第十六話『金腕のニナ その⑧』
「次の試合は一時間後だってさ。訓練生の要求が通るなんてびっくりだよ。」
テレサに振り向きながら言うニナ。そんな彼女を見てテレサは少し不思議そうな顔をするが、すぐに合点が行ったように手を叩いた。
「ああ、そっか。ニナちゃんまだ日が浅いもんね。」
釈然としない顔でテレサを見るニナ。いつまでも新入り扱いされるのは不本意だと目で訴える。そんな視線に気づいてか、テレサは困った顔で笑みを浮かべた。
「特別なんだよ、アルベルトさんは。ねぇ、始まる前に購買に炭酸水でも買いに行こうよ。」
言いながら先に歩き出すテレサ。
噂話や肩書きは知っていても、具体的なエピソードはテレサも知らないのだろう。煙に巻かれて腑に落ちない感情を抱きながら、ニナも小走りでテレサの後を追った。
購買までなんとか辿り着いた二人だったが、同じ事を思った者は存外多かったらしい。販売員の顔が見えない程度には濃密な人だかりが場を支配し、並ぶのさえ億劫に感じる。よもや列で一時間並び続けるという事はありえないだろうが、それでも並んで、買って、また観覧席に戻る頃には、間違いなく良い場所は取り尽くされているだろう。
「・・・炭酸水は諦めよっか。」
ニナが言うと、テレサも同調するように、しかし残念そうに頷いた。
ひと試合終えて喉が渇いていたのも、この第一◯◯八番新兵訓練キャンプにおいてはそこそこの贅沢品である炭酸水を楽しみにしていたのも事実だ。しかし、その為に試合そのものが見えなくなっては元も子もない。それが最高のカードがマッチングした一騎打ちなら、なおさら。
そんな話をしていると、二人の肩に何者かが腕をかけた。
「君たちも試合、見るんだろ?」
驚いて硬直し、ピンと背筋を伸ばす二人。すると少女らの視界に、目当てのものが映り込む。
きつく締まったペットボトルに波々と注がれた透明の液体。いくつもの気泡が中で生まれては弾け、ボトルの外側も大粒の水滴で濡れている。肌に近づくだけで、それがキンキンに冷えているのが分かる。買ったばかりの、二人が欲しがっていた炭酸水である。
「おごり。一緒に見ない?良い席取ってるよ。」
炭酸水のペットボトルを受け取りながら振り向くと、そこには若い訓練生が立っていた。傍らにはもう一人、同年代の別の訓練生が立っている。その手にはやはり炭酸水のボトルが握られており、同じ目的でここまで来たことが見て取れた。
勢いで受け取ってしまったニナではあるが、知らない男にいきなり誘われても困ってしまう。そしてそれ以上に、やたらと馴れ馴れしいのが気に食わない。
「ありがたいけど、なんで・・・」
「行きます!嬉しい!」
そんなニナの言葉に被せるように、テレサは大きな声で言いながらニナの腕に自分の腕を絡ませる。
「よっしゃ!じゃあ行こう!」
ガッツポーズして連れの訓練生にアピールする男。そんな二人に聞こえないように、テレサはぐっとニナを引き寄せて耳打ちする。
「野暮な事聞くんじゃないよ、まったく。未来の将校さんにお近づきになるチャンスかも知れないよ!」
「・・・」
そう言えばそうだった、と思い出すニナ。
多目的支援課の女たちの最大の目的は、この訓練施設で未来の将校を射止める事にある。同盟軍に仕える将校の伴侶になる事で、安全な内地で優雅な暮らしを保証される事。そういう野心を抱いて、望んでこの辺境にやってくるのが多目的支援課に属するほとんどの女たちである。
ニナには当然、そんな願望はない。願望の話をするなら、こんな場所は今すぐぶっ壊れてしまえ、と日頃から思っている。しかしそんな彼女でも、GSの試合だけは興味がある。生来の、メカニックとしての血が騒ぐのだ。
———今すぐ、壊したい。
もっと、見たい———
相反する二つの感情だが、幸か不幸か、ここ数ヶ月でそれを上手く処理する技術だけは身についていた。
安い頓知ではあるが、これも『奪う事』だと己に言い聞かせる。付け焼き刃でも、その場しのぎでも、気の所為でも、それで納得できればそれでいい。そのように自分の機嫌を取る術ばかりが身についていく。
「俺はシーザー!で、こっちがニックな。」
ニナとテレサを紹介した男が簡単な自己紹介をする。ついでに紹介されたニックも軽く手を振って「よろしくな!」と挨拶をした。
「シーザーさんとニックさん!私はテレサ・ヒルトンって言います!あっ、二人とも一◯五期生・・・って事は、私たち同期みたいなものですね!」
率先して挨拶をするテレサ。
「おお、マジか!親近感湧くね~!」
そういうシーザーのわきにテレサはいち早く陣取った。そんな彼女はニナの腕を掴んだままで、ニナの傍らにはニックも立っていた。
これはもう逃げられない雰囲気だと悟り、少々不本意ながらニナも軽く自己紹介をする。
「えっと、私は・・・」
「ニナ・ゲッペル。知ってるさ。」
ニナが言い終えるより先に、ニックは被せるように言った。驚いた表情を隠しきれずにニックを見ていると、シーザーも付け加える。
「当然だよ、有名人だからな~。」
テレサの視線が突き刺さって痛い。それは嫉妬を隠す気もないあからさまなものだった。決して抜け駆けした覚えはないと首を振って訴えるニナではあったが、テレサはやはり疑念の目を向けていた。
しばらく歩くと、訓練生用の観覧席が見えてきた。確かにここは、先ほどニナとテレサだけで観戦した時よりもずっと良い席だった。大きなパラソルで日陰になっており、複数人で座れるベンチと、各ベンチに備え付けの双眼鏡まで付いている。先程のフェンス際の観戦とはいったい何だったのか。
少しずつ空いた席が埋まっていく。シーザーたちのように、この機会に男女で仲良くなろうと考える者は少なくない。複数あった空席のベンチは、一つ、また一つと男女のグループで埋まっていく。他のグループと同じようにニナたちの一行も、とりとめもない小話をしながら観覧席の奥の方へと歩を進めるのであった。
複数の荷物が散乱したベンチ。一人で荷物の番をしながら、ぼうっと試合開始の準備を眺めている青年がいた。眼下の模擬戦フィールドでは、複数の車両がエリアAを平らに均したり、エリアBで破壊されたハリボテの残骸を片付けたりしている。
そんな彼に、シーザーが背後から声をかけた。
「トビー、帰ったぜ!」
「おう。って、おま・・・!?」
振り向きながら返事をしようとしたトビーは、驚くと同時に文句を言おうとした。
しかしシーザーは、その反応は当然織り込み済みだ。すぐさま買ってきた三本目の炭酸水のボトルを投げて寄越すと、トビーはキャッチするのに気を取られて言葉を途中で打ち切られる。その隙に、ニックはベンチに残した荷物を下ろして少女二人を案内した。
「・・・おい、どういうつもりだよ!」
シーザーに肩を寄せ、小声で耳打ちするように迫るトビー。それもそのはず、トビーはついこの間、ニナにこっ酷く振られている。
対するシーザーは煩わしく振り払うように、しかし小声で返答した。
「俺だって気になってたんだよ。」
それは事実だが、それだけではない。
これはシーザーなりの当てつけだった。同期でありながら他のメンバーを下に見る嫌いがあるトビーに、少しお灸を据えてやろうという魂胆があった。どうせやるなら、一挙両得が良いと。トビーのプライドに傷をつけ、あわよくばニナと距離を近づけられれば良いと、そんな企てがあったのだ。
そんな意図が透けて見え隠れしながらも、時刻はそろそろ試合開始のゴングを目前にしていた。二機のGSが互いのコクピットを開いたまま向かい合い、エリアAに記された白線に足を付けて片膝立ちしている。もはや不満を言っていられる時間はなくなり、五人の男女は少し狭そうにベンチに腰掛けた。
試合が始まる前に聞いておこうと思い、ニナは誰にともなく質問する。
「よく知らないんだけどさ、アルベルトって人は結局、何がそんなにすごいの?」
「アルベルト『さん』な。」
すぐさま訂正するトビー。シーザーとニックもそうだと同調する。その様子から、アルベルト・フーバーという訓練生が如何に他の訓練生から恐れられ、同時に尊敬されているかが伺い知れた。
ニナの疑問に答えようと、ニックがアルベルト訓練生の風評を語り始める。
「アルベルトさんはキャンプに来た当初からすごかったらしいけど、座学でも体力でも首席を外した事がなかった。俺たち前期生はまだだけど、前期の基礎訓練が終わると、中期以降はGS操縦訓練が始まるんだ。」
言いながらニックが一口飲み物を飲むと、その先はシーザーが語った。
「色んな伝説を持つ人だけど、一番やばいのはアレだな。『十人抜き』の話。」
「十人抜き・・・?」
復唱するニナ。テレサも興味が尽きない様子で話に聞き入っていた。
その逸話については、トビーが二人に解説する。
「特殊戦のルールは分かるか?さっきの、三対一のやつだ。アルベルトさんがまだ中期生だった頃、当時の後期生の先輩チーム相手にやったのが、俺たち訓練生なら誰でも知ってる『十人抜き』だよ。」
「十対一で勝った・・・とか・・・?」
恐る恐る聞いてみるテレサ。今の彼女なら、それがどれほど荒唐無稽な事かよく分かる。
ウルスス訓練生ほど優秀なパイロットであっても、三対一では辛勝する事が関の山だ。それはパイロット技術がどうという次元の話にとどまらず、弾薬や推進剤の残りというGSならではの問題に直面してしまうからだ。多勢に無勢で勝ち進むには、他を圧倒するほどの奮戦をしなければならない。他を圧倒するには、相応のリソースを消費しなければならない。そしてリソースを消費すればするほど、中盤から終盤にかけての手札が減っていく。水が上から下へ流れ落ちるのと同じ、当たり前の事。その当たり前をなんとか誤魔化し、それでも満身創痍で切り抜けられるかどうかのラインが三対一なのだろう。
―――それを、十対一?
トビーは頷きながら話の先を続けた。
「結果的に、だけどな。詳しい事はもう誰も知らないだろうが、アルベルトさんは先輩たちと何かの賭けをした。そして三対一の特殊戦に勝った。しかし先輩たちは納得が行かず、試合は続行された。次の三人チーム、また次の三人チームと連続で相手して、最後は当時の教官とも一騎打ちをしたそうだ。」
「三チームと一人だから、十人抜き・・・」
トビーの話しを聞き届け、呟くニナ。
いったいどんな戦い方をすればそれが可能なのか、少女は想像も出来なかった。どのように鋼の五体を使いこなし、敵を破壊するのか。何をどうすれば、それだけの大人数相手に弾薬も推進剤も足りるというのか。可動部や関節部への疲労蓄積、装甲の損傷、パイロット本人への負担も無視できない。
その全てを、乗り越えたと言うのか―――?
―――故に、『最強』か。
模擬戦フィールドでは、二人の訓練生が既に向かい合っていた。
「応じてくれて嬉しいよ。断られたらどうしようかと。」
どこまで本気で言っているのか。アルベルト訓練生は、細い糸目を吊り上げ、貼り付けたような笑みのままウルスス訓練生に告げた。
「こんな機会ないですから・・・全力で行きます。」
それだけ言うと、ウルスス訓練生は先にコクピットハッチを閉じてしまった。
アルベルト訓練生は「つれないね。」と軽口を言うと、少し遅れてコクピットハッチを閉鎖する。機種は互いに、ナイト・ウォーリアー。ウルスス訓練生の機体の肩には『W67』の文字が記され、アルベルト訓練生の機体には『W58』と記されていた。立ち上がったまま向かい合う二機は、規定通り真後ろに五歩ずつ下がって距離を取る。
武装はメイスとマシンガン、そして大型シールド。最も基本的な、ナイト・ウォーリアーらしい装備一式と言える。
―――三度のサイレン、それは試合開始の合図。
最後のサイレンを聞き届けて、先に動いたのはウルスス機だった。シールドを真正面に構え、その裏に隠れながらマシンガンを撃つ。教範通りの、お手本のような挨拶だ。
「良いね、狙いも正確だ!」
アルベルト訓練生は嬉しそうに言うと、向かって前方二時方向に飛び込んでマシンガン掃射の初段をずらす。マーカー弾の奔流は幽霊の身体をすり抜けるように、ほぼ命中したかのようなギリギリの距離感でアルベルト機の装甲とすれ違った。
「俺の盾を!?・・・こんなもの!」
アルベルト機の位置取りは、単に『弾を避けた結果の位置』ではない。左腕で盾を構え、右腕に携行したマシンガンを撃つウルスス訓練生から見て、ちょうど盾の死角になる位置が、アルベルト機が陣取った場所なのだ。己を守るはずの盾が、こうも簡単に死角を奪う目隠しに替えられた。分かってはいた事だが、こんなにも容易くパイロット技術の差を見せつけられては、流石のウルスス訓練生も気圧されてしまう。
そんな精神の甘さを払拭すべく、ウルスス訓練生は敢えてシールドを背後まで振り抜いて半身に身体を引き伸ばし、アルベルト機の眼前に再びマシンガンを向ける。
「当たれッ!」
けたたましい破裂音とともに火を噴くマシンガン。ナイトの運動性能とサイズでは、この距離でのマシンガン掃射を避ける事は不可能だ。盾で防ぐか、装甲で受けるか。ウルスス訓練生は敵機に二者択一を迫る。
―――射撃、外れ。またしても。
アルベルト機は体勢を低くしたまま、滑るように移動した。それはほんの一瞬だけ、実体が消えるかのような挙動。そんな事は絶対にありえないのに、向かい合っているウルスス訓練生の位置からでさえ、何故避けられたのか理解出来ない挙動が繰り返される。
観覧席も困惑に支配されていた。明らかに命中したように見えた攻撃が、その実一発たりとも命中していない。その摩訶不思議な光景には、誰もが首をかしげる他なかった。
「ねぇ、あれどうなってんの?」
ニナに小声で耳打ちするテレサ。しかしニナにも、手品のカラクリは見えなかった。
「・・・」
悔しそうに爪を噛むニナ。その様子を見て、可笑しくなってしまった周りの訓練生たちが笑う。
「分かるわけないだろ。アルベルトさんの動きは誰にも見えねぇし、誰にも追えないんだ。だからあの人は最強なんだよ。」
自分の事のように、得意げに言うシーザー。ニックとトビーも「当然だ。」と同調する。
その姿を見て、ニナは言い知れぬ憤りを感じていた。ニナ・ゲッペルは訓練生でもパイロット候補生でもない、雑用がいいところの多目的支援課だから見て分かるはずがない。そう思われる事も癪に障るが、それは仕方ない事だ。それ以上に腹立たしいのは、訓練生たちが悔しいと思っていない事だ。
同じ訓練生、同じパイロットを目指す兵士の卵であるはずなのに、完敗している事をなんとも思っていない。そればかりか、完敗している事を誇ってさえいる。
―――気持ち悪い。
「双眼鏡貸して!」
言いながら、奪い取るようにしてベンチに備え付けられた双眼鏡を手に取るニナ。これからアルベルト機を狙撃でもするのではないかという剣幕で覗き込む。
アルベルト機の一挙手一投足・・・では足りない。爪先から頭部カメラまでくまなく、外装の動きや角度から内部フレームの微動までもを想定し、穴が開くほどじっくりと機体の動きを見定める。そんなニナの反応を不思議に思いながら、シーザーたちは新たな動きを見せる模擬戦場の方へ視線を移した。
当のアルベルト機は既にウルスス機の手首を掴んでおり、マシンガンを持つ手に角度を付けてあらぬ方向を撃たせていた。
「思い切りが良いね―――。けど、不用心は関心しないなッ!」
取った腕を引き、相手の体勢を崩すアルベルト機。マシンガンを避けた一連の挙動に気を取られ、ウルスス訓練生は僅かに反応が遅れてしまう。
「まずい、姿勢制御・・・!」
操縦桿を傾けて重心を移動させるウルスス訓練生だが、それがまさにアルベルト訓練生の狙いだった。倒れまいと踏ん張った瞬間、ウルスス機の動きは完全に止まった。力強く地面を踏みしめる事は硬直を意味し、硬直は完全に動きの余白を殺してしまう。
「止まってはいけないッ―――蹴られてしまうからね!」
先ほど掴んだウルスス機の手首を離しながら、アルベルト機は片足立ちになって大きく腰を回転させる。その動きから繰り出されたのは、強烈な回し蹴り。音を立てて空を裂いた横薙ぎの一閃が、深々とウルスス機の脇腹に突き刺さった。
「ぐあぁぁッ・・・!」
Machine Gun: ―――Lost / Offline.
ウルスス訓練生のコクピットを、凄まじい衝撃が駆け抜ける。大きく傾いて倒れる機体が体勢を崩すほど、パイロットは急激な浮遊感に襲われた。鋼の巨人はプログラムされた動きで、倒れるより先に受け身の動きを取ってみせたが、それでもパイロットへのダメージは殺しきれない。
Right Exhaust Duct: ―――Destroyed / Offline.
Left Shoulder: ―――Multiple Damage Detected.
Left Upper Arm: ―――Sub-Critical Durability.
Left Forearm: ―――Multiple Damage Detected.
―――更新される損耗アラートを気付けに、途切れそうな意識を繋ぎ止める。
「とにかく、距離を・・・!」
ローリングしてなんとか距離を取るウルスス機。無我夢中で転がり、とにかく早く体勢を立て直そうと、ウルスス訓練生は操縦桿を手繰った。
姿勢を中腰まで戻すと、少し離れた位置にアルベルト機を確認する。白銀の騎士はメイスで地面を貫いており、グリップを引いて金棒を大地から引き抜く真っ最中だった。もう一瞬でもあの場に留まっていたら・・・そんな事を考えると、ウルスス訓練生の背筋を悪寒が駆け抜ける。一歩間違えれば、即敗退。実戦なら、即死。
「よく躱したね。これならまだまだ楽しめそうだ。」
実に楽しそうに言うと、アルベルト機は足元に転がっていたマシンガンを軽く蹴飛ばした。サッカーボールをパスするかのような挙動。僅かに舞い上がった模擬戦用マシンガンが何度か地面にバウンドし、一直線に滑りながらウルスス機の足元にまで戻ってきた。
ナイトの脚部に触れる一歩手前で止まったマシンガンは、アルベルト訓練生の類稀なる実力をこれでもかと見せつけている。完璧な方向コントロール、完璧な威力制御、そして完璧な挑発。全ての面において、自分が上だと誇示するかのようだ。
一歩踏み出すウルスス機―――
―――六十五トンの巨体が、蹴り戻されたマシンガンを踏み砕いた。
驚愕のどよめき。広い観客席を一色に染め上げた感情は、まさにそれだった。戦いに於いて、武装とは命綱だ。それが無ければ、戦いなど到底成立するわけがない。アルベルト訓練生とウルスス訓練生ほどの実力差があるなら尚更だ。加えて、先輩からの温情をあのように無下にするなど、そんな無礼な事がこのキャンプで許されるはずがない。
―――しかし、その温情こそがウルスス訓練生にとっては『侮辱』だった。
思えば、敗北しえたタイミングなどこれまでに何度もあった。
脇腹を蹴られた時、―――コクピットを直接蹴る事も出来ただろう。
ナイトが崩れ落ちる最中、―――追撃は防ぎ得なかっただろう。
ローリングで逃れた時、―――マシンガンで撃てば、全弾命中しただろう。
力不足で『最強』に敗れるのは良い。が、しかし―――
「遊ばれるのは、御免だッ―――!」
ウルスス機は腰部にマウントしたメイスを抜き放ち、大きく振りかぶって駆け出した。狙いは当然、アルベルト機。一直線に、一歩一歩踏みしめる。その勢いは進む毎に増し、疾走は全速力に届きつつあった。
「向かって来るのかい?嬉しいよ・・・けど、ささやかな抵抗はさせて貰おうかな!」
左腕に携行したシールドをパージし、流れるような動きでマシンガンを構えるアルベルト機。銃口を向けても、ウルスス機が進路を変える様子はない。その姿を見てアルベルト訓練生はたいそう喜び、躊躇無くマシンガンを撃ち放った。
重厚な破裂音が大気を震わす。連射されたマーカー弾は空を裂き、しかしそのうち一発たりともウルスス機には当たらなかった。
「乗ってくれて、どうも・・・!」
引き金が引かれる瞬間を狙って、ウルスス訓練生は勢いよく背部ブースターを爆発させた。白炎が背後で爆ぜ、全高十五メートルもの巨人を天高く打ち上げる。
ティモン訓練生の技だ―――
マシンガンの射線は、概ね直線。それを、アーチの軌道でやり過ごす。天に舞い上がったウルスス機はアルベルト機を飛び越えながら攻撃を躱し、二機の巨人は空と大地ですれ違った。着地は身を捻りながら、慎重に。アルベルト機の背後を、確実に取る為に。
「やるじゃないか。」
アルベルト訓練生は笑みを崩さない。背後を映すモニター映像で、冷静にウルスス機の挙動を観察する。
ウルスス機は着地の衝撃も殺しきらず、無理な体勢をブースターで修正しながらアルベルト機の背に飛び込んだ。振りかぶったメイスを勢い良く振り抜き、敵機の頭部破壊を試みる。
———一矢報いる可能性、それだけでも異例。
ギャラリーは展開に釘付けになっていた。
そんな中、ここまで双眼鏡を離そうとしなかったニナだけが、このタイミングで双眼鏡を顔から離す。
「分かりかけてきた、と思う。」
静かに言うニナ。
眼下ではやはり、ウルスス機のメイス攻撃が虚像でも殴っているかのようにすり抜ける。
———一撃、
———二撃、すり抜ける。
そして三撃目のメイスは、振り切る前にマシンガンの側面で絡め取られ、防がれてしまった。
「・・・甘くは、ないか。」
技術が及ばないもどかしさ、かすりもしない歯痒さを噛み殺して、ウルスス訓練生は喉から言葉を絞り出す。
モニターに映るアルベルト機は、ウルスス機のメイスを依然として絡め取ったまま、自身のメイスを振り抜いていた。
「クッ・・・!」
防ぐほか、ない。
ウルスス機は急いでシールドを構えると、アルベルト機のメイスを寸手のところで受け止めた。シールドの縁にはメイスのスパイクが牙を立てるように引っかかり、ウルスス機をその姿勢でロックしてしまう。
防げる攻撃には意図がある———
———分かっていながら、乗るほかない。
相手の手の中で転がされる不快感に耐えながら、次の一手を模索する。
電撃戦覚悟の奇襲はどうしても過剰に燃料を消耗してしまう。元々そう何度も使える手では無いが、アルベルト訓練生相手にはもう二度と通用しないだろう。
損傷し、消耗した機体でどこまで張り合えるか。ウルスス訓練生は霧の迷路ににでも放り込まれた気分を味わった。
ニナのつぶやきを聞いて、真っ先に反応したのはテレサだった。その目には、少なからず期待の色が伺えた。
「分かりかけて・・・って、アルベルトさんの動きが?」
ニナは静かに頷くが、周りのシーザーたちは全く本気にしていない様子だ。茶化すような言葉こそ言わないように口を噤んでいるが、目線は明らかに、哀れなものを見るものになっている。
構わず、ニナは自説を展開し始めた。
「いくら十一万キロワットのジェネレーター積んでるからって、六十五トンの鉄塊がマシンガンを避けられるの、冷静に考えたら色々おかしいでしょ?別に、弾速以上のスピードで動いてるんじゃないんだよ。」
シーザーたちの顔から、先ほどまでの半笑いの表情が消える。テレサだけが「確かに。」と相槌を返した。
「アルベルト機はマシンガンの初弾をずらして射線を外した。ウルスス機は撃たれる前に飛び越えた。実力差は歴然だけど、やってる事自体は同じだよ。だから『スピード』じゃないの。避けるなら『タイミング』の方が大事なんだよ。速度より拍子を使うのが、上手い人の戦い方なんだ。」
「そ、そんな事は考えりゃ誰だって分かる事だ・・・!それが何だって言うんだよ?」
ニナの言葉を遮るトビー。ニナはチラリと彼の方を見ると、表情を変えずに話しを再開した。
「ヒントになったのはウルスス機の避け方だよ。『ここぞって時』にブースターを噴かせて、アルベルト機を飛び越えた。」
ニナを除いた四人がその瞬間を回想する。
確かに、圧巻の一幕だった。ヒトの似姿として作られていながら、ヒトの跳躍では到底不可能な大飛躍で敵機も銃撃も飛び越える。背部に内蔵されたジェットパックという異物あってこその離れ業。GSという種の兵器が他と一線を画する所以が垣間見えた一幕だろう。
「アルベルト機はさ、『アレ』をやってるんだよ。ほんの一瞬だけ。誰も気づかないぐらい、こっそり。けど、その瞬間だけは『速さの質』が変わるんだ。関節部モーターと電磁パルスで収縮する人工筋肉のスピードが、一瞬だけ熱核ロケットの噴射に切り替わる・・・」
ニナの説を聞いて、最初に反応したのはやはりトビーだった。
「その切り替えで、アルベルトさんは『拍子をずらしてる』っていうのか?それなら・・・いや、でも・・・旧世代のマニュアル機ならともかく、APSのナイトでそんな器用な真似は・・・」
一応の筋は通る。しかし、やはり腑に落ちないので疑問をぶつけてみると、ニナは真っ直ぐトビーに向き直った。
「それがあの、アルベルト・フーバーってパイロットの怖いところなんだよ。操縦系の簡略化と人工知能の補助で自動化したコクピットは本来パイロットの出来る事を狭めるはずなのに、あの人はそれ込みで使い熟してるんだ。多分歴史上で見ても、全く新しいタイプのエースなんだよ。」
真摯なニナの目を見て、それ以上反論しようと言う者はいなかった。
短いやり取りの中でさえ彼女のGS関連の知識は訓練生さえも凌駕している事が分かったし、彼女が他の誰よりも詳細に試合を見ている事も伝わった。本来、誰よりも真剣に観戦すべき訓練生たちを差し置いて。
「ニナちゃんすごいな!機械とかGSの事とか、女の子なのに詳しくてさ!」
「・・・機械に性別なんかないよ。」
居心地悪い静寂の訪れを察して軽口を言うシーザーだったが、ニナの返答がより居心地悪い静寂を引き寄せた。下手な事を言ってしまったと、流石にバツが悪くなって縮こまるシーザー。
そんな静寂は、長くは続かない。眼下の模擬戦場で繰り広げられている戦いは、一時的な膠着状態を容赦なく急変させた。停滞していた戦況が、ブースターの爆音を上げて大きく動き出した。
つづく




