7.ヘリオドールとジルコン
後書きに挿し絵があります
「ジルコン、来てくれ。俺じゃあ手に負えない」
「またか……」
同僚の兵士に懇願されて、ジルコンはため息をついた。
町を歩きながら、最近のことを思い出す。
姫君の毒殺未遂事件が起きてから姫君周辺の警備が強化されることになり、これまで城の警備や町の見回りが仕事だったジルコンは、この度姫君の専属護衛魔法使いへと配属が変更された。
町の人々を守る仕事には誇りを持っていたし、これまでの仕事が出来なくなるのは寂しくはあったが、姫君を守るのもまた大事な仕事だと気持ちを切り替えた。
護衛と言っても、朝から晩までずっとそばに付ききりでいられるわけもない。護衛だって人間で、疲れもするし、眠りも、食事も、休日も必要だ。だから日と時間帯を決めて、他の護衛と交代で働いている。
その姫君付きの護衛たちの中に、数年前から勤めている女剣士がいる。身長が高くすらりとしているが、剣術は豪快で、かつて闘技場で戦い金を稼いでいたらしい。金髪を靡かせて戦う様はまるでしなやかな獣のようで、『金獅子の女剣士』という異名で呼ばれていた。
魔法武術が好きでよく闘技場へ見に行く王様が、彼女をスカウトしたらしい。
そんな彼女は、今や姫君付きの護衛たちから一目置かれている。なんでも、よく城を抜け出したり、いたずらをしたりして周囲を翻弄させる姫君たちに撒かれずに最後まで護衛ができたのは彼女だけだそうだ。
護衛を撒く姫君たちって、なんだよ?
その話を聞いた時は、不謹慎にもなんて身分を考えない傍迷惑な姫君たちなのだろうと呆れたものだ。彼女たちの安全のために毎日働いている彼らの努力を無に帰そうとするなんて。
しかし、ヘリオドールが来てからというもの、無断で外出をしたり、危険な悪戯をすることが減ったという。『無くなった』ではなく『減った』というところが引っ掛かるが、とにかく彼女が姫君たちに説教をしたらしい。金獅子の女剣士がどこまで逃げてもついてきて、説教までされては、そのときはまだ幼かったであろう姫君たちは観念するしかなかったであろう。
その話を聞いた後でヘリオドールと姫君に配属の挨拶をしたのだが、ヘリオドールはイメージ通りの佇まいだったが、姫君の方は聞いていた話と違い、とても清楚で大人しそうで、人を悪戯でからかったりするような人には見えなかった。
「青の姫君がいなくなられてから変わられてしまった」
と話す人もいれば、
「元々、赤の姫さまはああいう性格だよ」
と言う人もいる。
どちらが正解かわからないが、悪戯をしないのであればそれで良かった。その方が守りやすい。
問題は姫君以外の所にあった。
まさかのヘリオドールだった。
彼女は休日には身体を鍛えているか、酒を飲んでいるか、気まぐれで遠出しているかのどれかだ。一つ目と三つ目は良いのだが、問題は二つ目だ。彼女は酒を飲み始めると止まらないらしい。
酔っ払って周りに迷惑をかけることはあまり(全くではない)無いらしいが、次の日やその日の夜が仕事だったりすると、吐き気や頭痛で目付きが険しくなるので、本人はただ気持ち悪さに耐えているだけだとしても、周りからしてみれば金獅子の女剣士の鋭い眼光にい竦められて恐ろしくて仕事にならないらしい。
なんと軟弱な。と思わないでもなかったものの、そんな手負いの猛獣みたいな護衛に守られる姫君が不憫だと、この日も次の仕事が重なった兵士に頼まれて、飲み始めた彼女がこれ以上酒を注文しないよう見張るために出掛けた次第である。
そもそも、なぜ新入りの自分がこんな役割を押し付けられたのかと言えば、彼女を止められるのが自分しかいなかったから、という単純な理由だった。
彼女の馴染みの酒屋の扉を開くと、魔除けの鈴が鳴る。
すぐに、カウンター席で一人で飲む彼女を見つけた。鈴の音に反応して、こちらに目を向ける。
「またか、新入り。お前も大変だな」
先程の自分と同じようなため息をついて、なぜか労われた。誰のせいだと思っているのだ。
ジルコンは椅子を引いて隣へ座った。
「ワインとチーズと揚げた魚をください」
店主に注文する様子を横目で見ながら、彼女はフンと笑う。
「早々、同じ手は食わんぞ。また、ワインを入れ替えて睡眠薬を盛るつもりだろう。全く、詐欺師か暗殺者のような手口をしおって」
「暗殺者……」
つい最近、姫君が狙われた事件が想起される。ヘリオドールも、きっとそれが頭に過っただろう。
酒を飲ませないためとはいえ、このやり方は良くなかったかもしれない。暗殺者のようだと言われるのも心外だ。やはり、他の方法にしよう。
「お前が真っ直ぐすぎる正義感を持っていることは承知しているよ。暗殺者はともかく、詐欺師といえば、町では最近魔法詐欺が増えているらしいぞ」
「ああ、あの幻影魔法で幻を見せて、金や物を騙しとり、人を拐う悪質な犯罪ですね」
ゴトン……とカウンターテーブルに置かれたコップになみなみと注がれているワインをチビチビ飲み、時おりツマミを齧りながら話す。
その間もヘリオドールは酒を水のように飲んでいるので、ジルコンはまさに今話題にしている幻影魔法で彼女のコップにワインを満たした。いくら飲んでも減らないことに、すでに酔いが回っている彼女は気づかない。
こういうとき、ヘリオドールやオニキス神官が評するほど自分は真っ直ぐではないのだと思い知り、モヤモヤとした気持ちになる。しかし、これ以上飲まないように言い聞かせたり、普通に止めたりしても無駄だったし、店主にこれ以上酒を出さないように言っても、彼女の鋭い眼光に店主が怯えて酒を出すので駄目だった。もう、魔法で誤魔化すしか思い付かなかったのだ。彼女と出会ってから、今までの自分の清廉潔白さが崩れはじめている気がしてならない。
「幻影魔法を使う者とは、過去に闘技場で戦ったことがあってな。そいつは通り名がそのまま『幻影の魔法使い』と言ったが、観客を楽しませ、飽きさせない為だけに幻影魔法を使い、戦いは正々堂々としていた。幻影魔法とは、本来そうあるべきものであると私は思うよ」
「そうですね、私もそう思います」
「なんか、このワイン味がしないな。ま、良いか。それでな、嘘か本当か分からない幻影魔法に対処する方法を身につけた方が良いと思って、件の魔法使いに見破るコツを教えてもらいに行ったんだよ。そうしたら、奴はなんて言ったと思う?
『タネが明かされてしまったら、面白くないじゃありませんか。また久しぶりに試合ませんか? とびきりの幻影を見せて差し上げますよ』
だと。治安よりもエンターテイメントを取るんだから、あいつはどうしようもない『幻影狂い』だよ」
苦い顔をして、彼女は空のコップを呷った。




