を逆手に取って限界まで接近しようと試みる。ジャゴは間合いを詰めようと、跳躍に備えて中腰になった。


しかし、———敵機の位置ならよく分かる。


ナイトのバックパックが、白炎を爆発させて轟音を上げた。

 一瞬の出来事だ。初速、概算で時速九十七キロ超。それほどの速度で迫りくる絶壁を前にして、旧式機はいったい何が出来るだろう。飛び退いて回避する間もなく、絶壁はジャゴに激突して、そのまま後方に押しのけた。二機の巨人は揉み合う事もなく、ナイトがシールドを振り抜くがままに、ジャゴは体勢を崩して地面に叩きつけられてしまった。大地に沈む巨人は勢いを殺しきれず、十数メートル後方へと地面を滑って大の字に。

 その隙にナイトは、マシンガンを放り出しながら駆け出した。腕はそのまま、腰部のメイスに。GS同士の戦いにおいては、こちらの方が確実だ。


———近接戦闘。


 歩兵のバズーカやジャベリンから戦闘車両の単射砲、地上艦船の艦載砲に至るまで。GSはあらゆる射撃砲撃に耐え得る代物だ。それほど頑健な構造物でもなければ、五十トンを超える人型の物体が、飛んで、跳ねて、格闘するなど夢のまた夢。そんな人型兵器を葬り去る最も有効な手段こそが、同じ人型兵器による『近接戦闘』なのである。

 ナイトは跨るようにしてジャゴに飛びかかり、掲げたメイスを振り下ろした。


アックス、———間に合わない。


携帯した近接武装を手に取る暇も無く、ジャゴは致命傷を回避しようと腕を盾にする。

 ナイトの総重量、およそ六十五トン。その巨体が助走を伴って飛び上がり、鋭角な鈍器を叩きつけた。その衝撃、二千トンはまず下らない。暴走列車との正面衝突にも等しい破壊力を装甲で殺しきれるはずもなく、ジャゴの腕はまたたく間に潰れながら破裂した。


装甲が挫滅して破れ、

人工筋肉は断裂してバネのように弾け、

肘から先は砕け散った。


 残るは、大きく開いた胸部のコクピット。急所を守るものは何も無い。ナイトは再びメイスを振りかぶる。そして今度こそトドメを刺そうと、ジャゴのコクピット目掛けてメイスを振り下ろした。


シミュレーション、———失敗。


 ニナの脳は映像を逆再生し、状況を戦闘直前まで巻き戻す。

 メイスはナイトのコクピットから引き抜かれ、挫滅したハッチが波打ちながら元の形状に修正された。蛸が足を絡ませるような奇妙さで断裂した人工筋肉が踊り狂い、弾け飛んだ腕を強力な磁石でも使ったかのように引き寄せる。

 そしてジャゴは起き上がり、ナイトは背後に滑り。逆再生で先程までの動きをなぞりながら、二機は初めに向き合った距離および位置関係に戻っていった。


シミュレーション、———再開。


 マシンガンで牽制しながら、駆け出すジャゴ。シールドで防いで、撃ち返すナイト。必然的に逃れる先は盾の死角にしかなく、ここまでは第一のシミュレーションと同じシナリオが繰り返された。

 轟音を上げるナイトのバックパック。ブースターが勢いよく火を噴いて、絶壁と化したシールドが迫りくる。


だから、発想を変える———。


 ここまで詰めた距離を諦めるように、引き下がって道を譲るように、ジャゴは四時方向に半歩下がった。

 それが良かった。ナイトが突進でジャゴを突き飛ばす事はなく、すれ違いながら通り過ぎていったナイトは、ジャゴに背中を晒してしまった。


大型ブースターがある。

補助スラスターがある。

正面より装甲が薄い癖に、噴射口だらけの穴だらけ。


プロペラントタンクだって近くにある。他にない、極上のウィークポイントだ。

 素早く身を翻し、マシンガンを向けるジャゴ。ガラ空きの背中に照準を合わせて、再び火砲を撃ち放つ。


バックパックへのヒット、———複数。


———しかし、足りない。


ナイトもまた身を翻す。

 浴びせられた銃弾を段階的に、肩部、脇腹、上腕側部で受ける。ジャゴの弾丸は装甲をえぐるも、駆動系に影響は無く。窮地を切り抜けた機械仕掛けの騎士は、再び盾を構えて鉄壁の防御を固めてしまった。


これで振り出し、———ではない。


 マガジン残量、半分以下。先ほどの射撃と、それ以前の牽制にだいぶ使ってしまったからだ。それでも、出来る事は変わらない。マシンガンで牽制しながら、ナイトシールドの死角に回り込む。しかし、以前の焼き直しとはニュアンスが違う。二度目の牽制射撃で弾薬は尽き果て、撃鉄は無為に空転するのだった。

 ナイト側もそれを理解している。射撃の頻度を考えれば、どちらの弾倉が先に潰えるかは明白だからだ。邪魔なシールドを正面から退けて、代わりにマシンガンを突き出すナイト。こうなっては『死角』など、どこにもない。眼前の旧式機に照準を合わせて、騎士は無慈悲に撃鉄を引いた。

 

降り注ぐ銃弾の雨あられ。

頭部カメラが無事でいられるかどうかは運次第。

正面装甲は、多少の射撃には耐えられる。


 別段、何か良い素材が使われているというわけではなく、跳弾を促す形状になっているのだ。降り注ぐ鉛玉のシャワーに、鉄塊の巨人が頭から突進する。この距離なら、ジャゴはひと跳び近接の間合いまで詰められるのだ。

 しかし、そんな装甲も不滅というわけでは無い。数撃程度ならどうという事はないが、装甲は弾丸を弾く度に楕円形に窪み、跳弾形状は物理的に、その意味を剥ぎ取られてしまう。やがてジャゴの装甲は限界に達し、一つ、また一つと装甲に穴が開き始めた。吉なら駆動系への損傷、凶ならコクピットへのダメージでパイロットは死亡。


今度ばかりは、『吉』らしい———。


 マシンガンのグリップから手を離し、バレルを取って握り直すジャゴ。姿勢は中腰、開脚は限界まで広く。


腰から、肩から。

水平回転から、掬い上げて打ち上げる回転へ。


出力の限り棍棒のように振り抜いたマシンガンのストックが、ナイトのマシンガンを打ち上げた。正面を向いていた銃口が、瞬きの速さで上空を向いた。


開いた脇腹。

正面に晒した排熱ダクト。

コクピットブロックも狙いやすい。


再び舞い込んできたチャンス。ジャゴにとっては、恐らく最後の。

 マシンガンを手放し、代わりにアックスの柄を強く握るジャゴ。ナイトはまだまだ、打ち上げられた銃を腕ごと振り上げたまま。好機を逃すまいと、ジャゴは斧を振りかぶった。


そして、衝撃———。


ジャゴの頭部が弾け飛んだ。原型も残らないほど、跡形もなく。

 ナイトが先にシールドを振り抜いていたのだ。盾が防御にしか役立たないなどと言う道理はない。巨人の上半身を覆い尽くすほど巨大な鉄塊は、叩きつければれっきとした鈍器である。ナイトが横薙ぎに振り抜いた鉄塊はいとも簡単にジャゴ頭部フレームの接合を打ち砕き、その中に詰め込まれたカメラモジュールやセンサー類を宙にバラ撒いた。


———『あるいは、アックスに持ち替えなければ・・・』


後悔先立たず。

 首無しのまま倒れ伏すジャゴは、さながら糸の切れた操り人形だ。それを見下ろすナイトは、ただ冷徹に片足を上げた。仰向けに倒れた巨兵のコクピットを踏み潰して、この一戦を終わらせる為に。


シミュレーション、———失敗。再び。






 ニナは理解している。二機の性能差は歴然で、圧倒的だ。普通に考えれば———あるいは、考えなくても———勝てない事が当然なのだ。


そう。

『普通』では、———勝てない。


もっと、大胆に。

もっと、野蛮に。

もっと、型破りに。


戦いに『勝とう』って時に、『生き残ろう』となんてするから。

 そんな『不純』があるうちは、きっと何戦やっても勝てやしない———。





シミュレーション、———再開。


 火蓋を切るのは、やはりジャゴ。後手に回って勝てる相手でない事は、最初から分かりきっている。

 ジャゴはマシンガンを構えたまま、避けも隠れもする素振りがない。ここで弾倉を空にすると言わんばかりの剣幕で機関銃を撃ち放ち、全速力で真正面へと駆け出した。射撃の反動さえ意に介さず。実のところ、一発たりとも当たるとは期待せず。ただ撃ち、ただ突進するのだ。

 自殺特攻にも思える攻撃を受けても、シミュレーション上のナイトは動じない。当然のごとくシールドを構えてマシンガンの掃射を受け止め、シールドに隠れたまま自身のマシンガンの銃口を向けた。


片や、攻防一体。無傷。

片や、無防備。特攻。


引き金を引くナイト。無数の九十ミリ弾が、爆音とともに音速を超える。身を守りもしない旧式期の装甲を蜂の巣にしてしまおうと、怪音を上げて空を裂いていた。


———しかし、当たらない。


 初弾から、鉛玉の奔流はどれもこれも、ジャゴの直上をかすめるばかりだ。残弾も気にせず、思い切ってマシンガンを放り出すジャゴ。水泳プールにでも飛び込むような思い切りの良さで、直下の地面に飛び込んでいた。ダッシュの加速から、唐突なダイブ。実に六メートル近い落差を経験するパイロットは、当然ただでは済まない。八重力以上の重圧を受け、五体は潰れながら引き伸ばされる。

 決死、という言葉すら生温い。狂気の挙動で、ナイトの凶弾をやり過ごす。


しかし、それで良い。


———『耐えろ。パイロットだろ。』


操縦負荷を受けないように立ち回り、隙を見せたところで渾身の一撃を叩き込む。

 そんな『普通』では、ジャゴでナイトは斃せない。


倒す、ではダメなのだ。

———斃すのだ。


ローリングでナイトのマシンガン掃射を潜り抜けると、間合いは既にゼロ距離。

 起き上がりながら姿勢を整えるジャゴは中腰。ナイトは近づきすぎたジャゴから距離を取ろうと、半歩後退してマシンガンを構え直していた。


しかし、———『逃さない』。


起き上がりながら、ジャゴはナイトの脚を取る。ナイトの膝をガッチリとホールドし、ジャゴは中腰に屈した膝をゆっくりと、しかし力強く駆動音を上げて伸ばした。

 白銀の巨体が、十五メートルを超える騎士が、ジャゴに抱えられて宙吊りとなる。ナイトは仰け反りそうな上半身の姿勢を制御する事に必死で、ジャゴに反撃しようなんて夢のまた夢。シールドもマシンガンも持っているというのに、そんな両腕をばたつかせるのが精一杯だ。

 ジャゴは、そんなナイトを地面に叩きつける。己ごと倒れ込むように勢いを付けて、組体操もかくやと言うほど高く持ち上げたナイトを、硬い大地に放り投げた。


大地が、割れる。

砂埃が、吹き上がる。

轟音と埃を巻き込んで、白銀の騎士が地に沈む。


 ナイトは身を捻るのがやっとだった。落下の衝撃をシールドで受け止める。しかし、それではダメージを殺しきれない。盾と巨体に挟まれた左腕は、内部フレームが無惨にひしゃげてしまった。パイロットへの身体負荷も無視出来ない。右腕は無事だが、持っていたマシンガンは衝撃に任せて放り出してしまった。

 倒れ伏したナイトを、仁王立ちで見下ろすジャゴ。騎士は未だに立ち上がれない。ジャゴは騎士を見下ろしながら腰部に手を回し、駆け出しながらアックスを手に取った。そして飛びかかるように大地を蹴って、騎士を打ち砕こうと振りかぶる。


ナイトは、仰向けになるのがやっとだ。

だが、———それで良い。


 ひしゃげた腕はひしゃげたままに、完全に動かなくなったわけでもなし。肩部の旋回だけで無理やりシールドを構える。そしてギリギリで、振り下ろされたジャゴのアックスを受け止めた。

 斧のビアードが盾の縁に食らいつき、ジャゴは馬乗り状態でナイトにのしかかる。


———それで良い。


ジャゴとナイト。二機の重量、合計して百トン超。

 ナイトの大型ブースターは、それでも重力に抗ってのけた。白炎を背後に滾らせ、その身にジャゴを載せた状態で、ナイトの上半身がじわりじわりと持ち上がる。

 こうなってはナイトの方が有利だ。十倍近い出力を遺憾無く活かし、当て身を兼ねたシールドのひと振りで、ジャゴを後方に押しのける。たたらを踏んで後退するジャゴ、その隙にナイトはメイスを握って構える。

 両機共に、武装は近接仕様。互いの武器を振りかぶり、両機は跳躍して互いの間合いを踏み越えた。そして、二種の機械の腕が、互い違いに突き出て交差する。


———振り抜かれるナイトのメイス、

身を翻して、突き出されるジャゴの素手———。


ナイトのメイスは当たらない。アックスとの激突を前提にしていたからだ。代わりに、ジャゴの腕はナイトの頭部を鷲掴みにした。

 騎士の兜のような、流線型状を意識した円筒形のユニットだ。指をスリットにつっ込んで突き刺す様は、喧嘩殺法の目潰しを思わせる。そして間髪を入れず、反対の腕はナイトの右肩を抱き込んだ。これでは、ナイトは右腕を自由に動かせない。奇妙な話だが、ジャゴはナイト相手に関節技を極めたのだ。

 万力のようなGSのマニピュレーターが、ナイトの顔面を握りつぶそうと異音を上げる。


メイスで振り払うか?

不可能。———腕関節は一切の可動を封じられている。


ブースターで振り切るか?

不可能。———側面に張り付いた敵への効果は薄い。


シールドで叩き除けるか?

不可能。———反対の腕では距離が遠すぎて、有効打を与えられない。


———かくして、鷲掴みの開手が握り拳に変わった。


 潰れて大穴を開いたナイトの頭部から、めちゃめちゃに破壊されたカメラユニットを引きずり出す。血管や神経組織のように走る色とりどりのケーブルを五指に絡ませ、騎士を蹴って突き飛ばしながら、ジャゴは引きずり出した頭部の残骸を彼方へと放り投げた。

 そのまま尻もちをつくナイト。視覚を潰され、前後不覚。敵の位置さえ分からない。こうなってはもはやシールドを抱き込んで胸部を覆い隠し、コクピットを保護する他ない。


しかし、それさえ『許さない』———。


 ジャゴは思い切りアックスを振りかぶり、ナイトの左肩部に振り下ろす。シールドを保持した方の、既に不具合を抱えた方の腕だ。肩部と胴部の接合部を、正確に。深々と突き刺さった斧の刃が、しっかり内部構造を噛み砕けるように。


———それは、不味い。


腕を叩き切られそうだと察して。

盾を喪失しかけていると悟って。

命を失いかけていると理解して。


ナイトはようやく、『死』の吐息を実感する。


 めり込ませた斧を、ジャゴは何度も何度も踏みつける。邪魔な盾を捕まえて、全重量を刃に乗せて。

 前も後ろも見えないままに、ナイトも必死にメイスを振り回す。外すような距離でもないので、重く鋭い鉄塊の激突が何度も何度もジャゴの装甲を軋ませていた。膝部、大腿部、脇腹、正面装甲・・・どこもかしこもボコボコに凹ませて。それでも、ジャゴは斧を踏みつける事をやめなかった。


そして遂に、腕が落ちた———。


ジャゴは捕まえたシールドを勢いよく引っ張り、ナイトの肩口から左腕を引きずり出す。往生際悪く絡まるケーブルと人工筋肉が、バチバチと放電しながらジャゴを照らした。


———象徴的な景色だ。


大の字に倒れた、首無し巨人。

振り回すメイスは、空を裂くばかり。

引きずり出した腕、ヤツの『盾』はこちらにある。


 後方に大きく跳躍するジャゴ。着地と同時に、ナイトの腕を放り出す。何処か遠くへ、適当な場所へ。落下地点など見向きもせず、真っ直ぐナイトだけを見据えていた。

 中腰の姿勢。コクピットを両側から挟んだ、巨大なハッチが開放される。怪物の大顎だ。口を開いて剥き出しになるのは、いくつもの砲塔を束ねた回転式連射砲。歩兵でも、車両でもなく、戦艦をくらい尽くす為に研ぎ澄まされた、分不相応な牙である。


二百ミリ徹甲弾連射砲———。


 爆音を上げて火を噴く虎の子の連射砲はさながら、咆哮轟く竜のよう。大口径の反動は凄まじく、こうなってはジャゴは微動だに出来ない。機動兵器が固定砲台になるというハンデを抱えながらも、やはり破壊力は折り紙付きだ。

 弾幕に晒されたナイトは、見るも無惨。上等な装甲材質が、跳弾性と耐弾性を両立した特殊形状が、まるで機能していない。連射砲が奏でる旋律に身を任せ、騎士は全身を震わせながら踊り狂っていた。

 穴が開く。十や二十ではない。無数の穴が、脚に。腰に。腹に。肩に。腕に。胸に。全身くまなく撃ち抜かれては、ナイトの体内も無事では済まない。


内部フレームが砕けた。

人工筋肉が断裂した。

コクピットが撃ち抜かれた。

パイロットが潰れて爆ぜた。

心臓部、マイクロ原子炉が貫かれた。

冷却装置が粉砕した。


そして、———ナイトウォーリアーは轟音と閃光を上げ、ジャゴ眼前で爆発四散してしまった。





シミュレーション、———続行。


 爆散したナイトの残骸。炎と黒煙の匂いに引き寄せられて、次のナイトたちがやってくる。血に飢えた禿鷹のように。腹をすかせた野犬のように。


マシンガン、

アックス、共に喪失。


機体状況、損傷多数。


バッテリー残量、

水素残量、共に半分以下。


満身創痍のジャゴの周りには、既に次の標的が集っていた。

 左舷にナイトウォーリアー、三機。右舷後方、ナイトアーチャーが四機。建物の影には、いくつもの対GS用装甲車が隠れ潜んでいる。黒ぐろとした靄に視界が塗りつぶされる中、ジャゴは次の標的を見据えて、飛びかかろうと中腰の姿勢を取った。




———————


—————

———



 深夜の中央広場。今夜も豪雨。分厚い雲は、風と雷を引き連れて、大声で暴れて荒れ狂っていた。

 その直下に聳える、贖罪の柱。そこには少女が縛り付けられている。ニナはもはや、指一本動かない。身じろぎもしない。肋骨さえももう動かず、開ききった口は、空気を取り込むのをやめていた。








つづく


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