25.星夜の町
魔法の光を細く照らし、出口を求めて歩き続けていると、横から声がした。
「なんで、神官がこんなところに?」
横道から現れたのは、あの新入りと呼ばれていた子供だった。
しまった、歩くうちに幻影魔法が解けていたんだ……。
「私はウルテネの弟子だ。散歩をしていたら洞窟に迷い込んでしまって。この姿は仮初のものだから、今魔法を解く」
苦しすぎる言い訳と共に幻影魔法をかけて、別人の姿に見せる。あたかもそれが本当の姿であるように。
「へえ、なるほどな。お前、もしかして集会にいた?」
「……」
「大丈夫、誰にも言わないから。その代わり、俺が魔物信者だってことも言うなよ。特に、この先の町の人たちには」
「わかった、言わないと約束する」
「なら、ついてきてよ。俺の町へ案内するよ。弟子さん名前は? 俺はアスター」
「私は月」
「へえ、月か。俺の名前は星の意味があるんだって。町の名前から取られているんだよ。星夜町っていうんだ」
「趣のある名前だね」
アスターは、振り返りながら嬉しそうに笑った。
「物語に出てきそうだろ?」
しかし、聞いたことのない名前の町だ。この国へ来て地理も学んだが、どこにもその名はなかった気がする。
「他にも、隠れ里、地下町、残され町、始まりの町、最後の地、あとは、なんだったかな。とにかく、沢山の呼び方があるけれど、俺は星夜町が一番好きだ」
「地下町ということは、町は地下にあるの?」
「そうだよ。ああ、これも秘密な。地上の世界の人たちには絶対に知られちゃいけないんだって、ばあちゃんが言ってた。さもないと、平和が失われてしまうって」
「わかった、言わない。でもなぜ、私に教えたんだ?」
「だって、ウルテネの弟子だろ。だからさ」
「? ウルテネの弟子だと、なぜ大丈夫なの?」
「どうでもいいだろ、そんなこと。それより、町を見たらきっとびっくりするぜ」
「楽しみだ」
「へへっ。俺はさ、星夜町の人の役にたちたいから魔物信者になったんだ。でも、言うと反対されるから」
「魔物に取り憑かれたら、どうなるのかは知っているんだよね?」
「もちろん」
「会議では、自我を失う前に魔物を魔界へ帰したいと言っていたね」
「あれは、やっぱりさ、お互いに無事で済めば、それに越したことはないじゃん。て、思ったからさ」
「確かに、お互いに自我を失う前に離れられれば、魔物は人の暮らしを少しだけ体験できて帰れるし、人は魔物の力を必要なだけ借りられる。これ程良い協力関係はないかもしれないね」
「そうなんだよ、わかってる~。だからさ、俺が取り憑かれた暁には、それを試してみようと思ってさ」
「アスター、きみは信者を止めるべきだ」
アスターは立ち止まる。
「なんでだよ、なんで、お前にそんなこと言われなくちゃならないのさ」
「きみは、死ぬつもりはないのだろう? まだ若いんだから、町に貢献するのは他の方法でも出来るはずだ」
「ばあちゃんと同じようなことを言うんだな。もう、この話はおしまいだ。俺は、俺のやりたいようにやる。誰に何を言われようが、関係ない」
「……」
「さあ、行くぞ。町はもうすぐだ」
それからは二人とも無言だった。
やがて、アスターは前方を指差す。
「ほら、あれだ」
示す先には、大きな扉があった。
その前には門番らしき者たちが二人立っている。
「おい、アスター。お前、誰を連れてきた? まさか――」
門番がこちらに剣先を向ける。
「ただの、迷子の魔法使いだよ。案内してきたんだ。きっと、助けになってくれるよ」
「助けにだと?」
「この人、ウルテネの弟子なんだって」
「……通れ」
なぜ……? ウルテネは彼らに何をしたんだ。弟子というだけでこんなに厳重に守られている場所に通されるとは。
門番が扉に呪文をかけると、魔法陣が光りながら浮かび上がった。そして、中央に切れ目が入り、扉が開かれて行く。
その向こうには、広大な空間が広がっていた。
魔法の明かりが無数に煌めき、まるで夜空の星々のようだ。自然の段差を利用し、壁を彫って造られた家々、整備された道、階段、流れる川の上には長い橋もかかっている。驚くべきことに、地下であるにも関わらず、野菜が育ち、ヤギなどの家畜もいた。
ここは、一つの世界だ。
どこからか、新鮮な空気まで流れ込んでいる。
「星夜町は、魔人が築いた町なんだ」
「魔人?」
「『魔物に取り憑かれた人』は長くて呼びにくいから、ここでは『魔人』と呼ばれてる」
町を歩きながら、アスターは言う。
「魔人は、流れ星のように現れては消えていく、儚い存在だ。けれどもその間に、何かの恩恵をもたらしていく。町の人たちは、そんな魔人を崇めているんだよ」
畑で作業をしていた人が手を止めて、アスターに笑顔で声をかけた。
「アスター、どこへ行っていたんだい? 探検もいいが、『食事時にも帰って来ない』とばあさんが愚痴っていたから、早く帰ってやんな」
「げぇっ、また説教か。やだなー」
「ははは、自業自得だな」
アスターは手を振るとまた歩きだす。
「私も身近によく説教をする人がいるから、気持ちは少しわかるよ」
「それって、ウルテネ?」
「いいや、別の人」
「だと思った。ウルテネは、説教をするようには見えないもん。その代わり、厳しい訓練をしそう」
「当たってる」
アスターは湖月に町を案内した。岩壁をくりぬいて造られた家。魔法で架けられた幾つもの橋。温かい川。小間物屋や、料理屋もある。外の世界と同じように働き、賑わい、道を行き交う人々。
なぜ、わざわざこのような場所に住んでいるのか分からないが、何かの理由がそれぞれにあるのだろう。
「マヨラナ国になる前から、ご先祖様はここに住んでいたんだって」
「そんなに昔から!? てっきり、最近造られたものだとばかり」
「そんなわけないだろう? そんなに簡単に、すぐに町が出来るわけがないんだ。昔からコツコツと魔人と協力して造ってきたんだよ。あの建物を見なよ。あの複雑な柱や装飾。何百年もかけてあそこまで彫ったというよ」
神殿のような長い柱の立ち並ぶ建物があった。天井を補強する為か複雑な造りになっていて、その構造自体が芸術作品のように美しい。壁には沢山の繊細な装飾が施され、確かにこれは、一朝一夕では造れないだろうと思わされた。
「ここは、魔人を祀っているんだよ。魔物と人の魂の安寧を願う場所だ」
「なんて、美しいんだろう」
人と魔物のための場所。
魔法の明かり煌めく、星空に浮かぶような町。
そこには、確かに平和があった。
魔人が現れては消える。
その度に何かをもたらす。
みるみるうちに崩れかけた道が整備されていく。
水路が掃除される。
家が造られる。
それを目の当たりにして、魔人の凄さを思い知った。
これは、崇拝するはずだ。
もはや、一つの民族だ。一つの国だ。国の中に国がある。王さまも知らない国が。
「俺は、ここで生まれ育った。だから、外の世界のことはあんまり知らない。出たこともほんの数回しかない。外の人たちは、魔物を消そうとすると聞いている。本当のことなのか?」
「地上にいて人々の前に姿を現した魔物は、ほとんどが理性を失っていて、人を襲うから、浄化するしかないんだ。私は、最近まで魔物に理性があることすら知らなかった」
「なら、もっと広めないといけないな」
「王様は知っていらっしゃるよ。魔物に感情があり、人の言葉を話すことを」
「この場所のことは?」
「知らないと思う」
「なら、いいや。次は、俺の家に案内するよ。そして、ばあちゃんに言ってくれない? 俺の帰りが遅くなったのは、迷子を案内していたからだって」
「そうしたいのは山々だけれど、そろそろ帰らないと」
「遅くなっても、夜は俺の家に泊まればいい。隣の部屋が空いているんだ」
「早く帰らないと、心配して探されてしまうからさ。せっかくのもてなしを申し訳ないけれど……」
ふっ……と、アスターから表情が消える。
「駄目だよ。ここを知ったからには、帰せない。それに、あなたは湖月王子だろ? その姿こそが偽りだ。魔人には全てお見通しなんだよ」
瘴気の気配にはっとして後ろを振り向く。そこには、魔人が音もなく立っていた。
「それに、写絵でも見たことがあるし。以前の会議で生け贄だと決まったらしくて、引き留めるように言われたんだ。……ごめん」
気づけば、周りを人に囲まれている。
湖月は青ざめた。
――油断した。厳重に守り隠されている町にこうもすんなり案内されることを、もう少し疑うべきだったのだ。




