5.王様
船着き場には沢山の人が詰めかけていた。
トケイ国の王子を一目見ようというのだろう。道の両側に人々が立ち並び、賑やかだ。その中央を馬の足で通り抜ける時、言葉の切れ端だけが飛んでくる。
「――……あの方がトケイ国の……――」
「――……以前の人質の方はもう国へお帰りに……――」
「――……王子様、ようこそマヨラナ国へ!……――」
その声はただの好奇心の噂話に混じって好意的なものも多く聞こえたため、随分と勇気付けられた。
ただ、後ろから視線を感じるのが先程から気になって仕方がない。出迎えの警備の人たちに混じって一人、神官服を纏った青年がいた。騎乗して後ろを歩いているのは確かその人のはず。
その神官は、対面した当初は期待に満ちたような黒い眼差しを向けていた。しかし、湖月が魔法を使わずに馬に飛び乗るのを見て周りの人々が沸く中で、一人だけ黙り込み訝しげな面持ちをしていたのが印象に残っている。
それからはずっとなにかを考え込んでいるのか、眉間に僅かに皺を寄せて険しい目付きになっていた。
「――……お可哀想に、私の息子と同じくらいだわ……――」
「――……十四歳くらいに見える……――」
「――……いらっしゃい、王子様!……――」
「――……銀の冠が輝いている……――」
「――……カシャッ……――」
人々のざわめきの中に、聞き慣れない音があった。そちらを見ると、顔の前に四角い箱のようなものを掲げた人がいた。
魔法機械の類いかな?
どういう意図があるのか分からないため、少し不気味に感じる。しかし武器では無さそうだし、護衛の人たちも気づいた様子だが特に反応はなかった。後ろの神官も無反応だ。この国ではありふれた機械なのだろうか。後で誰かに聞いてみたいと思いながら通り過ぎた。
前方から、土煙を上げて何頭かの馬が駆けて来る。
なんだろう?
一行は歩みを止め、次々に馬から降りた。自分もそれに倣い降りるべきかと思ったが、後ろの神官に
「どうぞ、そのままで」
と止められた。
初めて声を聞いたが、昔どこかで聞いたことがあるような声だった。記憶を辿ろうとしていると、前方の馬影がすぐ近くまで迫って来ていたので、慌てて意識を過去から現実へと切り替えた。
その一行の中で一際鮮やかで豪華な衣装を纏っている人物の素性は、一目見れば明らかだった。金の冠が日の光を受けて燦然と輝いている。
まさか、王様が迎えにいらっしゃるとは思っていなかった。
王様は華麗な手綱捌きとバランスで向きを変え、湖月の馬と並んだ。降りた者たちは、王様の合図で再び馬上の人となり、合流した一団と共に長い列となって進み始める。
歩きながら王様に話しかけられた。
「私はこの国の王、オパールだ。よくいらした、トケイ国の王子、シルフィードよ。またの名を湖月と呼ぶそうだが、どちらで呼んだらよいか?」
「精霊の名は畏れ多いので、母国では特別な時だけに呼ばれ、普段は湖月と呼ばれていました」
粗相の無いようにはっきりと淀み無く答えると、王様は満足げに頷く。
「なら、私もそうしよう」
それから、王様にこれまでの暮らしのことなど尋ねられて答えているうちに、またあの音がした。
「カシャッ……」
王様がちらりとそちらを見て自慢気に笑う。
「あれは、写影機というものでな。私の娘の一人であるサファイアが考案した魔法道具の一つなのだ。実際に作り上げたのは我が国の魔法研究機関だがな。写影機に魔法を込めると、目前の景色をそっくりそのまま墨絵としてパピルス紙に描かれる」
「それは、素晴らしい機械ですね」
それを自分よりも年下だという姫君が考案したのだというのだから、すごい。素直にその気持ちを口にすると王様は嬉しそうにした。声のトーンが上がり、流れるように娘たちのことについて話し出す。
「出来た絵を、後で見せよう。私には二人の娘がいてな、サファイアは青の姫と呼ばれ、カーネリアンは赤の姫と呼ばれて民に親しまれておる。親しい者たちは、サフィとネリーと呼ぶ。知っての通り、サフィは人質としてつい先頃ケムリ国へ送り出した。私に似て活動的な娘だ。向こうでなんぞやらかしていないか心配だ。ネリーは王妃に似て、淑やかで真面目だ。治癒魔法の才能があり、神殿で日々祈りを捧げている。今日会わせたかったが、あいにく治癒魔法の使いすぎで休んでいてな。……最近は魔物の出没が増えた。人や動物などに取り憑いて、強力な魔法で攻撃をしてくるのだ」
魔物は、トケイ国にも多く出ている。最近増え出したのも似ていた。
「それを倒すのと、浄化するのと、取り憑かれていた者がまだ生きているのなら治癒するのとで、兵士や魔法使い、神官や巫女が全力で対処しなければならん。何しろ、気を抜けばこちらが取り憑かれてしまうからな。魔物に対処した日は体力や魔力を削られるために休まねばならないから、一日使い物にならん。今は、国を挙げて有能な魔法使いや兵士を募っているのだ。湖月は、どうだ? 魔法は使えるか?」
これは、困った。初端から躓いたぞ。
ここは、嘘をつかずに答えるべきなのだろうな。困っているのなら助けたいし。
でも――
僅かな迷いに口ごもる。
その時だった。城まで後わずか、城の石門が見えて来る所で魔物が出たのだ。瘴気と共に、魔物に取り憑かれて異形と化した人間が飛び出してくる。
先程馬に乗せようとしてくれた奴隷が真っ先に襲われそうになり、湖月は無意識に手を伸ばしていた。しかし、すぐ近くにいた兵士の剣が魔物の攻撃をはね除ける。
あちこちから悲鳴が沸き起こり、人々が逃げ惑う。王様は兵士たちに指示を出して民衆を遠ざけ、自分は魔物に真っ向から向き合った。
醸し出される圧に気圧されそうになる。
「噂をすれば影ということか。私の膝元に現れるとは、良い度胸をしているではないか。ネリーの力が弱まったところを狙ったな?」
魔物に怒りに任せたような攻撃魔法を当てる王様。そして、地に伏せた魔物をすかさず拘束し、浄化する神官。ふと目が合ったが、すぐに反らされた。
「さすがは優秀な我が国の兵士と神官だ。オニキス、取り憑かれていた人は一般人だな。助かりそうか?」
「はい、取り憑かれていた時間が少なく、生命と精神に異常はなさそうです」
「ならばよい。無駄に生命を奪うことはしたくはないのでな。私は攻撃魔法は得意だが、それ以外は苦手なのだ。王妃は、私とは逆に治癒魔法に優れている。私が魔法武術が好きで、よく闘技場に観覧しに行ったり、参加したりしているのを止められるが、こればかりはやめられん。ただ、それはあくまでも生命の保証された競技だからだ。戦争や人殺しが好きなわけではない。王とは、国民を守る仕事だからな」
「後は任せたぞ、オニキス。さて先程の質問だが、湖月よ、そなたは魔法が使えるな? 奴隷が襲われた時、咄嗟に掌に魔法の気を纏ったのが見えた。兵士が助けたので、それはすぐに消えてしまったが。もし、攻撃魔法が使えるのならば、私と試合ってみないか?」




