第十一話『金腕のニナ その③』
朝方、少女は日が昇るよりも早くから昨夜中断していた機械修理を再開していた。外装に最後のネジを締め終えた頃には、時刻はもう一限目の授業が始まる時を示していた。ようやく少女は工具一式を手放すと、外出用の上着に袖を通しながら通学の用意に取り掛かる。
「ニナ、学校はちゃんと行ってるんでしょうね?」
申し訳なさそうな、遠慮がちな声色でマアンナが娘に問う。娘の将来を思って通わせている学校が、結果的に彼女の重荷になっている事を知っているからだ。
「・・・なるべくね。」
少し遅れて、気のない返事が帰ってくる。靴紐を結び終えたニナは、既にカバンを持ってドアノブに手をかけていた。
「単位は取れてるの?卒業出来ないわよ?」
「言われなくても。」
「出席してるだけじゃダメなんだからね。しっかり課題も試験もこなしていないと・・・」
「・・・」
「聞いてるの?」
「行ってきます。」
バタン、とドアが閉まる。一人玄関に残された母はしばらくうなだれ、その後ゆっくりと居間の方へ歩いていった。
ニナは今年で十三歳、あと二年で成人と認められる年齢だ。彼女が通う学校の六年間の基礎教育も、今年の後半には卒業を控えている。通常であればここから二年のモラトリアム期間に人生の進路を決めるところではあるのだが、ニナはまだ女学生でありながら、既にプロフェッショナルの世界に飛び込んでいた。
淹れたてのコーヒーを静かにテーブルに置き、マアンナは少し遅めの朝食の支度をする。戸棚の紙袋からスライスした乾燥パンを二枚取り出して皿に置く。それは水と小麦粉を主な原材料としたパンを固くなりすぎないように特殊な方法で乾燥させたもので、その起源は塹壕戦が主流だった時代の兵士たちの携帯食料に由来する。その当時は歯が欠けるほど固くて味も酷かったと言うが、一般に普及してからはスナック感覚の軽食にまで改善している。その十センチメートル四方の大きさの板を半分に割って、コーヒーにつけて程よく味を染み込ませて食べるのが、マアンナのお気に入りの食べ方だ。
テーブルを挟んだ向こう側に、少し遅れてやってきたフベルトが座った。彼は逆に、何枚か重ねてバリバリと豪快に食べるのが好みだ。しかし本当の好みの話しをするなら、フベルトは若い頃に食したような、歯が欠けるほど硬い乾燥パンの方が好みである。
「ニナのやつはもう行ったのか?」
「ええ、さっきね。」
視線を落としたまま、マアンナが答える。食事に集中しているように見えて、その実、心ここにあらずのようだ。
「あいつはよくやってくれているよ。俺が情けねぇばかりに、余計な苦労を背負わせちまってるな。」
口内の水分を容赦なく奪う乾燥パンを飲み込み、コップの水で補うフベルト。自虐めいた独白を聞いて、マアンナは首を振った。
「追い詰めているのは私よ。あの子には・・・」
「そうかもな。だけど、いらねぇって事もないだろ。お陰でうちも上手くやれてんだ。機体の登録番号がどうとか、人型新法がなんとか・・・学校に行ってると、そういうのも分かるんだろ?」
レジスタンスの活動が激化し、同盟国にとって無視できない脅威にまで成長して以降、人型兵器を取り巻く法律がいくつも改正されたり新たに成立したりしていた。フベルトのような学がない人間では、戦後世界の速度に到底ついていけない。専門外のマアンナは尚更だ。よって実務だけでなく、そういう事務的な話しや法的な話もニナがなし崩し的に担う構図になっていた。
一年半ほど前まではそういう事はエーミールが扱っていたが、そんなエーミールも結婚すると同時に家を出てしまったのだ。彼の妻、サラたっての希望で少し離れた都市部の方に居を構えている。ゲッペル家はもともと男のメカニック二人がねぐらにしていただけの狭い家だ。そこにマアンナやニナという家族が増えただけでも定員オーバーのようなものなのに、その上エーミールの嫁と、将来的にはその子供たちと考えると、エーミールの独立は妥当な判断と言わざるを得なかった。
当初は頻繁に手伝いに来ると行っていたエーミールだったが、現実はそうも行かない。晴れて一家の大黒柱になった若者は、新しい街で新しい職に就かなければならなくなった。妻と、将来的には授かるであろう子供たちを問題なく食べさせていくのに充分な給料を保証してくれる職だ。妻サラも程なくして身ごもった。妊婦の身体は何かと不都合で、日常生活を営むだけでも夫の助けは無くてはならないものになっていた。実家の両親や妹に対して申し訳なく思いながらも、かつては週に何度か顔を出していたペースは月一回に減少し、ここ最近は半年近く顔を出せていない。
「そうよね。無駄では、ないわよね・・・?」
己に言い聞かせるように言うマアンナ。フベルトは黙って彼女の手の甲に自分の手を重ねる。職人らしくゴツゴツとした、ふた周りほど大きな手を甲で感じて、マアンナは少しだけ表情を和らげた。
「無駄ではないさ。あいつが上手い事やってるから、うちではGSの整備だって請け負う事が出来てる。ニナはもう一人前だ。腕も立つが、今の世の中、職人でも腕だけじゃ食ってけねぇ。」
それを聞いて、再びマアンナの表情が曇る。
「そう、それよ。兵器だなんて・・・私は怖いわ。」
「単価が高いんだってな。」
不安そうな顔をするマアンナの手を、フベルトは優しく撫でて落ち着かせようとする。
「大丈夫さ。あいつがせっせと作っている書類を見せればよ、お役所のやつらが突っかかってきても平気なんだとよ。」
昨今、人型兵器を取り巻く法整備は厳格化していく一方である。所持にも維持にも多重の税金がかかり、その動向は登録番号をはじめとした複数の手段で役所に管理される。全ては、平和を維持するため。将来的には個人の武器所有そのものを禁止したいという意図が明白であり、ゲッペル家のような昔ながらの整備工房は年々肩身の狭い思いを強いられていた。
その日、昼下がり頃までフベルトは一人で工房に籠ってニナがやり残した仕事の仕上げを行っていた。フベルト本人の衰えもあったが、細かい作業に関してはもはや彼の出る幕はない。いつの間にか親子の役割は逆転しており、今ではフベルトの方がニナのアシスタントのようだ。親としては嬉しい事この上ないが、やはり職人としては寂しいものがある。
———『フベルト・ゲッペル』の性能では、新型の『ニナ・ゲッペル』にはもはや太刀打ち出来ない。
そう、自嘲気味に言ってみる。背後に吊り下げられた修理中のジャゴも頷いているような気がした。
人型兵器が登場した頃は、それはトンチキだの非合理だのとバカにされたものだ。しかしそんな風評に反して、人型兵器は強かった。どれほどの肩書きの人間がどのように必死に言葉を尽くそうと、『ジャゴ』の圧倒的な戦果の前では滑稽にさえ映ったものだ。
そんな『ジャゴ』を排出したモダンビルド社は戦争激化とともに勢いに乗り、国家だけでなく、各都市の自警団にも、企業の私設軍隊にも、死にたがりの個人にも惜しみなくジャゴを売り続けた。機体が売れれば、その交換用パーツも売れる。予備の武装に、新武装に、使い捨ての弾薬なども飛ぶように売れる。機神戦争という時代は、モダンビルド製品が無くては誰も戦えないし、戦えなければ誰も生きていけない世界であった。
機神戦争中期、ジャゴで飽和した市場に、モダンビルド社は『ジャゴ2』を発表した。フベルトは全世界が震えたのを今でも覚えている。市場で企業同士が切磋琢磨する時代が終わり、一つの企業が市場そのものを運営する時代の到来。戦火の裏に隠れて誕生した資本の怪物が、誰も気付かぬ間に国家をも凌ぐほど成長していたという事実が恐ろしかった。
しかし、終戦から七年。イグラは国家を上げた一大プロジェクトでジャゴシリーズを全ての面で凌駕する『ナイトシリーズ』を発表し、近い時期にモダンビルド社もフラッグシップモデルの『ジャルゴ』を発表。この辺りから『ジャゴ』というブランドには時代遅れの烙印がついて回るようになる。
そして天下のモダンビルド社も遂にGS開発競争に、量でも質でも敗北した。正規軍の兵器は驚くほどの速度で『ナイトシリーズ』に置き換わり、一時代を築いた『ジャゴ』はもはや投げ売り状態。個人の道楽か切迫した事情でもなければ誰も求めないものに成り下がってしまった。
———そんな過去の遺物と自分を、否が応でも比べてしまう。
ほろ苦いノスタルジーに浸りながらマアンナが用意した昼食を摂るフベルト。営業中は悠長に食事を摂っていられる時間はないので、こうして作業しながら摘み食いするような軽食がちょうどいい。そんな折り、工房の裏口シャッターがガラガラと音を立てて開いた。
「おう、帰っていたのか。」
最後の講義が終わる時間にはやや早すぎるものの、ニナは仕事を優先して学校を後回しにする事が多かった。当初はそれを良く思わない教師やサボりを疑う教師も多かったが、隠しきれない『金腕のニナ』の風評が学校にも届く頃には、文句をつける教師も段階的に減っていった。根負け、あるいは諦めに近いのだろう。ニナの素行が成績に現れていればまだ文句のつけようもあっただろうが、そういった分かりやすい付け入る隙も彼女にはないのだ。
ニナは野良猫のようにいつの間にか教室にいて、いつの間にかいなくなる。そんな学校生活を送っていた。
「ああ。悪いな父さん、今度は結構空けちまった。」
フベルトの予想に反して、返事の声は低い男の声だった。聞き違えようもない、息子エーミールの声だ。思わぬ訪問者に驚きつつも、フベルトは喜んで迎えに行く。そして二人はいつものように、固い握手を交わしてお互いの肩を叩きあった。
「お前!見ないうちに随分顔つきが変わったんじゃないか。」
「そうかな。少しは男らしくなったかい?」
エーミールの妻、サラの妊娠が分かってからというもの、エーミールはそれまで以上に新たな職場で業務に励んでいた。新たな家族の大黒柱になる以上は、新しい環境に戸惑っているとか、新しい仕事に慣れないとか、そんな甘えた事は言っていられない。
これからエーミールは妻と子供を食べさせていき、それからゆくゆくは実家への支援もしなければならないと考えていた。そうして多くの責任を背負った男の顔つきは自然と、独身時代とは一風変わったものになっていたのだろう。
フベルトとて、覚えがある話だ。若い頃の彼もまた、今のエーミールと同じ決意、同じ苦労、そして同じ成長を経験しているのだから。だからこそ父は、息子が少しずつ息子でなくなり、徐々に父の顔になっていく事が誇らしいのだ。
「そんなところだ。けどよ、サラさんについてなくていいのか?」
妻の事を聞かれ、少し照れくさそうな顔をするエーミール。
「ああ、それがさ、今病院なんだ。」
「じゃあ、なおさら・・・」
「いや、病気じゃないんだ・・・どうも双子でさ。何かと家じゃ不便だから、出産まで入院して看護師についていて貰う事に決めたんだ。俺なんかが目の前で慌ててるより、その方がきっと良いから。」
それを聞いて、フベルトはニヤリとする。
「お前、双子は流石にはりきりすぎだぞ・・・」
「やめてくれよ!」
そんな声を聞いて、フベルトの昼食後の皿でも片付けようとやってきたマアンナが小走りで駆け寄る。
「誰かと思ったら、あんた・・・おかえり。」
それを見て、エーミールは手を振って見せる。
「ただいま、母さん。なかなか顔を出せなくて本当にごめん!早速何か手伝うよ。」
久しぶりに会ったマアンナにハグをするエーミール。それに応じながら、しかしマアンナは工房奥のデスクに積み上がった書類の山の方を見ていた。
「私たちの事は良いよ、新生活の大変さは分かっているもの。それより、あの子の仕事を手伝ってやってよ。あんたはその、書類仕事とか、出来るんだろ?」
ハグの状態からなかなか離れず、すがるようにエーミールの両腕を掴んでいるマアンナ。そんな彼女にエーミールは力強く頷いた。
実のところ、フベルトとマアンナの事はあまり心配していなかった。父が老いて弱るのは分かっていた事だし、その時自分がついていられなくなるのも想定の内だ。その為に七つも年若いマアンナを引き合わせたのだから。
エーミールが本当に心配だったのは妹のニナの事だ。彼が家を出る時、もっと言えば結婚に踏み切るか迷っていた時も、背中を押したのはニナだった。エーミールが得意な仕事は、残念ながら古いタイプの職人のフベルトでは手に余る分野の仕事が多かった。それがどっさりニナに降りかかるであろう事は分かりきっていたので、エーミールはしばらく二の足を踏んでいた。
その時、張り手で送り出してくれたのが彼女だった。
———「サラさんの事好きなんでしょ?だったらあの人の事を一番にしなよ!それとも私じゃ、任せられないっての?」
そんな妹の言葉があって、情けない兄はようやく人生の新章に重い一歩を踏み出す事が出来た。ニナには感謝してもしきれず、同時に些か以上の罪悪感を抱えているのだ。
デスクの書類をめくっていく。綺麗にファイリングされた分厚い冊子には、事細かに各案件の情報が記載されていた。エーミールが以前までやっていたような簡単なワークシート方式ではなく、しっかりとデスクの書類間で、また政府の公式データベースとも照合出来るように緻密にあらゆる情報が記載されていた。フベルトがニナに任せておけば間違いないと考えるだけの事はある。向こう一年以上の記録がほとんど何の記述漏れもなく書き込まれている。これだけの情報を何ヶ月も遡って集めた苦労は計り知れない。こんな個人の町工場でここまで詳細に調べる事もなかなかないが、これならどんな役所の抜き打ち監査も問題なく通過できるはずだ。
ついこの間まで工房に迷い込んでいただけの子供が、良くぞたった数年でこれほどの急成長をしてみせたと、エーミールは誇らしく思うと共に少々哀れにも感じていた。
———これでニナは、本当に幸福なのかと。
ニナという少女が大いなる才能に恵まれてこの世に生を受けたのは間違いないだろう。それを埋もれさせず、実のって欲しいと誠実な願いを込めて、兄は最大限の努力をしてきたつもりだ。しかし、それが本当に正しい事だったのか———今更になって頭を抱える。
思えば、はじめからそうだった。ニナはあまり自己の欲求を主張しない子だ。欲しいものを欲しいと言わず、嫌な事を嫌だと決して言わない。当然、それは何をされても無抵抗だとか、彼女自身の価値基準や取捨選択が存在しないという意味ではない。そういう表層的な彼女の行動ではなく、より本質的なニナの精神性について、兄は不安に思っているのだ。凄まじいまでの忍耐で何でも受け止めようとする事こそが、少女の最大の『ズレ』なのだろうと。
エーミールはニナの一声でこの家を出る事が出来た。決して居心地が悪かったわけでは無いだけに難しい判断ではあったが、自分自身の足で将来を切り拓く選択に後悔はない。しかしそんな悔い無き選択を、妹はいつか出来るだろうか。
学校を卒業する、数ヶ月後か?
晴れて成人を迎える、二年後か?
それともフベルトが老いて完全に隠居した後だろうか?
———いずれも、きっと否だ。
エーミールはそれだけが心配だ。
ニナはきっとどこでもやっていける。この家でなくとも、メカニックでさえなくとも。だから望めばいつだって『自分だけの人生』に踏み出せるのに、そのチャンスが来る都度に、きっと彼女は自分以外の誰かを優先するだろう。
彼女に必要なのは対等なパートナーだ。両親でもなければ兄でもない。ニナ・ゲッペルという傑物を理解出来ず、怯える事しか出来ない学校の大人たちでも、歳相応の精神しか持ち合わせない学友たちでもない。
———対等とは何か。
同じ視点で世界を見る事。
同じ精神を胸に抱く事。
互いの重荷を背負うに足る事、
故に同じ幸福を分かち合える事。
———そんな誰かが、彼女を解き放つ誰かが、果たして今後現れるだろうか。
そんな事を考えながらニナが作った書類の数々に目を通していると、時計はもう最後の授業が終わる時刻がとうに過ぎている事を示していた。そろそろニナが帰る時間だ。だいぶ散らかしてしまったデスクの上を片付けながら、エーミールは妹の帰りを待っていた。
やがて、予想通りニナが工房にやってきた。どうやら家の方には戻らず、学校からそのまま職場に来たらしい。久々の再会で少し照れくささがありながらも、ここは自分から先手を打とうと、壁のフックに上着を吊り下げようと爪先立ちで背伸びをする少女に忍び寄る。
「おかえり、ニナ!」
そう言いながら背後から忍び寄ったエーミールは、ニナの目を両手で覆いながら驚かせる。企て通り妹は驚き、彼女にしては珍しく少女らしい声を上げた。
「兄ちゃん!?」
驚いた少女はフックに引っ掛け損ねた上着が床に落ちる事も気にせず、勢い良く振り返って驚きの声を上げる。
「おかえりって・・・兄ちゃんこそおかえり!」
言いながら兄に抱きつくニナ。エーミールも優しく抱き寄せる。
しかし、妹の背中をさする兄の顔に再会の笑みはない。懸念していた事があまりにも想定通りで、それでも兄としてはどうもしてやれないという無力感があった。
「兄ちゃんな、もうすぐ父ちゃんになるんだってさ。なんか、変な感じだよな。」
ここで兄への罵倒の一つでもあれば、エーミールは多少なりとも安心出来るだろう。彼が抜けた穴はあまりにも大きく、その結果ニナが背負った責任はあまりにも重い。それを背負って歩み続け、嫌いな学校とも両立する。
そんな境遇に、不満を感じないはずがないのだから。
「そうなんだ、おめでとう!サラさんも頑張ってるんだね。男の子?女の子?」
罵倒は、ない。
嫌味かと錯覚するほど屈託のない笑顔で、少女は兄の幸福を祝福する。この場にいない兄嫁にも思いを馳せる。分かりきっていた事なのに、いざ目の前にすると、やはり心が痛いものだ。
「それはまだ分からない。双子だってさ・・・どっちも、かも知れないな。」
「そうなんだね〜。じゃあ、サラさんも来てるの?」
「いや、病院にいる。家じゃ色々不便だから、医者や看護師について貰ったんだ。」
「そっか。うん、それが良いよ。」
そんな会話をし、多少の寄り道をしながら兄妹はデスクの方へ向かっていた。ニナはエーミールがいなかった間に工房に起こった様々な変化を披露する。導入した新たな機械や工具、逆に廃棄したものの数々。フベルトとエーミールで回していた頃はいい加減にやっていた事務作業や様々な記録の保存、会計関係のやり方の変化など。多くの細々とした変化が重なり、町工場はここ半年ほどでかなりの変身を遂げた事が見て取れた。
「正直見違えたよ。俺と父さんの頃はこんな細かい記録はやってなかったからね。」
資料をめくりながら言うエーミール。ニナは午後の予定表を確認しながら答える。
「最近は厳しいからさ、色々と。今まで通りGSを扱うなら、これぐらいしないと。」
エーミールは縋り付くようなマアンナの姿を思い出す。このままでは、ニナは潰れてしまうと。
「GS案件を減らすとか・・・あ、いっそ撤退するってのは、考えなかったのか?」
それとなく聞いてみる。ニナは見透かしたような目で兄をみると、静かに首を振った。
「母さんが何か言ったんでしょ。大丈夫だよ。卒業したらこっちに専念できるから、それまでの辛抱だよ。」
そう言われては、もはや部外者になってしまったエーミールはもう何も言えない。これ以上何かを言えば、それは心配ではなく、外野の無責任な発言に落ちてしまう。フベルトやマアンナが生活出来るのも、エーミールが独り立ちして新しい家庭を設けられるのも、全てニナの方針のお陰なのだから。
実に半年ぶりに再会した家族四人は、久しぶりに往年の風景を再生していた。午前中から残った仕事を終わらせる傍ら、いくつかの修理済みの機械を客に引き渡し、また何件かの新しい仕事を受注する。
そんな仕事風景が暫く続き、そろそろ工房を閉じようと片付けの作業に家族総出で取り掛かっていた時、門戸を叩く音がした。
「すみません、今日はもう依頼を受け付けていなくて。」
断りながら戸を開くマアンナ。しかし、来客の姿を見た瞬間、血の気がサーっと引いていくのを感じた。
やって来たのは同盟軍の一団だった。何台かの車両に分乗してきたのか、表にはカーキ色のバンが並んでいた。ものものしい一団は大きな自動小銃を、むしろ見せつけるように胸に抱えている。
「そうもいかないんですがね、奥さん。」
その先の言葉は聞こうともせず、十数人の兵士たちがゾロゾロと工房の中へ踏み入った。
不安げな目で兵士たちの方を見るフベルトとマアンナ。隊長格の人物の合図で、二人は壁際に並ばされる。そんな野蛮な軍靴の音を聞いて、慌ててニナとエーミールも駆けつけるのだった。
つづく




