23.メッセージ
フォリアさんの家を出てからも、小石ちゃんは着いてきた。
「りんご!」
「リンゴが食べたいの?」
予言だというのなら、それを本当にしてみせよう。
市場でリンゴを二つ買い、小石ちゃんに渡した。
「フォリアさんと一緒に食べてね」
頷き、リンゴを大事そうに抱えて帰っていく。
その後ろ姿を見送っていると、前から走ってくる人がいる。小石ちゃんが見えていないのか避ける様子もないので、咄嗟に魔法の風で庇う。
その時不思議なことが起きた。ぶつかりそうになった人がふっとかき消えたのだ。
「幻影?」
その後から、息を切らして走って来る人がいる。
「今、この辺に誰か走って来なかったか? どっちへ行った?」
「確かに走って来ましたが、人ではなく、幻影魔法でしたよ」
「ちっ、偽物かよ。あいつめ、今増えている幻影詐欺師だな。店のものを盗んで行きやがった。ちくしょう……今度会ったらとっちめて衛兵に突き出してやる……いや、顔もまやかしだろうから、来ても分からないじゃねえか。なんてこった……」
ぶつぶつと呟きながらその人は歩き去る。
幻影と聞いてある人を思い浮かべたが、すぐに違うと首を振る。あの人は闘技場の大会で優勝したのでお金はあるはずなのだ。こんなみみっちい盗みなど働くわけがない。
など考えていたら、当の本人が目の前を外衣を翻しながら駆けていく。その後から見覚えのある魔法使いが追いかけて来たので、目を見開いた。
「待て! 幻影の魔法使い!」
「犯人は俺じゃないぞ、人違いだ」
「信じられるか!」
「信じろ!」
あの人は、ネリー付きの護衛だったはずでは? 配属が変わったのかな?
「なら、何で逃げた? 疚しいことがあるからじゃないのか?」
「そんな殺気剥き出しで追われたら、逃げるだろう普通」
ジルコンは、ウルテネに攻撃魔法を放った。それを幻影で目眩ましして躱し、本体は屋根の上に跳び上がったが、ジルコンは気配を察知して更にそちらに空気の矢を放つ。
「おい、こんな民家の近くでそんな魔法を使うなど、危ないだろうが」
「お前が大人しく捕まれば済むことだ!」
「だから、犯人じゃないって」
「白々しい。犯行現場の近くには、お前しかいなかった」
「それこそ、幻影詐欺の手口だろ。誰かに罪を擦り付ける。この俺が、そんな分かりやすく犯人だとばれるような犯行をするわけがないだろう」
「!? ということは、分かりづらい犯行に及んだことがあるということだな? ならば、やはり捕まえるべきだな、世の中の為に」
「ああ言えばこう言う……」
「ジルコン! そいつは人違いだ。真犯人は衛兵が捕まえたから、追うのを止めて戻ってこい」
そこへ、金髪を靡かせて現れた女剣士と、三つ編みの町娘。
「ネリー?」
「あ」
驚いた様子で立ち止まるネリーと暫し見つめ合う。
「湖月」
「どうしてここに……?」
「話せば長くなるのだけど、ちょっと探し物を」
「護衛二人だけで、危険だよ」
「大丈夫よ。へリアとジルコンは優秀だもの」
「でも、心配だ。現に、つい今しがたも何かの犯罪に巻き込まれている様子だし。探し物なら、手伝うよ」
「本当?」
ヘリオドールは、ジルコンの背中をバシバシと叩いた。
「ねえ、ちょっとちょっと! なんか、いい雰囲気じゃない?」
「ちょっと、叩かないでくださいよ。先輩は力がくそ強いんですから」
「手加減はしているぞ」
「これで!?」
「俺はもう、行ってもいいか?」
ウルテネが呆れた様子で言った。
「ダメだ! 捕まえて余罪を聞き出さないと」
「そんなものはない」
「あいつは確かに怪しいが、人を騙して物を奪ったり、怪我をさせたり、命を奪ったりはしない。あいつは、単に人を楽しませようとしているだけだ」
「金獅子が俺を庇うなぞ、天変地異の前触れだろうか?」
「かつての対戦相手で胸くそ悪い戦い方をしてきたからと言って、冤罪で捕まえるなど私の信念に反するからな」
「……恩には着ないぞ」
「そんなものはいらん。さっさと行け」
「先輩、なぜ逃がしたんです」
「ジルコン、もっと肩の力を抜け。その正義感は悪いことじゃないが、世の中の理不尽なこと全てに対応出来るほど、一人の人間は手が伸びない。今の仕事を思い出せ。町の治安を守るのは衛兵に任せておけばいい」
「……そうでした、私は今、姫君の護衛中で」
「姫君が、こんな所に護衛二人だけで? 怪しいな……」
「ウルテネ、お前まだいたのか」
「怪しいやつに怪しいと言われる筋合いはない」
「へリア、ジルコン。ここから離れましょう。人が集まってきたから。それに、民家の近くだから騒いだら迷惑よ」
何事かと、通行人や近所の人が様子を伺っているのに気づいてネリーが促した。
「そうですね、場所を変えましょう」
◇◇◇◇◇◇
「なんで、おまえが着いてきているんだウルテネ」
「腹が減ったから食堂に入っただけさ。偶然同じ店に入った、それだけのことさ」
「じゃあ、同じテーブルに着いたのはどんな訳だ。空いているんだから、違うところに座れば良いだろう」
「面白そうな話が聞けそうだと思ってね」
「こいつ……」
「大丈夫よ、聞かれて困ることは何もないわ。むしろ、私の方がウルテネさんに聞きたいことがあります」
「何でしょうか、姫君」
「ここでは姫ではなくて、ただの町娘のネリーでお願いしますね」
「了解した。ただのネリーさんは、何を知りたいので?」
ウルテネの表情は、明らかに面白がっている。
ジルコンとヘリオドールと湖月はじりじりしながら見守った。
「町のどこかに、サフィの作った魔法道具があるのです。その場所を知っていたら、教えてください」
「ふーむ、サフィというのは、半年前にケムリ国へ旅立った青の姫君のことか。その姫が残したのならば、半年以上前だな。その頃俺は剣闘士の養成所で暮らしていたから、町には自由に出られなかったし、青の姫君のことも噂でしか知らなかった。優勝して自由民になってからはよく町へ来たが、そういう魔法道具のことは知らないな」
「養成所とは、ずいぶん厳しいところなのね」
「そりゃ、そうさ。奴隷や罪人が多いからな。だが訓練は厳しいが、きちんと食事や体調の管理はしてもらえるし、規則正しい生活も出来る。わりと良い環境さ。年に数回開催される闘技場での大会で、勝ち進めば賞金が貰えるから、なりたければ努力次第で自由民にもなれる。ただ、戦いの中で大怪我をして死ぬ者も少なくない。この辺の事情は金獅子の女剣士が詳しいから、後で聞くと良い。それで、ネリーさんはなぜ青の姫君の残した魔法道具を探しに?」
「話せば長くなりますが、私は以前はサフィと一緒に時折町へお忍びで来ていたのです。そこでサフィは、町の人達の話を聞いて、困っていることや必要なものの情報を集め、新しい発明品を作って持って行きました。町の人々はその発明品をとても喜んでいました。私はほんの少し手助けをするだけで、発明などは何もできませんでしたが、話を聞いたり、治癒魔法で役に立つことはできました」
「すごいな、青の姫君は赤の姫君と同じ歳だろう? 今より若い頃に幾つもの発明をしていたなんて、何という天才だ」
「そうでしょう? でも、いくら天才とは言え、全てを一人で作り上げることは難しいことでした。サフィの意を汲んでくれる魔法道具発明家がいらっしゃったからこそ、沢山作ることができたのです。しかし、ケムリ国まではついて行けませんでした。この王宮の専属発明家ですから。彼は、サフィが行ってしまうことをとても残念がっていました」
「赤の姫君は、青の姫君のことを尊敬しているのだな」
「はい。私は、彼女のようなことを成し遂げることができません。サフィがこの国からいなくなってから、私は引きこもり、全く町へ出なくなりました。そうしたら、ある日へリアが町で噂を聞いたのです。『姫君は、私たちのことを見捨てたんじゃないか』と、そういうような噂を。その時から、私は民のために何が出来るだろうと考えていました」
「ネリーさまは、神殿で十分つとめを果たされていますよ。そのように思い悩まずとも」
ヘリオドールの言葉に、ネリーは首を振る。
「いいえ、それだけでは足りません。でも、私らしい関わりかたがわからなくて。それで、とにかく町へ出て、人々が姫に何を求めているのか直接聞いてみようと思いました。その折りに、サフィの作った魔法道具が今はどうなっているのかも知りたくなって。それを使っている人にも話を聞けたらなと」
その時、店主が追加の料理を運んできた。
「サファイアさまの発明品なら、近くの広場にありますよ。これは有名なのでとっくに知っているかもしれませんが」
「広場に? いいえ、それは知りませんでした」
「噴水ですよ。魔力を流すと踊るのです」
店を出ると、早速教えてもらった広場に向かった。
広場の中央にある噴水からは絶えず水が流れ落ちていた。しかし、一見魔法の力に頼らない技術だけで作られた噴水にしか見えない。
どういうことかと眺めていると、桶を持った女性がやって来て、水を汲み始めた。その人は噴水を眺めている人達の存在を奇妙に思ったらしく、
「なに? 順番待ち?」
と若干引きぎみに言った。
「あの、この噴水が魔法機械だと聞いて見に来たのですが」
彼女はああ、と納得したように頷いて、装飾の一部を指差した。
「この鳩に魔力を込めてごらん。面白いことが起きるから」
水を汲み終えた女性は、勢いをつけて桶を持ち上げると頭の上に乗せ、姿勢よく歩き去った。
ネリーは、言われた通りに石の鳩に魔力を込める。
すると、水の流れが変わり、うねって空中に模様を描き出した。
「わあ……!」
「こいつは、凄い」
「綺麗だな」
「これは、文字……?」
水の文字はガラスよりも透き通って光に煌めいた。
ネリーはそれを読んで、瞳からほろりと雫が零れた。
『ネリー、私がいなくなっても、寂しがらないでね。私はいつでもあなたの近くにいるわ。探してごらん、町中を』
それから、ネリーは時折町へ来て、サフィの残した言葉を探すようになった。言葉は彼女の発明品にネリーが魔力を込めることで現れた。
ある時は氷に、
ある時は火に、
ある時は石に、
ある時は――
湖月は、なんとか都合をつけてその全てに付き合った。
一つ見つける度に町に知り合いが増えていく。
ネリーはいつしか屈託のない明るい笑顔を浮かべるようになり、それが彼女らしくてとても似合っていると思った。
そんな風に魔法道具探しをしていると、結構な頻度でウルテネが現れた。暇なのだろうか?
「町娘にしては言葉遣いが綺麗過ぎるから、ちょっと練習してみようか」
「おい! ネリーさまにおかしな言葉を教えるんじゃない」
ネリーに町娘でも言わないような言葉を教えようとして護衛たちに怒られたり、意味もなく幻影魔法を繰り広げるので少し鬱陶しいが、探すのを手伝ってくれるのは有難い。
ある時、湖月は思い立ち、ネリーが帰った後でウルテネに言った。
「幻影魔法と剣術を教えてほしい」
「なんのために? 神官には必要なかろう」
「ネリーを守るために強くなりたい」
「なるほどね。あの姫君は危ういからな。狂った魔物にいつ殺されてもおかしくない。俺は、あの姫を存外気に入っているんだ。みすみす殺されでもしたら目覚めが悪い。いいぞ、教えてやる。その代わり、同行しろ」
「どこへ?」
「魔法の真実を探す旅へ」




