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機甲大戦記VOLT  作者: 無銘
金腕のニナ編
15/22

第十五話『金腕のニナ その⑦』





 日射が照りつける灼熱の日。年中悪天候で知られる第一◯◯八番新兵訓練キャンプにおいては、例え雲一つない快晴であっても、空は眼下の有象無象を許さない。そんな悪条件のさなかでさえ、あるいはそれ以上に、この日の訓練生達は熱狂していた。


 祭りのような人だかりが見下ろす先には、広く巨大な『GS用模擬戦フィールド』が広がっている。そもそも模擬戦に参加出来るのは真に選ばれし優秀な訓練生のみなのだが、その中でも頂点と序列を決定づけるのが、定期的に公開されるGS模擬戦の様子なのだ。それぞれが二百メートル四方の四つのエリアを組み合わせた広い戦場で、GS同士が覇を競う。


エリアA:『基底のエリア』

 どこまでも均等に砂利を敷き詰めただけの平坦なエリア。一切の遮蔽物がなく、逃げも隠れも出来ない。機体性能とパイロットの白兵戦技術が最も試されるエリアである。中央には白線で印が付けてあり、試合はここから始まる。


エリアB:『市街地のエリア』

 木製のハリボテで出来た建物がところ狭しと立ち並び、市街地を再現しているエリア。最も実戦的なエリアとされ、様々な遮蔽物を活用した戦術的・戦略的立ち回りが問われる。模擬戦において最大の華とされるエリア。


エリアC:『泥湖のエリア』

 外観は平坦に続く泥のエリアで、エリアAとほとんど変わり映えしないが、それは見た目だけの話。ひとたび踏み込めば、容赦なくGSの足を取る大小様々な沼地が不規則に隠れているのが特徴。GSの足首程度まで沈み込む箇所から、半身ほどまで沈み込んでしまう箇所まで、深さにもばらつきがある。模擬戦において最も凶悪とされるエリア。


エリアD:『岩山のエリア』

 断崖絶壁を模した岩山で構成されたエリア。市街地戦のような、人工物で囲まれたエリアとはまた別の戦術的・戦略的立ち回りが問われる。環境と自然物を有効活用し、人型兵器ならではの柔軟な戦い方が試されるエリア。模擬戦におけるもう一つの華である。


 このキャンプの模擬戦は、大きく分けて三つの試合形式に分かれている。一対一の決闘形式で行われる『個人戦』、三対三のチーム戦形式で行われる『団体戦』、そして三対一の多勢に無勢で繰り広げられる『特殊戦』である。

 ルールは実にシンプルだ。相手の頭部カメラを破壊する、またはコクピットブロックに攻撃を当てる事で勝敗が決定される。当然ながら、模擬戦に本物の武器や実弾は用いられない。代わりに用いられるのは、装甲を破壊できない程度の軽量な近接武装と、実弾の代わりにマーカー弾を射出する模擬戦専用マシンガンだ。この模擬戦の大きな特徴として、戦場全域が複数のカメラでモニターされており、そのカメラ映像による情報は試合に参加しているGSのAPSとリアルタイムで同期されるという仕組みがある。参加GSをモニターしているシステムが常に被弾マーカーの数と位置を計算し、限界以上に被弾した箇所を機能停止する。

 実際に中破や大破はしないものの、試合に参加しているパイロットは、実戦と同様の緊張感と臨場感を味わいながら鋼の巨人を駆る事が出来るのだ。操縦の基礎訓練に用いられるシミュレーションポッドでは味わえない、振動や衝撃、高速移動時に受ける重圧、そして足元の硬さや頼りなさ。その全てを経験し、受け止め、乗りこなして見せる。それが出来て初めて、訓練生は人機一体の兵士に生まれ変わるのだ。


 全てのエリアを合わせて、四百メートル四方のGS用模擬戦フィールドを見下ろす形で配置された観覧席は、フェンス一つ挟んだ二十五メートルの断崖絶壁になっている。全高十五メートルの巨人同士の戦いが、僅か十メートルほど下の空間で繰り広げられる様は圧巻の一言。鉄塊と鉄塊の激突、射撃に伴う重厚な破裂音、豪快に吹き上がる粉塵など、観客もまたGS同士の戦いの迫力を五感で感じられるのが、模擬戦というイベントの大きな魅力だ。

 極端に娯楽が少なく、厳しい訓練キャンプの日々ではあるが、こういった模擬戦は一般訓練生や多目的支援課の作業員にとっての数少ない娯楽になっている。年に何度も行われない公開模擬戦は特に大きなイベントだ。適度なガス抜きの他に、実践的な空気に触れる事、同期の中でも最優秀な者を見て学ぶ事、そして自分もそうなろうと奮起させる事が、模擬戦を公開する事の大きな狙いである。


 例に漏れず、他の多目的支援課の者と一緒に、今日ばかりはニナも観戦に来ていた。三対一の特殊戦は、脱落者を一人出しながら、平坦なエリアAから市街地を模したエリアBへ。機体性能と、パイロット技術と、そして環境そのものの有効活用をも問われる局面へとなだれ込んでいく。

 眼下で戦いを繰り広げているのは、実家の整備工房では扱った事がないような高級機、同盟軍が正式量産型に指定している『ナイト・ウォーリアー』の機体である。中世騎士を模した外観に、湾曲した巨大なシールド、武装はメイスとマシンガンを装備したGSである。


「すごいね、あの52番の動き!あんな距離でマシンガンを避けられるなんて!」


 鉤爪のようにした指先でフェンスを強く握り、感嘆の声を上げたのはテレサだった。短く切り揃えた赤髪に、そばかすが特徴的な色白の肌の少女だ。同年代という事もあり、ニナと一緒に仕事を任される事が多く、気がついた頃には二人の間に友情が芽生えていたのだ。


「そうだね。確かに上手い・・・」


その戦いぶりを見てニナも同調する。

 各機体の肩アーマーには番号が振られており、『W49』『W50』『W51』のナンバリングを施されたものが三機でひとチーム、『W52』のナイト・ウォーリアーを相手に戦っていたが、既にエリアAで『W50』の選手は脱落してしまっている。


 歓声とブーイングは、ほぼ同時に。エリアを変えるという事は、すなわち見やすい席が変わるという事でもある。遮蔽物の多いエリアBは特にその傾向が顕著だ。ニナとテレサの位置取りはちょうどエリアAとエリアBの境目辺りを見下ろす地点なので問題ないが、このまま奥の方へ戦いがもつれ込めば、二人の位置からでも見えなくなってしまうだろう。

 マンションを模した大きな建物の裏に隠れた52番を、49番と51番が慎重に左右から回り込んで挟み撃ちにしようと試みる。51番のナイト・ウォーリアーを駆るティモン訓練生は万全を期すべく、相棒に通信を繋げる。


「スティーブ、聞こえるか?」


開いた通信ウィンドウをオンラインに切り替え、49番が応答した。


「ああ。挟み撃ち、でいいんだな?」


「そのつもりだ。路地を出たらとにかく撃つぞ。狙わなくていい!弾幕を張るんだ!」


「了解!」


息を合わせ、二機のGSが同時に路地から姿を表した。

 大盾を真正面見構え、二機はとにかく前方にマシンガンを乱射した。狙いは定めず、大盾に隠れたままところ狭しと弾同士が重なるように、二人のパイロットはマシンガンの弾倉が空になるまで引き金を引き続けた。乱れ飛ぶマーカー弾の雨あられがマンションの左右から降り注ぎ、周囲の建物や二機の盾に無数のマーカー跡が付着する。

 マーカー弾は薄いフィルムカプセルを液体塗料で満たしたものに過ぎないのでGSの装甲に傷をつける事はないが、市街地をもしている木製のハリボテは別である。マーカー弾が命中する度にハリボテの表面は塗料で色づくだけでなく、凹み、ささくれ、破壊される。それは本物の鉄筋コンクリートの建物が、実弾の射撃を受けた時のように。


「やったか!」


叫ぶスティーブ訓練生。シールドを傾けて視界を確保する。

 砂埃が晴れ、少しずつ景色の全貌が顕になる。地面やマンションの壁面には無数のマーカー跡が付着して表面が半壊していた。それは二機のシールドも同じで、その表面はところ狭しと、幾重にもマーカー跡が刻み込まれていた。


しかし、肝心の敵がいない―――


「・・・どこへ消えた?」


盾を構えながら慎重に前に進むティモン機。絶対に逃れられないはずの挟み撃ちに倒れるわけでも、切り抜けて反撃するわけでもない。敵機が忽然と消えたという異常事態に、呼吸を激しく乱しながら周囲を警戒する。

 スティーブもまた同じ感情を抱いていた。三対一の特殊戦において自分は有利な方に属しているというのに、まるで優勢な側にいる実感がない。霧の中にいるような、嫌な感覚。


「霧・・・」


発音してみると、スティーブは改めて違和感を実感する。


「そうだ、おかしいんだ!霧が、砂埃がこんなに立ってるなんて・・・!」


地面に直接撃ったわけでもないのに、しばらく待たなければ晴れないほど濃い砂埃の霧が出来ているという異常事態。そこに何故、もっと早くに気が付かなかったのか。


 木組みの板を箱型に組み合わせた薄暗い小部屋。砂埃の隙間から明滅する陽光が、影に隠れたナイトをチラチラと照らす。肩アーマーに施されたナンバリングは『W52』、スティーブ訓練生とティモン訓練生が挟み撃ちにしたはずの機体である。

 予想通りマシンガンを撃ち尽くした音を聞き届けると、ウルスス訓練生は『その時』が来るまでじっと息を殺した。


「・・・来た!」


眼前のもやのような砂埃が僅かに陰る―――


―――瞬間、片膝立ちで小さくうずくまっていたウルスス機は、勢い良く背部ブースターを爆発させた。


 エリアBに大量に配置された建物は、全て木組みで作られたハリボテである。要するに巨大な木箱であるのだが、それを『そう』と理解出来る者は多くない。その点、ウルススの直感は鋭かった。挟み撃ちにされる事を見越してGS半身分の目立たない穴を開け、敵機二機が追いつくより先に自ら砂埃を立てて穴を隠したのだ。そして、ウルススはじっと隠れ家でチャンスを待った。


「うおおおおおおお!」


 雄叫びを上げて突撃するウルスス機が狙うのは、ゆっくりと歩いてきたティモン機の腰部だった。腰を抱き込むような、低姿勢のタックルを狙う。


「何ッ!下か!」


その攻撃に、ティモン機は対応出来ない。

 反応はギリギリ間に合ったものの、マシンガンの銃口を向けて初めて己の失態を痛感する。


「ちくしょうッ・・・!」


引き金を引いても何も起きず、ティモンはコクピットの中で虚しい浮遊感に襲われる。モニターには『AMMO Count: ――― 0 (Depleted)』の警告表示が、警告音を伴って点滅していた。

 奇襲に成功したウルスス機は、持ち上げたティモン機を勢い良く道路を挟んだ対岸の建物に叩きつけた。バキバキと音を立てて、ささくれながら破れ崩れるハリボテの壁。再び大きく吹き上がる砂埃の柱の中に、ティモン機は怪物にでも丸呑みにされたように消えてしまった。


「ティモン!・・・クソッ!」


 悪態をつきながらも、一連の流れを見ていたスティーブは空になったマガジンをパージし、シールド裏に用意された予備マガジンをマシンガンに嵌める。素早い動きでリロードすると、ちょうどティモン機を投げ飛ばして屈んだ姿勢のウルスス機に照準を合わせた。


「チッ・・・!」


 そのままティモン機にトドメを刺そうとしたウルススだったが、銃口を向けられてはそうも行かない。舌打ちしながらウルススはティモン機から飛び退くようにして離れ、正面にシールドを構える。ダウンしたティモン機は立ち上がれず、スティーブ訓練生とウルスス訓練生はお互いに攻めあぐねていた。

 どよめきが観客席を支配する。歓喜のあまり立ち上がって拳を振り上げる者がいれば、手に持った飲水のペットボトルを地面に投げつけて悔しがる者もいた。熱狂したギャラリーでは、歓声と罵声が交互に行き交っている。


当然の事だ―――

これほどのイベントが『ただ見るだけ』で終わるはずがない。


 模擬戦の試合は、必ず賭け試合だ。訓練キャンプの規則では賭け事など当然ご法度ではあるのだが、公然の秘密として毎度のように多くの観客が試合に勝つ方を予想し、様々な物を賭けているのだ。金、嗜好品、目当ての女、あるいはそれ以外の価値あるもの―――実に様々な価値と感情が交錯する。


 ニナとテレサも、驚きを隠せない様子で試合を見守っていた。三対一で繰り広げられる特殊戦は、開始時点から圧倒的有利な側と圧倒的不利な側が戦うという、試合形式としては他に類を見ない不公平な試合である。だからこそ、面白い。観客も選手も、より実戦的なリアリティの中に引き込まれていくのだ。

 定石と奇策が激突し、そのいずれも簡単に決め手になる事はない。そんな試合を前にして、少女二人も思わず息を飲んでいた。


「もう一対一になっちゃったね・・・」


テレサが吐息混じりに呟くと、ニナも静かに頷いた。


「でも、勝負はここからだよ。」


「どういう事?」


ニナの方を振り向いて問うテレサ。そんな彼女を見て、ニナは目を閉じてウルスス機の戦い方を思い出す。


「52番は最初から飛ばしてたでしょ?って事は、推進剤の残りが少ないって事。51番はダウンしてるだけだから、本当は二対一って状況は変わってない。」


 ニナの言う通り、ウルスス機のコクピットではブースター推進剤の残量が半分を切った事を示すアラートがだいぶ前から鳴っていた。


「さて、どうするか・・・」


ゆっくりとサークリングしながら半歩ずつ距離を詰める。モニターに映る敵機の一挙手一投足を慎重に見定めながら、二機の距離は徐々に射撃戦の間合いから、白兵戦の間合いに移り変わっていく。


フルパワーのブーストは、出来てあと二回―――


序盤から飛ばしていかなければこの一対一の状況には持ち込めなかったが、ここからは安易にブースターは使えない。その制約の中でどう戦おうか、ウルスス訓練生は静かに思考を巡らせていた。

 そんな睨み合いを遮ったのは、ハリボテの中に倒れ伏していたティモン機だった。ようやく復活したパイロットが置かれている状況に整理をつけ、身体を起こそうと腕を伸ばし、虚空で何かを掴もうとしている。折角作った一対一の状況が、これでは元の黙阿弥だ。


「クソッ!」


悪態を付きながら駆け出し、スティーブ機の足元を中心にマシンガンを噴かすウルスス機。

 しかしスティーブ機は、そんな苦し紛れの攻撃は簡単に防いでしまう。大盾で難なく下段を防御しているスティーブ訓練生は、ようやく数的有利の側の余裕を取り戻していた。


「そうだ!それで全部無駄打ちしちまえっ!」


 口元を歪ませ、興奮のあまり叫ぶスティーブ訓練生。ウルスス機の背後では、復活しつつある相棒のシルエットが見え隠れしている。それがまた、スティーブ訓練生の士気を爆発させていた。若者には、戦いの流れが傾いたという確かな感覚があった。

 やがて、ウルスス機のマシンガンはスティーブ訓練生の予想通り残弾が尽き果ててしまった。マーカー弾を発射する破裂音が唐突に途切れ、代わりに虚しく撃鉄が空転する。


「オラッ!お返しだ!」


今度は自分の番だと言わんばかりに、シールドを正面からずらしてスティーブ機は真正面にマシンガンの銃口を向ける。


片や空弾倉、片や弾倉は満タン。

片や一人、片や二人で挟撃。


―――もはや負ける要素はない。

弾倉を撃ち尽くしてなおも突進するウルスス機を迎え撃とうと、スティーブ訓練生は敵機に照準を合わせて引き金を引いた。


ニヤリ―――

時を同じくして、ウルスス訓練生の口元も吊り上がる。


「やっと下ろしたな・・・そのシールドをよォッ!」


 マーカー弾を上半身の装甲にいくつか受けながら、ウルスス機は身体を大きく使って弾倉が空のマシンガンを放り投げた。狙いはスティーブ機のマニピュレーター、マシンガンを持つ腕だ。警告表示とともに、ウルスス訓練生のモニターには装甲損傷アラートが表示される。危機感を煽る赤文字の点滅と、鼓膜を裂くような甲高い警告音がコクピットを跳ね回った。


Right Shoulder: ―――Multiple Damage Detected.

Right Upper Arm: ―――Multiple Damage Detected.

Right Forearm: ―――Multiple Damage Detected.


―――しかし、ウルスス訓練生は全く動揺しない。


「・・・うるせぇな。何の為の装甲だよ。」


ウルスス機のマシンガン投擲は功を奏し、衝撃を受けてスティーブ機のマニピュレーターは五本指の全てを開いてしまった。二挺のマシンガンは互いに絡み合いながら宙に放り出され、建物の向こう側に姿をくらました。


「やろう、これを狙って・・・!」


マシンガンを喪失し、動揺するスティーブ訓練生。

 その隙を伸ばすまいと、ウルスス訓練生は素早く手持ち武装をメイスに変更する。メイスのグリップを握り込んでから振りかぶるまでの時間がもどかしい。ウルスス訓練生は操縦桿を強く握り直した。

 スティーブ機がハリボテの向こうに消えゆくマシンガンを目で追っている。パイロットの意識が、一つ前の展開にとどまっているという、何よりの証拠だ。


先手は打った、

コクピットはがら空き、

このメイスを、一息に振り抜けば―――


「もらったぜッ!」


・・・そんなウルスス訓練生の声を、唐突なアラートが掻き消した。


損傷率表示、上昇。―――再び。


「しまった・・・!」


勢い良く身を翻し、シールドで身を守るウルスス機。しかし右半身にマシンガン射撃を受けすぎた為か、APSは装甲強度が限界値に達したとの警告を発し続けている。


Right Shoulder: ―――Critical Durability.

Right Upper Arm: ―――Critical Durability.

Right Forearm: ―――Sub-Critical Durability.

Right Chest: ―――Sub-Critical Durability.

Right Exhaust Duct: ―――Destroyed / Offline.

Right Thigh: ―――Multiple Damage Detected.


僅かでも反応が遅れていれば、ウルスス機はこの攻撃で撃墜されていただろう。

 側面からマシンガンで攻撃したのは、ウルスス訓練生の奇襲を受けてダウンしていたティモン機だった。


「スティーブ!近接で崩せ!」


通信機越しに、復活したティモン訓練生の声が響く。


「お前・・・遅ェんだよ!」


持ち直した相棒の声を聞いて歓喜の声を上げながら、スティーブ訓練生も武装をメイスに設定する。その操作に応え、鋼の巨人は腰部にマウントした巨大な金棒を手に取った。


「動くんじゃねぇ!」


復活したティモン訓練生の叫びとともに、二機の連携攻撃がウルスス機を追い詰める。今のウルスス機に許された手札は、回避か防御のみ。しかしマシンガンの弾速を回避行動で凌ぐのは現実的ではない。よってウルスス機の行動は、スティーブ機のメイス攻撃をギリギリで躱しながら、ティモン機の射撃をシールドで受け止め続ける事に集約される。状況は何一つ好転しないが、こんな事でも続けなければ、たちまち取り殺されてしまうだろう。

 ティモン機の断続的な射撃を受けて、ウルスス機はなかなか防御の姿勢を崩せないでいた。しかし、側面からはスティーブ機がメイスを力強く振り抜いてくる。


「・・・ッ!」


静かに奥歯を噛みしめるウルスス訓練生。

 シールドを下ろせばたちまちマシンガンの餌食に、しかしスティーブ機の攻撃を受けてしまえばまともな抵抗も出来ずに敗退してしまうだろう。防御と回避のその場しのぎでなんとか二機の波状攻撃をいなすウルスス機ではあるが、徐々に袋小路へと誘導されている事を実感する。


 観客席の方では、テレサは興味を無くしたかのようにフェンスから離れる。優秀な個人でも、多人数相手には敵わない。そんな当たり前を見せられて、誰の心が踊るというのか。


「あーあ、結構いいところまで行ったのにね・・・」


「・・・」


返答せず、ニナはウルスス機を注意深く見ていた。後退に後退を重ねて、もう逃げ場さえない壁際に追い詰められた機体。普通に考えれば、ここから先は消化試合。

 しかし、何かが引っかかる。52番のパイロットがここであっさり諦める性格の人間なら、あの序盤の思い切りの良さと型破りさは何だったというのか。パイロットとしては素人以下のニナではあるが、彼女には機械の知識がある。


―――何を、狙ってるの?

『ナイト・ウォーリアー』という鋼の巨人を解剖する。


戦い方から燃料や可動部の消耗を推理し、

装甲についたマーカー被弾痕から損傷を想定し、

この状況でパイロットに残された手札を厳選し―――ッ!


「・・・いや、そうか・・・!」


小さく呟くと、興奮したニナはテレサの手を掴む。


「ちょっ、何よ!」


「だから!勝負はここからなんだって・・・!」


興奮したニナはフェンスに張り付いたまま、テレサの腕を強く握っていた。テレサは半信半疑のまま、しかしそこまで言うならと、再びフェンスぎわに近づいて試合の様子に目を向ける。


「これからって・・・52番はもうダメじゃん!」


不満そうに言うテレサ。しかし、ニナは機体の動きだけを見続けている。


「ナイトは全備重量で六十五トン、本体だけなら六十トンでね、ジェネレーター出力が十一万キロワット台のバケモノだよ・・・」


「だ、だから何よ・・・?」


唐突にGSの詳細スペックをぶつぶつと語り出すニナを見て、テレサは少なからず引いてしまった。

 そんなギャラリーの期待を無下にするように、壁際まで追い詰められたウルスス機は観念したよう。装備していた大型シールドとメイスを放棄する。それぞれの腕から滑り落ちた鉄塊が大きな音を立てて地面に転がると、ウルスス機はスティーブ機の前で片膝を折って中腰になった。観客席には再びどよめきが溢れ、こころなしか罵倒が目立つようになる。


「六十五トンが十一万キロワットでぶっ飛んだら、初速が、えっと・・・時速九十七キロちょいで・・・」


「だから!それがいったい何なんだってば!」


苛立ちながらニナの腕を振りほどくテレサ。そんな彼女に振り向いたニナは、不気味なまでに不敵な笑みを浮かべていた。


「軽い方が良く飛ぶんだよ。分かる?丸腰でガス欠のナイトは、ほとんど六十トンぴったりで・・・」


「・・・ッ!?」


 うなだれるウルスス機。ティモン機は撃ち方をやめ、スティーブ機は頭部を打ち砕こうとメイスを振りかぶった。勝敗の行く末は、誰が見ても明らかだ。にも関わらず、ニナは機体スペックの話を続けていた。

 しかしテレサにも、ニナの考えが少しずつ分かりかけてきた。そのような視点で模擬戦の試合を見た事がなかったテレサにとっては、勝敗の行方より傍らの友人の方が、何倍も奇妙で興味深く映っていた。

 死刑執行でもするように、真っ直ぐ唐竹割りに振り下ろされるメイスは、ウルスス機の頭部に接近するほどスローモーションのように遅く、一瞬一瞬が長々と引き伸ばされる。


「六十トンが百五キロでぶっ飛んだら、すごいよ―――」


ニナが言い終えた、刹那―――


ウルスス機の背部ブースターは再び白炎を爆発させ、うなだれた姿から一気にスティーブ機の懐に飛び込んだ。

 初手、トップギア。巨人を突き動かす速度は、一秒もかからずに時速百キロメートルの大台を超越した。衝突時の威力は重量換算で自重の六倍にも相当し、パイロットたちが受ける重圧は現状の彼らの限界値、三重力加速のラインに届きつつあった。

 絡み合う二機を肉眼で見て追える者は、選手にも、観客席にも、どこにもいない。一瞬のアクシデントの後に巨人たちが消滅し、驚き終えるより先に背後のハリボテが爆発する。逆巻き膨れ上がる粉塵の中に巨人たちが消えると、ギャラリーは再び歓喜とどよめきに沸き立った。


「スティーブッ!」


突然の反撃に驚きつつも、ティモン訓練生はマシンガンを構えながら相棒の安否を確認しようと声を上げた。


「無事だ。だけど、やろう・・・!」


コクピットを駆け抜けた凄まじい衝撃に耐えながら、スティーブ訓練生はなんとかウルスス機の猛攻にさらされている。

 形勢逆転。突進の勢いに任せてウルスス機は敵機に馬乗りになり、スティーブ機の頭部カメラを破壊しようと何度も拳を叩きつける。舞い上がった粉塵の中では、視界が悪くて狙いが定まらない。殴れど殴れど、盾や腕に阻まれたり、寸手で狙いを外して拳を空振りする。そして、それはスティーブ訓練生も同じだった。

 粉塵の中から矢継ぎ早に放たれる殴打を、なんとか手持ちのシールドで受け止める。しかしウルスス機はシールドを掴み、抑えながらどけてしまうので、反対の腕も盾として使ってなんとか凌ぐ。それでも捌ききれない攻撃はすり抜け、何度も相手のミスに救われていた。


「いい加減に、しやがれ・・・ッ!」


 何度目かの殴打をシールドで受け止めると、今度はスティーブ訓練生が勢い良くブースターを噴かす。その風圧は周囲の瓦礫や粉塵を容赦なく吹き飛ばして二機を顕わにし、ようやくティモン訓練生の視点からでもマシンガンで狙うべき的の位置が詳らかになった。

 ブースターの噴射圧力に抗いきれず、体勢が徐々に持ち上がっていくスティーブ機をウルスス機は抑えられない。折角取った有利なマウントポジションを崩されてしまい、ウルスス機はスティーブ機のシールドで押し返されてしまった。

 ウルスス機は依然、丸腰。相対するスティーブ機はシールドを正面に構えて完全防御の構えを取り、ティモン機は素早くウルスス機に銃口を向けた。ウルスス機は今一度スティーブ機のシールドを掴んで組み合おうとするが、同型機同士では力が拮抗し、腕力で崩す事は出来ない。


「往生際が悪いんだよ!」


言いながらティモン訓練生はウルスス機に照準を合わせ、迷わず引き金を引いた。


―――それこそが、ウルスス訓練生の狙いだった。

タンクに残った推進剤の全てを絞り出す。残り一回分のブーストを、ここで。


 力が拮抗し、シールド越しに組み合っていたはずのウルスス機とスティーブ機。しかし、それはブラフ。ウルスス機の最後のブーストで力の均衡は崩れ去り、二機の位置がくるりと入れ替わる。


「馬鹿野郎ッ!」


悪態をついて、急いで操縦桿から手を離すティモン訓練生。しかし全てが手遅れだった。


「し、しまッ・・・!」


 マシンガンから発射された無数のマーカー弾が立て続けにスティーブ機の背部バックパックに命中し、白銀の騎士の背を無数の弾痕で染め上げた。声を上げたスティーブ訓練生のモニター映像が一気に歪み、けたたましいまでのアラートが鳴り響く。


Backpack: ―――Multiple Damage Detected.

Backpack: ―――Sub-Critical Durability.

Backpack: ―――Critical Durability.


「止まれ!黙れ!ちくしょうッ!!」


大声でモニターに表示されるアラートに怒鳴り込み、苛立ちから操縦席を何度も殴りつけるスティーブ訓練生。しかしアラートは無慈悲に更新され続ける。


Backpack: ―――Internal Damage / Offline.

Propellant Tank: ―――Sympathetic Detonation / On Fire.

Upper Torso: ―――Destroyed.


そして上半身大破を告げる警告表示を最後に、コクピット内の全機能が停止した。


「クソ!クソ!ここで終わりかよ!」


モニターや計器のライトが光を失い、真っ暗闇で塗りつぶされるコクピット。スティーブ訓練生は必死に操縦桿を握って前後に動かすも、鋼の巨人が意志に答える様子はない。スティーブ訓練生の眼前にはもはや、真っ黒に塗りつぶされたモニターにただ一つの通知だけが表示されていた。


―――DEFEATED


明滅する赤文字が、嘲笑うように青年の顔を照らしている。


 観客席が再び湧き上がる中、最後に残った二機、ティモン機とウルスス機は機能停止したスティーブ機を挟んで向かい合っていた。ウルスス機はスティーブ機から奪い取ったシールドとメイスを構え、同じくシールドとマシンガンを構えるティモン機としばらく睨み合う。


「逆転したね・・・今度こそ本当に一対一だ。」


言いながらフェンスに張り付くテレサ。ニナも短く「うん。」と同調する。


「これはさ、どうなの?」


「えっと・・・」


曖昧な質問に戸惑いつつも、ニナはなんとか意図を理解した。友人の成長が見えたようで、少し誇らしい。


「相変わらず上手いよ、52番。マシンガンじゃナイトのシールドは抜けないから、武装だけ見れば52番が有利かな。でもそれって51番がメイスに持ち替えればいいだけだし、燃料も大して使ってないから、総合的に見たらやっぱり51番が有利だよ。」


「52番は、勝てる?」


「・・・わかんないよ。機体の状態は分かるけど、勝負の行方は別でしょ?」


その言葉を最後に、再び静寂が訪れた。

 ニナの言葉は、まさに正鵠を射ていた。どれほど有利でも、どれほど不利でも、勝負の行方は誰にも分からない。人数差も、性能差も、パイロット技術の差も、その何れも、それだけで勝負の行方を決定づけるものにはなり得ないのだ。


そうだと、ウルスス機は戦果で証明し続けている―――


―――だからこそ、最後まで勝敗は分からない。


 睨み合いの終わりは、唐突に。静寂の封を、野蛮な破裂音が打ち壊す。ティモン機はシールドを構えながら、マシンガンをウルスス機に向けて発砲する。ガンマンの早撃ちのように、手首だけを立てた唐突な撃ち方だ。

 しかし、見え透いている。


「そんな攻撃・・・ッ!」


今更当たるものか、とシールドを構えながら駆け出すウルスス機。射撃の雨あられの中を逆走して進む。無数のマーカー弾を受け止めながら、二機の距離は急速に近づいた。


―――ニヤリと、ティモン訓練生の口元が吊り上がる。


「イノシシか!突進すりゃ良いと思って!」


言い終えるのが僅かに先か、ティモン訓練生は勢い良く機体の背部ブースターを爆発させる。それは突進では無く、宙に舞い上がる為に。


「何ッ!?」


駆け出したウルスス機、唐突には止まれない。

 対するティモン機は、ウルスス機の頭上を飛び越えてすれ違った。着地とともにマシンガンを放棄したティモン機が握り込むのは、ウルスス機と同じ武器のメイス。中空で身を捻り、敵機の背を見据えながらティモン機は武器を大きく振りかぶった。


「しまったッ!・・・クソッ!」


完全に背後を取られたウルスス機。失態を埋め合わせる為、勢いを殺しきる事無く、振り返りざまにメイスを一閃する。


「そう来ると思ったよ。焦るもんなァ!」


背後を取られた時の、とっさの行動など限られている。振り返りながら防御するか、攻撃するかだ。そして、ウルスス訓練生の攻撃的な性格を考えれば、その行動を予測するのは造作もなかった。


だから、半歩退く―――


ウルスス機の攻撃は空振りし、振り抜いた腕に引っ張られて、ウルスス機の胸部も大きく開いてしまう。それは、コクピットががら空きになったという事を意味していた。


「勝ったッ!」


既に振りかぶっていたメイスを、ティモン機は勢い良く振り下ろす。

 シールドによる防御は間に合わない。とっさの行動で体勢も安定していないので、ウルスス機は背後へのバックステップでやり過ごす事さえ難しい。完全な『詰み』の状態だ。この瞬間、ティモン訓練生は勝利を確信した。

 しかしウルスス訓練生は、その攻撃を甘んじて受け入れるつもりはない。たとえシールドによる防御が不可能でも、回避が間に合わなくても、切り抜ける方法は知っている。


そして、窮地を切り抜ければチャンスが巡ってくる事も、―――知っている。


今ウルスス機に出来る事、それはせいぜい身を捻る事。だからメイスに合わせて身を捻り、右肩を差し出した。


Right Shoulder: ―――Critical Durability / Offline.

Right Arm: ―――Offline.


 ティモン機のメイスによる一撃は容赦なく右肩部を貫き、負傷した右肩に遂にとどめを刺した。モニターに表示されたアラートが、右腕部の機能停止を冷たく宣言する。

 しかしそれでも、窮地を切り抜けた事には変わりない。


「バカ、な・・・!」


確信した勝利を覆され、驚愕して動揺するティモン訓練生。

 その動揺が、命取り―――


「オラァッ!!」


 だらりと垂れ下がった右肩にメイスを乗せたまま、ウルスス訓練生は機能が残った左腕の操作に集中する。

 早業だった。起こりは小さく、動きは大きく。シールドを剣のように振り抜き、目にも止まらぬ早さで回転しながらすれ違う。それは、ティモン訓練生が動揺した瞬間を射抜いた一撃だ。

 ウルスス訓練生は力強く叫び声を上げ、寸分違わずコクピットを一閃した。ウルスス機とティモン機はすれ違い、しばらく背中合わせの姿勢で立ち尽くすのだった。


やがて、姿勢を直立に戻すウルスス機―――


―――動かないティモン機。

敗退して全機能が停止しては、動けないのも道理である。


 こうして本試合は、ウルスス訓練生が駆る『W52番ナイト・ウォーリアー』の勝利で幕を閉じた。

 試合終了を告げるサイレンが模擬戦場全域に鳴り響き、歓声とどよめきと、万雷の拍手がサイレンをも掻き消す。それでようやく勝利を実感したウルスス訓練生は、コクピットの閉塞感に耐えきれなくなっていた。

 勝利の栄光を一身に受けようと、ウルスス訓練生はコクピットハッチを開いて身を乗り出した。


見渡す限りの人、歓声、拍手———


高らかに拳を振り上げてガッツポーズをすると、そのうねりは一段とギアを上げた。


「すごい!すごいよ!勝ったよ、52番!」


拍手をしながら、自分の事のように喜んではしゃぐテレサ。ニナもまた、パイロットを称えて拍手していた。


「結構ヒヤヒヤさせられたけどね〜。」


 そして拍手も歓声も徐々に収まっていく。入れ替わりに、パイロットや機体を回収しようとGS用車両が模擬戦フィールドに入ってきた。本当の意味で、試合終了を告げるものだ。車両を見て観客たちは徐々に拍手を止め、帰路の支度を始めるのだった。








パチパチパチパチ———



 しかし、往生際悪くも、最後の一人になっても拍手を続ける者がいた。癖の強い茶髪に、茶褐色の肌。恵まれた長身の体躯と、糸のように細く吊り上がった目が特徴的な訓練生だ。

 その姿を見て、観衆の目は彼に釘付けになった。一歩また一歩と、拍手を止めずに男はフェンスの方に歩いていく。その奇妙な行動を、観衆は見届けずにはいられなかった。

 ウルスス訓練生もまた、その一人であった。


「素晴らしい試合だったよ!一◯四期の皆に、感謝を!」


ついに男は拍手を止め、精一杯の声を張り上げる。


「特にウルスス君!君の戦いを見て、久しぶりに武者震いがしたよッ・・・!」


指名されて、生唾を飲み下すウルスス訓練生。彼とて、良く知っている。

 否、このキャンプにいて、その男を知らぬ者などいない。それは他のどの訓練生も、教官組や幹部組も差し置いて、『最強のパイロット』と呼ばれる男———


「君と是非、一対一の勝負がしたい!」


一◯三期訓練生、アルベルト・フーバーは大きく手を広げると、『文句はあるまい?』とでも言いたげに、教官たちの方へ目配せをした。

 本来、訓練生一人のわがままの為にその日の日程を変えるなどありえない。


ありえない———が、


『頭角を現した可能性の化身』

一◯四期訓練生、ウルスス・ヤスタル


vs


『第一◯◯八番訓練キャンプ最強のパイロット』

一◯三期訓練生、アルベルト・フーバー


 このような対戦カードを見せられて、いったい誰が抗えるだろうか。興奮冷めやらないギャラリーは、さらなる興奮、さらなる死闘を求めて沸き立つのだった。

 





つづく


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