24.集会
「先生、お願いします」
「先生は、止めてくれ。ウルテネでいい」
ウルテネに師事を頼んでから、休日には大抵秘密の地下道で幻影魔法や剣術を教えてもらい、模擬戦をした。さすがに闘技場の大会で優勝しただけあり、とても強い。何度挑んでも軽くいなされてしまう。少しは成長したと思って挑んでも、ウルテネの強さの細部が見えてきて余計に高い壁を思い知らされるだけだった。知れば知るほど、壁が高くなるように思える。
二人並んで岩に座り、魔法の明かりを眺めながらぽつりと呟いた。
「私は、ウルテネに勝つことは一生出来なさそうだ」
「諦めたら、そこで終いだぞ。養成所では、力が全てだった。それで言えば、魔界と似ているかもしれんな。魔物の王は、一番魔力の強い者がなるらしい。この間、取り憑かれた魔物信者が言っていた」
「……ウルテネは、なぜ魔物のことを調べているのですか?」
「大した理由はない。ただ、人生で特別な興味を持ったのがそれくらいしかなかっただけだ。
俺は魔法の無い国から奴隷として連れて来られたが、この国へ来てから魔法の力に目覚めた。その時から魔力を使いすぎると体調を崩すようになり、魔力とは何なのかが気になり始めた。しかし、なかなか調べるチャンスがない。こうなれば、優勝して自由民になるしかないと、奮起した。その後、魔力と言えば魔物だろうと、魔物信者の集会に潜入するようになった。しかし、取り憑かれた者は目的のためにすぐどこかへ行ってしまうし、狂信的な信者どもが生け贄を捧げようと罠を仕掛けたりするしで、その生け贄を幻影魔法でこっそり助けることしか、今のところは有意義なことは出来ていない。湖月は、何か知っていることはないか?」
「一度魔物に死の呪いをかけられて死にかけたことがあります。その時に、気がついたら魔界をさ迷っていて、魔物の王に出会いました」
「魔物の王にだって!? そんな稀有な体験をしていたのか。よく、帰って来られたな?」
「姫君に助けられたのです。助けたつもりが助けられてしまいました」
「ふーん、だから、強くなりたいと? なるほどな」
湖月は魔界のことを話した。しかし、魔法とは何か? の答えにはなっていない気がする。ウルテネは立てた片膝に肘を置き、頬杖をついて何かを考え込んでいる様子だった。
魔法の明かりが点滅を始めたので、ウルテネの代わりに魔力を込める。再び明るさを取り戻した時、彼は顔を上げた。
「湖月、お前、俺の代わりに魔物信者の集会に紛れ込んでこい」
「え」
「姿を違う者に見せる幻影魔法を、この前教えただろう。それを使って俺に成り代わって、話を聞いてくるんだ」
「でも、もしばれたら」
以前、生け贄として捕まりそうになったことがあるのだ。見つかれば、今度こそ本当に生け贄にされかねない。
「幻影魔法の試験も兼ねているから、絶対にばれるなよ。まあ、もしばれたら、目眩ましをしてなんとか逃げてこい」
「そんな……」
「俺の弟子なら、それくらい出来るはずだ」
「なんですか、その厚い信頼は。わかりました、行きますよ」
◇◇◇◇◇◇
ウルテネから集会の開かれる地下洞窟の場所を教えてもらい、潜入した。どうやら幻影魔法は上手くいっているようで、誰も疑っていないようだ。見張りにもウルテネとして声をかけられ、すんなり通された。
そこは広場のように空間が開けており、魔法の明かりが幾つも灯って辺りを照らしていた。
すでに数十人もの信者が集まっており、更に続々と現れる。三人ほどに強い瘴気を感じたが、他の人たちは普通の人間のようだ。まだ。
目立たないように岩陰に座り、辺りを観察する。
こんな子供が……?
信者の中には様々な年代の人がいた。男も女も。そして、湖月よりも若い子供も。
「長が自我を失われた。次の長を決めるときがきた」
魔物に取り憑かれている三人の中から長を決めるらしい。しかし、なかなか決まらない。長になれば自分の時間が少なくなる。残り少ない日々とせっかく得た魔物の力を本当の目的以外の為に使うのが嫌なのだ。その気持ちは何となくわかる。しかし、この組織に属していたからこそ得た力であるから、見捨てるわけにはいかないらしい。
組織に属していた年月の長さで決まったが、新しい長は不満さを隠せていない。
「やがて自我を失いさえしなければ、進んで長でもなんでもやってやるが……まあ、なってしまったものは仕方がない。皆の者、有り難く思いたまえ」
「自我を失う前に離れられないのか?」
子供が聞いた。
「新入りだな。それが出来れば皆やっていただろう。一度魔界から出てきた魔物は、人に取り憑かなければ消滅してしまう儚い存在だ。離れられるわけがない」
「だったら、魔界へ帰せばいい。そうだろ? なにも、無理をして地上に留まることはないんだから」
「……そうしようとした前例もあった。しかし、帰れなかったのだ。人と共に死んで魂となるしか、地下へは行けない。私は魔界でそのような魂に触れた。短い命を人と共に生きた魂に。蝉のようなその一瞬の輝きが、とても強く輝いて見えた。私はそんなものになりたかった」
今、話しているのは魔物だ。人の口を借り、人の言葉で話している。
子供は真剣に聞いている。そして、尋ねた。
「魔界は、寂しいところなのか?」
「寂しさとは何か、人の魂に触れなければ知ることはなかった……」
そこまで話したとき、肉体の主導権は元の持ち主に戻った。
「これ以上は、答えられない。心が、苦しい。魔物の感情に引きずられてしまう」
長は胸を抑えて苦しげに顔をしかめている。
魔物はどうやら感情の揺れ幅が大きいらしい。
もしかしたら、慣れていないからかもしれないな。
地上に出て人になったばかりで、まるで生まれたての赤子のように感情を爆発させて、収める術をまだ知らないのだろう。
「では、次の議題に移る。生け贄の件だが――」
うわ来た。
ばれませんように……。
話を聞いていると、どうやら信者たちは、魔物が生け贄を欲していると思っている。
魔王は、そんなものを欲しているように見えなかったけれど。でも、受けとる魔物もいるのかもしれない。
それか、信者たちが勘違いをしているか。
「他に議題がないならば、本日の集会は閉会にす」
長は言い切る前に瞬間移動でかき消えた。
やっと解放される。
早く帰ろうと立ち上がると、声をかけられてどきりとした。
「ウルテネ。お前は契約しないのか?」
幻影魔法は空気の震えを調整して声まで変えられるが、それはあまり得意ではなかった。おかしな声になってばれるよりは声を出さない方がいいと思い、無言で頷く。
「生き別れの兄弟を探しだして救い出すとか言っていなかったか? まあ、お前なら魔物の力に頼らなくてもなんとかなるかもしれないな」
頷く。
「なら、なぜまだここに来る?」
「……」
「言えない理由か?」
「なんか、怪しいな。お前、本当にウルテネか?」
ぎくり。
これ以上何か言われる前に、とびきり派手な幻影を繰り広げる。色とりどりの花や様々な動物、美しい踊り子、光の帯が宙を舞い、大きな雪の結晶が降り注ぐ。
まだこの場に残っていた者たちは、呆気にとられ、魅入っている。その隙にその場を離れた湖月は、誰の姿も見えない所まで来ると、ほう……と息をついた。
さて、帰るかと足を踏み出したとき、来た道とは違うことに気がついた。




