28.吟遊詩人
たおやかな褐色の美女が九弦の竪琴を奏で歌っている。
マヨラナ国の大広間には王公貴族が集まり、彼女のさざ波のような演奏と中性的な美声に聞き惚れていた。
「素晴らしい歌だった。伝説の英雄、ソラースの悲哀が伝わってくるようだ。これは確か、三国に同様に伝わっている神話だな」
「左様です。同じように物語に歌われて何百年も受け継がれてきたようです」
とある記念日の宴の後、王様は吟遊詩人を執務室へ呼んだ。
辺りは人払いされて、侍女の一人もいない。
「セレスティア、二国の様子はどうであったか」
「両国とも、魔物の出現が例年になく増えています。これまで、神殿を襲うのは理性を失った魔人ばかりでしたが、昨今は理性を保った魔人が明らかな意図を持って襲撃をしているようでした」
「ふむ、魔物信者たちがこれまでにない動きを見せておるか。魔人たちは、どのように襲撃をしていた?」
「人に紛れて近づき、複数の魔人が同時に各地の神殿を白昼堂々強力な攻撃魔法で襲っています」
「なるほど、策を弄してきたか。単純だが、効果的な策だ。同時にあちこちで襲撃があると、対処に手が回らない。だが、向こうの魔法使いもやわではあるまい」
「はい、魔人の魔法は確かに強力でしたが、変わった魔法は出して来なかったので、なんとか浄化の魔法陣に誘い込むことが出来ていました」
「ふむ……やはり、人に取り憑いて間もないということが良い具合に制限になっているな。まだ、どちらも慣れていないのだろう。人は有り余る魔力の使い方がわからず、魔物は人の身体の操り方がわからない」
「長く取り憑かれて意識を蝕まれた魔人は、時に思いもよらない魔法を繰り出す。その前代未聞の魔法に、何度翻弄されたことか」
そこでふと、王様は顎に手を当て考え込む。
「……だとしたら、おかしいな。これまでも、魔人が自我を保ったまま城に入り込んだことがあった。その時は巧妙に魔力を隠し、姫に毒を盛った。自ら姿を晒し、白昼堂々襲撃をするなど、わざと目立っているようにしか見えん。兵力を分散させるため? それもあるだろうが、私には他に意図が隠されているようにしか思えぬ。視線をそちらに向けるよう仕向けて、本当の目的は違うところにあるのではないのか?」
「確かに、魔人同士手を組んでいるのなら、尚更裏がありそうですね」
密かなる報告と話し合いの後に、王様は詩人にサフィの様子を見てくるよう頼んだ。ついでに二国の蓄魔法装置の開発状況も。
難易度が高すぎる指令。だがセレスティアは承った。
「頼んだぞ、セレスティア。運命のカラスよ」
「できる限りの手は尽くします」
「無理はしなくてよい。危険を感じたら、すぐに戻ってこい。そなたが帰らねば、ネリーが悲しむ」
「はい、姫君の為にも、きっとまた戻って参ります」
詩人が退出してから、王様はひとりごちた。
「蓄魔法装置の開発を急がねば」
◇◇◇◇◇◇
「セレス! 久し振りに帰ってきたのに、またすぐに出掛けてしまうの?」
「お耳が早い。王様から聞いたのですか?」
「いいえ、なんとなく、そんな雰囲気だったから。やっぱり、そうなのね」
「本当は、ネリー様ともう少し一緒に過ごしたかったですが、行かねばなりません」
「お父様は、セレスに働かせ過ぎるわ。私は、抗議をします」
「お気持ちは嬉しいですが、私はそもそも旅をして暮らしていた者。旅の空の下は、全て私の家のようなもの。心配はご無用ですよ。こうして時々王様が宴会に呼んでくださって、仕事もくださるから、私は路銀の心配なく悠々と旅が出来るんですよ」
旅の話を取り留めなく話すのを、ネリーは頷きながら聞いている。
小さいときからの馴染みなので、姫はセレスティアと気楽に話した。
ケムリ国のこと。
トケイ国のこと。
ネリーはどちらも身を乗り出して聞いた。
セレスティアには少し意外だった。サフィのいるケムリ国はともかく、トケイ国のことにも同じくらい真剣に聞いている。
「トケイ国の王子と、親しくなられましたか?」
「ええ、友達よ」
「そうですか。引っ込み思案のネリーさまが、サフィさま以外に友達を作られるなんて、それほどに成長したのだと、私は感無量です」
「私だって、友達くらいは出来ます。最近は、町にも沢山の知り合いが出来たのよ。……サフィのおかげだけれどね。湖月は、丁度休日だったり、偶然町で会ったりすると、サフィの伝言探しに付き合ってくれたの」
「ネリー様は、湖月様が休日の日を選んで町へ出掛けているのですね」
「そんなことはないわ。偶然よ」
「ふふっ、そういうことにしておきましょう。さて、私はそろそろ行かねばなりません」
「そう……」
寂しそうにするネリーに離れがたく感じるが、セレスティアは首を振った。
「王様から頼まれ事をしているものですから。そうだ、サフィさまに伝言はございますか?」
「会うの!?」
「会えないかもしれませんが、近くまでは行く予定です。もしも会えたときのために、ネリー様から何か伝えたいことがあれば」
「少し、考えさせて」
目を閉じて暫し考えた後、ネリーはほんの短い伝言をした。
セレスティアは頷き、荷物を担ぐ。
「では、また会うときまで、お元気で」
「セレスも、気をつけて行ってきてね。お返事待っているわ」
セレスティアが早着替えの魔法で男装すると、今までなよやかな女性だったのが、すらりとした男性に見えるようになる。
そうして一人、いつものように竪琴を携えて城門を潜った。




