4.馬
後書きに挿し絵があります
小舟に乗り換え、川を遡る。
「 ほーい ほい
回れよ回れ くるくる回れ
休まず回れ たゆまず回れ
回れや 回れ
水車のように 風車のように
水の流れに逆らって 自在に動け
舟の尾びれよ――」
広い幅の川は、小舟が何艘も余裕ですれ違える。上流から来た船がときどきすれ違って海の方へ走って行った。
斜め前をこの舟と同じ速度で並走している舟の船頭が、陽気に言葉を口ずさんでいる。節をつけて歌っているようだ。興味深く聞いていると、船尾に立っている船頭が長い竿で近づき過ぎた舟と距離を取りながら教えてくれた。
「あれは、魔法の呪文ですよ。船専門の魔法使いでも、中には無言呪文が苦手な者がいますので、ああして唱えながら船尾に取り付けられた機械を動かして、船を進めているのです。魔法の機械は川を遡れるし、船の方向も自在に変えられますから、便利なんですよ」
この舟の船頭は無言呪文で進めているようだ。船は滑るように進み、水飛沫を上げながら川を遡って行く。流れる岸の景色を見ていると、建ち並ぶ民家の石葺き屋根や草葺き屋根、漆喰だろう白い壁、そこに開いた変わった形の窓などが見えた。小神殿らしき建物もいくつか通り過ぎた。トケイ国と似ていて、石造りで柱が何本も立ち並んでいる。細かい所はもっと近くに行かないと見えないが、朝日に照らされて白く輝いていた。
下船したら、岸辺に待機していた馬に乗り換えるようだ。王族の教養として乗馬は出来るものと思われているのだろう。
一頭の大人しそうな馬が近くに引かれて来た。馬の背には覆い布がかけられ、座布団を紐で固定してある。
乗るようにと示されたので、一つ頷いていつものように魔法の風を纏ってひらりと跳び乗ろうとしたのだが、はたと思い出した。
そういえば、魔法を使えない振りをするんだった。
魔法を使わずに乗ったことはない。馬には足を掛ける物など付けられていないし、どうやって乗ろう?
魔法の使えない人がどのように乗っていたかを急いで記憶の中を探る。
確か、勢いをつけて飛び乗っていたような。それか、馬の方が屈んで乗りやすくしていたな……。
勢いをつけて飛び乗るしかないかと、助走をつけるために後ろへ下がったところ、誰かにぶつかってしまった。この馬を連れてきた人だ。
「あ、すみません……」
「いいえ、平気です。そのお衣装では乗りづらいでしょうから、お手伝い致します」
どうやら、逡巡しているところを見かねて、助け船を出してくれたようだ。
なんて、良い人なんだろう。
その人は躊躇無く屈んで、地面に手と膝をつけた。
「さあ、お乗りください」
「え……」
湖月は内心慌てた。そういえば、こうして奴隷の背を借りて馬に乗る人もいたのだった。
しかし、これまで人を足蹴にしたことなど無いし、もっとも身近にいた奴隷は、小さな頃から様々なことを教えてくれて、すでにこの世にはいないあの先生だった。
「ありがとう、でも、自力で乗ってみます」
屈んでいた人が立ち上がって馬から離れたのを見計らい、数十歩分くらい後ろへ下がってから走り出した。
風の魔法を纏った感覚を思い出しながら、しかし、魔力を使ってしまわないように体内に閉じ込めて。
息をするように魔法を使ってしまう湖月にとっては、魔法を使わないようにする方が難しく、集中するために気力を消耗した。
「はっ……!」
飛び乗るとき、思わず掛け声が出る。
自然の風が、服の裾をひらめかせた。
一瞬、足が馬の背で滑りそうになってヒヤリとしたが、何とか挟み込んでバランスを取る。
ここで滑り落ちたら、王子の体面どころか、国のイメージに泥を塗るところだった……。
なんとか乗れたことに安堵しつつ、もし失敗していたらと想像すると冷や汗が垂れた。
湖月以外は全てマヨラナ国の者が周りを固めている。先導する兵士の後に続いて、一行は進んだ。




