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赤の姫と風の精霊の詩  作者: 羽紗子


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22/30

22.ダンゴムシ

 湖月はこれまでの人生において一番と言っていいほど緊張していた。

 目の前には玉座に腰掛けた王様。

 周りは人払いされていて、一対一で向かい合っている。

 この日、王様に個人的なことでどうしても話したいことがあると面会の申し入れをしたところ、了承されてこのような状況になったのだ。皆の前で話さなければならないかと思っていたので、人払いをしてくださったことは良かったが、しかしこうして向き合ってみるとすごく緊張して、むしろ他の人がいた方が緊張が和らいだのでは? と思うほどだった。


「話とは、なんだね?」


「実は――」


 湖月は、実は魔法の力を半分隠していたことを話し、嘘をついていたことを謝った。


「私は、気づいていたぞ。猫の魔法を聞いたからな。しかし、一つ分からないことがある。神官になるために魔現石で魔力を見たはずだが、その時には治癒魔法の色しか見えなかったとオニキスから聞いた。オニキスも、知らぬ振りをしていたのか?」


「それは、違います。オニキス神官はきちんと見たままを伝えたはずです。私は魔現石に触れる時、魔力を体内で逆流させ、仕舞い込み、治癒魔法の力だけを流しました。一か八かでしたが、結果は上手くいきました」


「なんと、逆流だと? わっはっは……! なんだそれは。初めて聞いたぞ、そのような常識外れな魔力の扱い方を! そんなことをして、身体に異常はなかったのか?」


「はい、魔現石から手を離してすぐに魔力の流れを元に戻したので大丈夫でした。多分、ずっと逆流させ続けていたら酷いことになっていたと思います」


 ほんの少しの間でも、心臓がぎゅっと押されるような感覚がして苦しかったので、嫌な予感がしてすぐに止めたのだ。解放された魔力が再び流れてくる時は、痺れた足先に再び血が巡るときみたいにチクチクとした。


「なるほど。これは、研究の余地があるかもしれんな。城の魔法研究者に題材として提示してみよう。出所は知らせないから安心しなさい」


「あの、嘘をついていたことに対してなにか罰は」


「ほしいなら与えるが」


「いえ……」


「はっはっは……! 冗談だ。罰などない。今のところ隠していたことで何の不利益も被っていないし、新しい研究材料になることを教えてくれたおかげで今後の魔法研究の足掛かりになるかもしれないのだ。むしろ、功績しかない。これからはその力を発揮してゆくのだろう?」


「はい、そうしようかと」


「ならば、フィーディと同じように、新しく使えるようになった魔法の力ということにすればいい」


「え……」


「うむ、我ながら名案だ。さきほど湖月は波風を立たせたくないが為に力を隠していたと言った。それならば、『元々は治癒魔法しか使えなかったが、つい最近、なんらかのきっかけで使えるようになった』ということにすれば、余計な詮索や邪推からは逃れられよう。隠していたことでスパイなどの濡れ衣を被せられでもしたら波風どころか大嵐だ。いいな、今後はこのようにするのだぞ。湖月は昨日から新たな魔法の力を得たのだ」


「王様……見逃してくださったこと、感謝いたします」


「うむ。そなたには、姫を救ってもらった恩もあるからな。これからも、頼んだぞ」


 王様は、『何を』頼んだかははっきりと言わなかったが、その信頼の言葉の奥には神官としての仕事などと共に確実に姫君のことが含まれている。姫君をその力で今後も守れと言われているのだ。

 湖月はしっかりと頷いた。


「はい」


 姫君を守ることは、この国の未来を守ることに繋がる。しかし、それだけではない想いが胸中にあった。


 この国へ来た当初は、自分を見失いかけていた。

 なんのために生きるのか、どう生きるのかが霧の中だったような。

 マヨラナ国の人々やネリーと出会って関わるうちに、ここが自分の居場所だと感じられるようになってきた。

 鏡で見た姿が他人のように思えていた頃から半年が過ぎて、世界の見方が変わったようだ。

 霧の向こうにネリーがいて、手を差し出している。

『生きていてほしい』と。


 私はこの先一生をこの国で暮らす。


 いつしか、そう決めていた。

 やがて数十年後に代わりの人質が来て、入れ替わりにトケイ国へ帰れるとしても、ここを離れる気にはならなかった。


「お約束致します。力の及ぶ限り、姫君をお守りすると」


 理性を失った魔物に狙われやすい姫君の味方は、少しでも多い方が良い。


   ◇◇◇◇◇◇


「治癒以外の魔法が使えるようになって嬉しいのは分かりますが、そうほいほいと使っていては、すぐに魔力が底をついてしまいますよ。司書のおじいさんではあるまいに、横着をしていないで、本物の手足を使いなさい」


 離れた所の物を取ったり、高い位置の掃除をする時にトケイ国にいたときと同じように魔法を使っていたら、オニキスに注意された。


「すみません」


「体力と魔力が余っているのなら、町へ行く仕事があります」


 それは、自宅で療養している患者の様子を見に行き薬を渡したり、治癒魔法を施す仕事だった。今日任せられた患者は集合住宅地に住むお婆さんで、定期的に薬草と治癒魔法の施術を受けているらしい。膝の痛みを和らげる治癒魔法は最近よく来る患者さんに施術しているので、一人で任せられた。


 富裕層が住む広々とした一戸建ての区画とは反対側の、密集した住宅地へ入って行く。

 神殿で見慣れた滑らかな表面の石壁はなく、木造の柱に土や荒石を積み上げて作られている。壁が隣と繋がっており、石畳の細い道が迷路のように入り組んでいる。


「あれ……ここは、どこだろう?」


 教えてもらった通りに歩いていたはずだが、気づいたら迷っていた。曲がる道を間違えたかと引き返してやり直そうと思ったら、全く見覚えのない場所に出てしまい、住宅地から出ることすら出来なくなってしまった。

 せめて広場か大通りに出られれば。神殿に戻ってもう一度道を聞く手もある。しかし、その場合漏れなくオニキスの小言が降ってくるので、出来れば避けたかった。


 そうしてうろうろとさ迷っているとき、


「とかげ!」


と声がして振り向くと、そこには小さな女の子がいた。 


「小石ちゃん、久しぶりだね。この辺に住んでいるの?」


「だんごむし」


 大きな瞳はあちらこちらに興味を奪われて一瞬しか目が合わなかった。興味の赴くままに壁を触ったり、日溜まりに出てきた団子虫を転がして遊んだりするので、一時たりともじっとしていない。


「実は、迷ってしまってね。フォリアさんの家って、知らないかな?」


 期待せずに尋ねたら、彼女は突然駆け出した。と、不意に立ち止まり、こちらを振り返る。まるで、着いてこいと言うように。


 まさか、案内してくれている?


 湖月が後を着いていくと、彼女は再び駆け出した。

 そして、いくつかの角を曲がり、辿り着いた家の戸を小石ちゃんは慣れたように開けて入った。ここはどうやら、小石ちゃんの家だったようだ。


 仕方ない、この家の人に道を聞こう。


 そう思って戸を叩くと、出てきたお婆さんはにこりと笑ってこう言った。


「今日は遅かったですねぇ、神官さん。お待ちしておりましたよ」


「もしかして、フォリアさんですか?」


「そうですよ。初めて来る方ですね。もしや、道に迷われましたか。ここいらは分かりにくいですからねぇ」


「そうなんです。小石ちゃん……いや、お孫さん? に案内してもらったので、辿り着けました」


「ああ、ゲムマに。よく、あの子の言っていることが分かりましたねぇ。さあ、上がってください」


 治癒魔法をかけながらフォリアさんの話を聞いた。

 小石ちゃんもといゲムマは、フォリアさんの孫ではないらしい。どこからか時々遊びに来て、いつの間にかいなくなっているという。ゲムマという名前はフォリアさんが仮に着けて、本当の孫のように可愛がっているそうだ。


「ゲムマは精霊なんじゃないかと思う時がありますよ。不思議な力を持っていてね。まるで、未来を知っているようなことを言うんです。でも、その意味は未来が来てからでないと分からない。だから、あまり意味がないかもしれませんね」


 湖月には覚えがあった。

 以前言っていた単語。蝶や猫など……ただ、ダンゴムシの意味だけが分からない。


「あの、ダンゴムシってなんのことでしょう?」


「それはね、ただ、あの子が好きな虫というだけよ」


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